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PIXI  作者: エール
9/9

工藤家の問題児11

 既に日も暮れ夕食も済んだ時間だというのに、冒険心旺盛な新一は学校にお化けが出るという噂を確かめるため、こっそり家を出ようとしていた。


「お兄ちゃん、こんな時間にどこ行くの?」

「っ、ち…千華…」


 靴を履きかけていた新一はビクリと振り返り、先ほどそろりそろりと降りた階段のその下に居たらしい妹の姿に頬を引きつらせる。


「子供が出かけていい時間は過ぎてるわよ?」

「千華頼む!見逃してくれ!」

「見逃しません。どうせ例の噂の真偽を確かめるつもりでしょう?これで明日の朝お兄ちゃんが死体で見つかったら、千華は一生この罪を背負って生きなきゃいけなくなる。そんなのごめんだわ」

「んな重い話題じゃ無いだろ!?」

「何を騒いでるんだい?」


 玄関ホールで騒ぐ声に気づいたらしい優作がリビングから顔を覗かせる。

 子供達の姿を確認し、なるほどと笑みを浮かべて近づいて来た優作に千華が駆け寄った。


「パパ!お兄ちゃんがこんな時間にお出かけしようとしてるの!」

「…新一、冒険はバレない様にするのが鉄則だぞ」

「うっ…」

「パパ!そういうことじゃないでしょ!」


 ぷりぷりと怒る千華を楽しそうに眺め、優作はからかう様に新一の顔を覗き込んだ。


「謀を妹に簡単に看破されるなど情けないぞ、新一」

「…わあってるよ…」

「叱る所が違う!」

「千華、男には多少の冒険は必要なのだよ。新一、今日は諦めてまた今度にしなさい」

「パパ!夜出かけようとすることを止めてよ!」

「ふふ、千華には分からないかな?男のロマンというものが」

「そういう与太話は米花町の殺人事件が年間ゼロ件になってからにして」

「「…………」」


 爽やかに紳士ぶる優作を、絶対零度のジト目で見返す。


「子どもは夜に外出たらダメなの。何故なら、殺人犯や誘拐犯や変態や酔っぱらいが街を徘徊してるから。子どもは捕まったら逃げられないからダメなの。命の危険があるからダメなの。ロマンとか関係無いの。真っ当な親なら叱るべき場面なの」

「え、いや…」

「子どもは何が危険で、どういう人が危なくて、行っていい場所、してはいけないこと、それが分かんないから一人で行動させちゃダメなの。親の管理が必要なの。自主性の尊重とかへそが茶をわかすレベルなの」

「お、おう…」

「それでもどっか行っちゃう子どもの行動を冒険だってパパが言うなら言えばいいわ。千華はただの無謀だと思うけど。自分の行動を自分で責任取れないうちは、親が責任取る必要があるから大人は子どもにダメなことを教える義務があるの。世間様では保護責任者遺棄って言うの。パパ分かる?」

「あ、ああ、いや、だが、ルールを守るだけじゃなく、自主的に様々な経験を熟すことで柔軟な思考の経験豊かな大人に」

「そういう理想論は夜六時以降にサイレンの音が聞こえなくなってからにして」

「「………」」


 反論はしないが不満も隠さない男達の様子に、千華の短過ぎる怒りの導火線に火が付く。


「じゃあいいわ!お兄ちゃんをすっ裸にしてロープでくくって、五軒おとなりのお宅のお庭に朝まで放置して体も心も無事だったなら好きにすればいい!」

「はあ!?」

「なんでそうなった!?」


 こめかみを引き攣らせた千華の言葉にギョッとする二人を無視して話を進める。


「あのお宅の息子さん小児性愛者だと千華にらんでるの。受験に失敗して以来十年以上引きこもりしてるってウワサだけど、幼稚園のお散歩の時間や小学校の登下校時間の様子はいつも二階の窓のカーテンの隙間からじっとり覗いているのよね」

「は?」

「微笑ましく子どもを見守ってるんじゃなくて、獲物を狙ってるようなねっちょり感満載だから気持ち悪いんだけど、まだ実害は出てないの。たぶん、表向きは」

「は?」

「今は理性で抑えられてるかもしれないそれだけど、獲物が自分のテリトリーの中に入ってきた場合にどんなスイッチが入るかなんて分からないわ。米花町民だし」

「え?」

「だから、あの庭先に転がって一晩無事でお兄ちゃんが生還したなら、千華はこの米花町の治安を信じてあげる。お兄ちゃんが冒険とやらに出かけるのも黙認するわ。お兄ちゃんか無事ならどんなに怪しい行動を取っていてもあの人は行動を起こさないシロとして安心出来るし、もしお兄ちゃんの身に何かあれば、尊い犠牲一つでご近所の平和を買えるし」

