正体
フィオリは、ベスが去ってからも家に帰る気になれず、その場の草むらに一人で座り込んでボーっとしていた。
「あ、フィオリじゃん」
そう聞きなれた声がして、予想通りナベリウスがいた。ナベリウスの隣には、リュシオンもいる。
そして……その周囲には、女の子達が大勢いる。女の子たちは、リュシオンとナベリウスを眩しそうに見ている。
「あれ?一人でいたの?デートじゃなかったの?」
その言葉は、フィオリの胸にグサッと刺さった。
「一緒にいた子がいたけど、さっき帰ったよ」
「何だ。振られたのか」
ナベリウスのいつもの冗談に、何も返せなかった。
「……」
黙り込んだフィオリに、ナベリウスもリュシオンもそれ以上詮索しようとしなかった。
「じゃあ、俺らと一緒に花火を見ようぜ」
ナベリウスは、ドカリとフィオリの横に座り込んだ。
「ああ。そういえば、ニコラは誘わなかったのか」
道場では、ナベリウスとリュシオンが手合わせをすることが多かったが、二コラとフィオリを含めた4人で遊ぶこともたくさんあったのだ。二コラの身分は貴族ではなかったが、4人で一緒にいると楽しかった。
フィオリの質問に、ナベリウスが「あいつは、家事があるから無理だって言っていた」と答えた。
「そうか」
あいつも大変そうだな。前にニコラに手伝おうかと言ったら、きっぱりと断られたことを思い出す。あいつは、きっと憐れまれたり、助けられたりされたくないんだろう。一緒に花火が見られないのは、仕方がない。
「はあ……」
フィオリの口から、ため息が零れ落ちる。
これから、花火が上がると言うのに、エリザベスと一緒に見られたらよかったなという気持ちが、服についてしまった染みのように離れない。
(エリザベスは、今頃どこにいるだろうか。彼女もどこかで花火を見ていたらいいな……)
「何、ため息ついているんだよ。元気出せよ」
ナベリウスが肩をバンバンと叩いてくる。バカ力すぎて、ちょっと痛い。
「お前には俺の気持ちなんてわかんねーだろう」
「まあ、そうだな。でも、気晴らしの練習はいつでも付き合うぜ。こういうときは、思い悩むよりも身体を動かした方がいいって」
「はいはい」
ナベリウスといつものような会話をしていると、リュシオンが顔をあげた。
「そろそろ始まりそうだな。シュレン城の方を見た方がいい」
いつの間にか、日が沈んでいた。
国王からの挨拶の前に、ラッパの音が響き渡る。
「まず初めに、第一二代国王ヨエル・チェルノボグの挨拶を行う」
シュレン城を見ていると、ベランダから国王であるヨエル・チェルノボグが顔を出した。黒髪に赤い目をした青年で、国王という地位についているせいか20歳という年齢よりも大人びて見えた。ヨエルは、青いマントがついた服を着ていた。両親がディアボロン帝国のベヒモスに殺されてから、若くして国王になったが、国民からの同情の声も多く好感度は高かった。
「辛い出来事も多かったが、このような祭りが、また開かれることを嬉しく思う。これからも、ルートピアが栄え続けることを願いたい。今宵は、豊作を神に感謝して花火を打ち上げる。ぜひ楽しんでくれ」
ヨエルが挨拶を終えると、地面が割れそうなくらい大きな拍手が巻き起こった。
「続いて、ヨエル陛下の妹エリザベス様から、挨拶です」
次の瞬間、現れた海のようにグラデーションがある青いドレスを着た少女を見て、フィオリの息が止まりかけた。
現れたのは、ベスとそっくりの少女だった。
金髪に赤い瞳、人形みたいに整った顔立ちをしていて、キラキラしたダイヤモンドが散りばめられた青いドレスを着ている。
ベスがエリザベス様?国王ヨエルの妹?
お姫様ってこと?
そ、そ、そんなわけないだろう。だって、あいつは、街で男みたいな格好して遊び回って……。ハンバーガーを食べたことがなくて、あんな安物の髪飾りで大袈裟に喜んで……。
でも……、エリザベスは、ベスと同じ髪飾りをしている。
どうして気がつかなかったのだろう。庶民の食べ物であるハンバーガーを食べたことがなかった理由は、王族だったからだ。男っぽい恰好ばかりしていたのは、正体をばれないようにするためだったのだろう。
「このような祭りが開かれたことを嬉しく思います。今日は、私にとって素敵な思い出ができた日になりました。今日という日が、皆さんの幸せな思い出になることを願います」
凛とした美しい声が、広間いっぱいに響き渡る。
群衆は、美しいエリザベスに熱狂する。
「「「エリザベス様万歳!万歳‼」」」
熱狂の中心にいる少女は、完璧な笑顔を浮かべながら笑っていた。青いドレスを着ている彼女は、この場にいる誰よりも輝いて見えた。
「はははっ」
(俺って本当に、バカだな。何で王族に告白しようとしていたんだよ。身の程知らずにもほどがあるだろう。つくづく、救いようのないバカだ。ベスが貧乏だなんて……幸せにしてあげたいだなんて、どうしてそんな愚かな勘違いができたのだろうか。結婚できるほど、身分が釣り合っていないのに……)
心が空っぽになっていくようだった。
やがて青や赤、橙、美しい花火が夜空に打ちあがる。フィオリが花火を見るのは、何年かぶりのことだった。まるで、桜吹雪に溺れるようにたくさんの花火が咲いて散っていく。
「すごい‼」
「きれい」
「わああああ!素敵だわ」
周囲では、歓声やどよめきがあがる。
色とりどりの花火は絵画のように美しいけれど、フィオリは感動しなかった。
(エリザベスは、この花火を見ながらどんなことを考えているだろうか。少しは、俺のことを考えてくれているだろうか……。仮にそうだとしても、その先何になる?俺が彼女を幸せにできるわけない)
そう思うと、胸が握りつぶされるように痛かった。




