服屋さん
朝のローベルク。柔らかい光が街を照らす中、フィオナは窓辺で紅茶を飲みながら、深呼吸を一つ。
「……よし、今日は服を買いに行く日です」
隣のベッドでエリスが目をぱちぱちと瞬かせる。
「朝から気合い入ってますわね」
「まぁ、昨日はタイミング逃しちゃいましたからね。今日は絶対、買います」
「……その右腕で?」
エリスの視線がフィオナの袖に向けられる。右肩から先がごっそり無いシャツを今も着ていた。
「ええ、さすがにこのままじゃ人目が気になりますし……」
「まぁ、目立ってましたものね。いろんな意味で」
「……自覚はしてます」
ギルドで軽く朝食を済ませ、フィオナは街へ出た。
胸元には、昨日エリスから受け取った封筒──紹介状が丁寧に仕舞われている。
目指すは昨日閉まっていた、エリスおすすめの服屋。店名は『モード・エトワール・ローベルク本店』。
いかにも上品そうな名前に、少しだけ気圧されそうになる。
(でも、大丈夫……私は今、服に飢えている……)
静かに決意を固め、ドアを押し開ける。涼やかなベルの音が店内に響いた。
「いらっしゃいませ」
清楚な雰囲気の女性店員が、優雅な笑顔で迎えてくれる。
店内に広がるのは、上品な香水と清潔な布の香り。そして立ち並ぶマネキンたちが、優雅に微笑んでいるような錯覚すらあった。
(……き、緊張してきました)
服屋のオーラに、フィオナは一歩引いた。が、すぐに自分を取り戻す。
勢いよくカウンターに突撃。
「こんにちは! エリスさんの紹介できましたフィオナです! これ!」
紹介状を差し出す。
店員はその紹介状を丁寧に受け取り、内容を確認し──
「……フィオナ様でいらっしゃいますか?」
「はい!」
「……お噂はかねがね」
「どんな噂ですか!?」
「……それはさておき。ご案内いたします。どうぞこちらへ」
フィオナは謎の含み笑いを気にしつつも、豪奢なカーテンの奥、試着室エリアへと案内された。
通されたのは、壁一面に試着室が並ぶラウンジのような空間。
(うわぁ、緊張する……思った以上に高級そう)
肩に力が入るフィオナに、店員は柔らかく微笑む。
「ご安心ください。お体に合うように、こちらで数点ご用意いたします」
「ありがとうございます……」
出てきたのは、フリルの多いワンピース、リボン付きのブラウスとスカート、ゆったりしたドレープのマント付きドレスなど。
どれも「かわいい」のは間違いないが、どうもこう、着こなせる気がしない。
「……こっちのは、首まわりが詰まりすぎて息が苦しいかもです」
「こっちのフリル、動くと顔にかかりますね……」
「これは……鏡に映った自分が、なんか違う気がします……」
「これ…すっごい動きやすいですけど、完全に戦闘服ですよね!?」
店員「……一理あります」
フィオナ「いや、この流れでなんで!?」
店員「お客様のお体に合わせて選んだ結果でございます」
何度も着替えながら、フィオナは鏡の前で小さくため息をついた。
(服を選ぶって難しい……)
着替え終わったフィオナを見て、店員が別のラックから一着取り出す。
「こちらはいかがでしょうか。少しシンプルですが、お似合いかと」
差し出されたのは、水色のワンピース。
柔らかな素材で作られ、動きやすそうな丈。レースは控えめ、袖も程よい長さ。シンプルなのに品がある。
「これ……いいかも」
試着室で着替え、再び鏡の前に立ったフィオナは、思わず小さく笑った。
「……あ。落ち着きがあって上品な感じ」
「とてもよくお似合いです」
店員が頷く。
「これにします。あと、右袖が吹き飛んだシャツも買い替えたいので……」
「承知いたしました。エリス様のご紹介ですので、お値引きさせていただきます」
「ありがとうございます!」
会計を済ませ、紙袋を受け取る。
(お金が足りてよかった…それにしても、こんなお店への紹介状が書けるエリスさんって何者なんだろう…)
袋の中には、新しい服と、ちょっとだけ背筋が伸びるような気分。フィオナは簡単に疑問を忘れた。
ギルドへ戻る道すがら、フィオナは新しい服の入った袋を抱えて歩いていた。
「なんだろう。着てないのに、少しだけ自分が変わった気がする」
気のせいかもしれない。だけど、嬉しかった。
「あした、これ着てエリスさんに見せよう」
そっと笑みを浮かべながら、ギルドの門をくぐる。
昨日と違って、今日のフィオナは──
ほんの少しだけ、受付嬢に近づいた気がした。