衝撃
また日曜日に、いつもの場所に行くと、ベスが……いや、エリザベスがいた。
エリザベスは、いつも通り男の子っぽい恰好をしていたが、その正体を知っているせいで、遠い人のように感じられた。
フィオリは、彼女に近づくとすぐに跪いた。
「……エリザベス様。数々のご無礼をお許しください」
「やめてよ、フィオリ。あなたは、いつものままでいて」
エリザベスは、フィオリの肩に手をかけて、フィオリを立ち上がらせようとする。そのことすら、恐れ多かった。
「でも……」
「私、いつものあなたの方が気に入っているの」
「ベスが……いや、エリザベス様がそういうなら……」
「エリザベス様じゃなくて、エリザベスでいいわ」
「エ、エリザベス……」
そういうと、照れくさそうに彼女は、ほんとりと頬を桜色に染めた。
「ええ」
「君は……王族だったんだね」
「そうよ。エリザベス・チェルノボグ。厄介な家に生まれてきちゃったわ」
そうエリザベスは、額にこつんと右手を当てながら、落ちかける葉っぱのように寂しそうな声でそう言った。
「こんなところ、あんまり一人で来ない方がいい。危険だ。すぐに城に戻った方がいい」
「心配してもらわなくても、今日で最後になるわ」
「……」
フィオリは、崖かが突き落とされたような気分になる。
(俺は……ベスにとって逢いたい存在になれなかったのか。剣術を覚えたから、もう用済みなのか。やっぱり俺は、王族の気まぐれに付き合わされただけなのか……)
「私、結婚するの」
ベスは、フィオリの目をまっすぐ見ながらそう告げた。
その言葉に、雷に打たれたような衝撃が受ける。
そうだ。どうして忘れていたのだろう。
王族は、政略結婚をする宿命にある。おそらく、ヘイムダル家、リジル家、ボナパルト家あたりの上級貴族と結婚するのだろう。バラルド家もありえるかもしれない。
マクベイン家は、貴族であるが下級貴族だ。王族とは、釣り合わない。
ラヴェル・ヘイムダルとかだろうか。ラヴェルは、文武両道で顔立ちも整っているいい男だ。エリザベスにふさわしい。
(俺の恋は、最初から実らないって決まっていた……)
「相手は?」
知りたくないけれど、聞かずにはいられなかった。
「ベヒモス。ベヒモス・ライジングよ。私は、ベヒモスの3番目の妻になるの」
それを聞いて吐きたくなるほど、絶望感がこみあげてきた。
(最悪だ。よりによって、ベヒモスなんて。ベヒモスは、ディアボロン帝国の皇帝で、エリザベスの両親を殺した人間だ。ルートピアの国民を虐殺しまくったクソみたいな奴だ。あんな最低最悪の奴と結婚するなんて、かわいそうすぎる‼)
だけど、逃げ出したら、エリザベスがどんな目に合うかわからない。ルートピアも、めちゃくちゃにされるかもしれない。
できることなら、駆け落ちでもして彼女を守りたかった。だけど、相手は史上最悪の魔術師だ。ルートピアを一夜で滅ぼすことができるほどの力を持っている。守れる自信なんてなかった。
(俺は、彼女になんて言えばいいんだ)
頭が真っ白になる。
失恋の痛みも押し寄せてくる。
永遠のような沈黙の後、ようやく絞り出せたのは一言だけだった。
「……お幸せに」
それを聞いたエリザベスは、目に涙を滲ませた。
「何でそんなこと言うの?フィオリのバカ‼アホ!」
彼女は、ヒステリックにそう叫ぶ。
「俺は……」
必死に言い訳しようとするが、頭が真っ白になって何も思い浮かばない。
「両親を殺した男のもとに嫁ぐのよ。しかも、側室として。冗談じゃない!冗談じゃないわ!」
彼女は泣きながら、叫んでいる。だけど、どうすればいいんだ。彼女と駆け落ちをしたら、ルートピアが滅んでしまう。自分には……ベヒモスを、いやディアボロン帝国と対抗できるだけの力がない。
「君は……美人だ。きっと愛してもらえるだろう。ベヒモスだって君には、悪いようにしないはずだ」
自分と逃げても、地獄が待っているだけだ。だから、自分が言うべき言葉はこれでよかった。
これでよかったはずなのに……。
「あなただけには、そんなこと言われたくなかった」
エリザベスは、泣きながらフィオリの頬を右手で殴った。
パアアンと派手な音が響き渡った。フィオリは、殴られることが分かっていたが、避けようとしなかった。
「ごめん……」
殴られたのは、フィオリだけど謝った。彼女の泣き顔を見たら、その言葉しか出てこなかった。
「もうここには来られない。さようなら」
エリザベスは、泣きながら走っていく。
彼女を呼び止めたい。だけど、呼び止めても、何て言ったらいいかわからない。
フィオリは、どうしたらいいかわからないまま、その場に銅像みたいに立ち尽くした。




