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誰かを殺そうとする彼女に恋をした  作者: さつき


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エリザベスの過去

 エリザベスがベヒモスと出会ったのは、ルートピア帝国の東、ライトスプリング地方と呼ばれる場所に王都ルジアだった。


 その日は、ディアボロン帝国から皇帝ベヒモス・ライジングが、視察という名の脅迫にルジアにあるシュレン城に来ていた。その頃のベヒモスは、20代前半の青年で黒髪に灰色の目をした男だった。目つきが蛇に似ているせいか、顔立ちは整っているものも、他者に威圧感と恐怖を与える雰囲気の美青年であった。耳には、大きな蛇の耳飾りがあり、首には銀色の蛇のウロコのような模様の派手な銀のネックレスが、自己主張するようについていた。服装は、黒いシャツと黒いズボンというシンプルなものであるが、その黒を基本とした服装がベヒモスの不気味さを加速させていた。


 ベヒモスが広間にある王座に座りたいと言った時に、こちら側の側近であるカーティス・ハリソンは、それは国王ヨダカーンのものであると告げた。次の瞬間、ベヒモスによって「うるさいな」という言葉と共にカーティス・ハリソンは黒炭にされた。長年、剣術を磨いてルートピアの頂点にたどり着いた男が、あっという間に殺されてしまったのである。


 当時のルートピアの国王であるヨダカーン・チェルノボグ青ざめた額から、滝のような汗が流れ落ちた。ヨダカーンは、癖のあるくりくりとした金髪に赤い瞳をした40代の男で、年の割には小さい頃から苦労が絶えなかったせいか白髪が多く老けて見える。


 その横には、シャーリー・チェルノボグが、感情をそぎ落とし人形のような顔で立っていた。シャーリーは、艶のある黒髪にぱっちりとした黒目をした30代後半の女性で、飾りの少ない苔みたいな深緑色のドレスを着ていた。なぜこのドレスを選んだかというと、目立たない色だからである。いつもはだらりとおろしている髪の毛も、メイドのように後ろでくくり、髪飾りは一つもつけていなかった。化粧も控えめにして、印象の薄い女になるように努力していた。できる限りベヒモスを不快にさせないようにしないといけない。そんな風にシャーリーは、息遣いすら押し殺そうとしていた。


 ヨダカーンは、生きた心地がしなかった。緊張をしていたが、唾を飲むことすら怖かった。きっと、ベヒモスの気分次第でここにいる全員、殺されてしまう。

 本音を言うと、ここから逃げ出してしまいたい。ベヒモスが怖くてたまらない。しかし、自分は、ルートピアの国王だ。民を守るために、なすべきことをしなければいけない。


「リチャードが、無礼な真似をしました。申し訳ございません。どうぞ、その王座にお座りください」

「わかればいい」


 そう言いながらベヒモスは、右手を軽く上げたあと、ドカッと王座に座り込む。そして、王座の上で偉そうに足を組み、頬杖をついた。


「ふん。王座のくせに、随分質素だな。ディアボロン帝国の王座の10分の1の宝石もない。それに座り心地も悪い」

「申し訳ございません」


 ヨダカーンは、スラスラとためらいなく謝罪した。

 通常であれば、その王座はヨダカーンのものであるから、ベヒモスに謝る必要はないのである。しかし、ヨダカーンの機嫌を損ねないようにするために謝った。


「それで、今年の小麦のことだが」

「申し訳ありません。お手紙で伝えた通りの状況であります」

「お前たちは、約束も守れないのか」


 ベヒモスは、ブラックチョコレートみたいに低く滑らかな声で、怒りをにじませながら問いかける。

 それを見たヨダカーンは、膝を床につき土下座をした。


「申し訳ありません」


 もうプライドなんて、とっくの昔に捨てていた。

 ヨダカーンは、美しい金髪が地面につくことも気にせず必死で頭を床につける。シャーリーも、ヨダカーンと同じように頭を床に向けて下げていた。


「申し訳ありません、ベヒモス様。今年は、飢饉の影響で不作です。このままでは、領民が飢え死にしてしまいます。来年になれば、今年の倍は小麦を差し出せます。どうか税金を下げてください。このままでは、ルートピアでは多くの民が死んでしまいます」


