祭り
その年、ルートピアでは、6年ぶりに収穫祭が開かれることになった。飢饉の前は、毎年開かれていたが、飢饉が起きてからは祭りをする余裕なんてなかったから廃止されていたのだ。今年は、珍しく豊作となりディアボロン帝国に多くの小麦を取られても国民にいきわたるほど小麦は確保できたらしい。
収穫祭では、いくつか屋台が開かれて、夜は花火大会が行われる。
フィオリが、死ぬほど勇気を振り絞ってベスを祭りに誘ってみると、「ちょっとだけなら」とオッケーをもらえた。
嬉しさのあまり浮かれていると、ナベリウスにはデートでもするのかと気がつかれてしまったが、「そんなことない」と誤魔化した。
収穫祭当日、待ち合わせ場所へ向かうと、いつもと同じ男の子みたいな恰好をしたベスがいた。祭りの日だから、ベスは、ドレス姿だと思っていた。ベスは、どんな色のドレスを着てくるのだろうと、浮かれていた自分が恥ずかしくなる。
きっと浮かれているのは自分だけで、ベスは、フィオリのためにおしゃれをしようという気持ちはないのかもしれない。
いや、それとも、ドレスを買う余裕がないほど貧乏だったのだろうか。そうかもしれない。思えば、ベスはいつも同じ貧乏な男の子みたいな服を着ている。今日、自分が何か買ってあげればいいんじゃないか。
「さあ、行きましょう。祭りなんて初めてだわ」
ベスが、赤い目をキラキラと輝かす。声もいつもより弾んでいた。
「6年前は、行かなかったのか」
「あの時は、私は挨拶……。あ、ええっと……。何でもないわ。そう。熱が出ていたのよ。それで行けなかったの」
なぜかベスの声が少し裏返っている。
「かわいそうに……」
祭りの日に、熱が出るなんてついていないな。でも、6年前の収穫祭の他にも祭りがあったはずである。ベスは、連れて行ってもらえなかったのだろうか……。
「えっと、お腹がペコペコだわ。美味しいものをたくさん食べたいわ」
辺りの屋台からは、いい匂いが漂っている。楽しそうに動き回る子供も多く町全体が、活気に溢れているように見える。
死者が溢れ、この街は、死んでいると思っていた日も多くあった。けれども、今は、街が蘇ったようだ。
「お昼は、食べたいものとかある?あそこのハンバーガーとかどう?」
「何あれ?ハンバーグが、パンにはさまれているわ!?サンドイッチみたい」
ベスが、目を丸くしてハンバーガーを見つめている。
それを聞いたフィオリは、母親にぶたれたような衝撃を受けた。
「ハンバーガーを食べたことがないだって!?今まで、何を食べてきたんだよ」
ハンバーガーを食べたことがないとか、かわいそうに……。やっぱりベスの家は、貧乏に違いない。
「え、えっと……。と、とにかく、あれを食べてみたいわ。どうやって食べるの?あたりの机は、埋まっているわ。これじゃあ、食べられないわ」
金色の髪をいじくりながら、ベスが困ったようにそう言った。
「手に持って歩きながら食べるんだ」
「手で食べるの⁉下品ね」
「失礼な。味は変わらないだろう。とにかく食べようよ」
フィオリは、列に並びハンバーガーを二つ購入するとエリザベスに渡す。
「はい。冷めないうちに食べてみて」
「う、うん」
目をキラキラとさせながらハンバーガーを受け取ったベスは、恐る恐るかぶりついた。
「美味しい‼チーズが溢れてくるわ」
「だろっ。俺もチーズバーガー大好きだ」
「パンと一緒に食べると、すっごく美味しいわ」
「うんうん」
ベスは、パクパクと美味しそうにハンバーガーを食べていく。そして、ハンバーガーを食べ終わると、魚の串焼き、じゃが芋、スープなども購入して食べた。どれもベスにとっては、食べたことのないものだったらしく、幸せそうに食べていた。
お腹がいっぱいになると、フィオリは辺りを見渡しながら「他に何か欲しいものとかない?」と問いかけた。
ここなら近くにドレス屋がある。そこでドレスを買うのもいいかもしれない。
「え?」
ベスは、驚いたように瞬きをした。
「今日だけ特別だ。俺が好きなものを買ってやるよ」
「い、いいの?」
「あんまり高すぎるものはダメだけど、俺だって一応貴族だし」
マクベイン家は、下級貴族であるが、着るものや食べ物に関して困ったことはなかった。
「やったー。どれにしようかな。あ、あの店見てもいい」
