ベヒモス
深夜に近づいたころ、大きな足音が聞こえてきた。
「待ちかねたぜ」
バーンとドアを殺して登場したのは、ベヒモス・ライジングだった。べったりとした長い黒髪に、鋭い灰色の目をしている。耳には、ジャラジャラとしたピアスをつけていて、胸元がバーンとはだけた服を羽織っている。爬虫類を思わせるような雰囲気の男で、狙いを定められた獲物のような気分になった。
彼は、長い舌を出しながらベロりと自分の下唇を舐めた。
「エリザベスか……。綺麗に育ったな。あの日、お前の泣き顔を見かけた時から、いつかお前を俺のものにしてやろうと思っていたんだ」
あの時、自分は子供だったはずだ。それなのに、そんな風に思うなんて本当に気持ち悪い。ゴキブリの百倍気持ち悪い。
「ああ。お前は、どんな声で鳴くだろうな」
長い舌が、唇からのぞく。
まるで蛇のような男だ。狡猾で、不気味だ。
両親の仇が目の前にいる。今すぐにでも切りかかってしまいたい。
でも、チャンスは、一度きりだ。
失敗したら死を意味する。呼吸を押し殺し、ベヒモスを見つめる。
もっとベヒモスが近づいてから、慎重に行わなければいけない。
「さあ、もっと近くで、お前の美しい顔を見せてくれ」
ベヒモスが近づいてくる。もう少し待つべきか。でも、こいつに身体を触られるのは嫌だ。
「俺の妻になったんだし、熱いキスでもしようか」
そう顔を近づけられた瞬間、枕の下に隠していた短剣で、ベヒモスの頭を切りつけた。
しかし、それは読まれていて、容易にかわされた。
「おっと、危ないな」
「うぐっ」
すぐにベッドの上に倒され手首を抑えられ、あっけなく奪われた短剣を遠くに投げ飛ばされる。
そして、ねっとりとした声で「ダメじゃないか」言われながら、パアン、パアンと顔面を数回殴られた。
「……っ」
痛い。こんな風に殴られたのは、初めてだ。殴られたところが、熱を持ちジンジンする。口の中から血が流れた。
「あー、やっぱり俺のこと殺すつもりだったんだ」
「え……」
「殺気すごいから、まるわかりだよ。いや、そもそもお前だったら、俺のことを殺そうとするだろうなと思っていたよ」
ベヒモスは、間抜けなエリザベスを嘲笑うようにニヤニヤしていた。そして、エリザベスの頬を右手で掴みクイッと持ちあげる。
「それなら、どうして私と結婚しようとしたのよ」
「さっきも言っただろう。いつか君を俺のものにしようとしていたって。君の絶望した顔を見ることが、おもしろいんだ。きっと、嫌いな男にレイプされる君の姿をみることもおもしろいだろうな。ああ、楽しくてたまらない。他人の絶望こそ、最高の劇場だ‼」
「……あなたは、おもしろいから……私の両親を殺したの?」
エリザベスの脳裏に、両親が焼かれたあの光景が蘇る。
「そうだ。『みんなが幸せに生きました』とか、代り映えのしない毎日を生き続けるなんて、つまらないだろう。自分の中の化け物が叫んでいる。もっと俺を楽しませてくれ。もっと絶望してくれ。誰も見せたことのない感情を見せてくれって」
エリザベスは、飼育所にいる家畜を見るように、心底軽蔑した目でベヒモスを見る。
ベヒモスは、ゴミくずのような人間だ。ゴミは、ゴミ箱に捨てないといけない。誰かが彼をこの世から清掃しなければならない。こんな奴、生かしておいてはいけない。早く片付けないと……。
「くくくく。ヨエルにあんたの生首を送りつけてやるよ。ヨエルは、かわいい妹が生首になって帰ってきたら絶望するだろうな」
「やめて……」
兄さんは、十分地獄を味わった。これ以上、苦しめたくない。




