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誰かを殺そうとする彼女に恋をした  作者: さつき


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嫉妬

 ルシウス・ハージェンティが幸せだったのは、幼少期だけだった。

 名門ハージェンティの血を引くルシウスを誰もが、羨んだ。自分の名前が誇りであり、自信であった。

 幼い頃に母親のヘザーは、ルシウスをよく特別だと言った。


「きっと、いつかお前は、誰よりもすごい魔術師になる。だって、ハージェンティなのだから」


 幼い頃は、その言葉を疑ったことは一度もなかった。未来は、母さんの言ったとおりになるに違いない。自分は、父のように立派な魔術師になろう。


 けれども、ルシウスが7歳の時に、ルシウスが持っていたのはスピードの魔術だけだと判明した。

 毒の魔術、炎の魔術、風の魔術……そんな大勢を支配する強力な魔術ではなく、早く動けるだけだという人間に近い地味な魔術だったのである。

 その日から、父親のルクスは、ルシウスに対する評価を変えた。


「お前にはがっかりした。お前が俺の息子とは思えない」


 そんな風に失望して、ルシウスに暴力を振るうことが増えた。ルクスは、失敗作を生んだ責任として母さんも、殴ったり蹴ったりするようになった。母さんは、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続けるだけで、抵抗したり、逃げたり、ルシウスを守ったりすることはなかった。

 周囲も、ルシウスのことをバカにするようになった。「ハージェンティのくせに落ちこぼれだ」「歴代ハージェンティの最低作品」「ハージェンティの失敗作」……そんな風に悪口を言われた。

 ルシウスは、自分の名前が憎かった。自分なんてハージェンティじゃなければ、よかった。それなら、こんな風に笑われることもバカにされることもなかったんだ。ただのつまらない魔術師として人生を終わらせられたはずだ。


 やがて、フロリアンという少年が強力な風の魔術だという噂が流れた。フロリアンは、ルシウスよりも3つも年下であったが、周囲からは一番有望な魔術師であると評価されていた。

父親のルクスは、才能あるフロリアンの師匠となり、かわいがるようになった。優秀なフロリアンを指導することは、楽しくてたまらなかったようだ。彼が自分の子供だったらよかったのにと思っていることは、俺でもわかった。

 フロリアンに誰よりも期待し、いろんなものを与え愛していた。

 反対に、実の息子である俺には、諦めにも似た感情を抱いていた。


「もうお前には、何も期待なんてしない。魔術師と結婚して、優秀な子供を産め。ハージェンティとして名乗るのに、恥ずかしくない子供を産め」


 そんな風に、ルクスは無理やりルシウスの結婚相手を決めた。結婚相手は、自分より優秀な魔術師であるローズだった。

 ローズは、ピンク色の髪に赤紫色の瞳をした美しい少女で花の魔術師であった。勝手な思い込みかもしれないが、一緒にいると見下されている気がした。そんなローズを1ミリも愛せなかった。


 そして、息子であるルイが生まれた。

 ルイは、大人しく人見知りで、戦闘に向いているとは思わなかった。けれども、意外と飲み込みは早く、剣術は幼い頃に一通りマスターした。

 出来損ないであるルシウスの息子であるということで、周囲もルイに対してそれほど期待していなかった。

 将来は、自分と同じくらいのレベルになるかもしれない。

 ルシウスも、そんな風にルイを評価していた。


 ルイが7歳の頃、事件は起こった。

 娘を殺された復讐にベヒモスを殺そうと、サージェスという愚かな男が反逆したのだ。

 サージェスは、衛兵を殺し王座にいるベヒモスに近づいたが、ベヒモスは試すように彼を見ていた。


 その時、殺されたはずの衛兵が動き、サージェスを攻撃し始めたのだ。


 サージェスの攻撃をつまらなそうに見ていたベヒモスですら、動揺を隠せず興奮で震え出した。


「死体が動いた!?」「黒魔術の使い手がいるぞ‼」「誰が黒魔術の使い手か」


 辺りには、どよめきが起きた。

 誰が衛兵を操っているのかとベヒモスが問いかけたとき、手を挙げて名乗り出たのはルイだった。


「ルイが黒魔術の使い手だと⁉」


 暗闇に突き落とされた気分だった。勝手に落ちこぼれの仲間だと思っていたルイは、誰よりも才能があったのだ。


「シュガット・ハージェンティ以来の黒魔術の使い手だ‼きっと、ディアボロン帝国の未来を担う存在になるに違いない」


 周囲は、期待に目を輝かせた。


「ルイ。そいつを殺せ」


 ベヒモスが命じると、ルイは「はい」と名乗り出た後、死体を華麗に操りサージェスを殺した。


「ルイ。お前は、最高だ」


 ベヒモスは、嬉しそうにルイの頭を撫でた。その時のベヒモスのおもちゃを見つけたような楽しそうな笑顔は、今でも覚えている。


 あっという間に、ルイは、ベヒモスに認められて、彼に命じられて多くの人間を殺したり、死体を操る練習をしたりするようになった。

 彼は、シュガット・ハージェンティの再来と言われ、多くの賞賛と地位を得た。

 ルシウスに対しての周囲の悪口も今までと違うものになった。


「ルシウスって、ハージェンティのくせにスピードの魔術しか使えないんだって。でも、あいつの息子は天才らしい」

「息子に才能全部取られたな」

「そうだな。ルイは、きっと世界一の魔術師になる男だ」


 ひどい悪夢を見ているようだった。

 悪口も陰口も、聞きなれていた。だけど、まだ幼い息子と比べられてけなされるのは、屈辱だった。

 才能がある息子が憎くてたまらない。

 賞賛も、地位も、自分が手にのどから手が出るほど欲しかったものなのに……。

 どうしてルイばっかり‼

 自分のことなんて誰も理解してくれない。認めてなんかくれない。

 こんな息子、生まれて来なければよかったんだ。そうすれば、こんなドロドロとした、焼けただれるような醜い気持ちを知らずに済んだ。


(神様。どうして、俺には才能を与えなかったのですか……。どうしてルイにばかりこんなにも与えたのですか……)


 そんな問いに、当然、返事はなかった。


    *            *


 ルシウスとルイの勝負は、一瞬でついた。


 ルシウスは、スピードの魔術を使って全速力でルイの首を狙った。けれども、ルイはその速度よりも早く動いてルシウスの攻撃を避けて、左手で父親の胸を貫いた。


 ルシウスは、ポッカリと穴が空いた自分の胸を見て、脳みそが弾けるような衝撃を受けていた。


(俺が……負けた……。息子に負けた……。だって、ルイが俺よりも早く動いたからだ)


「何で……お前が俺よりも早く動けたんだ……」

「僕も、父さんと同じスピードの魔術を使ったんだ」

「どうして……今まで隠していたんだ?」

「……父さんのプライドが傷つくと思って言わなかったんだ」


 ルイは、目を逸らし哀しそうにそういった。その優しさが、ルイの命を救ったのか……。


「不公平すぎるだろう……」

(俺が……負けたのか……。俺の唯一の取り柄であるスピードの魔術すら、ルイにはかなわなかったのか)


 ずっとみんなに認められたかった。

 ハージェンティとしてふさわしい名声が欲しかった。

 でも、それだけじゃない。きっと自分より強い魔術師を消し去りたかった。

 自分は、能力を過信した父親と同じように死んでいくのか……。


 ルイの顔と記憶の中のフロリアンの顔が重なる。


 結局、才能がある奴にはかなわない。


 胸を押し潰すのは、どうしようもない絶望だった。


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