表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PIXI  作者: エール
8/9

工藤家の問題児8-10

 千華は試着室のカーテンを開け、ポーズをとった。


「どお?」

「まあ、千華ちゃん!良く似合ってるわ!」


 母の称賛を浴び、千華はすぐに別の物に着替える。


「どお?」

「それも素敵ね!」


 にっこり笑ってカーテンを閉め、更に着替える。


「どお?」

「ああ、それもいいわ!流石私の娘!可愛いわ!」


 うっとりする有希子の前でカーテンを閉める。


「どうする千華ちゃん、全部買っちゃう?」

「ううん、いらない」


 試着室に持ち込める三着でちょっとワン〇ースのナミごっこがしたかっただけなのだ。

 千華だけにしか分からないが、大変満足である。

 試着した服はそのまま店員に渡したが、店員は直に他の客に呼ばれて行った。

 千華が派手にモデルの様に試着で注目を集めていたため、他の客が同じ服を求めて店員達が忙しくなっているのだ。試着ごっこはその功績でチャラにしていただきたい。


「千華ちゃんどうして買わないの?」

「千華はもっと動きやすい服がいいのよねぇ」

「そんなぁ~、あ、じゃあそれも買うから、さっきのも買っちゃいましょ?ね?」


 不服そうな有希子を腕を組んで連れ出し、店から少し離れた通路で足を止めた。


「ねぇ、ママ。さっきの服着た千華、可愛かったでしょ?」

「ええ!お人形さんみたいだったわぁ!」

「そんな可愛い千華と出会ってしまった変態の想像し得る反応をどうぞ」

「…………」

「あと、世の中には追い剥ぎママっていう犯罪者がいてね、突然公園なんかで遊んでる他人の子供の着ている服を剥ぎ取って盗んで自分の子供の物にしちゃう困った人もいるのよ」


 浮かれていた有希子が真顔になった。


「ママが間違っていたわ。動きやすくてほどほどに可愛い服にしましょう」

「分かって貰えて嬉しいわ」


 その後たっぷり時間をかけてショッピングを楽しみ、本屋の中でお茶が出来るカフェで待っていた男性陣と合流し、別の場所で食事するために揃って駐車場に向かう。


「お兄ちゃん何買って貰った?エロ本?」

「バッカ、んなモン親に買って貰ってどーすんだ…」

「お小遣いだって、親のお金だよ?」

「あー…………ダマッテロ」


 子供達の無為な会話に両親が苦笑していると、前からベビーカーを押して来ていた女性が進路を変え、駐車スペースが開いている部分を抜けようとしているのが目に入る。

 その向こうにある入り口に向かうためのショートカットなのかもしれないが、ショッピングモール内の駐車場は、正直事故多発地帯と言っても過言では無い場所、大丈夫かと視線を巡らせれば、今正にそのスペースに停めようとバックしている大型のファミリーカーがあった。

 フラグ回収に余念が無い米花町に舌打ちをする。

 まさかがまさかのまま終わってくれないことなど、十年も前から知っている。


「お兄ちゃん!」

「ああ!」


 迫る車体に母親が気付いた時には、既にベビーカーに接触せんばかりの位置で、親子に新一が、窓から顔を出している運転手の方に千華が叫ぶ。


「危ない下がれっ!」

「停まって!後ろに人がいる!」


 突然飛び出した千華達の姿に驚く運転手だが、反応が遅かった。


「うわっ」

「きゃあっ!」


 背後の死角から響いた悲鳴、そして金属が擦れ合う音に我に返り、漸く車が停まる。


「お兄ちゃん!?車前に出して!早くっ!」

「あっ、ああ!」

「新一!」

「新ちゃん!?怪我したの!?」


 優作と有希子も駆けつけ、足を抑える新一の様子を確認する。

 縁石より駐車スペース側にあったはずのベビーカーはへたり込んだ母親の隣に寄せられ、火が付いたように泣き声を上げた。


「車と当たったの!?」

「この擦れ具合からいって大きな衝撃では無かったとは思うが、乳幼児だ。救急車は二台手配しよう。新一、あまり患部を動かすなよ。血は出ていないようだが打撲か骨折になっていそうだ」

「新ちゃん…」

「悪ぃ…ベビーカーは持ち上げて避けたけど、オレの足が残ってて車と縁石の間に挟んじまった」

「ママ、足が腫れちゃう前に靴と靴下脱がしてあげて。千華がやると力任せになっちゃう」

「そ、そうね!新ちゃんいい?ゆっくり脱がすわね?」

「つっ…千華は、結構、不器用だから、なぁ…っ」

「うっさい…」


 震えたくなる心配を悪態に隠し、千華は泣く赤子を宥めている母親に向き直る。


「こんなに混んでる駐車場で、縁石より駐車スペース側に出たら危ないの、考えなくても分かるでしょ?何で歩道スペース歩かないの?」

「そ、それは…っ」

「咄嗟の場合小回りの利かないベビーカーで、どうやって子供守る気だったの?」

「………」

「ふっざけんじゃないわよっ!母親が子供守らなくて誰が守るの!?」

「……っ」

「そりゃあこんな年の乳幼児抱えてたら、数時間置きの授乳やオムツや夜泣きや甘え泣きや飲んだり飲まなかったりや寝たり寝なかったりや謎の爆泣きやらで睡眠もままならずへろへろになるのも分からないでもないけどっ!」