「ちょっ」

「だけど!もしお兄ちゃんの身に何かしらが起こった時は、夜の米花町はやはり信頼に値せずと今後一切の外出を禁じてもらうわ!」

「何か違わねぇか!?オレの人権どこいった!?今後の事より今っ!」

「お兄ちゃんは一度痛い目見ないと分っかんないのよ!」

「痛い目の度合いが高過ぎないかな、千華!?落ち着こう!それはしてはいけない実験だ!」

「なぜ?見知らぬ場所で見知らぬ他人に攫われて口では言えないような目にあわされるよりも、犯人が分かっているぶん検挙はたやすいわ」

「犯人が捕まれば良いという話では無いんだよ!」

「犯人捕まえるためだけに道理を押しのけて事件現場で乗り込む人が言う言葉とは思えないわね」


 優作がぐっと詰まる。

 最近の千華からの攻撃で、何か思う所があったのかもしれない。


「と、時に、好奇心からくる冒険心は抑えられないこともあるのだよ。千華も分かってくれるとパパは嬉しい」


 ちょっと視線をズラしつつも持論を曲げなかった優作を、千華はじっと見つめた。

 視線は合わない。

 新一が居心地の悪そうにちらっちらっと父と妹を交互に盗み見る。

 視線は合わない。

 決して合わない。

 大きく溜め息をつき、千華は説得を諦めた。


「…分かったわ。お兄ちゃんがどぉーっしても夜の外出をするっていうなら、千華もついてく」

「は?」

「千華はお兄ちゃんが出先で殺されて帰ってくるのも嫌、黙って送り出すのも嫌。それならもう千華も一緒について行くしかないじゃない」

「は?いやいや、千華それは」

「心配ならパパもついてこれば?」

「は?」

「そうと決まれば準備!早く!」

「「え?」」


 何かが違う。

 そう思う優作と新一だが、追い立てられるまま、何故か一緒に夜の冒険に繰り出すことになっていた。





 警備員の目をかいくぐり忍び込んだ図書館には、怪しい先客の男が居た。

 夜の小学校の図書館の本棚の上に座るという常識では計り知れない行動を取っていた男は、更に月明かりすら届かぬその場所で本を開いていたのだが、果たしてそれが読めていたのか、ただの登場時の小道具なのか、その演出だけで千華の恐怖心を奪い警戒心を上げて行く。

 変態紳士、そんな名称が脳裏にチラつく。

 誰何した声に応え、不審者が千華達に近づいて来た。


「私かい?私は君達の兄弟だよ」

「きょ、兄弟?」

「どういうことパパ!?どこの女に生ませたの!?」

「「「は?」」」


 三つの視線が険しい表情の幼女に集まる。


「いくつの時の子!?ママは知ってるの!?認知は!?戸籍は!?社会的つながりは!?」

「え?いや、え!?」

「不倫!?もしや十代前半の時の子!?まさかのしこみ一ケタ代!?いやっ!パパフケツだわっ!!実証実験代わりの殺人は犯しても、不倫だけはしないって信じてたのにっ!」

「ちがっ!誤解だ千華っ!何もかもが誤解だっ!」

「五回もあるの!?隠し子疑惑が!?不倫が!?密会が!?全てが五回ずつ!?」

「無いっ!奴は私の子では無い!断じて違うっ!」

「そうだとも!兄弟とはそういう意味では無くてだね、お嬢さん!」

「はっ!ということはつまり、あんたパパのストーカーね!?」

「「「え!?」」」


 狼狽える大人の男達に、千華の追及は止まらない。

 新一の目がそろそろ死んで来た。

 事件後に目を輝かせても、事件前の修羅場には弱いらしい。


「パパが今ここにいるのは全くの偶然なのに、先回りしてパパを待っているなんて、リアルタイムで盗聴なりして行動を把握してるって事でしょ!?そんな変態、ストーカー以外の何者でもないわっ!」

