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サジタリウス未来商会と「他人の視点を映すレンズ」

朝の通勤ラッシュを抜け、辻村大介は疲れた顔で会社のデスクに座った。

彼は中堅の広告会社で働く営業マンだ。35歳、独身。


大介はここ数か月、職場での人間関係に悩んでいた。


「俺ばっかり割を食ってる気がする……」


新人のミスを尻拭いし、上司には雑用を押し付けられ、同僚は知らん顔。

チームプレイを謳う職場の雰囲気が、ただの建前にしか思えなかった。


その日も、不満を抱えながら無言で仕事をこなしていたが、帰り道で不思議な出来事に遭遇した。


街灯の明かりがまばらな商店街を歩いていると、空き店舗だったはずの一角に灯りがともっているのが見えた。


「こんな店、あったかな……?」


店の入り口には手書きの看板が掲げられ、こう書かれている。


「サジタリウス未来商会」


「未来商会?」


興味を引かれた大介は扉を押し、店内に足を踏み入れた。


店内は、外観からは想像もつかないほど広く静かだった。

奥のカウンターには、白髪交じりの髪と長い顎ひげを持つ初老の男が座っていた。


男は、大介を見て穏やかに微笑んだ。


「ようこそ、辻村大介さん」


「俺の名前を知っているのか?」


「もちろん。そして、あなたが抱えている悩みも分かっていますよ」


大介は眉をひそめた。


「俺の悩み……?」


サジタリウスと名乗るその男は、懐から小さなレンズを取り出した。

それは、手のひらに乗るほどの透明なガラスで、見る角度によって色が変わる不思議な光沢を持っていた。


「これは『他人の視点を映すレンズ』です」


「他人の視点?」


「ええ。このレンズを通して見ると、あなたが他人にどう映っているのか、その人の視点をそのまま体験できます。これを使えば、人間関係の悩みを解消する手助けになるかもしれません」


大介は驚いた。


「そんなものが本当にあるのか?」


「あります。ただし、注意してください。他人の視点を知るということは、時に苦痛を伴うこともあります。それでも試してみますか?」


大介は迷ったが、他人からどう思われているのかを知りたい気持ちが勝り、レンズを購入することにした。


自宅に戻った大介は、早速レンズを試してみた。


レンズを手に取り、同僚の山下を思い浮かべた瞬間、レンズが淡い光を放ち始めた。


次の瞬間、彼は山下の視点で自分を見ていた。


「辻村さん、また不機嫌そうな顔してるな……。怖くて話しかけられないよ」


思わずレンズを手放し、我に返った大介は動揺した。


「怖いって……俺が?」


次に、上司の視点を体験してみた。


「辻村はしっかり仕事をこなしてくれるけど、もう少し柔軟になってくれると助かるんだがな……」


その言葉に、大介は衝撃を受けた。


「俺が硬いだって?」


さらに、部下である新人・三浦の視点を試すと、そこにはまた別の意見があった。


「辻村さんって、冷たい感じだけど、時々フォローしてくれるのがありがたい。もっと気楽に相談できるといいんだけどな」


レンズを通じて見た自分は、思っていたよりもずっと「他人からの距離がある存在」だった。


翌日、大介は職場でいつもと違う行動を取ってみた。


朝一番に山下に声をかけ、雑談を交えながら進行中の仕事の話をした。

すると、山下は明るい顔で「ありがとうございます」と応じた。


上司との会話でも、提案に対して以前より柔軟な姿勢を見せたところ、好意的な反応が返ってきた。


新人の三浦には、指示を出すだけでなく、進捗を丁寧に確認しながらアドバイスをした。

三浦の表情はどこか安心したように見えた。


「こんな風にするだけで、全然違うんだな……」


数日後、サジタリウスの店を再び訪れた大介は、問いかけた。


「ドクトル・サジタリウス、レンズを使っていろいろな視点を見ました。最初は自分がどう見られているのかを知るのが怖かった。でも、それを知ったからこそ変われた気がします」


サジタリウスは穏やかに微笑みながら答えた。


「他人の視点を知ることは、自分自身を見直すことに繋がります。ですが、最終的にどう行動するかは、あなた次第です」


「もうレンズがなくても、やるべきことは分かっている気がします」


「それなら、このレンズは必要ありませんね」


その日以来、大介は職場での人間関係を大切にし、周囲との距離を縮めるよう努めた。


ある日、山下にこんな言葉をかけられた。


「辻村さんって、前より話しやすくなりましたよね。今の雰囲気、すごくいいと思います!」


その言葉に、大介は少し照れながらも笑顔を見せた。


「結局、他人の視点を知るのは怖いけど、それを受け入れるのが大事なんだな」


サジタリウスは静かな夜の店内で、新たな客を迎える準備をしながら、どこか満足げに微笑んでいた。


【完】

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