「……え、あ、いえ…その、はい」

「………」

「………」

「えと、育児お疲れ様です」

「あ、いえ…?」


 新米母の大変事例を上げる内にトーンダウンした千華に、子供を無意識にあやしつつ母親も戸惑う。

 彼女もまだ事故に遭った実感が薄いのだろう。


「とにかく!ハイハイも出来ない子供の命を守れるのは貴女だけなんだから、自覚して!」

「あ、ハイ。…その、ごめんなさい…それと、ありがとうございます」

「お礼はお兄ちゃんに言って!」

「はいっ」

「あの…」


 恐る恐るかけたられた声に振り向けば、運転手が所在無げに立ち竦み、助手席から降りて来たのか妻らしき女が寄り添っていた。


「だ、大丈夫でしょうか…?」

「そもそもの諸悪の根源!」

「ち、千華、これ!」

「えっ」

「何な訳!?この車!バックミラーじゃ後ろ見えない位浮かれた荷物積みまくって、バックモニターも無いじゃない!これでよく人の出入りの多いショッピングモールに来て死角だらけの中バックしやがってくれたわね!?」

「それは…っ」

「海だかプールに行くんだか知らないけれど、車は動く鉄の凶器よ?簡単に人を殺せるし、今正に殺しそうだったの分かってる!?馬鹿なの!?」

「本当に、申し訳無く…っ」

「パパはばかじゃないもんっ!」


 感情のまま糾弾している所に幼い声が反論して来た。

 窓が高くて千華からはよく分からないが、中に子供が二人ほど乗っているらしい。

 その声に親は慌てて諫めようとするが、状況が良く分からない中、親が責められていると感じた子供の暴走は止まらなかった。


「パパは学校の先生なんだから!」

「こーこーの先生だもん!ばかじゃないもんっ!」


 妻は顔を覆い、運転手は顔を引き攣らせて視線を泳がし、千華の纏う空気が氷点下に下がり、優作は聞こえて来たサイレンに救急車の誘導をするためにそっとその場を離れ、有希子はそんな優作に伸ばした手を見ないふりされ、新一は痛みを忘れた。

 母親と泣き止んでいた赤ん坊は、びっくりするほど空気を読んで空気になった。


「先生…?学校の、それも高校の先生をやってるの…?」


 千華の言葉は氷の女王張りに冷たい。


「後ろの確認も出来ない危ない車で公道を運転してる大人が、学校で生徒に何を教えられるって言うの…?」

「……っ」

「しかも、後ろに子供が乗ってるじゃない。そっちの人は乗ってる子供達の母親じゃないの?助手席に乗ってただけ?子供の命を守るのは自分達だっていう自覚は無いの?安全確認手伝ったりしないの?ただでさえバックミラー見えてないのに?バックモニターすら無い車で?そもそもバックミラーで確認出来ない位置まで荷物を積むことに危機感は?止める人いなかったの?母親と学校の先生がいて」

「………」

「ねぇ、あなた達本当に分かってる?あなた達今、子供乗せた車で人を殺しかけたんだよ?」

「…っ」


 夫婦は俯き、千華はますます冷気を漂わす。

 おかしい、今は夏のはずなのに…母親はこの数分の間に赤子を宥める技術が格段に上がった。


「今更小娘の私に言われるまでも無いでしょうけれど、免許を取る時自動車講習でも習ってるはずよね?学校の先生なら交通安全指導とかもしてるでしょ?」

「…はい」

「言われなかった?『だろう』運転は駄目って。このまま進んでも大丈夫だろう、飛び出しなんか無いだろう。いつもの道だから何も心配いらないだろう。ちょっとのスピード違反ならバレないだろう。見えないけれどまあ問題無いだろう…その油断が事故に繋がる。運転は常に『かもしれない』で考えなさい。その車の影から子供が飛び出すかもしれない。曲がり角から自転車が出てくるかもしれない。歩道の酔っぱらいが突然車道に倒れて来るかもしれない。スケボーに乗った子供が飛び込んで逆走して来るかもしれないって、常に頭の片隅で考えながら運転しましょうって言われなかった?そしてそう生徒に指導するもんなんじゃないの?」


 気まずそうに押し黙る夫婦に溜め息しか出て来ない。


「ここは米花町よ?ビルの側なんて窓ガラスが外れたり、窓掃除の清掃業者の乗るゴンドラの紐が切れて落ちたり植木鉢や花瓶や家電や人間が落ちて来るかもしれない。歩道は自転車が突っ込んで来たりひったくりして行ったり誰かを轢いたりするかもしれない。エレベーターに乗ってたら向かいのビルから人違いで狙撃されるかもしれない。歩いてるだけで車やトラックやスケボーが突っ込んで来るかもしれない。その車のトランクには何故か死体が隠されているかもしれない。出先でトイレに入ったら死体とこんにちはするかもしれない。…楽観的にぼーと生きてたら、いつの間にやら被害者か加害者になっている。それが米花町でしょう?それを常に考えて行動せずして何が米花町民か!?」

「…新ちゃんしてる?」

「してねぇけど…いやでも、あながち間違ってない所が…なんつーか…」


 懇々と説教する千華に隠れ、こっそりと有希子と新一が冷や汗を流しつつ確認し合う。

 顔色悪く小娘の説教を流されるまま受けた夫婦はしおらしく謝罪し、謝罪はお兄ちゃんと赤ちゃんにでしょ!?と更に叱られた。

 千華が声を荒げたせいで赤ん坊が再度泣き出し、有希子はそこで漸く千華を叱って止めることが出来た。

 そこでやっと救急車とパトカーを連れて来た優作に向かい言う。


「「「遅いっ!」」」

「…すまない」





 病院にて打撲の診断を受けた新一に、家族は揃って胸を撫で下ろした。


 事故現場から先に救急車に乗って病院に向かった新一と有希子は、現場検証に残る優作にとても良い笑顔で手を振り、一人不機嫌オーラを必死に内に留めようとして失敗している娘の相手をすることになった。

