異常事態
「じゃあ、俺が先頭で進むぞ」
ジークがそう言うと、スッと影の中へと溶け込むように姿を消した。
「おぉっ! すごいですね、完全に消えましたよ!」
フィオナは目を丸くして辺りを見回すが、ジークの気配すら感じられない。
「これじゃあ、実質私が一番前じゃないですか…?」
影に隠れたジークの位置がわからず、実際に前を歩いているのはフィオナ自身だった。
「気にするな、見えないだけでちゃんと前にいるから」
レイラが適当に言いながら、フィオナの背を軽く叩く。
「いやいや、見えないってのが一番問題なんですよ! ちゃんと前にいるなら、もうちょっとこう、安心感を……」
「お前、敵に見つかるより、仲間が見えなくなる方が怖いのか?」
「うっ……まぁ……」
「だったら黙って進め」
「むぅー……」
納得いかない顔をしつつも、フィオナはジークの後を追う形で森を進み始めた。
「……静かだな」
東部森林に足を踏み入れ、しばらく進んだが、妙に静かだった。
「おかしいですね……森ってもっと鳥とか虫とか、何かしらの音がするものですよね?」
フィオナは周囲を見渡しながら呟いた。
「そうだな。ここまで静かだと、すでに異常事態だって思った方がいいな」
レイラが低い声で答える。
「何かがいる……それか、何かがすべてを沈黙させたか」
ジークの声が影の中から響く。
「魔族の仕業か、それとも別の要因か……」
レイラが顎に手を当てて考え込む。
「どっちにせよ、ここで何かが起こってるのは確かだな」
「まぁ、やることは変わらないですよね!」
フィオナは肩を回しながら軽く笑う。
「調査して、ヤバそうならぶっ飛ばす! シンプルですよ!」
「……お前は相変わらず楽観的だな」
レイラは苦笑しつつも、警戒を解かずに進む。
そして、少し進んだところで、三人の視界に人影が映った。
フィオナが目を細める。
「おい、あれ……死体じゃねぇのか?」
レイラの声にはわずかな困惑が混じっていた。
人影の正体は、ストームハウンドの冒険者たちの亡骸だった。
死んでいると報告されていた4人が、よろよろとした動きで森の中を進んでいる。
「……いやいやいや、あれ、おかしいでしょ?」
フィオナは眉をひそめた。
「まさか……蘇生されたのか?」
ジークが低く呟く。
「魔族の仕業か……まぁ、どちらにせよこっちには気づいていないみたいだな」
レイラが手で制し、三人は物陰に隠れた。
「少し様子を見よう。動きに規則性があるか確認する」
ジークが影の中からじっと様子をうかがう。
フィオナとレイラもそれに倣い、慎重に観察を続ける。
しばらく観察していると、死体となった冒険者たちは、森を抜けて町の方へ向かっていることがわかった。
「……あれがそのまま町に行くとなると、まずいな」
レイラが低く言う。
「死人が歩いてくるとか、普通の人からしたら恐怖以外の何物でもないですね……」
フィオナが苦笑する。
「それどころか、町で暴れられたら厄介だ」
「ここで眠らせてやるのが得策だな」
レイラが決断する。
「ジーク、やれるか?」
レイラが視線を向けると、ジークは無言で頷いた。
「指示を出す。ジーク、お前の魔法で片付けろ」
レイラが手で指示を出すと、ジークの影がするりと伸び、死体の足元に忍び寄る。
影がゆっくりと上へ這い上がり、気づかれることなく、死体たちの首に巻きついた。
スパッ!
一瞬の静寂の後、4人の冒険者の首が切り飛ばされた。
「……え?」
それなのに――
死体たちは、全く動じなかった。
首のないまま、歩き続けている。
「…………は?」
フィオナは思わず疑問符を口に出した。
「いやいやいや、そんなのありですか?」
「……魔族の力か、それとも別の何かか」
レイラが険しい表情を浮かべる。
「どっちにせよ、こっちに気づいたぞ」
ジークの声に反応するように、首のない冒険者たちは、一斉にフィオナたちに向かって走り出した。
「くそっ、やっぱりここで片付けるしかねぇか!」
レイラが剣を抜く。
「ジーク、お前は支援と周囲の警戒! 私とフィオナで2体ずつ相手する!」
「「了解!」」
フィオナも拳を握りしめ、目の前に迫る”死者”たちに向き直った。