「なっ!?」

「養子縁組による同性愛結婚を狙ったストーカーでしょ!?」

「なあっっ!?ちっ、違いますよ!?」

「じゃあ何で千華達と兄弟なの!?」

「いや、それは…っ」


 言葉に詰まった不審者は、用意していた暗号だけ置いてトンズラしようと試みたのだが、それを見逃す千華では無い。


「ナイフ!?」

「あ、いや、これは…」

「パパを殺して自分も死ぬつもりね!?」

「は!?」

「え!?」


 暗号を投げつけるために出したナイフを指さされて言われた言葉に思わず固まる。


「パパを殺して自分だけのモノにするつもりなんでしょう!?」

「ちがっ」

「無理心中なんて許さないわ!パパはママのものよーっ!」

「ぐわっ!?」


 誤解を解こうと混乱したまま無防備に近づいた男に、千華が素早く投げつけた白い粉が顔面にクリーンヒットした。

 目を抑えて転がる男の姿に慌てて距離を取った。


「ちょっ、千華何だそれ!?」

「塩よ」

「塩!?」

「お兄ちゃんこそ、お化け見に来ておいて、塩の一つも持って来てないとかどういうこと?千華はファブリーズも持って来てるわよ」


 千華はそう言うと、背負っていたリュックの中から携帯ファブリーズを取り出した。

 何が入っているのかと思っていたが、新一の理解の範疇に無いラインナップに狼狽える。


「オレがおかしいのか!?」

「みんなおかしいわよ」


 そう、夜の図書館に怪しい男がいることも、家族で乗り込むことも、そこに幼稚園児が混ざっていることも全てがおかしい。

 おかしくない所が見つからない位おかしい。

 守衛がいたら、困惑の坩堝に真っ逆さまな勢いでおかしい。

 だが、そもそも彼が見回りに来た時にこの不審者を見つけられなかったことが原因なのだから、心置きなく責任を取って貰いたい。


「あれ?ストーカーは?」


 混乱の境地に達したのだろう新一までも男をストーカー呼ばわりし始めた。

 その正体に気づいている優作は額を押さえ脱力しながら窓を指す。


「…そこの窓から逃げて行ったよ…」

「わざと逃がすなんて、もしかしてパパ」

「疚しい心当たりが…」

「断じて違う」

「でも、パパは『自分の子じゃない』とは言ったけど、『お前は誰だ?』とは言わなかったわ」

「そ、それは…っ」

「よくご存じの、とっても近しい人、なんじゃないの…?」

「いや!そんなことは…ハハ」


 娘の疑惑の視線にすぐさま否定を返すが、息子の方の視線も何やら物問いた気である。

 いっそ何か言ってくれれば否定するのに、新一は言葉を飲み込んでしまった…それが辛い。


「……ところで千華、最近読んだ本は何だい?」

「パパの書斎にあった昭和の同性愛の純文学…衝撃でした」

「っっ!!?」


 同性愛を題材にした昭和初期の純文学は千華の年には早い、早過ぎる。

 親としての意識が微妙な優作ですらもそれ位は分かる。

 塩も受けていないのに悶え転がりそうなほど早い。

 自分の趣味で置いていたのでは無いと言い募った瞬間十倍になって追撃が来そうな予感に言葉も無い。

 そのため優作は、ありきたりな言葉で娘を諫めるしか無かった。


「…千華、駄目だ。お前にはあの本はまだ早い。まだ駄目だあの系統はまだ…」

「好奇心からくる冒険心を、千華抑えきれなかったの」

「っ!?」

「むずかしくて分かんないトコ多かったけど、なんかすごかった…」


 宙をぼんやり見上げる千華に、見事なブーメランが優作を襲った。

 書斎の管理を真剣に考えた優作だったが、忙しさにかまけて後手に回り、今後も似たような攻撃を受けることになる。





 翌日、有希子は変装の師匠である世界的マジシャン、黒羽盗一と会っていた。

 盗一はどこか落ち着きが無さげにそわそわしていたが、有希子は有希子で物憂げに溜め息をつく始末だったので、目の前の様子のおかしい男には気づかない。


「…昨日、うちの子が、ストーカー規制法とか接近禁止命令だとか呟いていて…」

「誤解ですっ!」

「はい?」

「私は妻を愛しています!」

「はい??」


 真実はいつも…遠い。





 その日帝丹小学校の渡り廊下にて、女子の悲鳴が響いた。




 緊張感が漂う校長室に隣接している応接室、そこにノックの音が響く。


「遅くなりました、工藤です」

「どうぞお入りください」

「失礼します」


 許可を得て工藤優作・有希子夫妻が入ると、工藤兄妹が座るソファと向かい合う様に校長・教頭が座り、その背後に学人主任、新一と千華の担任は二人の傍に何とも言えない複雑な表情でたたずんでいた。


