帰ってきた
数日更新止まります
山道を越え、街道を抜け、ようやく見慣れた城壁が視界に入ったとき、フィオナは大きく伸びをした。
「ふぅー……無事帰ってきましたねぇ」
ローベルク。魔物の脅威にさらされながらも、今日もその堅牢な門は健在だった。陽は高く、石畳の道には賑わいが戻ってきていた。
「ここまでありがとな、フィオナ」
カイルが肩の荷を降ろすように言った。ルークは相変わらず無駄に疲れたとぼやき、ミーナは控えめに微笑みを浮かべた。
「こちらこそお世話になりましたー。また何かあったらよろしくお願いしますね!」
「おいおい、また巻き込む気かよ……」
「冗談ですよー」
そんなやりとりを交わしながら、彼らはギルドの前で別れた。カイルたちは報告の必要もない一般冒険者。しばらくはローベルクで休息を取るつもりのようだった。
フィオナはそのままギルドの中へと足を運んだ。
中は相変わらずの賑わいだった。報酬の受け取りや、新たな依頼を探す冒険者たちでごった返している。受付の前を通り過ぎ、奥の階段を上がると、討伐隊用の事務室がある。
「ただいま戻りました~」
軽く扉を開けて中に入ると、そこにはジークの姿があった。窓際の机に肘をつき、面倒そうに書類をめくっている。
「おかえり」
顔を上げたジークは、フィオナの姿を確認すると、手を止めて椅子を回転させた。
「レイラさんはいないんですか?」
「今朝から出かけてる。しばらく戻らんとのことだ。で、どうだった?」
「まぁまぁ、順調でしたよ。……多分」
フィオナは適当な椅子に腰を下ろし、報告書を差し出す。
「見回りでは特に大きな問題はありませんでしたー」
「……ふむ、珍しく平穏だったな。お前にしては」
「ちょっと! いつも何か起きてるみたいに言わないでくださいよ!」
「違うのか?」
「……うっ」
ジークは肩を竦め、書類をぱらぱらとめくりながら、受け取った雑な報告書に目を通した。
「ま、レイラが戻るまで詳細を聞く必要もない。とりあえず、待機しておけ」
「……暇なんですね?」
「珍しく、な」
フィオナは机に頬杖をついて、ぽかんと天井を見上げた。
(さて、空いた時間、どう使いましょうかねぇ……)
帰還直後とはいえ、こうして束の間の休息を得られるのは珍しい。久しぶりにギルド内をゆっくり散策してみるのも悪くない。
「……ん?」
ふと、ギルド内の空気に違和感を覚えた。
普段と変わらぬ賑やかさの中に、どこか落ち着かない雰囲気が混じっている。ざわざわと、まるで新たな情報が流れているような──そんな気配だった。
フィオナは椅子から立ち上がり、窓の外を眺める。
「なんだか、ギルドがやけに騒がしいですねぇ……」
フィオナは手持ち無沙汰なまま、一階のロビーに足を運んでいた。先ほどまでの違和感は、やはり気のせいではなかった。冒険者たちが数人ずつ固まって、興奮気味に会話を交わしている。時折、笑い声や驚きの声が飛び交い、普段の依頼掲示板の前とは明らかに違う空気が漂っていた。
(んー……これは、なんでしょう?)
好奇心に駆られて、近くにいた見知った冒険者グループに声をかけてみる。
「こんにちはー、なんか面白い話でもあるんですか?」
「あ、フィオナじゃないか。知らないのか?」
「最近戻ったばかりなんですよー」
「そうか。実はな、北の村のほうで“グリフォン”の目撃情報があったらしいんだよ」
「グリフォン……あの、獣の頭と鷲の翼の?」
「そうそう。それで、ローベルクでも有名なパーティが調査に向かったって噂なんだよ。武勇伝が増えるかもしれないってさ!」
冒険者たちは目を輝かせながら、その話題で盛り上がっている。
フィオナは少しだけ考え込み、ふっと肩をすくめた。
「村人が目撃するところにグリフォンが出てくるかなぁ……なんか、信憑性薄そうですねぇ」
「まぁ、それもそうだけどな。でも、あのパーティが行くなら、なんとかなるだろ」
「ですねー。まぁ、誰かが行ってるなら、私には関係ないですね」
そう言って、フィオナはひらひらと手を振り、その場を離れようとした。
──が。
「フィオナさん」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、受付嬢のエリスがにこやかに立っていた。
「もしかしたら、討伐隊にもお鉢が回ってくるかもしれませんわよ?」
「……えぇ……」
エリスの笑顔に、フィオナは思わずため息をついた。
「最近、働きすぎかなーって。こう、もっとこう……ゆったりとした仕事にしたいなぁって思ってるんですけどねぇ……」
「ふふふ、それはレイラさんにお願いしてみてはどうかしら?」
「うぅ……たぶん、却下されますよ……」
エリスはくすくすと笑いながら、業務に戻っていった。
フィオナは再びロビーの椅子に腰を下ろし、周囲の喧騒を聞きながら、ぽつりと呟いた。
「……グリフォンかぁ。討伐隊の出番じゃありませんように……」
ギルド内のざわめきを後にして、フィオナは再び討伐隊専用の待機室へと戻ってきた。背中を椅子に預け、窓の外をぼんやりと眺める。
(こういう平穏な日も、悪くないですよね……ほんとに)
だが、その安寧は長くは続かなかった。
コンコン、と扉が控えめにノックされる。
「フィオナさん、レイラ隊長がお戻りになりました。討伐隊員は全員、会議室に集合とのことです」
ギルド職員の伝達に、フィオナはげんなりと眉をひそめた。
「うぅ……やっぱり、こうなりますよねぇ……」
それでも、命令は命令だ。立ち上がり、軽く体を伸ばしてから部屋を後にする。