深林の奥地
「……ようやく、出られましたね」
フィオナは深呼吸をひとつして、木漏れ日が差し込む林の中を見渡した。
「まるで、空気が違う……」
カイルが疲れ切った顔で地面にへたり込む。その傍でルークとミーナも息を整え、ようやく正気を取り戻しつつあった。
「まったく……あんなの、普通に生きて帰れる場所じゃないだろ……」
「フィオナさんがいなかったら、間違いなく何十回と死んでましたわ……」
「えへへ、照れますねぇ」
フィオナはいつもの調子で笑うと、再び奥へと視線を向ける。
そこにあったのは──
「……地面、なんか盛り上がってません?」
土が不自然に隆起し、まるで巨大な瘤のように地面を押し上げていた。その頂には、黒く禍々しい“石碑”が突き立っている。
「な……あれは……?」
「うわ……めっちゃ怪しい……」
その周囲には、無数の魔物の死骸が散乱していた。ゴブリン、オオカミ、果ては以前報告されていたBランクパーティの討伐対象とされていた大型個体まで……。
そのどれもが、肉も骨もぐずぐずに崩れ、干からびている。
「……こんな石碑、聞いたことない……」
ミーナが小さく震えながら後退る。
「いや、あり得ねえ。あんなもん……存在していいものではないだろ……」
「うわー……これは絶対ヤバいやつですね」
フィオナは不吉な笑みを浮かべながら、石碑を見上げた。
その瞬間──
魔物の死骸が音を立ててさらに萎み出した。
皮膚が収縮し、骨が内側に崩れていく。まるで、石碑がそれらの“命”を吸い上げているようだった。
「うわっ……な、なんだこれ……」
「まずい……逃げ──」
ルークが叫ぼうとした瞬間。
石碑の中心から黒い霧が漏れ出した。
霧は地面を這い、空中に渦を巻き、周囲を包み込むように拡がっていく。
それと同時に、低く重い“鼓動”のような音が響き始めた。
「動けない……っ!」
「足が……動かない……!」
全身を縛りつけるような圧力に、カイルたちは完全に硬直していた。
逃げることも、叫ぶことも、武器を抜くことすらできない。
(ああ……今度こそ終わりだ……)
そんな絶望が脳裏をよぎったそのとき──
「うおりゃーーーっ!!」
聞き慣れた元気な声が、すべてをかき消した。
フィオナが宙を飛んでいた。
跳躍と同時に振り上げられた拳が、石碑の中心へと叩き込まれる。
石碑が悲鳴のような音をあげて砕け散った。
霧が一瞬にして吹き飛び、鼓動の音も掻き消える。
「ふぅ……やっぱり、何か起きる前に壊すのが一番です!」
フィオナは着地しながら、少し誇らしげに胸を張った。
「……そんなのありか……?」
カイルたちは呆然と立ち尽くし、まるで夢でも見ているかのように石碑の残骸を見つめていた。
「ま、こういうのは“先手必勝”ってことで!」
フィオナは優雅にカイルたちの横に戻り、手についた土を払った。
「さーて、とりあえず村に帰りましょうか」
「……あ、ああ。賛成」
「もう今日は帰りたいですね……」
──その時だった。
石碑の立っていた地面が、低く唸るように揺れ出した。
「えっ、地面が……」
「動いて……?」
砕けた石碑の周辺──いや、“地面そのもの”が蠢いていた。
「これ……また何か来ますよね……?」
フィオナの目に、警戒の色が戻る。
カイルたちも、もはや余裕のない顔で武器を構えた。
石碑は砕かれた。それでもなお、何かが目覚めようとしていた。