「工藤さん、お呼び出ししてすみません、ご足労ありがとうございます。…とりあえず、こちらにお座りください」

「はい」


 促され、子供達の両脇に夫妻は腰を下ろした。

 新一は項垂れ両手で顔を隠しているが、千華はぴんと背筋を伸ばし、凛とした雰囲気すら纏って学校の二大巨頭と向かい合っている。

 嫌な予感しかしない。

 教頭が気まずそうに咳払いをして話し始めた。


「…えぇ~、本日、そのですね…授業間の休み時間に工藤さん、ああ千華さんがですね…」

「はい」

「ああ~、その、新一君の…ズボンを下ろしまして…」

「「はい?」」


 想定していたどれとも違う言葉が耳に飛び込んで来て、優作と有希子はそっくり間抜けな顔を披露する事になった。


「移動教室だった二人が廊下ですれ違い様に、その、千華さんが行動に移したようで…」

「は?え?」

「ち、千華ちゃん!?」


 加害者と被害者が兄妹で、更に呼び出した両親が有名人という事もあり、教頭は役目を自分に押し付けたらしい校長を偶に睨みながら、汗を拭きつつしどろもどろな説明をする。

 大人達全員の視線を毅然とした態度のまま受け、千華は嫣然と笑ってみせた。


「昨夜、兄の新一がお風呂に入る三十分前に、リビングのテーブルの上に今人気上昇中の推理小説を置きました」

「は?」

「え?それが一体…」

「あれ置いたのお前かよ!?」

「そうよ。お兄ちゃんは狙い通りそれを手に取り読み始め、ママにいい加減お風呂に入りなさいって怒られてしぶしぶ入ったわよね?」

「そ、そうだけど…」


 顔を覆っていた新一が立ち上がり妹に詰め寄ろうとするが、優作に抑えられ座り直す。

 千華が何を言い出したのか分からず、全力で空気を読む周囲を他所に、千華は淡々とした語り口を変えず続けた。


「狙い通り推理小説の内容で頭いっぱいにしたお兄ちゃんはカラスの行水で、ママが用意した着替えを確認もせずそのまま着込んですぐ小説の続きを読んだのでしょう?」

「っ!」


 息をのむ新一の様子に、空気が張り詰める。


「千華ちゃん?何をしたの…?」

「お兄ちゃんはそのまま夜中まで小説を読んだのでしょうねぇ…今朝は寝坊して、慌てて着替えて学校に走って来ることになったもの。千華はそんなお兄ちゃんを見捨ててさっさと学校に来たから、今朝は何もしていないわ。…今朝はね」


 うっそりと笑った千華の言葉に、新一が再び顔を覆って俯いた。


「……お前が、入れ替えたのか…?」

「そうよ、千華がお兄ちゃんの着替えを入れ替えたの。ピンクのいちごのパンツにね」

「おっまえっっ、何でそんなことしたんだよっっ!?」

「完璧な計画だったわ!今日の移動教室ですれ違うタイミングまで!蘭さん達の悲鳴が響いた時は、悪だくみをする人の背中をそっと押す米花の神の采配を感じたわ!」

「いみわかんねえぇえーっっ!!」

「ちょっ、ちょっ、千華ちゃん!?本当にどうしてそんな事したの!??」

「千華は有言実行の女だからよ」


 頭を掻きむしっていた新一含めハテナマークが飛び交う者達の中、優作だけが何かに気づいた様に冷や汗を掻く。

 千華は何を恥じる事も無いという態度で、すっと教頭達に向き合った。


「先生、私先日街で事件に遭遇した時、事件現場に走り出そうとした兄にこう言ったんです。「動くな。動くとズボンを引き降ろすぞ」…と」

「「「……………」」」

「父はその場に留まりましたが兄は隙を見て抜け出し、一般人の、ましてや子供である兄が事件現場に突っ込んで行き、勝手に探偵ごっこをはじめやがったのです」

「あっ、あれは…っ」

「捜査権の無い兄が現場を荒らすなど許される行為ではありませんが、父が警察関係者と誼を通じているせいかお咎めも無く、また兄自身にも深く反省した様子は無く…ならば私は、一度宣言したことはやらねばなりません」

「反省はしてるし!」

「あの後も悲鳴が聞こえれば妹放り出してスターターピストル鳴らされた陸上選手の如く飛び出す兄が何を言うか」

「うぅ…」


 頭を抱える新一に微妙な視線が集う。


「どうせ口先だけ等とは間違っても思わせないために、私は私の発言に責任を持ち、また説得力も持たせねばなりません。…ただ、そのために学校という公共の場を騒がせた事については、申し訳無く思っています。本当にすみませんでした」


 丁寧に頭を下げた千華の姿に、先生方の心情が千華に傾く。

 脚本・演出・主演、工藤千華による『工藤新一の探偵ごっこを何となく許容してしまう周囲の大人達、本当にそれでいいの?よく考えて劇場』はまだ中盤、千華は気合を入れ直す。