 千華の言っている事は間違いでは無いが、何せあまりにストレート過ぎるので、誰にとっても耳が痛い。そのためせめて、もう二十枚ほどオブラードに包んで欲しいと思うのだ。

 だが、千華はオブラードに包むと言葉が曲解されたり素通りされたり、何より切れ味鋭くなければ心(臓)に届かないから、言うならばはっきり言うと言う…身に覚えのある優作としても一理あるため強くは言えない。

 世の中は儘ならないものなのだ。


 夜半熱を出すかもしれないから安静に、と念のための解熱剤も処方してもらい帰宅した工藤家だが、千華を中心に空気が重かった。

 食事の予定が事故と事情聴取などで潰れてしまったため、病院帰りにデリバリーしたファストフードでかなり遅い昼食となっている。


「……千華ぁ?何怒ってんだ?」

「お兄ちゃんが怪我しいなのを怒ってる」

「お??」


 自分に怒っているとは思わなかった新一が目を白黒させる。

 優作と有希子と新一だけの誰が聞くアイコンタクト会議で、怪我人の新一になら千華も優しく対応するだろうと決まった役だが、完全に読みが外れた。


「いいですか、お兄ちゃん」

「お、おう」

「消防士さんもレスキューさんも人助けがお仕事ですが、助ける人には『自分』も入っています」

「お、おう?」

「人助けのためにお兄ちゃんが怪我してたら意味が無いってことよ!」

「!?」


 千華の言葉に目を剥く新一に、千華は優作をキッと睨みつける。


「ほら!はっきり言わないと分かんないじゃん!遠回しに言っても通じないじゃん!」

「あ、ああ、いや、まあ…うん」

「お兄ちゃん怪我何回目!?ただでさえ事件に巻き込まれやすいのに、『大丈夫大丈夫!平気、この位の怪我かすり傷だって!』…そういう問題じゃない!」

「っ!」


 バンっと叩いたテーブルに新一が飛び上がる。


「お兄ちゃんが!人助けで!怪我することが!問題なんです!次は気をつけるって言ったよね!?怪我しないようにするって言ったよね!?お兄ちゃんが自分の身も守らずに人助けだけするんじゃ、いざって時千華は怖くてお兄ちゃんに手を貸してって言えなくなるでしょ!」

「…あ」

「お兄ちゃんの怪我が酷かったら、千華はお兄ちゃんがせっかく助けた人、恨んじゃうかもれないでしょ!?それじゃ本末転倒でしょ!?」

「う…」

「怪我しないで!突っ込むだけじゃ無く自分の身も守って!誰か助けて終わりじゃないでしょ?自己犠牲はヒーローじゃないし全然格好良くない!」

「…うん」

「…お兄ちゃんの、ばか…」


 ポロリ、と千華の目から涙が零れ落ちる。

 続けてポロリ、ポロリと流れ落ち、う~という唸り声まで上げ出した。


「千華、千華ごめん。約束破ってごめんな」

「しんぱいっ、したんだ、から…っ。お兄ちゃん、大丈夫って…言った、のにっ」

「うん。ごめんな…」


 泣き止まない妹の頭を撫で、新一は情けない気持ちになる。

 適当に千華の小言を受け流していた過去の自分が恥ずかしかった。

 自分が怪我することを、こんなにも心配かけていたのだと。

 有希子と優作も子供達に寄り添い、優作は情けない顔をする新一の頭をくしゃりと撫ぜた。


「…サッカー、しばらく出来ないね」

「ああ…でもその間、違うトレーニングするさ」

「…お兄ちゃん」

「ん?」


 涙を拭いた千華が、少し照れ臭そうに笑った。


「言ってなかった。…赤ちゃん助けてくれて、ありがとう」


 もう妹を泣くほど心配させないと、新一は誓った。






「なあ、千華?お前こないだここで怖い話したんだって?」


 今日も今日とて鞄に紛れ込んでいた兄の本を届けに来たら、そんな事を言われた。

 リビングで一緒に宿題をするのを少し改める必要があるかもしれない。

 ふと視線を向ければ、前回の悪ガキお山の大将三人組が慌てて目を逸らす。


「えー、千華の怖い話なんて、怖い人には怖いかもだけど、怖くない人には全然怖くないよ?」

「そうなのか?」


 この時点で、教室内が水を打った様に静まり返っていることに、新一は気づかない。


「何?お兄ちゃん聞きたいの?」

「いや、オレじゃなくて…」

「まあ時間あるからいいけどね。そうだなぁ~」


 後ろの三人組がぎょっとした顔をする。

 きっと聞きたいのはこの間の話の続きで、違う話が聞きたい訳では無いと言いたいのだろうが、千華は全力でスルーした。


「とある進学校の近くの本屋での話なんだけど、他の本屋と同じく万引き被害にとても悩まされていたの。でもね、万引きって現行犯じゃないと捕まえないし、お店の敷地から云M離れないと捕まえたらダメとか妙な規制があって、全力で走って逃げられたり集団で攪乱されたりして、捕まえられる事の方が少ないのよ」

「まあ、そうだな。私的逮捕は基本現行犯だからな」


 へぇ、そうなんだ…と耳だけ傾けている者達が多い。


「でも、監視カメラがあるから誰が何をどれだけいつ盗んだかなんて全部分かるの。顔も分かる。制服も何処の学校のものなのかはっきり分かる。自分達で個人を特定出来なくても、知り合いが見れば分かるって位には明瞭な映像が本屋にはあった」

「最近の監視カメラは高性能だからなぁ」

「なのに、店長は警察にも学校にも知らせない」


 バイトは不思議で仕方が無い。

 こんなにも不利益が出ているのに、何故店長は万引き犯を捕まえないのか。

 その映像で学校に問い合わせれば、個人なんて簡単に特定されるはず。

 それなのに、店長はしない。


「今日も万引きがあった。犯人は捕まえられない」


 バイトは口惜しくて、店から出る前の万引き犯を捕まえて説教をした。

 とにかく損害を減らしたかった。


「でも、その行為を店長に怒られてしまったの」


 何故!?

