再出発
ローベルクの城門が視界に入ったとき、フィオナは思わず大きく伸びをした。
「ふわあ~……やっと帰ってきましたねぇ!」
足取りは軽い。あれだけの死闘と戦いを経たにも関わらず、体の芯にはまだ元気が残っているのだから、我ながら自分の回復力に驚く。
……いや、単に図太いだけかもしれないけれど。
「これで私が一番乗りですね~。さすがに!」
そんな独り言を呟きながら、ギルドの正門をくぐった──が。
「ただいま帰還しましたー……っと」
ローベルクのギルドに戻ってきたフィオナは、ゆるい足取りのままカウンターに歩み寄り、近くの椅子にどさっと腰を下ろした。
「おかえりなさい、フィオナさん!」
受付にいたエリスがぱっと顔を上げて微笑んだ。
「東部森林の調査、お疲れ様でしたわ。無事で何よりです」
「バッチリ無事です!私以外にも誰か戻ってきてます?」
フィオナはカウンターにもたれかかるように身を預けた。
「ええ、ジークさんが今朝一番で帰還されましたわ」
「えええ、そんなぁ……!」
フィオナはがっくりと肩を落とす。
「結構早く調査を終えたので、一番だと思ってました…」
「ふふ、それでも十分早いほうですわ」
「それで、東部森林の調査結果は?」
後方から聞こえた声に振り返ると、レイラが腕を組んで立っていた。
「はい、異常の中心と思われる“石碑”を確認、破壊しました。ついでに、未完成の融合魔物も討伐しました!」
フィオナは胸を張って報告する。
「……未完成?」
「はい。恐らく、成長の途中だったと思われます。完全な形にはならなかったみたいで」
レイラは眉をひそめながらも頷いた。
「石碑っていうのはどういうものだった?」
「これです!」
フィオナは腰のポーチから、慎重に包んでいた黒い石片を取り出す。
見た目はただの石のように見えるが、掌に乗せているだけでじわじわと不快な気が伝わってくる。
「こいつは……間違いなくただの石じゃないな。あまり直接触らない方がいいだろう」
レイラは手を伸ばさず、フィオナに目配せする。
「えぇ…私は触っているんですけど…」
「そのまま、鑑定部に持っていけ。アントに頼めば調べてくれるはず」
「アントさんですね。了解です!」
フィオナは石片を持ってギルド奥の部屋へと向かった。
──数十分後。
鑑定部の初老の男、アントに石片を預けると、フィオナは再びレイラの元へ戻っていた。
「それで、他の隊員は?」
「ロイとミアがまだ戻ってきていない」
「えっ、ロイさんとミアさん……」
フィオナの表情が少しだけ真剣になる。
「南方と西方だったかな?」
レイラは、手元の地図に目を落としながら呟いた。
「ミアからは、昨日の時点で“帰還予定が遅れる”という連絡が来てる。が、ロイからはまだ何の報告もない」
「……それって…ちょっとまずいのでは?」
「だから、お前に応援を頼みたい。お前しか空いてないからな」
「空いてるって……! まだ戻ってきたばかりなんですけど!?」
レイラは一瞬目を細めたが、すぐに無表情のまま淡々と返す。
「だから、ちょっと休憩したら出発でいいぞ」
「ちょっと!? 一泊とかじゃなくて!?」
「今はのんびりしてる時間はないんだ。すまないが頼んだ」
「……し、仕事って、厳しいですね……」
フィオナは遠い目をしながら、机に額を押し付ける。
「それで、どっちに行きますか? 南? 西?」
「西だ。ミアの方は連絡がついているし、何かあっても最小限の支援で済む。だがロイは──状況が読めん」
「了解です…」
レイラはそんなフィオナを見て、軽く笑った。
「お前、帰ってきたとき元気だっただろ。元気が取り柄のフィオナだろ」
「そうですけど!?帰ってきたばかりで疲れもあるんですから!」
レイラは言葉を返さず、地図を指差した。
「西方の湖畔地帯。おそらくはそこに向かったまま、状況の確認を行っていたと思われる」
「なんかまた異常がありそうな気配、ぷんぷんしますね……」
「ありそうな、じゃない。“確実にある”。この規模の魔物異常が広範囲に起きているんだ。ロイがただの遅延で済んでるとは思えない」
「……ですね。じゃあ、準備整えたらすぐ出ます!」
そうしてフィオナは、再び討伐隊員として“仕事”の中へと放り出されるのだった。