お披露目
翌日のはずだった。
だけど──
「うぅぅ……やっぱり我慢できない!」
フィオナは、寮の部屋で新しい服を抱きしめたまま、うずうずしていた。
「こんなに可愛い服を買ったのに、今すぐエリスさんに見せずにいられますかって話ですよ!」
誰に言うでもなく、勢いよく立ち上がる。
「えーい、着替えちゃいます!」
そうと決めたら行動は早い。
勢いよく服を脱ぎ捨て、買ったばかりの水色のワンピースに腕を通す。
さらっとした柔らかい生地が肌に心地よく、フィオナは鏡の前でくるりと回ってみた。
「うんうん、やっぱりいい感じ!」
「エリスさんに見せに行くぞー!」
満足気に頷きながら、フィオナは部屋を飛び出した。
「まぁ……とてもお似合いですわ!」
ギルドの受付で業務をしていたエリスは、フィオナの姿を見た途端、目を輝かせた。
「本当に上品で落ち着いた雰囲気ですのね。フィオナさん、いつもよりずっと……」
「いつもよりずっと……?」
「……“まとも”に見えますわ」
「ひどくないですか!?」
エリスはくすくす笑いながら、フィオナを上から下まで改めて見つめる。
「ですが、本当に素敵ですわね。あの店の品は間違いありませんでした」
「ですよね~! エリスさんのおかげです! 本当にありがとうございます!」
フィオナはにっこりと笑いながら、深々と頭を下げた。
「うーん、そんなに感謝されると困ってしまいますわ……」
エリスは微笑みながら、ちょっとだけ照れたように頬をかいた。
「それなら、私に困ったことがあったとき、手伝ってくださればそれで十分ですわ」
「もちろんですよ! 何でも言ってください!」
「ふふ、ではその時を楽しみにしていますわね」
エリスの笑顔に、フィオナはますますやる気が湧いてきた。
(よーし、これで私も“おしとやか受付嬢”への一歩前進ですよ!)
エリスにお披露目した後、
「いやぁ、今日の私は完璧ですね~」
そんなことを呟きながら、ギルド内を歩いていたフィオナだったが──
「おぉ、そこの嬢ちゃん、ちょっとええか?」
「……ん?」
フィオナの足が止まる。
声をかけてきたのは、カウンター近くにいた、いかにも軽そうな冒険者。
装備はそれなりに整っているが、どこか軽薄な笑みを浮かべている。
「いやいや、こんな可愛いお嬢さんがギルドにおったとは知らんかったわ。お茶でもどう?」
「……え?」
「どうや? 俺と一緒に──」
男が軽く肩に手を伸ばした瞬間──
「触るんじゃありません」
ドゴォッ!!!
轟音と共に、ナンパ野郎はギルドの壁際まで吹き飛んだ。
「……ん?」
ギルド内が一瞬静まり返る。
「え、今の何?」
「今の……一瞬で吹っ飛ばしたよな?」
「まさか……あの黒髪…最近討伐隊に入った“やべー新人”じゃねぇか?」
「マジで……?」
ひそひそと冒険者たちの声が飛び交う。
「……あ、しまった」
フィオナはようやく自分の行動に気づき、頭を抱えた。
(せっかく今日はおしとやかモードだったのに! これじゃあ、悪い噂が立っちゃうじゃないですかー!)
──そこへ。
「……休日にギルドに来てまで揉め事か?」
聞き慣れた、冷静な声が響いた。
「……レイラさん」
振り向けば、腕を組んだレイラが、呆れたような目でこちらを見ている。
「お前なぁ……少しは周囲の目を気にしろ」
「うぅ……すみません」
「周りのやつら」
レイラは冒険者たちに向かって鋭い視線を向けた。
「吹き飛ばされたこいつを介抱してやれ」
「あ、はい!」
数人の冒険者が慌ててナンパ野郎の元へ駆け寄る。
「で? 何しに来たんだ?」
「え、あ、そうでした!」
フィオナは気を取り直し、クルリと一回転して新しい服を披露した。
「どうです? 似合いますか?」
「似合ってはいるが……馬子にも衣装といったところだな」
「ひどくないですか!?」
「まぁ、そういうことだ」
レイラはくっと笑った後、真剣な顔に戻る。
「だがな……そんなものより、お前にはもっと合ったものがある」
「え?」
「ついて来い」
そう言うと、レイラはギルドの奥へと歩き出した。
「……?」
フィオナは首を傾げながらも、レイラの後を追った。
案内されたのは、討伐隊の会議室。
「ここって……?」
「これだ」
レイラは部屋の隅に置かれた、きれいに畳まれた服を指差した。
「お前の戦闘用の服だ」
「えっ!?」
「業務にも慣れてきただろうし、いつまでも私服で討伐隊の仕事をするわけにもいかんからな。本当は明日渡す予定だったが……ちょうどいい機会だ」
「うわぁぁぁっ!! これ、着替えてみていいですか!?」
「……好きにしろ」
レイラが苦笑しながら頷くと、フィオナは目を輝かせて服を抱え、更衣室に向かった。
「どうですか!?」
着替え終わったフィオナが、満面の笑みでポーズを決める。
黒を基調にした動きやすそうな戦闘服は、フィオナの体にフィットしていた。
シンプルながらも、要所に施された強化布や魔法陣の刺繍が、戦闘時の耐久力と機動性を高めていることが一目でわかる。
「……悪くないな」
レイラは腕を組んで満足げに頷いた。
「ありがとうございます、レイラさん!」
「明日からはもっと頑張れよ」
「はいっ!」
「それと──」
レイラが懐から袋を取り出して、フィオナに手渡す。
「先日の調査は急だったうえに、内容も相応に危険だった。だから、臨時手当が出ている」
「えっ?臨時手当……?」
フィオナは袋の中身を見て、目を丸くした。
「え、ええっ!? こんなに貰っていいんですか!?」
「妥当な額だ。あの状況もそうだが、討伐隊は命がいくつあっても足りない職場でもあるからな。貰えるもんは貰っとけ」
「……なるほど」
フィオナはしっかりと袋を握りしめた。
「それじゃあな。明日からも頼むぞ」
レイラはそう言って、会議室を後にする。
フィオナはしばらく臨時手当を見つめていたが──
「……私の収入、高すぎ?」
ぽつりと呟く。
(これなら、討伐隊の仕事も悪くないかも……)
案外フィオナは現金な性格であった。
フィオナは満足げに頷きながら、ゆっくりと寮へ戻っていった。
「よーし、明日からもバリバリ頑張りますかー!」
新しい服と戦闘服、そして臨時手当で、フィオナのテンションは絶好調だった。