 確かに店内で捕まえてしまったら、警察に連行して貰うことは出来ないが、やっていることを自覚させて、やめさせるべきだ。

 万引きなんてやっても誰も得しないって分からせるべきだ。


「店長は言った。余計なことはするな!」


 何人かがびくりと肩を竦めた。


「店長の考えていることが分からない…万引きの損害だけで店が潰れる、そんな話が当たり前の様にあるのに、何故手をうたないのか…そんな思いに答えが示されたのは、新年明けて二月の事」

「二月…?」

「そう。店長は、高校三年生の万引き犯の子達だけまとめて、訴訟を起こしたの」

「二月に、高校三年生の犯人だけを…?」

「そう。進学する子は丁度受験期だし、就職する子もほぼ内定が決まってる。けれどそれ本屋に関係ある?店に損害を与えた者を特定し、訴訟を起こしたのが、偶々二月だっただけ」

「いや、でも…」


 教室内で何人か顔色の悪い者もいる気がするが、気にしない。


「因果応報よね。ストレス発散か、仲間内のゲームか、ただ楽しんでかは知らないけど、万引き対策の経費、人件費、盗まれた分の損害、補填、それだけのことしておいて、無罪放免になる訳が無いもの」

「や、まあ…自業自得だよな」

「そして、バイトは知らなかったけれど、その本屋では毎年二月に、高校三年生の子にだけ訴訟を起こしていたのよ。学校も警察も把握していた。注意も警告もしていた。…知らなかったのは、二月を越えたことが無いバイトと、万引きした本人達だけ」


 そこで予鈴のチャイムが鳴る。


「じゃあお兄ちゃん、千華帰るね」

「おう。けど、そこまで怖い話じゃ無かったな」

「だから怖くない人には怖くないって言ったじゃん。実話ってそういうものよ。じゃあね!」

「はは、そうだな」


 手を振って軽やかに出て行く妹を見送った新一の肩が、がしっと捕まえられる。


「は?なん??」

「…なあ、万引きで訴訟って出来んのか?」

「そりゃあ、証拠集めりゃ出来るよ。これは裁判所からある日突然裁判やるから出頭しろって通知が来るパターンかな?万引きは現行犯しか捕まえられないけど、証拠が揃ってりゃ窃盗罪で警察が刑事事件にも出来るだろうし」

「せっとう…ざい…?」


 クラスメイトの様子がおかしい事に、新一は気づかない。

 いや、少しおかしいな、位には思っているが、今正に事件が起こっている訳では無いので、新一の事件センサーから軽率にスルーされている。


「十年以下の懲役か、五十万円以下の罰金だな。万引きなんつー言い方されてるけど、つまりは盗み、窃盗罪だから普通に適用されるぜ。ま、犯歴もつくし、その時決まってる進学も就職も白紙になるだろうなぁ。オレ等が十八歳になる頃には成人年齢が引き下げられて、実名報道されるかもな~」


 写真付きで、と暢気に笑う新一の声にへたり込む者が数人居たことでやっと気づく。

事実確認後、何故か校内でゲロるなら今、という謎の空気が疾走し、三日後緊急保護者会が開催されることとなる。






 兄と寄った本屋で、千華は愕然と目を瞠った。


 小さな本屋のため全巻平積みとはなっていないが、店員の最推しらしいその作品は現在九巻までが出ていて、最新刊とその前の巻だけが平積みになっていて、店員渾身のPOPが飾ってあった。


『海賊王に、オレはなる!!』


 とりあえず、目を擦って二度見する。

 視覚情報は変わらない。


 え、こっちにもあったの?

 いつから連載してたの?

 二年前?

 アニメ化?この秋から?

 え、これアーロン編入ったトコだよね?

 最後に読んだ巻って、六十巻?七十巻だっけ?

 続きを読めるまでに何年待てばいいの?

 十年?十五年?二十年?いや、それよりも…


「動くな!」

「千華っ!」

「こいつの命が惜しければっ、金を出せっ!!」


 この犯罪都市で、尾〇先生の命は守れるの!?


「おにぃちゃぁん…」

「千華!待ってろ、すぐ助けてやるからな!」

「黙ってろクソガキ!」

「来ちゃダメ!助けなくていいよ!誰も死なないでっ!」

「千華っ」


 まさか、あの名シーンを自分がやることになろうとは…お兄ちゃん頭に風車付けてくれないかな。

 というか、尾〇先生の身の安全を思って泣きを入れたら、いつの間にか何かの事件の人質になっていた。

 やはりこの街は物騒過ぎる。

 続きを読めるまで、自分は果たして生き残れるのか…。


「泣くんじゃねぇ!殺されたいか!」


 うるせぇ、こちとら諦めた続きが例え何十年か先だとしても読めるかもという希望が見えた途端、それまで生き残れるか、そもそも作者さんがこの世界でゴールまで無事でいて下さるかの絶望が腕組みして訪れて混乱しとるんじゃ、泣く位させろ。

 そして喜びと悲しみに浸らせろ。

 ドンジャラ?ジャンドラ?の灯をともせ!(詳細不明)


「ぐずぐずするなっ!早く金を出せ!」

「はっ、はは、はっ、はいぃっ…っ」


 包丁を向けられ、怯える店員は震える手でレジを開けようとするが上手くいかない。

 マズイ、これ以上イラつかせると、千華の首が締まってしまう。


「…強盗犯さん、貯金はある?」

「あ!?」


 金が無いから強盗なんかしてるんだろうが、という思いの籠ったどすが効いた声に、その声が聞こえた者達が身を竦めるが、千華はある意味慣れてしまっているためその程度ではもう怯まない。