 純然たる被害者である新一と、加害者である千華の立場はびっくりするほど有耶無耶になった。

 今こそ教師を味方につける好機。


「先生方もご存知の通り、私の父は度々事件に遭遇し、警察に協力して事件解決の一助となっておりますが…私はそれが怖いのです」

「ち、千華?パパがしているのは、警察の人達だけでは分からない部分、もしくはとても時間のかかる事を早急に導き出すことだ。いわば社会貢献だよ?」


 戸惑いつつも正当性を主張する優作に、千華はきっと睨みつけた。


「パパは分かってない!確かに一早く犯人を捕まえることは必要かもしれない。でもそれって、現場で顔を曝して関係者集めてする必要ある?刑事さん達にこっそり助言すれば良い事じゃない。ただでさえ事件なんていう非日常に巻き込まれて混乱しいる人達を更に追い込む必要なんて無いと思う」

「いや、だが…」

「例えば、未開の地の少数民族の土地にタレントがお邪魔するテレビ番組があるとするでしょ?あちらの方は善良な方達で、お客を持て成そうとご馳走を用意してくれるの。けれど文化が違う方達の御馳走だから、申し訳無いけどかなり微妙なの。例えば、子どもの腕程もある大きさの芋虫や昆虫、猿の丸ごとスープ」

「「「………」」」


 突然の話題に反応が遅れる一同。


「貴重なタンパク源。彼等の心からのおもてなし。歓迎の印。でも正直タレント側からすれば勘弁して欲しいわよね?けれど番組スタッフには美味しい展開。この構図がパパのやる推理ショーに当て嵌まってると思うの」

「は?」

「完全な善意からおもてなしをする少数民族が推理を披露するパパ、おもてなしを受けて困惑するタレントがよく分からないままプライベートを曝されてしまう被害者、及び加害者、そして無責任に煽るスタッフは事件が解決するなら何でもいいと放置する警察。…千華にはそう見えて仕方ない」

「………」


 ジャングルの奥地にある村の中、バナナの葉で包んで焼き蒸した大きな芋虫を満面の笑みですすめて来る想像上の誰かが優作となって彼等の脳裏を過ぎる。

 確かに、事件現場に入り込んで推理し始める人間は少数民族と言って過言ではないかもしれない。


「見知らぬ他人を持て成してくれる少数民族の皆様はとても善良だと思う。自分達の持つそんなに多くも無い食糧を惜しげも無く差し出せるのは尊敬に値する。でも、だからと言って、誰もが分かり合える訳では無いわ」

「蜂の子やイナゴの佃煮だって駄目な人は駄目だからね…」

「先生、私はそれを、父と兄に知って欲しい。良かれと思ってやったことが、誰もに喜ばれ、受け入れられることでは無いのだと、知って欲しいのです。…たとえ、それで私が悪役となったとしても」


