東部深林の中
「ふふん、今度はバッチリですよ!」
東部森林の中へと足を踏み入れながら、フィオナは胸を張って自信満々に呟いた。
「前回は派手に動きすぎて目立っちゃいましたからね~。今回はこっそり……そう、影のように……!」
そう言って、フィオナはそろりそろりと足を忍ばせて歩き出す。
──ギシッ。
「……あれ?」
──ガサッ、バキッ。
「……ん?」
──ズボッ!!(ぬかるみにハマる)
「……あっ!」
フィオナは焦って足を引き抜こうとしたが、逆にバランスを崩して──
「うわああっ!!」
ズシャアアァッ!!
勢いよく転び、前のめりに地面へダイブした。
「……いててて」
地面に顔を擦り付けながら、フィオナは呆れたように呟いた。
「……ちょっと、静かに行くつもりだったんですけどね」
どれだけ静かに行動するつもりだったとしても、フィオナの場合、結果的にはいつもドタバタ劇になってしまうのだった。
「まぁ、気にしない気にしない」
立ち上がって服の泥を払いながら、フィオナは気を取り直す。
「どうせこの辺、魔物だらけですし、静かにしたって大して変わらないですよね!」
そう言い聞かせながら、再び歩き出した。
──しかし、何かがおかしかった。
「……ん?」
フィオナは眉をひそめた。
「なんか……前と違う?」
以前に訪れた時は、魔物たちは何かから身を隠していた。その何かは魔族だったわけだが。
だが、今回は──
「……逃げてる?」
明らかに魔物たちは、森の中心から離れるように移動していた。
「え、なんで?」
フィオナは首をかしげながらも、しばらく様子を見守った。
「これは……奥で何か起きてる?」
不安がよぎる中、フィオナはさらに慎重に森の奥へと足を進めていった。
しばらく進んだところで──
「……ん?」
フィオナは遠くに3人の人影を見つけた。
「誰かいる?」
警戒しながらゆっくりと距離を詰める。
向こうも同じく警戒しているのか、じりじりと武器に手をかけながら近づいてくる。
「……お互い、警戒してますね」
フィオナは少しだけ力を緩めて、ゆっくりと手を上げた。
「ちょっと、落ち着いてください。私は冒険者じゃないですよ」
「……誰だ?」
リーダーらしき男が低い声で問いかけてきた。
3人組の服装からして、それぞれ軽装の剣士、弓使い、そして魔法使い。
「私はフィオナ。ローベルク討伐隊の者です」
「討伐隊……?」
3人は顔を見合わせ、訝しむような表情を浮かべた。
「……あんたみたいなお嬢ちゃんが?」
「まぁ、無理もないですよね」
フィオナは肩をすくめながら、にこっと笑った。
「新しく入隊したばっかりなんで、知らなくても当然です」
「……あぁ、そういえば」
リーダーらしき男が思い出したように頷いた。
「最近、討伐隊にとんでもない新人が入ったって噂は聞いたことがある」
「とんでもない新人……?」
フィオナは少しむっとした。
「まぁ、私のことだと思いますけど、そんな言い方しなくても……」
リーダーはフィオナの黒い戦闘服と落ち着いた雰囲気を一瞥し、ふぅと息をついた。
「……確かに、ここで落ち着いて話してる時点でただ者じゃねぇな」
「納得してもらえました?」
フィオナは笑顔で頷いた。
「ところで、あなたたちは?」
「俺たちはCランク冒険者だ。俺がリーダーのカイル、こっちは弓使いのルーク、魔法使いのミーナだ」
「なるほど、Cランクですか」
フィオナは顎に手を当てて考え込んだ。
「……でも、ここは異常時にBランクのパーティが壊滅した場所ですよ?」
「……!」
カイルたちの顔色が変わった。
「この場所で異常事態が再発生しています。Cランクのあなたたちが深入りするのは危険です」
フィオナは真剣な目で彼らを見つめた。
「ここは引き返した方がいいですよ」
「……そうだな」
カイルは一瞬考えた後、頷いた。
「正直、ここまで来て異様な雰囲気は感じてたんだ。そろそろ潮時だと思っていたところだ」
「それが正解ですよ」
フィオナは優しく微笑みながら、3人に向けて手を振った。
「気をつけて帰ってくださいね!」
「お前もな」
カイルたちは軽く頷くと、森の外へ向かって歩き出した。
「ふぅ、これで大丈夫ですね」
再び1人になったフィオナは、再度森の奥へと足を踏み入れた。
「さて、もう少し奥まで行ってみますか」
軽快な足取りで進んでいくと──
「……あれ?」
しばらくして、フィオナの前方に再び3人の人影が現れた。
「……え?」
フィオナは目をこすった。
「嘘でしょ……?」
目の前に立っていたのは──
「……カイルさん?」
さっき別れたばかりの3人組だった。
「……なんで?」
フィオナは戸惑いながら3人を見つめる。
「なんで、こっちに……?」
「それは……俺たちも聞きたい」
カイルの顔にも困惑の色が浮かんでいた。
「俺たちは確かに森の外へ戻っていたはずなのに、気がついたら……」
「なぜか、前方に君がまた現れたんだ」
ルークが震える声で言った。
「そんな……」
フィオナの背筋に、じわりと冷たいものが這い上がる。
(森の外に向かったはずの人間が、森の奥で再会……?)
明らかに常識ではありえない状況だった。
「……これって、どういうことですか?」
「俺たちが聞きてぇよ……」
カイルの声は沈んでいた。
周囲は静まり返り、風の音さえも感じられなかった。
「……なんだか、すっごく嫌な予感がしますね」
フィオナが呟いた言葉も、今は誰の耳にも届いていなかった。