 ヨダカーンは、震える声でそうベヒモスに告げる。

 ディアボロン帝国の支配下にあるルートピアは、毎年莫大な小麦をディアボロン帝国に差し出すことになっていた。ルートピアの国民は、ひもじい思いをしながら必死で小麦を治めていたが、今年は大飢饉だった。そのため、ディアボロン帝国に差し出す小麦の量を減らして欲しいとヨダカーンは、ベヒモスに手紙を送ったのである。その結果、ベヒモスは、ルートピアのシュレン城を訪れたのである。


「お願いします」


 シャーリーも、額に汗を浮かべながらそう告げる。彼女は、ベヒモスが怖くてたまらなかったが、少しでも民を救いたいという使命感につき動かされ何とか口を開いていた。


「どうかもう一度再考をお願い致します。もう民は、何も差し出せる状況ではありません」


 必死でヨダカーンもそう頭を下げるが、ベヒモスの顔色が変わることはなかった。


「もうよい」


 その言葉にわかってもらえたのかと顔をあげたが、ベヒモスの顔に現れていたのは苛立ちだった。


「俺に進言するとは、不愉快な連中だ。地獄の炎で苦しみながら死ね」


 ベヒモスが左手をあげた瞬間、ヨダカーンと、シャーリーの身体が燃え上がる。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 絶叫するヨダカーン。


「あなた!み、水……助けて……苦しい……。あつい、あつい……」


 ダンスを踊るようにもがき苦しむシャーリー。

 その様子を見て、ベヒモスは膝を叩きながら笑い出した。


「あははははははははははははははははははははははははははははははははは」


 2人は、助けを求めるように手を伸ばした姿勢で消し炭になっていく。


「ははははははははははははははははははははははははは。実に無様だ。非魔術師の分際で魔術師に楯突きやがって。身の程知らずの愚かな人間が……この世界は、全て俺のものだというのに」

「お母様!お父様!誰か助けて‼」


 その時、二人の娘である十三歳のエリザベスが駆け寄ろうとした。

 そんなエリザベスを、兄であるヨエルが羽交い締めにして必死で止める。目の前には、騎士団長のジョン・ラプラスと副騎士団のバロン・ボナパルトも壁のように立ちふさがる。ジョンは、黒髪のがっしりとした男で、バロンは赤毛をした派手な容姿の男である。普段は、喧嘩ばかりしている二人だが、こんな時は一致団結していた。絶対にかわいいエリザベスをベヒモスのもとへ行かせない、命に代えても守る……そんな強い意志が感じられるような顔をしていた。


「おまえなんか……」


 ベヒモスを罵ろうとしたエリザベスの口を、兄のヨエルが右手でふさいだ。


「申し訳ございません。エリザベスは、しっかりと教育していきます」


 感情を押し殺したヨエルが、両親を殺したベヒモスに謝る。


「愚かな両親に代わり、私が民から必ず小麦を取りたてます」


 ヨエルが、優しい両親を尊敬していたことをエリザベスはよく知っていた。兄は、この場をやり過ごすために、両親を愚か者扱いしたのだ。


「もうよい。お前らなんて信用できない。私、自らルートピアを周り、小麦を徴収しよう。働かなかった人間を処分できるいい機会だ」

「かしこまりました。宜しくお願い致します」


 ヨエルは、ベヒモスに頭を下げながら、そう告げた。

 きっと、一定量の小麦を差し出せなかった民は、ベヒモスに焼かれて死んでいくのだろう。大好きなルートピアは、こいつによってめちゃくちゃにされるのだ。

 ボロボロと宝石みたいに、エリザベスの赤い瞳から涙が零れ落ちていく。

(殺してやる。いつかお前を必ず殺してやる。お母様とお父様の仇をとってやる)

 言葉にせず心で誓う。そして、殺意を込めて睨みつける。

 その様子に、なぜかベヒモスは不愉快になったりせず、獲物を狩る狼のように鋭い目でエリザベスを見ていた。


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