狂気の討伐者
「お前、どうやって戦うんだ?」
「え?」
ギルドの厩舎で馬の準備を待っていると、レイラ隊長が突然尋ねてきた。
「戦闘スタイルだよ。お前の得意な戦い方を聞いてんだ」
「えっと……素手での近接格闘です」
「……は?」
レイラの顔が一瞬固まる。
「いや、お前、素手? 何で?」
「え、だって得意なんですよ?」
フィオナはきょとんとした顔で答えた。
「私は魔力で自己強化ができるんです。腕力も脚力も跳躍力も全部強化できますし、それに……武器って壊れたり無くしたりするじゃないですか」
「……いやいや、普通はそこで剣とか槍とか使うだろ?」
「素手の方が速いですし!」
自信満々のフィオナ。しかしレイラは頭を抱えた。
「……まさか、腕力で解決するタイプか……」
「そんな単純なものじゃないですよ!」
「いや、十分単純だろ……」
ため息をつきつつも、レイラは「まあいい」と手をひらひらと振る。
「ゴブリン相手なら好きにしろ。ただし、勝手な行動はするなよ。私の指示に従え」
「もちろんです!」
こうして、フィオナは討伐隊の馬に乗せられ、隣村へと向かうことになった。
馬を走らせて二時間。隣村の近くまで来た時、異変に気がついた。
「……煙?」
「……まずいな」
レイラが眉をひそめ、手綱を強く握る。村の方向から黒い煙が上がっていた。
「ゴブリンの襲撃か……急ぐぞ!」
馬が一斉にスピードを上げる。村の入り口が見えた瞬間、フィオナは目を見張った。
「うわぁ……結構やられてますね……」
村のあちこちで建物が破壊され、逃げ惑う村人たちが見える。そしてその後を追うように、小柄な緑色の影が群がっていた。
「ゴブリンの群れ……かなりの数だな」
レイラがすぐに指示を出そうとした。
「いいか、まずは周囲を――」
しかし、その指示を聞く前に――
ドン!
馬の鞍を蹴りつけ、フィオナは魔力を解放しながら猛スピードでゴブリンの群れに迫った。
接敵した瞬間、周囲のゴブリンたちは衝撃波で吹き飛んだ。
だが、フィオナは止まらない。
「はぁぁぁあああッ!!」
ドゴッ!!
一匹目のゴブリンを拳で殴る。顎が砕け、ゴブリンの体が回転しながら吹っ飛んだ。
バキィ!!
二匹目の胴体に蹴りを叩き込む。ゴブリンの体が宙を舞い、家の壁にめり込む。
「な、なんだあの女……」
逃げようとするゴブリンの背後に回り込み、踵落としを叩きつける。
ドシャァ!!
ゴブリンの頭が地面にめり込み、動かなくなった。
「おらぁ!! まとめて吹っ飛びなさいよ!!」
魔力を込めた拳を振るい、残ったゴブリンたちをなぎ倒していく。
ゴブリンたちは悲鳴をあげ、逃げようとするが――
「逃がさない!!」
加速したフィオナの蹴りが次々と命中し、ついにゴブリンの群れは全滅した。
村人たちは、ぽかんと口を開けていた。
「……え?」
「終わったのか?」
「いや、終わったというか……」
戦いが終わった後の村には、「ゴブリンの死体の山」と、「全く傷を負っていない少女」だけが残されていた。
フィオナは手をパタパタと振って、「あー、意外と汗かいた」と呟く。
「いやぁ、体を動かすっていいですね!」
「いやいやいや!!」
レイラが叫ぶように突っ込んだ。
「お前、なにやってんだ!? どう考えてもおかしいだろ!!」
「え? でも、早く片付けた方がいいかなって……」
「指示を聞けって言ったばっかりだろうが!!」
「すみません、戦いに夢中で……!」
「夢中ってレベルじゃねぇよ!!」
周囲の村人たちが、遠巻きにフィオナを見つめながら「やばい奴が来た……」という目をしていた。
しかし、そんな村人の一人が、おそるおそる近づいてきた。
「あ、あの……ありがとうございました……」
「うん! どういたしまして!」
フィオナが爽やかに笑うと、村人はビクッと肩を震わせた。
「あの、これ……お礼です……」
村長らしき老人が、小さな袋を差し出してくる。
「そんなに怖がらなくてもいいのに……」
苦笑しつつ、フィオナは礼を言い、報酬を受け取った。
「狂人かお前は!」
帰り道、レイラはひたすらフィオナを睨んでいた。
「いや、マジで狂人だろお前」
「そんなことないですよ!」
「どう考えてもあるわ!! 何が『素手でやります』だ、何が『自己強化できます』だ!! いや、確かにできてたけどよ!? それにしたって限度ってもんがあるだろ!!」
「……だって、戦うなら全力でやるのがいいじゃないですか?」
「違う、そうじゃない!!」
馬の上でレイラが頭を抱える。
「……あー、もうダメだ。こいつ、絶対ギルドで変な異名つけられるやつだ……」
「異名……? そんなのつかないですよね?」
「つくに決まってんだろ!! あんな戦い方して、つかないわけがねぇ!!」
ローベルクへの帰路、レイラの絶叫が響き渡るのだった。