「あのね、刑事事件で出される罰金って国庫に入るから、被害者には一円も入らないの」

「…あ?」

「だから、捕まって罰金刑で済んだとしても、民事で損害賠償を求められたら罰金とは別に更に払うことになるんだよ。路面店なんか狙って…ここでの立て籠もりが長くなればなるほどその分の売り上げが減ることになるから、損害賠償請求額の増加がチャリーン、チャリーン…損害賠償された分は、自己破産してもチャラにならないから返済するまで一生追われることになるよ」

「………え」


 犯人の目が揺れた。

 それを見逃す新一ではない。


「があっ!?」

「っ!」


 本らしからぬ勢いで飛来したA5サイズ300ページほどの本の角が犯人の側頭部にぶつかり、一瞬力が緩んだ隙に千華は抜け出す。

 倒れた所を新一が乗っかり、千華がいつもの結束バンドで拘束する。

 そこまでの連係プレイは、熟練の忍びの如し。

 観光客の外人さんが居てくれたら、ブラボーと拍手を頂けただろう。


「すみません!110番お願いします!」

「あっ、は、はいっ!」


 店員に指示し、跳ね飛ばされた強盗犯がぶつかった棚から本が落ちたり崩れたりしているのを見つけ、兄妹してあわあわしてしまう。

 更に跳ね飛んだ凶器の包丁を探せば、分厚い雑誌に刃を突き立てているのを発見し、一瞬気が遠くなった。


「ちょ、お兄ちゃん!倒れる方向も気をつけてよ!」

「無茶言うな!つかお前、怪我はないのか?」

「怪我は無いよありがとう!けど本がぁ~…」

「う…それは…」


 幼少の頃から本を大事に、を信条として来たというのに、売り物の本を疵付け雪崩れさせるとはなんたる不覚。

 選択肢は一つだ。


「「ごめんなさい」」

「えっ、あ、大丈夫よ!損害賠償請求先はあなた達じゃないと思うから!」


 揃って頭を下げた二人に、レジでお金を出せないまま腰を抜かしていた店員が慌てる。

 こんなことで売り物にならなくなった物が返本されたら出版社が気の毒過ぎる。


「くそうっ!なんで、なんだって俺ばっかり…っ」

「うわっ!?」

「おう、暴れると罪状増えるぜ~」

「がっ!?」


 動き辛いよう俯せの犯人の肩の上に体重をかけ頭部を抑えていた新一だが、左右に揺らされてバランスを崩してしまう。

 成人男性一人を抑え込むには、圧倒的に体重が足りなかった。

 そんな新一を支えて代わりに抑えてくれた駆けつけた刑事の顔を見て新一と千華は目を見開いた。


「「伊達刑事!?」」

「おう、工藤の坊ちゃん嬢ちゃん、やっぱりお前さん等がいたか…怪我は無いか?」

「やっぱりって言わないで!怪我は無いです!」

「そうだ!月は跨いでるはずだぜ!ご心配おかけしました!」

「月が替わったの先週だがな…まあ、無事で良かったわ」


 事件に巻き込まれること云十回…顔見知りになった伊達とは例え工藤家が居ない現場でも一度は姿を確認してしまうという位には心配をかけている。

 大変申し訳無い。

 ぞろぞろと刑事や鑑識課らしき人達が現れ、規制線を貼って犯人を連行して行った。

 いつもお世話になっておりますと挨拶を交わす。

 そこで、犯人にぶつけられレジの中に飛んで行った本の存在を思い出した。


「あ!すみません!お兄ちゃんがさっき投げた本、折れてませんか?買い取ります!」

「あ~…ごめんね?この本十八歳未満の方にはお買い上げ頂けないの」


 緊張も解けたのか、苦笑いを浮かべる定員を見つめ、新一と千華はゆっくりと視線を合わし、千華の目がチベスナに、新一の視線がうろ~と外される。


「…お兄ちゃん?」

「わ。わざとじゃねぇし。偶々手に取った本がそれだっただけで…」

「へえ?偶々居た場所で、偶々手に取った本が、偶々十八禁本だった、と…?お兄ちゃん人がそう言ったら信じる?怪しいって思わない?」

「嘘じゃねぇし!犯人の死角になりそうな棚にあったのが、偶々それだっただけだし!そもそも表紙だってオレはちゃんと見てねぇしっ!!」

「…まあ、そういう事にしといてあげるわ」

「おいっ!」

「お兄ちゃんは成人向け十八禁本で強盗を倒した。これが事実よ」

「し、真実は…真実は違うんだ…!」

「もしこの事件がニュースで流れるなら、テレビ局があの本と同じ物を買って、お茶の間にモザイク付けて放映される…それが真実よ。お手柄小学生って取材が来るかもね。ワイドショーのレポーターが来たら、千華は包み隠さず事実を話すわ」

「伊達刑事!情報規制を!情報統制を!マスコミ規制をして下さいっ!!」


 悲痛な叫びを上げる新一に伊達は笑いを噛み殺し、更に千尋の谷へと突き落とした。


「まあ、どっちにしてもあの本は証拠品として警察で押収することになるなぁ」

「…しょーこひん…」

「ほら、お兄ちゃん調書取って貰いに行きましょ?『妹・工藤千華が人質に取られ、兄・工藤新一が咄嗟に掴んだ『小学生が口にしてはいけないタイトル』著・ほにゃらら、うんにゃん房発行で撃退』って公式文書に残しに行きましょ」