 清廉な空気を纏い秘めた決意を露わにする少女の姿は、教師達の心を動かすには十分だった。


「感動しました。千華さんは家族を本当に大切に思っているのですね」

「はい。私に出来ることは少ないですが、私に出来る精一杯で家族を護りたいのです」

「素晴らしい。良いお子さんですね、工藤さん。今回の事は目撃した者達も集め、内々に処理する事に致しましょう」

「は、え、あの…」

「新一君、あまり妹さんに心配をかけてはいけないよ」

「え、う…」


 ※被害者は新一です。


「本日はこれで帰って頂いて結構です。ありがとうございました」


 校長にそう締めた上で促され、工藤家は腑に落ちない何かを感じながらも退出する。

 見本の様な挨拶をする千華につられ続いた優作達を不審に思う者はいなかった。

 完全勝利S。

 夕暮れの住宅街を無言で歩く家族の中で、千華はにんまりとした笑みを兄に向けた。


「だから、明日から兄ちゃんのあだ名が『新★イチゴちゃん』になっても、千華は受け入れるわ」


 まだ若干家出中だった心が返って来る。

 全て妹の手の平の上だった。


「受け入れんな!つか、そーなったらお前のせいだろうが!」

「お兄ちゃんの蒔いた種よ!自業自得よ!」

「けどイチゴのパンツは無いだろーが!」

「お兄ちゃんの回転が速すぎる脳みそを飽和させるための罠よ!予想以上に上手く行ったわ!」

「こっの、千華あーっ!」


 両親の周りを兄弟でぐるぐると回るが、新一を宥める様に優作に抱き留められた所で千華も有希子にへばりつくことで仁義なき戦いが終焉を迎えた。

 良い笑顔の妹に、どうしようもなく力が抜ける。


「~~父さん~っ」

「うん、仕方が無い。今回は、千華の方が一枚上手だった。どうしようもない。父さんだってこんな手で来られたら勝てない」


 疲れた様に、けれど微かに笑みを浮かべて新一の背を叩く優作の手は温かかった。

 視線の先では、娘を張り付かせたまま仕方なさそうに有希子が額を小突いていた。

 窘められても、千華が楽しそうに笑っているのが遣る瀬無い。


「…勝てる気がしねぇ…」

「…ああ、頑張るしかない。一緒に頑張ろうな、新一」


 一緒に。

 その言葉だけで、何もかもがどうでも良くなった。


 遠くでサイレンの音がする。

 何も変わらない日常の中、少しだけ夕日が綺麗に見えた日の事だった。





 世界で一番強いのは、愛だと思う。

 憎しみよりも悲しみよりも、最後にはきっと…愛が勝つ。




「…工藤家家族会議を始めます」


 厳かに宣言した優作の言葉に、リビングに集められた家族の中で、有希子が粛々と議題を発表する。


「本日のお題は『末っ子の一人称』です。千華ちゃん、意見を」

「はい。千華も来年は中学生です。そろそろ一人称を『私』で固定したいと思います」

「意義有り」

「優作さん、どうぞ」


 沈痛な表情で優作が言った。


「…まだ早い」

「なんで!?小学生の内はって話だったよね!?もういいでしょ!?」


 千華の反論に、優作は哀しそうな眼差しを向け、ふるふると頭を振る 。


「ママもママをママって言うし、パパもパパをパパと言うだろう?ならば千華とて千華を千華と言って何が悪いのだね?」

「良い悪いの話じゃ無くて、そろそろ自分を名前呼びするのは痛いって話!」

「何故だ!?可愛いだろう!?」

「そうよ!可愛いは正義よ!」

「可愛いが許されるのは小学校低学年までよ!親が思うほど子は他人様からは可愛くないの!外してフィルター!認めて現実!」

「千華ちゃんは他人から見たって可愛いわよ!」

「外見の話じゃなくてっ」


 新一は自分を新ちゃんなどとは言わないではないか!という言葉は寸前で飲み込んだ。

 新一が凪いだ海の様な静かな目で千華を見つめていたのだ。

 それは、それだけは言ってくれるな、と新一の目が言葉も無く語りかけて来る。

 両親の前で、それだけは、と。

 分かっている。

 それを言ったが最後、優作がどう切り返して来るか、火を見るよりも明らかなのだから。

 ふっと千華は自分を嗤う。


「……分かったわ、パパ。家の中ではこれまで通り千華は千華の事千華って言う…」

「分かってくれて嬉しいよ」


 爽やかに微笑む優作の背後で、どこぞの魔法学校の校長が「愛じゃよ、愛」と宣った幻影を見る。

 千華は負けた。

 思いやりと言う名の愛に負けた。

 まるで王蟲に弾き飛ばされた気分。

 親の愛で盲いた目の代わりによぉく見て欲しい。


 きっと、外で一人称を間違え、先生をお母さんと言い間違える程度の羞恥が千華を襲う日も遠くない。





 リビングで珍しく漫画本を積み上げて読んでいる千華に興味をそそられ、新一は一冊を手に取った。


「…千華、お前これ…ミステリー漫画じゃねぇか…」

「そう『金田一〇年の事件簿』シリーズ」


 工藤家に産まれて以降、どちらかと言うと活字派になっていた千華だったが、今生でワン〇ースと再会して以来世間的には最新の、千華目線では懐かしの名作達の収集にも励んでいる。

 そして、裕福なベストセラー作家からのお年玉という軍資金を惜しげも無く使い、通販で大人買いした本がダンボール箱でどんと届き、早速紐解いてみた所に新一がやって来たのだった。

 少し前にこの漫画がドラマ化されたため、遅ればせながら存在に気づけたともいう。

 そして完全活字派の新一も、ミステリー物ならば手に取らないという選択は無く、千華の向かいに腰を落ち着けて読み始めた。

 だが、このシリーズは大体事件の真相が次巻に持ち越されるため切りが良い所で終われない。

 次巻、そのまた次巻…と次々繋げていく新一の横に、読み終わった本の塔が築き上がっていく。

 千華は自分のカフェオレを淹れるついでに、そっと茶菓子のかっぱえび〇んとコーヒーとウェットティッシュを用意してあげた。


「…しっかし、こいつの周り事件起き過ぎじゃねえ?」


 今世紀最大のおまいうを込めて兄を見返す。

 その視線に込められた意味を正しく読み取ったらしい新一が、自己弁護の如く声を荒げる。


「う、うちの学校ではこんなに事件起きてねぇだろ!?それに、この主人公の幼馴染の犯罪率高過ぎじゃねぇか!殺人に手ぇ染めた奴何人目だよ!殺された幼馴染も…え、これで何人目だ…?」