ベスが指さしたのは、安そうな出店であった。髪飾りなどが大量に売られている。
「いいけど……」
売られているのは、中古品かもしれない。もっと高いものでもいいのに……。
そう思いながらも、ベスに着いて行くように出店に行った。
出店にたどり着くと、ベスは、すぐに欲しい物を決めた。
「フィオリ。これが欲しい」
ベスが指さしたのは、白い綿のような小花がたくさんついた簪であった。花以外の部位は、金属でできていて丈夫そうである。
「こんなんでいいのか。ドレスとか買わないか?宝石が入っているやつでもいいよ」
「私は、これが欲しいのよ」
「でも、ちょっと地味じゃないか?赤いバラとか、ベスの瞳にあうものにしようか」
「これがいいわ」
「そうか」
ベスがそういうなら、仕方がない。フィオリは、髪飾りを購入した。
「はい、どーぞ」
フィオリがベスに髪飾りを渡すと、ベスは「ねぇ、フィオリ。この花って何かわかる?」と試すように聞いてきた。
花か。ナベリウスは、花に詳しいが、フィオリは、全然わからない。
「わからない。お手上げだ」
フィオリが、両手を降参するようにあげると、ベスが「これは、ミモザよ」と教えてくれた。
「ミモザって黄色じゃないのか?白いミモザは、初めて見た」
「私は、たまに見たことがあるわ。白いミモザの果実や樹皮には毒があるのよ」
「え!?」
(もしかして、俺は、遠まわしに振られたのか。そ、そんなわけ……あるような気がしてしまう)
そんな風に考え落ち込んでいるフィオリに、ベスは歌うように楽しそうに言葉を紡いでいく。
「でも、腐りにくく生命力にたけていて丈夫なの」
「ははは。君みたいだな」
か弱い乙女だと思ったら、人を殺すために剣術を習おうとしてくる。白いミモザは、ベスにピッタリだ。
「まあ、かよわい乙女に向かって失礼ね」
ベスが頬をプクッと膨らます。
「どこがかよわいんだよ」
「失礼ね。まあ、いいわ。フィオリ、これをつけてよ」
その提案に、ドキッとしてしまう。
(お、俺が、ベスの髪の毛を触ることになるのか。汗ばまないといいけれど)
「わ、わかった」
そっとベスの癖のある金髪を触る。
ベスの髪の毛は、艶やかで枝毛一つなくて、ほんのりと花の香りがする。結ばれている髪の毛に、そっと簪を差し込む。シャラランと白いミモザの飾りが揺れた。
「ありがとう」
ベスは、ほんのりと頬を赤く染めながら、照れたようにそう言った。
それだけで、心がじわじわと熱くなるようだった。
(なんか、俺たち、ちょっとイイ感じなんじゃないか。このまま、夜の花火で告白したら、オッケーもらえるんじゃないか。結婚は、ベスの家が貧乏でも問題ないだろう。うちの親は、あんたみたいな人は、結婚できないと諦めているからな。俺が、ちゃんと人間の女の子を連れてきたら、涙と鼻水を流しながら、狂喜乱舞するだろう。この間なんてひどいことに、あんたが結婚できなかったら、世継ぎはナベリウスに美形を産んでもらおうとまで言ってきたのだ。本当に失礼な人たちだ……)
「そ、そろそろ花火に向けて場所とりをしないか」
「……ごめん、フィオリ」
ベスは、悲しそうにそう呟いた。
「え?」
何でベスが謝ってきたのか、フィオリは少しもわからなかった。
「私、そろそろ帰らないと」
まだ花火は始まっていない。祭りが盛り上がるのは、これからだ。もう帰るなんて……自分は、遠回しに振られたのか。
「あ、ああ、そうか」
精一杯強がったが、声がショックのあまり裏返っていた。
「今日は、すごく楽しかったわ。ありがとう」
ベスは、そう微笑んだ。その笑顔にギュッと胸が締め付けられた。
「あ、俺も、楽しかった」
精一杯笑顔を浮かべるが、ひきつってしまう。きっと、花火を二人で見られないのは、神様が自分にまだ告白するなと言っているからだ。
祭りは、来年もある。こんな風にまた、二人で行けばいい。
ベスに振られていたら、もう会ってくれなかったかもしれない。これでよかった。よかったはずだ……。
そう自分に言い聞かせたけれども、胸は傷口に塩をもみ込まれたようにヒリヒリと痛かった。
「ごめんね、フィオリ」
彼女は、降り始めた雨のように寂しそうに呟き、振り返ることなく急ぎ足で去っていった。