「鬼かてめぇ~っっ」

「ぶっはっっ!!」


 耐えられず噴き出された笑いはそこら中から起きていた。

 現場に唾を撒き散らさないでいただきたい。


「じゃあお二人さん、悪いが一旦警視庁で聴取してから、親さんに迎えに来てもらおうな?」

「は~い」

「あ!ちょ!ちょっと待って!行く前に本買わせて下さい!お姉さん、レジ閉めちゃいました!?」

「え?大丈夫だけど、今って売っていいのかな…?」


 店員のお姉さんの困った瞳と、捨てられた子犬の様な瞳を意識した千華の眼差しが善良に仕事をこなす警察官達を襲う。

 だがそれでも、千華はこの九冊を買わずに帰る選択肢など無いのだ。

 そして、尾〇先生に平和に執筆して頂くために、この世界の犯罪をどう減らせるかを模索していくことになる。






 その日の帝丹小学校は午前までで全ての授業が終わり、少し浮ついた空気に満ちていた。

 五年生以下は二者面談、六年生は三者面談が行われるため、本日順番の来る生徒達も、早く帰れるという生徒達も一律にそわそわしている。

 そして、それは四年生に在籍する千華のクラスも同じで、一緒に返ろうと支度をしている千華の友人達もいつもよりちょっと大きい声で話しかけて来た。


「ねぇねぇ、なんで六年生だけ親も一緒の面談になるの?」

「千華ちゃんのお兄ちゃん六年生だよね?」

「ああ、六年生はそのまま中等部進む人もいるけど、外部受験する人もいるから、その辺の確認兼ねて親も一緒って聞いたよ」

「あーそっか、外部受験か~小学校入学の時に受験したのに、また中学受験とか私は絶対嫌だなぁ」

「まぁそうだよね。受験は何度もしたいものじゃないよね…。うちのお兄ちゃんもそのまま帝丹に進むからそんなに難しい話じゃないと思うけど」

「あーそっか。千華ちゃんのお兄さんって」

「探偵になりたいとか頭おかしいんじゃねぇの?」


 突然割り込んだ言葉に、千華や友人達だけで無く日常とはちょっと違う空気に浮かれていた教室内が水をかけられた様に静まり返った。

 工藤兄妹は派手な家族もだが、本人達の顔面偏差値の高さ含め、その事件に巻き込まれやすい特性、そしてその兄の方が探偵になることを夢見て日々推理力を磨くために修行()をしていることは全校的にあまりにも有名だ。修行中故に間々ある迷推理時に千華に降臨する、美少女をかなぐり捨てた大魔神の姿と共に。

 故に、突然の暴言に驚きつつも、千華が兄を庇うのか、それとも馬鹿にするなと怒るのか、固唾を呑んて見守られていた。


「千華もそう思う」


 真顔での同意だった。

 それだけで暴言の主は狼狽えるが、そんな彼の友人達は何故か慰める様な視線を彼に向ける。


「誰かが傷つけて傷つけられたり、悲しんだり悲しませたりする事件に自分から突っ込むとか、千華個人の意見としては正気の沙汰じゃない。事件も事故も謎もトリックも愛憎渦巻く男女も家族も会社も千華的にはノーサンキュー。隠された過去とか知りたくないし、出会ってはいけなかった恋人も、言葉の足りないまますれ違う幼馴染も、恩人だと思っていたら実は仇だったフラグも、金持ちの遺産トラブルも、何でも知ってるおば様も、勘違い甚だしい思い込み暴走ボクちゃんも、遠い世界の話であって欲しい…」


 重い。

 すごく詳細が気になるが、聞ける雰囲気では無い。


「でもこの世の中は残念なことに、職業選択の自由が保障されていて、それで得られる収入の有無は関係無いの」

「…………」

「ヒーローになりたいって言っても、お花屋さんになりたいって言っても、ホストになりたいって言っても、アイドルになりたいって言っても、緑色になりたいって言っても、言うだけなら自由なのよ。収入はともかく。だから千華のお兄ちゃんが探偵になりたいって言うのは、誰憚ることなく言って良いことなの」


 哀愁を漂わせる千華に、友人が恐る恐る声をかける。


「…えっと、千華ちゃんは、お兄さんが探偵になることは、反対、なの…?」

「反対じゃ無いわ。自分の人生なんだもの、なりたいものになればいい。…まあ、最低限自分の責任の取れる範囲でってのが大前提になるけど」

「責任て?」

「うちのお兄ちゃんがなりたい探偵って、世間一般で言われている人探しや身上調査や浮気調査じゃなくて、事件を解く探偵になりたいのよ。ホームズの影響で」


 ああ、という納得の空気が広がる。


「でもそれじゃ困るの。所構わず推理ショーとか情報漏洩だのされると、こっちの命が危ないの。だからお兄ちゃんの持つ架空の理想の探偵像はそれはそれとして、探偵ってものの認識をズラすトリックを数年かけてしかけてるの」


 友人達が良く分からない…と首を傾げた。


「イクラ丼を明太子ご飯とすり替える位の認識の差で探偵像をすり替えてるの」

「「え??」」


 それはいくら何でも無理じゃない?という言葉にならない声を正確に千華は聞き取った。


「同じ日本近海でとれる白身魚の赤い魚卵が乗ったご飯じゃない」

「え!?鮭って白身魚なの!?」

「何で鮭?イクラとタラコの話だろ?」

「イクラは鮭の卵、タラコは鱈の卵よ」

「え!?そうなの!?」

「あの、タラコと明太子って一緒なの…?」

「原材料は一緒よ。タラコを唐辛子とかで漬け込んだのが明太子。正式には辛子明太子ね」

「ちょ、今はそれは問題じゃないよ!鮭が白身魚って事だよ!赤身じゃん!」

「鮭ってどんな魚だっけ?」

「フレーク?」

「あ!おにぎりに入ってるやつ!」

「そう、それ」

「赤じゃん?」

「赤身じゃん?」

「赤じゃん!」

「革ジャン着たジャン似合わないじゃん」

「革ジャン着たジャン誰じゃん!?」


 カオスになった所で千華が深く頷く。


「ね?」

「「「何が!?」」」


 クラスの心が一つになった。

 運動会もまだだと言うのに、大した団結力である。


「話をすり替えるなんて、簡単でしょ?」

「「「………」」」


 え、そういう話だった?元の話何だっけ?あ、すり替えられてるじゃん…など、ざわざわする級友達に更に深く頷く。


「イクラと明太子が同じ日本近海でとれる白身魚の魚卵であるように、お兄ちゃんの探偵としての理想はそのままに、『現実になれる探偵』ならこーいうものよーと認識をちょっとずつシフトしていくようさりげなく誘導してるの。だって千華は死にたくないもの」

