人外
「──っ!?」
ジークの背後。
誰もいないはずの空間から、何かが飛び出してきた。
黒い残像のような一撃が、ジークの背中を狙って走る。
「ちっ……!」
ジークは反射的に身をひねり、地を転がるようにして回避。
影を纏った短剣の斬撃が、彼の肩のすぐ横を裂いた。
立ち上がる暇もなく、黒い影が再び襲いかかってくる。
「さよなら」
耳元で囁かれた言葉とともに、二撃目がジークの首元へ──
「──させるかよっ!」
ガキィィン!!
レイラの剣が飛び入り、魔族の刃とぶつかり合う。
間一髪。
ジークの首元で弾かれた刃が、火花を散らして跳ねた。
そのままレイラは、剣を逆手に持ち替え、一閃。
空を断ち割るような鋭い斬撃が魔族を襲う──
だが、
「ふぅん」
スッと空気を滑るようにして魔族の身体が後ろへ抜け、斬撃を難なく避けた。
レイラと魔族の間に間合いができる。
「……魔族だな」
レイラがわざとらしく言いながら、剣先を魔族へと向ける。
目の前に立つのは、人型のシルエットを持った存在。
漆黒のローブのような布を纏いながらも、その輪郭からは女性的なラインがはっきりとわかる。
身の丈はレイラに匹敵するか、あるいはそれ以上。
背筋を伸ばして立つその女は、どこか艶めかしい雰囲気を漂わせながらも、瞳には一片の感情も宿していなかった。
「どういう目的で人間の森に現れた? 何を狙ってる」
レイラが探るように問いかける。
魔族の女はくす、と喉を鳴らして笑った。
「目的? そんなものはないよ。ただ、封印を解かれてここにいただけさ。」
「封印……?」
「今の目的があるとすれば──目の前にいる虫ケラ三匹を殺すこと、かな?」
その言葉が終わる前に、
ドゴォッ!!
背後から吹き荒れる一撃。
フィオナの蹴りが、魔族の背中を直撃。
「ぐっ……!!」
魔族は咄嗟に身体を逸らすが、右腕が丸ごと消滅する。
着地と同時にジリリと焼け焦げたような匂いがあたりに漂った。
回避した魔族は、右腕のなかった肩を睨みつけるように見つめる。
「……チッ、不意打ちなんてなかなかやってくれるじゃないか」
肩口から、黒い靄が吹き上がり、消えた右腕が再構成されていく。
「えっ……再生とかずるくないですか!?」
フィオナは本気でびっくりしていた。
「魔族ってのは“核”を潰さねぇ限りああやって何度でも再生しやがる」
レイラが低い声で説明する。
「私とジークは後衛に残る。ジークはあの一撃でダメージが深い。悪いが、ここからはお前一人で対処しろ」
「……ラジャー!」
フィオナは拳を握り、前に出た。
「舐められたものだな……!」
魔族は苛立ちを隠そうともせず、黒い影を巻き上げながら、どこからともなく剣を抜き放つ。
「言っておくが、後悔するぞ」
「じゃあ、させてみれば?」
フィオナは挑発的に笑ってみせた。
次の瞬間──
魔族が地を蹴る。
速度は速いが、読めないほどではない。
フィオナが拳を突き出し、魔族がそれを剣で弾き、二人は一進一退の攻防に入る。
だが、刹那──
「くっ……!!」
フィオナの右肩が閃く。
鋭い一閃が走り、右腕が肩から切り飛ばされた。
しかしフィオナは一歩も退かない。
「返すぞおおおおっ!!!」
バネのように足を沈め、渾身の後ろ回し蹴りを魔族の脇腹に叩き込む。
魔族は木々をなぎ倒しながら、数メートル先に吹き飛ばされた。
「ふふ……いいじゃないか」
立ち上がる魔族は、フィオナの血に濡れた剣を持ち直し、口角を吊り上げた。
「腕の一本、さっきの不意打ちのお返しといったところかな」
「フィオナ、大丈夫かっ!?」
レイラが心配そうに声をかける。
フィオナは地面に落ちたはずの右腕をなぜか左手で持っていた。
「え? ああ、全然問題ありませんよー」
フィオナは余裕の表情で、片腕をくるくると回してから、切断面を肩に合わせる。
グリグリ……
「……くっついた!」
驚愕するレイラとジークを前に、フィオナはあっけらかんと笑ってみせた。
「ほらね?」
その笑顔は、まさに常識外れだった。