 途中でトーンダウンした新一がパラパラと確認のため読み終わった本の方に戻った。

 千華は、お兄ちゃんの公称幼馴染はそもそも二人しかいないし、事件率で言ったら100%以上(一人一回処の話じゃ無い)よ、という言葉は武士の情けで飲み込んであげた。

 無駄に追い詰めたい訳では無い。

 だがそれでも…。


「お兄ちゃん覚えていて、幼馴染からの手紙は要注意よ。きっと事件を運んでくるわ」

「へ?」


 本を開いたまま、新一がきょとんと無垢な瞳で見返して来る。

 凄惨な殺人事件が起きた現場のコマとの対比がアンバランスだ。


「千華はお兄ちゃんの幼馴染なんて蘭さんと園子さんしか知らないけど、転校しちゃったり引っ越したりした幼馴染からの突然の手紙は気をつけてってこと。そうじゃなくても疎遠だったのに突然来る連絡なんて絶対厄介ごとだと思う」

「んな大袈裟な」


 軽く笑って流そうとする新一をねめつける。


「あのねぇ、お兄ちゃ」

「あ、二人共聞いて~、ママの幼馴染からお手紙がきて…」

「アウトーっ!!」


 にこやかに入って来た有希子を千華がばっさりと切りつけた。


「え?え?何がアウト?」

「どこの幼馴染?今までの関係は?ママの幼馴染なんて小五郎おじさんとその妻位しか知らないんだけど!何の厄介ごと!?」

「えっ、群馬にいるママの幼馴染よ?最近は年賀状位しかやりとりしてなかったけど、子どもの頃は仲が良かったのよ。厄介ごとって言うか…相談?」

「アウト!絶対アウト!人死にの序章よ、プロローグ!ドラマだったら移動中に謎ばかりの説明がされる部分!ママ!正気に戻って!命大事に!」

「ええ!?ママは正気よ!?…て、新ちゃん、何だかちょっと楽しそうね?」

「へ!?んなことねぇよっ?」


 有希子の言葉にばっと新一を確認すれば、強く否定したわりにはへらりと誤魔化すように笑って来た。


「お兄ちゃんの馬鹿!事件が起きるかもとかワクワクしないでよ!」

「べ、別にんなことでワクワクしてるわけじゃ…っ」

「ワクワクしてるでしょうが!現地に行って確かめたい!何が起こるんだろうって心躍らせてるんでしょう!ちょっとは事件が起きる直ぐ傍にいたのに止められなかったって落ち込むはじめちゃんを見習えーっ!」

