調査会議
ローベルク冒険者ギルドの会議室。
長机の上には広げられた地図、周囲にはレイラをはじめとする討伐隊たちの姿があった。
「さて──」
会議室の中央で、レイラが腕を組みながら全員を見回す。
「今回の魔物の異常発生について、ギルド長のグレイグから正式な調査命令が下った」
そう言うと、レイラは手元の報告書を軽く叩いた。
「すでに報告があった通り、魔物の目撃情報はここ数日で異常なまでに増加している」
長机の上に広げられた地図には、ローベルク周辺の各地に赤い印がつけられている。
「南方の草原、東部森林、北の山岳地帯、西の湖畔……」
レイラはそれらの印を指し示しながら続ける。
「それぞれ違う場所で、違う種類の魔物が群れを成して出現している」
「えー、なんかめちゃくちゃ増えてません?」
フィオナは地図を覗き込みながら、他人事のように呟いた。
「ほんと、なんでこんなにバラバラなんですか?」
「そこが問題だ」
レイラは眉をひそめながら、再び地図に目を落とす。
「普通、魔物は自分たちの縄張りから離れて動くことは少ない。だが、今回はそれが同時多発的に起きている」
「しかも、種類までバラバラですよね」
フィオナはふむふむと頷きながら、地図の赤い印をなぞる。
「ゴブリン、キラービー、オオカミ型魔物……」
「もっと妙なのもいるぞ」
ジークが地図の北側を指差した。
「ここ、北方山岳地帯には“トロール”の群れが出たという報告がある」
「え、トロール? あいつらって群れるタイプじゃないですよね?」
「その通りだ」
ジークは軽く頷きながら、顎に手を当てて考え込んだ。
「だが、今回は群れで行動している。それも、かなりの数だ」
「ゴブリンやオオカミならまだしも、トロールまで群れって……」
フィオナは腕を組みながら首をかしげる。
「こりゃあ、ただの異常事態じゃ済まなそうですね」
「そういうことだ」
レイラは重々しく頷いた。
「というわけで、今回は各自で別々の地域を担当してもらう」
「別々に……?」
フィオナがきょとんとした顔をする。
「当然だ」
レイラは頷きながら、手元の資料を配り始めた。
「これだけ広範囲に魔物が現れている状況では、チームで全てを回るのは不可能だ」
「まぁ、それはそうですよねー」
フィオナはあっさりと納得して、配られた資料を受け取る。
「だから、討伐隊員一人につき一ヶ所の調査を任せる」
「え? 1人で行くんですか?」
フィオナは一瞬目を丸くしたが──
「でも、調査なら大丈夫ですよね?」
すぐにケロッとした顔で笑った。
「そうだ、今回は“討伐”じゃなくて“調査”だ」
レイラはきっぱりと告げる。
「今回は状況の把握が目的だ。無理に戦うな。何か異常があればすぐに戻って報告しろ」
「はーい、了解です!」
フィオナは軽い調子で返事をしながら、資料をパラパラとめくった。
「それでも油断はするなよ」
レイラが念押しするように言った。
「場合によっては、調査のつもりが戦闘になる可能性もある」
「まぁ、そうなったらその時考えます!」
「……お前はほんと、相変わらずだな」
レイラは呆れながらも、少しだけ口元を緩めた。
「で、担当する場所は?」
フィオナが資料をめくりながら尋ねると、レイラは再び地図に目を落とした。
「フィオナ、お前は東部森林の再調査だ」
「え、またあそこですか?」
「魔族が出た場所だ。もう一度しっかり確認しておきたい」
「なるほど、了解です!」
フィオナは軽く頷いた。
「じゃあ、今度は何も出てこないことを祈ってます!」
「……お前の場合、本当に祈るだけで済ませそうで怖いな」
レイラは苦笑しながら、次にジークへと目を向けた。
「ジークは北方山岳地帯のトロール群れの調査を頼む」
「俺か……まぁ、妥当だな」
ジークは落ち着いた声で返答する。
「南方草原はロイ、そして西の湖畔はミアが担当する」
「了解です」
隊員たちは次々と自分の担当エリアを確認し、頷いた。
「では──」
レイラは最後にもう一度、全員を見渡してから言った。
「明日の朝、各自のエリアに向けて出発する。くれぐれも気をつけろ」
「「了解!」」
討伐隊員たちの声が、会議室に響き渡る。
会議が終わった後、フィオナは再び地図に目を落とした。
「……東部森林かぁ」
あの魔族と戦った場所。
ほんの少しだけ、フィオナの脳裏に不安がよぎる。
「まぁ、大丈夫でしょう!」
だが、フィオナはすぐに楽観的な笑顔に戻った。
そう自分に言い聞かせながら、フィオナは明日に備えるべく、ギルドを後にした。