表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/43

お茶目な暴力


湖畔の戦闘が終わり、静寂を取り戻した風景の中で、フィオナは片膝をついて、ぐったりと倒れた黒衣の男を見下ろしていた。


「さてと……この人、どうしましょうかねぇ……」


つい先ほどまで命を狙ってきた暗殺者然とした相手。あの手際、剣の腕前、そしてあの奇怪な瞬間移動めいた機動。あれが転移魔法なら、放置しておけば目覚めた瞬間にどこかへ逃げかねない。


「……やっぱり、運ぶにしても手足切っちゃうのが一番確実かなぁ。四肢欠損すれば最悪転移されても無力化できてますしし……馬車に乗せるときも暴れないですし……」


無邪気な顔でそんな物騒なことを考えるフィオナの姿は、はたから見れば狂気でしかなかった。


「よし、じゃあ──」


拳を握ったその時。


「おい、それ以上やるなよ」


どこか気だるげな声が、木陰から聞こえた。


フィオナが顔を上げると、霧の合間から影が現れる。


「ジークさん!?」


軽装の黒装束。討伐隊の“影”を担う男──ジークが現れた。


「ジークさんもここに派遣されたんですね。…じゃあ、私がここに派遣された意味って……」


フィオナは唇を尖らせながら、ややいじけた声でつぶやく。


ジークは苦笑しながら辺りを一瞥し、血の跡と砕けた木々、蒸発した水の残滓を見て肩を竦めた。


「いや、むしろ俺じゃなくてお前でよかったよ。この惨状を見て、それしか思えないな」


「そうですかぁ?」


フィオナは頬をぽりぽりとかきながら、倒れている男に視線を戻した。


「それで、何があったんだ?」


ジークは本題に戻すように言った。


「えっと、湖に来たら水でできた魔物がいて、それを倒して……それから装備品の山を整理してたら、この人に奇襲されまして!」


「……相変わらずだな」


「ほめ言葉と受け取ります!」


フィオナは誇らしげに胸を張った。


「それで……この人、明らかに“転移”っぽい動きしてましたよ。多分、転移魔法です」


「マジか」


ジークは眉をひそめ、男の身体を覗き込んだ。顔を見た瞬間、ジークはさらに眉をひそめたが、フィオナはその動きに気が付かなかった。


「そうなんですよ。逃げられたり暴れられたりしたら大変ですから、どうしておこうかな~って考えてたんです」


フィオナが言うと、ジークは懐から何かを取り出した。


「なら、これを使え」


ジークが差し出したのは、銀の輪。中央には微細な刻印が彫り込まれており、かすかに魔力が込められていた。


「魔法封じの首輪だ。これを付けてから拘束しておけ。転移魔法はもちろん、簡単な魔法すら封じられる。……壊すなよ」


「おおー! ありがとうございます!」


フィオナは嬉々として受け取り、倒れている男の首にパチンと装着する。


そして──


「よし、次は拘束ですね!」


「……?」


ジークが問う間もなく、フィオナは右足を振り上げ──

流れるように両手両足の骨を粉砕した。


「──はい、拘束終了です!」


「お前、何やってんだよ!!?」


ジークが呆然と叫ぶ。


「だって、ロープも無いですし、こうしておけば動けませんし! 完璧な判断だと思いませんか?」


満面の笑みで言い放つフィオナ。


ジークは数秒沈黙した後、深く息を吐いて顔を覆った。


「はぁ……もう俺が拘束しとくから、お前は余計なことするな……」


「了解でーす!」


黒衣の男をしっかりと拘束し終えた二人は、再び湖畔の奥──装備品が山積みにされた場所へと戻ってきていた。


「これです、これ」


フィオナが示したのは、傷んだ皮の肩当て。討伐隊のマークがくっきりと刻まれていた。


「これは……間違いない。ロイの装備だ」


ジークの声が少し低くなる。


フィオナもそれ以上何も言わず、黙って装備の山を見つめた。


討伐隊の仲間──少なくとも一人は、ここで命を落としたのだろう。


しんと静まり返った空気の中で、ジークが静かに口を開く。


「俺が指示するものだけを回収してくれ。他は、ギルドに報告してからでいい」


「了解です」


フィオナは背筋を伸ばし、慎重に装備品を選別しながら布に包んでいく。


しばらくして。


「……終わりました」


フィオナは立ち上がり、ジークに頷く。


ジークも無言で頷き返し、二人は湖畔を背に、静かに歩き出した。


湖面は風に揺れ、霧はようやく完全に晴れていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