「…お兄さんは、千華ちゃんが危ない目に遭ってもいいのかな…」

「最近は少しずつ分かってくれるようにはなってきたよ?でも、うちのお兄ちゃん『理想を追い求める少年』だから、直ぐに現実が行方不明になっちゃうんだよねぇ」

「お母さん達は何か言わないの?」

「うちの両親も基本は『理想を追い求める子供の心を忘れない大人』だから、お兄ちゃんの『夢』を危険な部分は目を瞑って応援しちゃうの。普通の家なら金銭面なり生活態度なりで現実を突きつけるんだろうけど、生憎うちはその辺普通じゃ無いし、お兄ちゃんの成績も悪くないから先生からの指導も…うーん、難しいかなぁ…」


 ふう、と溜め息をつき、落ち込んだ空気を変える様に笑う。


「まあ、何にしたってなりたい職業の理想と現実って違うものじゃない?」

「え、そう?」

「たとえば、動物好きな子が、動物のお医者さんになりたいって言うじゃない?」

「え?そうね…」

「大好きな動物を助けたーい、てね!」


 そういえば、そんな事を言ってる子が隣のクラスにいたような…。


「そんな子には、こんな言葉を贈りたい。動物のお医者さんは、この世で一番動物に嫌われる職業よ、てね」


 動物を愛し、動物を助け、動物を救いたいと願い、沢山の知識と技術を身に付け、その獣医という職についた者は、動物達に蛇蝎の如く嫌われる。

 何故なら、注射を打つから。

 病気を治すためであり、健康管理のためであったりするその行為は、動物達にとってはただの「痛い事をする人間」の認識でしか無く、街の獣医さんはじめ、水族館・動物園の獣医さん達も顔を見るだけで逃げられるというほど嫌われてしまう。

 そして、そんな切ない彼等の想いを汲み取ってくれる動物は、あまりに稀だ。

 そんな前提を理解して尚、動物のために心身を捧げたいという崇高な志が必要な職業だろう。

 人はそれをMと言う。


「「「うわぁ…」」」


 夢は甘くない。

 現実は厳しい。

 そして、千華の気が引きたくて暴言を吐いた少年はすっかり忘れさられ、友人達の生温かい眼差しを受けた。


 そんな教室内の会話を廊下で聞いていた教師は、職員室に戻って同僚に話すことにした。





 新一は着飾った母と並んで担任と向かい合い、中学への進学はこのまま帝丹中学校に上がることを確認し合う。

 そして雑談に入った頃、徐に担任から切り出された。


「工藤君は将来探偵になりたいとのことですが…」

「はい」

「そうなんです。新一は今もそのために色々と勉強していて」

「学校出たら直ぐ、探偵として活躍出来るようになりたいんです」


 夢に向かって努力する息子が誇らしい、有希子の表情はそう語っていた。


「そのようですね。工藤君はどうやって探偵になるか、プランはあるのかな?」

「え?」


 きょとんとする新一に、担任は資料を取り出す。


「先生も少し調べただけだからそれほど詳しくは無いのだけど、色々な方法があるだろうけど、探偵になる人は大きく二通りが多いみたいだね。既存の探偵事務所に入り、そこでノウハウや顧客を確保して独立するパターンと、元々は警察官で、警察を退職してその伝手で顧客を確保して個人事務所を立ち上げるパターン。工藤君と親しい毛利さんのお父さんがこちらだね。でも工藤君はどちらでも無く自分の力でやりたい、ということかな」

「は、はい…」

「実績も何も無い状態で個人事務所をいきなり持つのは無謀だし、何より始業当初は初期投資とはいえ広告費やHP製作費も馬鹿にならないよね」

「無謀、ですか…?」

「うん。事務所の立ち上げにはどこかの街中のビルにでもテナントを借りる必要があるだろうけど、大学を出て直ぐには圧倒的に資金が足りないだろう?高校大学とバイトをして貯められるだけ貯めたとしても街中のテナントは坪金額が高いから…ご両親に援助していただくと言うなら可能かもしれないけれど…男が一生の仕事にしようとする立ち上げを親におんぶで抱っこして貰うのも個人的にはどうなのかなと、あくまで先生個人の意見だけどね。激励を込めて全額出す親もいるだろうし。ただ、先生の経験から言うと、苦労せず始めた仕事は辞めるのも早い」

「………」

「初めはどこかの探偵事務所に入って、経営のノウハウを学んだりする気は無いのかな?依頼料の相場とか、調査の実費の抑え方とか。先達から学ぶことはたくさんあると思うよ?人の使い方、使われ方とかもね」

「………」

「毛利さんの事務所は程よい街中で人通りも多く、入りやすい雰囲気だよね。ちょっと戸惑った場合でも一階の喫茶店で一呼吸出来るのもプラスだ。仕事も人探しや浮気調査、行方不明のペット探しなど前職の警察からのスキルを活かせて、何より小さいお子さんがいても危険が少ない仕事を選んでおられるようだ」