「起こる前の事件なんて気づける訳ねぇだろ!」


 新一の言は最もなのだが、千華としてはその売るほどある好奇心と観察力は何のためにあるのだと言いたくなってしまう。

 好奇心と観察力を売って自重と自制心を買って来い、そうでないなら…。


「お兄ちゃんなんて推理小説の重要なキーパーソンの台詞だけ全て乱丁で読めない呪いにかかればいいのよ!」

「本気で止めて下さい。ちなみに親父は?」

「トリックは完璧、話の展開も胸熱、舞台設定も時間軸も自然、発行されたらベストセラー間違い無し。なのに、登場人物の名前だけが決まらない呪い」

「お、おう…」

「まず、書斎の人名辞典と姓名判断と名付け本を全て古本で売って換金します」

「まさかの出だし」

「続いて先ほどの呪いをかけ、どうしても名前を決められないパパが本屋で名付け本を探している所をママに目撃させます」

「お、おお?」

「よそで作った女に隠し子が!?と誤解したママの姿をマスコミにスクープさせ、藤峰有希子ファンが殺気立ちます」

「後は米花町に居ればお決まりの事件コース!お兄ちゃん出番よ!」

「謎が無い!その事件には謎が欠片も無い!」

「それでも事件よ!」

「謎の無い事件なんざ、串の無い焼き鳥と一緒だ!」

「パパを殺す相談は止めてもらおうか!?」


 仕事部屋から出て来た優作の静止によって愚にも付かない言い争いが終了された。


「それで、何の話だい?」

「ママの幼馴染から、事件の臭いしか無いお手紙が来たの」

「ほ~う…それはそれは…」


 興味深そうに有希子から手紙を借りて確認する優作に、千華は嫌な予感を感じる。


「…パパ、まさか現地に行くつもりじゃ…」

「はは!何を言うんだい、千華!現地に行かなくては事件の概要も分からない様な探偵は二流だよ!」

「「え!?」」


 何を言われたのか分からない、という千華と有希子の横で、新一が苦虫を噛み潰す。


「パパはこの家に居ながら、有希子の幼馴染の憂いをはらってみせようじゃないか」


 気障なウィンクが、優作には大変良く似合う。

 一拍置いて、妻と娘の周囲に花が咲く。


「パパかっこいいー!!」

「優作さん素敵っ!!」

「ははは!私に任せておきたまえ」

「「きゃあーっ!!」」


 最愛の妻と娘の歓声を浴びて、髪をかき上げる仕草すら感無量な優作の内心を滲ませる。

 満を持して二人の理想を宣言出来た優作は、今正に輝いていた。

 やる気に満ち満ちて持てるコネの全てを使ってでもこの家に居る決意を固める父の背を見る息子の目は死んでいたが、優作にとっては些細な事である。

 念願の言葉を面と向かって言って貰えたのだ、それだけで人生が輝いて見える。

 優作のモチベーションはMAXを突き抜けた。



 そして数日後、群馬県警にて二人の女が取り調べを受けることになる。





オマケ

※映画の摩天楼、ネタはあるけど全部書くのがメンドー()なので、一部だけ台詞のみでのお届です。

それでも良い方はどうぞm(_ _)m








「はい、もしもし?」

『…工藤ヲ出セ』

「良いでしょう。工藤家に工藤を出せというその心意気に免じて取り次いで差し上げます。貴方の求める工藤は汚れた工藤?綺麗な工藤?青い工藤?それとも可愛い工藤?」

『ハ?ヨ、ヨゴレタ?』

「パパ―っ!ボイスチェンジャーで声変えた不審者さんから電話―!」

「よしきた!ネタを寄越すんだ!さあ!!」










『ヒントをやろう。爆弾の場所は、『××の×』だ!×には一文字ずつ漢字が入る』


「…『老楽の恋』ね」

「あ~爆弾隠れてそうだなー」

「遺産相続時に血の雨が降りそうねぇ~」

「怖いもの無しで突っ走るからなぁ、人生の最後に花を咲かせるとか言って…む、これは使えるか?」

「そこの物書き一家、文学的解釈による突っ込みは今は控えて貰えるかね!」



「いや、普通に考えて、線路の間じゃないですか?」

「は?何故だね?」

「監視カメラがある倉庫に忍び込んだり、営業中で乗客の居る車内で爆弾を取り付けるより、夜中に線路に仕掛けた方が簡単じゃない。電車にイタズラする人って大体線路の上に石置いたり自転車置いたりするじゃない?それって線路が仕掛けやすいからでしょ?でも線路の上だと電車通れないから、線路の間かなって。ただの勘だけど」

「「「…………」」」

「理由付けや推理は千華の仕事じゃないから。パパやお兄ちゃんの本分でしょ?」

「…なるほど。日没以降時速六十キロ以下で走ると爆発するというのは、太陽の光が遮断されるためか」

「車体の長さが二十メートル。二百メートル走るのに十二秒かかるとして、それに必要な速度が六十キロというわけか!」

「電車を倉庫にしまうんだ!」

「いや、その前にドローンとかで上から爆弾確認出来ません?てか、ヘリ飛んでるのに不審物の連絡とか無いんですか?報道の方々からは」

「ドローンを飛ばせー!あと、特番の映像をチェックしろ!」








「つまり、犯人は、無機物に恋をする老紳士ならぬ変態紳士よ!」

「何故そうなった」

「この執拗に付き纏う、執着強い系粘着度。余人には与り知れぬ価値観、かなりの偏執的な拘りを感じるわ。たぶん、とってもとってもとってもとってもとってもとっても大好きな拘り抜いた無機物の完成をお兄ちゃんに阻止されたか壊されたかした恨みの念を感じるわ」

「そんなバカな~」

「いいえ、お兄ちゃんは無意識に無自覚にそういうことしちゃって、知らぬ場所で恨みを買ってるタイプよ」

「そんなバカなぁ…」

「だから、顔と名前を出すなとあれほど…」

「スマン…」

「そしてその被害は身内や親しい人間に被さって来るとノアが統計を出してくれたの」

「は?」

「つまり、千華は家から一歩も外出ません。パパとママも、もちろんお兄ちゃんもよ!」

「ええ」

「もちろんだ。家の守りを固めよう」

「え?」






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