勝負の行方
「それじゃあ、俺の力をお披露目してやるか」
バハムートは、軽く剣を振るった。
「毒の魔術 無間地獄」
次の瞬間、どす黒い紫色の空気が、バハムートの周囲からリュシオン達に向けて放出された。
「雷の魔術 雷神」
「水の魔術 水鏡」
とっさにジョンとリュシオンが、魔術により膜をつくってバハムートの攻撃をしのぐが、辺りにあった草木は全て薬品でも撒かれたように枯れてしまった。
そして、10秒もしないうちにジョンとリュシオンの魔術でできた膜が破壊され、「逃げろ」というジョンの声と共に、3人は後ろに下がった。
「おいおい。最初の威勢はどうしたんだ?」
バハムートは、その気になればリュシオン達をすぐ殺せるというのに、じわじわといたぶるように毒の塊を数回にわけて飛ばしてくる。
リュシオン達は、防戦一方になってしまった。
「はあ、はあ、はあ……」
負けるのは、時間の問題だ。
「あ……ああ……。こんなのにどうやって勝てばいいんだ……」
バロンは、剣を構えたまま泣いていた。その顔は、絶望で張り裂けそうだった。
「ちくしょう……。ちくしょう!ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう‼」
彼は、怒りを込めながら、壊れたようにそればかり呟いた。
「リュシオン。お前は、1人でここから逃げだせ」
ジョンは、リュシオンにそう言ってきた。
「しかし、団長と副団長が……」
その後に続く言葉に詰まっていると、ジョンがさらに言葉を重ねる。
「ここにいるので、一番お前が若い。俺とバロンがバハムートを止めている間に、逃げ出せ」
「でも、生き残りたいのは、団長達だって同じでは。だったら、役職が低い俺が残るべきでは」
「本音を言うと、俺は娘たちのもとへ帰りたい。それが俺の一番の願いだ。だけど、ここからお前たちを置いて逃げだしたら、俺の生きる場所はなくなる」
ジョンには、アデリナとエレノアという娘がいる。娘たちのことを語る時の団長の目は、いつも優しい色をしていた。きっとこの人は、娘たちのためにここまで強くなったのだろう。
「俺もそうです。俺も、魔剣遣いに選ばれたものとして最後まで戦います」
「リュシオン……。すまない」
ジョンは、かすれた声でそう謝った。彼の目は、真っ赤に滲んでいた。
「よしっ。もう一度だ。もう一度3人で魔術をぶつけながら、一斉に飛び掛かろう。誰かが死んでも気にするな。3人中2人死んでも、1人があいつを殺せれば大勝利だ」
ジョンの言葉で、3人とも覚悟を決めた。
もうやるしかない。このままここにいても、体力を奪われていくだけだ。
「行くぞ」
その言葉と共に、3人は全速力で駆け出した。
「雷の魔術 雷竜!」
ジョンの魔剣からは、竜の形をした稲妻が生まれた。
「水の魔術 大洪水!!!うぐっ」
リュシオンも今までで一番大きな洪水を出す。自分がこんなにも魔力が使えると思ったことはなかった。
「火の魔術 火花!」
バロンも大量の火炎をバハムート目掛けて飛ばしていく。
3人の魔術が、バハムートの魔術とぶつかり合う。
しかし、バハムートの魔力の方が強力で、あっという間にバロンが、大量の毒に飲み込まれていく。バロンは、生気を奪われたミイラのように干からびたひどい状態となり果てる。
「まずは1人目」
くそっ。副騎士団長がやられた。
次に、バハムートは、斜めから飛び掛かってきたジョンに毒の雨を降らす。毒の雨に当たったジョンは、皮膚が紫にただれていく。
「うがががががががががががががががが」
どんな時も不満を言わなかった我慢強い団長が、苦しそうな絶叫を漏らす。
「アデリナ……エレノア!!!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ジョンは、遠い目をしながら娘たちの名前を呟く。
