一件落着
──カイル視点──
「ミーナ、伏せろ!」
叫んだ瞬間、カイルは全力で地面を蹴っていた。迫り来るモーズの鋭い爪。ミーナの背後から滑空する巨大な影に、間に合わないと直感する。
(くそっ……間に合わない!)
脳が回転する。体が追いつかない。無理だと分かっているのに、足は止まらなかった。
(どうする……!? どうやって守る!?)
必死で策を巡らせる。しかし現実は非情で、足はまだ数歩も距離がある。追いつけない。
視界の端に、一瞬フィオナの姿が見えた。
(フィオナ……!?)
彼女はすでに動き出していた。だが、その進路はミーナではなく──木に突き刺さった女性の方へと向かっていた。
(なっ……なんで!?)
動揺が走る。あれだけ俊敏で、間違いなく自分より速いはずのフィオナが、ミーナではなく別の方へ?
理解が追いつかず、カイルの思考は混乱した。
その隙に、モーズの爪がミーナへと迫る。終わりだ──と、そう思った。
だが──
ミーナは笑っていた。
信じられなかった。
(何考えてんだ……!? 気が触れたのか!?)
絶望の淵で、ミーナは自らの武器を両手で握りしめ、まるで鈍器のように構える。
「っ──たあっ!!」
そのまま、飛びかかってきたモーズの顔面に──振り抜いた。
想像以上の重い音が響く。ミーナの一撃により、モーズの軌道が逸れた。
「ミーナッ!!」
カイルが叫んだそのとき、モーズはバランスを崩し、一直線に木に突き刺さった女性の方へと飛ばされていく──その先には、待ち構えていたフィオナの姿。
モーズは慌てて翼を広げて方向転換しようとしたが──もう遅い。
「逃がしませんよー」
拳が突き出された瞬間、モーズの頭部が見事に捉えられた。
まるで硬いガラスが砕けるような音が響き、モーズの頭が粉砕される。巨体が揺れもせず、そのまま無音で地面に崩れ落ちた。
────────
「ナイス連携でしたっ!」
モーズを倒したあと、フィオナは無邪気に笑いながらミーナへと歩み寄った。
ミーナはへたり込んだまま、安堵の笑みを浮かべた。
「フィオナさんのおかげで、被害も小さく済みました。ありがとうございました……!」
「いえいえ~、結果的にはバッチリでしたね!」
呆然としていたカイルとルークもようやく我に返り、慌ててミーナに駆け寄った。
「ミーナ、大丈夫か!?」
「……初めて、魔力をあんな風に使ったから、身体の芯まで疲れた感じがします。でも……なんとか……」
ミーナは膝を崩し、ぺたりと地面に座り込む。
「フィオナさんの動きを見ていて、真似できないかなって思ったら、案外いけました。……一回で魔力は底つきましたけど」
「バカ! 心配したぞ!」
「無事で良かった……!」
三人はその場で肩を組み、笑い合った。
ルークは静かにミーナを背中におぶりながら立ち上がる。
「……さて、次はあっちか」
ルークの視線の先には、フィオナが立っていた。
フィオナのもとへと戻ったカイルは、軽く息をついて言葉をかける。
「先読みしてそっちに動いてたんだな。ミーナがあんなことできるって、分かってたのか?」
「うーん……なんとかなると思ってました!」
フィオナはにこっと笑いながら続ける。
「だからこの人に被害が向かわないように先回りしてました。まぁ、なんとかならなかったらそのとき考えればいいかなって!」
「……いや、それが一番怖いんだけど」
ルークが思わず苦笑する。
「勘弁してくれよ……」
カイルも頭を抱えながらため息をついた。
そして、ふと目線を木に突き刺さったままの女性へと向けた。
「っていうか、まだ助けてなかったのかよ。……見た感じ、あの少女のお姉さんだろ?」
「私もそうだと思ってました!」
フィオナは笑顔のまま、躊躇なく動き出す。
「じゃあ、助けますか!」
そこからの動きは、まさに電光石火だった。
まずは突き刺さっていた枝の根本を見極め、素早く一撃で切断。女性の身体を落とさないように注意深く抱え、地面に横たえる。
「いきますよー!」
フィオナが声をかけると同時に、胸に突き刺さった木の枝を一気に引き抜いた。
「──っっ!!!」
凄まじい悲鳴が辺りに響く。女性は耐え切れず、気を失った。
その瞬間を見計らい、フィオナは両手を女性の胸元にかざす。
淡い光が放たれ、傷口がみるみるうちに閉じていく。肉が再生し、血の流れが止まる。
「……よし、これで一件落着ですね!」
フィオナはにっこりと胸を張った。
カイルたちは、その光景をただただ呆れた顔で見つめていた。
「ほんとに……なんつーか……」
「言葉が出ないわ……」
「まぁ、フィオナらしい……」
ため息混じりの言葉が漏れ、そしてまた静かな笑い声が広がった。
山の空気は未だ不穏さを帯びているが、少なくとも今この瞬間だけは、ひとつの命が救われた。