彼女の兄
エリザベスは、それからもう二度とリディアの丘に現れなかった。
彼女と会わなくなってから、フィオリは、更に剣術に打ち込んだ。
ベヒモス相手に戦う自信がない自分が恥ずかしかった。いざという時、エリザベスを守れるくらい強くなりたかった。
エリザベスの結婚については、すぐに騎士団を通じてルートピア全体に伝えられた。国民は、エリザベスの結婚相手がディアボロン帝国の皇帝だと知った時はショックを受けていたが、抗議しても仕方のないことだとわかっていたため「かわいそうに」と彼女に同情しただけだった。
ディアボロン帝国に行くエリザベスの護衛にしてもらうように団長に願い出たが、今回は誰も連れていけないらしい。
一ヶ月後、エリザベスが、ディアボロン帝国の使者と共にルートピアから去る日が訪れた。
フィオリは、まるでプロポーズをするように手持ちで一番いい白い服を着て、三本の赤いバラの花束を抱えていた。
三本の赤いバラの意味は「愛しています」だ。彼女を助けられるほど強くなれなかったけれども、最後にこれだけは、どうしても伝えたかった。花言葉に詳しいベスなら、意味が伝わるだろう。
シュレン城の入口には、これから旅立つエリザベスの姿を一目見ようと多くの人々が集まっていた。
フィオリも、目立つ位置に場所を取り、彼女が現れるのを待ち続ける。
「エリザベス様のお通りです」
白いドレスを着た彼女は、この世のものとは思えないほど美しかった。裾の長いドレスが赤いレッドカーペットの上を優雅に流れている。彼女の頭の後ろでは、白いミモザの簪が揺れていた。
真っ白いドレスを着たエリザベスが、赤いカーペットの上を堂々と歩きだす。その隣には、彼女の兄ヨエルが彼女と腕を組みながらゆっくりと馬車に向って歩いている。
(どうかこっちを見て。俺に気がついて)
そんなフィオリの心の声に気がついたのか、エリザベスが顔をあげる。
エリザベスの赤い瞳が、赤い花束を持つフィオリの姿を捉えた。
フィオリの赤い薔薇の花束を見つけたエリザベスは、泣きだしそうに顔を歪めるが、グッと堪えて華やかな笑顔を浮かべる。
そして、ジッとフィオリだけを見つめ続ける。彼女の唇が「私も」と呟くように動いたように見えたが、本当にそういったのかわからなかった。
このまま彼女をルートピアに永遠に止めておきたかったが、あっという間にディアボロン帝国の使者が待つ馬車にたどり着いた。
エリザベスは馬車に乗り、あっという間に遠ざかっていった。それを見ていると、魂をナイフでズタズタにされるような気がした。
馬車が見えなくなっていると「フィオリ。こっちに来い」と誰かから話しかけられた。
振り返ると、騎士団長ジョン・ラプラスがいた。ジョンは、黒髪のオールバックに紫の瞳をした体格のいい男で、騎士団にいる時に話しかけられたことはあったが、こんな風に私的な場所で話しかけられたのは初めてだった。
「は、はい」
驚きのあまり声が裏返った。
「話があるから来てくれ」
「どんな話ですか」
「国王ヨエル様が、お前を呼んでいる」
(そんなことってある!?えええええええええええええええ)
フィオリは、頭が真っ白になりかけた。
連れていかれたのは、シュレン城の応接間のような場所だった。中央にはシャンデリアがあり、その下には、高級そうな緑のソファーが置かれている。
すぐに2杯の紅茶が用意されて、腰をかけるように勧められた。
何て話せばいいか頭が真っ白になりかけていると、紅茶を一口飲んだヨエルが口を開いた。
「フィオリ・マクベイン。エリザベスと仲良くしてくれてありがとう」
(……どうやら俺のことを知っているみたいだ。エリザベスが俺のことをどう言っていたかめちゃくちゃ気になる。しかし、今は、余計なことを言わないでおこう)
「礼を言うのは、こちらの方です」
「まずは、紅茶を飲んで欲しい」
「はい」
一口飲むと、心が随分と落ち着いた。
そして、カップをゆっくりと置いて、ヨエルの言葉を待った。
やがてヨエルは、重たそうに口を開いた。
「いいか……。私が、これからいうのは、冗談じゃない。本当のことだ。心を落ち着かせて、よく聞くように」
ヨエルの顔は、青白かった。目の下には、クマもあり、エリザベスの件もあり昨日は寝ていないのかもしれない。
「どうしたのですか?」
まさか、エリザベスの身に何かあったのだろうか。ディアボロン帝国で、ベヒモスの怒りに触れたのだろうか。
フィオリは、緊張のあまり唾を飲みこんだ。
「……エリザベスは、今夜死ぬ」
ヨエルは、重たそうに口を開き、とんでもないことを打ち明けた。