「団長!」
そうリュシオンが呼びかけるが返事はない。
まだ剣も届く範囲じゃない。次は、俺が殺される。リュシオンも、殺される覚悟を決めるが、バハムートは魔術を止めて、腹を抱えながら、笑い出した。
「フハハハハハ。フハハハハハハハハハハ。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。腹がいてえ。フハハハハハ……」
その様子を見て、リュシオンも攻撃の手を止めて「あんたは、楽しいのか」と問いかけた。
「そうだ。俺は、俺の力で苦しんでいる人間を見るのが楽しくてたまらないんだ。結局、俺は、ライジング家の人間だということだ」
「どうしてそんなことが楽しんだ?」
「人の不幸がおもしろいからかな。ただの趣味だよ」
「おもしろい……か……」
最近は、おもしろいと思うことなんてほとんどなかった。
いや、小さい頃から、そうだったのかもしれない。剣術、勉強、何でもすぐにできるようになった。だけど、達成感は得られなかった。
ずっとこうだった。たぶん、自分は、人間になり損ねた失敗作だと思う。
本当は、団長と副団長が死んでも悲しくなかった。ナベリウスや、フィオリ、二コラが死んでも、その死をあっさりと受け入れるだろう。
美しいものに出会って感動した振りをして、喜んだ振りをする。愛を告げられても何も思わず、何を見ても驚きはない。感情がある人間の振りをするけれど、欲しいものも、やりたいこともよくわからない。夢もなく、人生のゴールもわからない。きっとこの先、誰かを愛することも、感動することもなく死んでいくのだろう。
本当に、つまらない人生だ。
もっと自分を熱くさせられる何かに出会えたら、どんな感情が待ち受けているだろうか。
「お前さ、俺のことが怖いんだろう」
バハムートが、バカにしたような笑みを浮かべながら、リュシオンに問いかける。
「怖い?」
「ああ、そうさ。お前は、強がっているけれど、死を恐れている。あいつらみたいになりたくないはずだ」
「……」
自分は、死を恐れているのだろうか。いや、恐れているのなら、さっき団長の言葉で、逃げていたのではないか。
「それとも、お前にあるのは憎悪だけか?あいつらを殺した俺のことが憎くてたまらないんだろう」
「いや、違うな」
むしろその逆だ。団長と騎士団長が死んだというのに、心は、驚くほど冷静だ。まるで風一つない凪みたいだ。
「何スカしているんだ?お前だって死にたくないだろうが」
「……」
「諦めろよ。ここがお前の墓場だ」
自分は……ここで死ぬのか。まだ十七歳。死ぬには、若すぎる。
だけど、勝つ方法が思いつかない。
もうダメだ。
肩の力を抜くと、今までの記憶が走馬灯のように駆け巡る。恵まれた人生だったと思う。美しくお金が ある両親のもとに生まれて、何でも与えられてきた。
感情の起伏が少ない少年だった。感動したことも、大笑いしたことも、なかった気がする。
父さんと母さんが自分の死を知ったら、ショックを受けるだろう。二人とも滝のように涙を流すだろう。
そういえば、幼い頃に母さんは言っていた。
『幸せそうに見える人間は、幸せそうに見える努力や経験をしているだけだ。その人が本当に幸せかは、その人しかわからない』
そして、寂しそうに微笑みリュシオンの頭を優しく撫でたあとに続ける。
『リュシオン。あなたは、幸せな振りをする必要なんてない。あなたには、本当に幸せになって欲しい。誰よりも幸せになって欲しい』
まるで呪うように強くそう言われたけれども、幸せになんかならなくていいと思ったんだっけ……。ああ、そうだ。思い出した。その代わり、ありとあらゆる感情を知りたいって思った。喜びも、愛も、悲しみも、痛みも、苦しみも……何もかも知りたい。その前に死にたくはない。
