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誰かを殺そうとする彼女に恋をした  作者: さつき


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終戦

 5年前、二コラの両親が飢え死にした。二人は、子供に残りの小麦を与え続け、1か月以上何も食べていなかった。死体は、皮と骨のようだった。二コラに向って、「リズとダリを頼んだ」と呪いのように言い残して、目を覚まさなかった。

 必死で助けを求めたが、街は死体だらけだった。

 食料がなくなった街で、動く気力すらなくして祈るように願っていた。

 誰かパンをください。スープをください。芋でもいい。何でもいい。食べ物をください。

 お腹と背中がくっつきそうなほど、へっこんでいた。呼吸をすると、あばら骨と皮膚がこすれて苦しかった。


 そんな二コラに、手を差し伸べたのは、人間の形をした悪魔だった。

 祖国の情報を売れば、お腹いっぱい食べさせてやると。

 二コラは、生き延びるために悪魔の手を取った。そうやって、得たご飯は、死ぬほど美味かった。

 きっといつかルートピアは、ディアボロン帝国に滅ぼされる。だったら、自分とその家族だけは、この地獄から解放させたい。仕方ない。しょうがない。

 そう思いながら、情報を垂れ流した。

 裏切ったお金でパンを買った。そうやって汚い金で生き続けた。


 17歳になって、騎士団に所属した。ルートピアのためじゃない。ディアボロン帝国にもっといい情報を売るためだった。そして、いざという時、祖国を裏切り帝国に居場所を用意してもらうためだった。

 騎士団ではフィオリやナベリウス、リュシオンという友達ができた。友達と遊んでいると、嫌なことも、自分の任務も何もかも忘れることができたんだ。ずっとあの日々を送れたら、どんなに幸せだっただろうか。


     *


 二コラは、冷静に周囲を見渡す。

 辺りは、ルートピアの国旗で満ちている。ルイによるゾンビが動かなくなってから、ディアボロン帝国は勢いを失っていた。ベヒモスも攻撃している様子がないということは、おそらく彼は殺されたのだろう。ベヒモスは、莫大な力で、気に喰わない部下を数多く殺していた。そのつけがまわってきたのだ。ベヒモスとルイが動かないとなると、帝国の力は半分以下になる。


(負けたのは、俺たちだったのか。俺が、間違っていたのか……。俺は……俺が……もっと勇気があれば……。覚悟があれば……。お前らのこと、信じられれば……こんなことにならなかったのかな。戦争の前に、ディアボロン帝国を裏切っていれば……)


 フィオリ。お前、相変わらず甘いな。

 二コラは、瞼に焼き付けるように、フィオリの顔を見る。

 そのヘーゼルの瞳は、もう憎しみや、蔑みなどの感情は見られず、穏やかで優しさそうな色をしていた。

 自分がベヒモスに密告して、爆弾を爆破したせいで、ルートピア側は爆弾が使えなくなり、数千人の戦死者が出たはずだ。そんな自分を助けたらフィオリの評判も、ヨエルの評判も下がるだろう。自分は、ルートピア側に戻ったところで、誰かに殺されるだけだろう。


(俺は、負けたんだ。ここで、死なないといけない人間だ)


「フィオリ……」

「何だ?」


 何の義務もなかったお前が羨ましかった。弟たちは、かわいかったけれども、面倒見ないといけないのは、大変だった。うちには、お手伝いを雇う余裕なんてなかった。そんな義務もなく、楽しそうに生きているお前が妬ましかった。

 でも、妬みだけじゃなかった。

 お前といると楽しかった。あんなことしたくせに、お前と友達になれてよかったと思っている。

 ああ、もう。後悔だらけだ。自分は、道を間違えてしまった……。


 自らの愚かさを笑うように、ふっと微笑んだ。


「……お前と同じ夢を見られたら、どんなによかっただろう」


 そう言って、ニコラは、自分の喉にナイフを突き立てた。

 大量の血しぶきが、噴水のように溢れ出た。


「二コラあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」


 フィオリが、壊れたように手を伸ばしながら、絶叫する。

 ナベリウスが、驚いた顔をしながら無言で泣いているのが見える。

 二コラは、ゆっくりと地面に倒れていく。その死体を血だらけになりながら、フィオリが柔らかく受け止めた。

 そして、「俺もだよ……二コラ」と呟いた。


 冷たい夜風が、二コラの頬を労わるように撫ででいった。


 

 フィオリとナベリウスは、二コラの顔に布をかけた後、ベヒモスの城を回り続けた。

 そして、夜明け前にベヒモスの寝室にたどり着いた。

 ドアを開けると、数人のディアボロン帝国の兵士が死んでいた。寝室の中にはエリザベスの死体があった。彼女には、胸や肩……いくつもの痛々しい切り傷があった。近くには、剣が落ちている。きっと彼女は、最後まで勇敢に戦ったのだろう。


「あ……」


 エリザベスの左手の中では、あの簪が握りしめられていた。まるで宝物みたいに、硬く握りしめられている。

 それを見たナベリウスが「ああ。これは、白いミモザだな」と言った。


「そうだな……」

「お前、知っているか。白いミモザは、腐りにくく生命力に長けたその特徴から「頼られる人」っていう花言葉があるんだぜ」

「頼れる人ね……」


 もしかしたら、もうエリザベスは、あの時からこうなることを考えていたのかもしれない。自分のこと頼れる人って思っていたのか。全然、役立たずで、彼女はこうして死んでしまったけれど……。


「だけど、それだけじゃない。白いミモザには毒があるから、従来の恋愛にまつわる花言葉と毒々しい特徴が合わさって別の意味も生まれた」

「どんな意味だ?」


「死に勝る愛情」


 ドクリ、ドクリ、ドクリ……。

 心臓が大きく鳴り響く。


「案外、彼女も、好きな男がいて、そいつに操を立てるために、死んだのかもしれないな」 


 心臓が、ギュッと握りつぶされるように締め付けられる。

 バカな。バカな、バカな、バカな。そんなわけない。

 でも、この髪飾りを欲しがった彼女のことを、昨日のことのように思い出した。これがいいと欲しがっていたのは、エリザベスだ。彼女は、白いミモザについて詳しかった。きっと花言葉まで知っていただろう。

 死に勝る愛情……。


(彼女は、俺のために死んだというのか。エリザベスは、俺のことが好きだったのか。いや、でも、そんなことあってはならない。彼女を救えるチャンスは、何度もあったじゃないか。それじゃあ、そのチャンスに気がつかずに、悲劇の主人公ぶっていた俺が、あまりにも俺が間抜けすぎるじゃないか)


「……違う。違うんだ。これは、俺がエリザベス様に送ったものなんだ。心優しいエリザベス様が、それをつけてくれただけなんだ」

「そうだったのか」


 ナベリウスは、言葉に詰まったようにそれ以降、口をつぐんだ。

 静寂に包みこまれる。


 窓から光が差し込み、夜明けが来ようとしていた。


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