寮生活と同居人
「はぁー……やっと終わった……」
フィオナはローベルクの冒険者ギルド前で伸びをした。馬に揺られての帰還だったが、ゴブリンを殴り倒した疲れが身体にじわじわと残っている。
「ふぅ……ま、初任務は無事成功ってことでいいですよね?」
「は? 何が『無事成功』だ、狂人」
隣でレイラ隊長がフィオナを睨んでいた。
「お前、討伐隊の任務ってのはな、ちゃんと隊の指示を聞いて、慎重に行動するもんなんだよ! いきなり突っ込んで身体強化して素手でゴブリンを殲滅するのは“普通”じゃねぇ!!」
「えー、でも結果的に全滅したし……村人にも感謝されましたし……?」
「感謝されたんじゃなくて、恐れられてただろ! あの村、お前のこと“狂人”とか言ってたぞ!!」
「あれ、そんなこと言われてましたっけ?」
「言われてたわ!! てか、私たちが到着してすぐゴブリンを全滅させるなんて異常なんだよ!!」
レイラはこめかみを押さえながらため息をついた。
「……もういい、とりあえず今日は休め。お前、どっかのタイミングで教育するからな……」
「ええー!? ちゃんと仕事したのに、なんでそんなこと言うんですかー!」
「“ちゃんと仕事”の基準が違うんだよ、お前とは!!」
「で、私、どこに泊まればいいんですか?」
「そういや、お前どこで寝るんだ?」
「それを聞きたかったんですよ! 私、どこに泊まればいいんですか?」
「……寮がある」
「えっ?」
「冒険者ギルドで働く人間のための寮があってな。討伐隊の隊員もそこを使ってる。受付に言えば案内してもらえる」
「寮……」
フィオナは遠い目をした。
(本当なら、町の宿とか借りて、のんびり受付嬢として働く予定だったのになぁ……)
「相部屋になるが、ま、仲良くやれよ」
「相部屋!? うわぁ、プライバシーが……!」
「隊員は全員そうだ。むしろ一人部屋があると思うな」
「ですよねー……」
がっくり肩を落としながら、フィオナはギルドの寮へと向かった。
ギルド職員寮は、ギルド本部の裏にある石造りの二階建ての建物だった。受付で名前を伝えると、すぐに二階の部屋を案内される。
「ここがあんたの部屋ね。相部屋だから仲良くやるんだよ」
「はーい……」
少し気だるげに扉を開けると、中にはすでに一人の少女がいた。
窓際で荷物を整理していたのは、金髪を優雅にまとめた少女。白と薄桃色の制服を着ており、清楚で上品な雰囲気を漂わせている。
少女はフィオナに気づくと、優雅に微笑んだ。
「こんばんは。あなたがフィオナさんですね?」
「えっ、あ、はい! 今日からここでお世話になります、フィオナです!」
「私はエリス・フィールズと申します。冒険者ギルドの受付を担当しています。よろしくお願いいたしますわ」
「受付嬢……!」
フィオナはハッとした。
(まさに理想の受付嬢って感じの人がいる……! なのに私は討伐隊……!)
エリスはにこやかに微笑んだまま、「フィオナさんは討伐隊に入られたのですよね?」と尋ねる。
「ええ、まあ……本当は受付嬢になりたかったんですけど、なぜか討伐隊に入れられて……」
「あら、それは……大変ですわね」
エリスは少し驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「でも、討伐隊のお仕事はとても立派なものです。私たち受付嬢は、そういった方々を支えるためにいるのですから」
「……うーん、そう言われると、なんか複雑ですね……」
エリスの綺麗な微笑みを見て、フィオナは少しだけ気恥ずかしくなった。
「とりあえず、お腹すきましたね。ご飯行きましょう、ご飯!」
「ええ、そうですわね」
二人は寮の食堂へ向かった。並んでいるのは温かいシチューとパン、そしてハーブティー。
「エリスさんは受付の研修を受けてるんですよね? どうですか、受付の仕事は?」
「ええ、とても楽しいですわ。依頼を受けるとき、冒険者の皆さんが安心して仕事に向かえるよう、しっかり説明することが大事なのです」
エリスは楽しそうに話す。
「ふーん……私は何も聞かずに戦場に出されましたけどね……」
「ふふっ、それも大切なお仕事ですわ」
「そんな笑顔で言われても……」
フィオナは苦笑しながらシチューを口に運んだ。
夕食を終え、二人は部屋に戻った。
「では、明日に備えてお休みなさいませ」
「おやすみなさい、エリスさん」
ベッドに横になると、フィオナは天井を見つめた。
(今日、何が起こったっけ……)
朝、受付嬢になるつもりでギルドに行ったのに、なぜか討伐隊に入れられた。
初任務でいきなりゴブリンと戦い、気づけば“狂人”とか呼ばれ始めている。
そして、受付嬢の新人エリスと同じ部屋になった。
(……なんか、すごい一日だったなぁ……)
フィオナは大きく伸びをして、毛布を被る。
(ま、なるようになるか……)
眠気に包まれながら、フィオナは静かに目を閉じた。
こうして、彼女のギルドでの生活が始まるのだった。