何も知らず、何もわからないまま死ぬ人生なんて、嫌だ。
胸を焼け焦がすほどの情熱が欲しい。
ずっとわからなかった。自分の生きる理由も意味も。
でも、思い出した。自分が心から望むものを。
リュシオンは、剣をもう一度、構えた。
「今、わかった。ここは、俺の墓場じゃない」
きっと、自分はもっと強くなれる。もっと自由に魔術を操れるはずだ。
自分の中で、何かが生まれる。
「力を貸してくれ……。ルチア」
リュシオンは、魔剣の中の人物であるルチアに呼びかける。魔剣というのは、魔術師が死んだあと、稀に剣に姿を変えたもので、生前の魂が閉じ込められている。
リュシオンが手にしている魔剣は、ルチアという少女の魂が閉じ込められたものである。ルチアは、水色の髪に水色の目をした少女で、ダナフォールの戦いで15歳という若さで死んでしまったのだ。リュシオンが水の魔剣を手にした日から、たまに異空間で会話をしていた。人懐っこい性格で、リュシオンの力になってくれている。
ルチアは、返事をする代わりに青白い光輝いた。
さあ、イメージしろ。まだ見たことのない光景を……。
「水の魔術 人魚姫!」
魔剣から飛び出したのは、水しぶきや洪水ではなく、美しい人魚姫の形をした水の塊だった。人魚姫は、5人いて踊るように回りながら、毒の魔術を無効化していく。
それを見たバハムートは、動揺を隠せなかった。
(なんだ。なんだ、これは……。水の魔術が、こんな風に形を変えるのか。同時に5つも形状を保てるのか!こいつ、魔術師以上に魔術を魔剣により使いこなしている⁉何なんだ‼こんな奴、今まで出会ったことがない)
驚きと感動で、全身に鳥肌が立つ。長い髪の水で、できた人魚姫がバハムートに誘いかけるように微笑む。
(なんて美しい魔術だろうか……)
まるで芸術作品のようなまるでまるで魔術に魂が奪われそうになる。
「あ……ああ……。こっちにくるな……」
怯えたようにバハムートが、後ずさる。だけど、間に合わない。人魚姫は、空気の海を泳ぐようにバハムートの周囲でグルグルと円を描く。すると毒の魔術が跡形もなく散っていく。
「そんなバカな……。俺は、毒の魔術師だぞ。至高の魔術師だ。水の魔術師如きが、何で俺の魔術を打ち消す⁉ふざけんな!」
怒り狂ったバハムートは、顔を真っ赤にしながら、そう叫ぶが、冷静な判断を失っていた。闇雲に毒の魔術を放出するが、それを人魚姫たちが踊るように舞いながら打ち消していく。
リュシオンは、獲物を狙う狩人のように、バハムートを見つめる。
見えた。
彼の青い瞳が、一瞬の隙を捉えた。
全力でジャンプをして飛び上がり、水流をまとわせた魔剣で、バハムートの首を跳ね飛ばした。
バハムートの首は、血しぶきをあげながら夜空を飛んでいく。
血しぶきは、リュシオンの手のひらにも付着した。
(あ……。手が汚れてしまった。この戦いが終わったら、手を洗いたい)
せっかくバハムートに勝って、団長と副団長の仇をうったというのに、喜びも達成感もない。まだ、自分は何も知らない。知らないまま死ぬわけにはいかない。
娘たちを思い浮かべながら、死んでいった団長の姿を思い浮かべる。彼は、とても人間らしく死んだ。こんなことを誰にも言えないが、誰かを愛しながら死ねる団長が、羨ましかった。自分もいつか、そんな風に誰かのことを想いながら死ねるだろうか。
喜びや、楽しみだけじゃない。胸から零れるほどの怒り、悲しみ、絶望を知りたい。
(いつか俺も人間になりたい)
ふいに、誰かの視線を感じた気がした背後を振り返る。
だけど、辺りには、死体の山があるだけ。生きた人は、いなさそうだ。
気のせいか……。早く次の場所へ行こう。
後で、悲しそうな振りをしながら、団長と副団長の死を報告しなければならない。
今度は、死体の山を振り返ることなくスタスタと速足で歩き出した。