「オ、オレはっ、事件専門の探偵になりたくて…っ」


 慌てて主張した新一の言葉に、担任は目を丸くし、そして眉を顰めた。


「人探し費用とかなら十万~三十万ほどの支払いだが、事件捜査となると依頼人が一般人ならいいけど、警察からの依頼での高額報酬となると癒着だなんだと批判されて今の都民の理解が得られるかどうか…」

「え…」

「探偵に余計な金額を払わず、警察だけで解決しろと思う都民も多いはずだ。警察の予算は税金だからね。確か、工藤君のお父さんが事件解決の協力を警察にしておられるのだったよね?その協力は確か無償でのボランティアとのことだったかと思いますが…違いますか、工藤君のお母さん?」

「え、あ、はい。その通りです」

「お父さんが無償でやっておられることを工藤君からは報酬が出るのかな?工藤君、お父さんと何か話してるかい?」

「…いえ…」

「事件の捜査のみしたいと言うのなら、それだけ事件が多い街に住む必要がある。その点では残念なことにこの街は条件をクリアしているとも言えますが、君が大人になる十年後も同じように事件が多発しているとは限らない。そして先生は、そうで無いことを願っています」

「………」

「事件の多い町、イコール治安の良くない町だと思うので、テナント料とかは安いかもしれない。けれど、その分身の危険は多くなると思う。一カ月の内どれだけの事件が起こり、その内のどれだけが工藤君の依頼となるかは分かりませんが、それだけ人の心が荒み、暴力や謀略が渦巻く中で暮らしていくのは大変な苦労だと想像します」

「………」

「そんな街で暮らすなら、厄介ごとに巻き込まないために親しい友人も作れず、家族と連絡を取ることも難しくなるかもしれません。君が愛され大切に育てられていると先生は分かります。それなのに、君はそんな凄惨な謎にのみ向かい合う孤独に耐えられますか?将来の夢がある、それはとても素晴らしい事です。けれど現実に工藤君がそんな暮らしをするかと思うと、先生はとても心配です」

「………はい」

「本来ならまだ小学生の君に話すような内容では無いかもしれません。けれど頭の良い工藤君なら分かってくれると思い話しました」

「……はい」

「まだ、時間はあります。ご家族でもよく話し合ってください」

「……はい」

「あ、ありがとうございました」


 親子揃って頭を下げて退出する。

廊下で待っていた次の生徒と親に会釈し、ふと時計を見るととても長く感じていたのに予定の十五分ぴったりだった。

 プロだ。

 隣で項垂れている新一の頭をくしゃりと撫でる。


「…あんなこと、初めて言われたわね」

「……ああ」

「良い先生ね」

「…ああ」





 帰宅し、少し落ち込んだ様子の新一が気になった千華は、有希子から面談の内容を聞き、コロンビアポーズを取った。


「何だよ、その反応は!?」

「だって!お兄ちゃんが自己を鑑みてる!先生よくぞ言ってくれた!期待して無かった!学校には全然期待して無かったのに!」

「…その言い様もどうなんだよ…」

「だって、お兄ちゃん基本大人の事馬鹿にしてるじゃない!突っ込んだ質問すると口ごもる先生も、事件じゃなく人探しとかばっかりの仕事してる毛利のおじさんも、パパがいなくちゃ事件解決出来ないと思ってる警察も!」

「う…っ、それは…」

「だから絶対聞く耳持ってないと思ってた!唯一聞く耳ありそうなのはパパだけど、パパはどっちかというと静観してるだけだし、何より同じ穴の狢だし。もう無理かと思ってたー!」


 言われ放題でますます新一は落ち込み、優作はそっと視線を逸らした。


「…そういや、千華は蘭やおばさんの事キツク言うけど、おっちゃんの悪口はそんなに無いな?」

「だって、この辺りで唯一まともな大人だもん。当社比だけど」

「は?」


 あのだらしない小五郎が?

 嫁と喧嘩して逃げられた小五郎が?

 女好きでキャバクラ通いしてる小五郎が?

 誰でも出来る様な仕事しかしていない小五郎が?

 昼間から仕事もせずに事務所で寝転んでいる小五郎が?


「それは、見解の違いってやつね。千華も昔は駄目な大人かなぁと思ってたけど、妻と別居した辺りでかなり見直した」


 結構前からだった。


「英理さんって美人でエリートだけど、自分ってものを持ってないじゃない?だから千華みたいな子供の言葉に左右されてぐっらぐら揺れてるから、千華はいつだって言葉の三倍位心で突っ込んでた」

「多いな!?」

「だって、明確な弁護士になるって目標があるなら、学生結婚したり、二十歳で子供産んだりする無計画なことはしないでしょ?」

「「うっ…」」


 同じく妻が二十歳で第一子を誕生させた両親が胸を押さえた。


「パパは曲りなりにも小説家として名が通ってたし、ママも女優としての稼ぎがあったから、経済的には子育て可能な家庭環境よね。精神年齢はさておき」

「「ぐ…っ」」

「でもあちらさんはどっちが主導したか知らないけど、大学二年で出来婚とか信じらんない。まだまだ自分に金がかかる状態で要保護者増やすとか家族計画出来て無いにもほどがある。ママ、結婚妊娠についてあの人のプライド刺激するような自慢してない?」

「え、えーと…そのぉ…」

「それでも上手く行く夫婦は上手く行くんでしょうけど、あの二人は小さな諍いを重ねた結果、結局子供が小さい内に別居してるんだから、考え無しの馬鹿夫婦って言われても否定出来ないでしょ」

「いや、それは…」

「ち、千華ちゃん、初めの別居は小五郎ちゃんが英理の料理を不味いって言ったからで…」

「それよ」

「え?どれ?」


 千華の指が有希子に突きつけられる。


「結婚して七年。料理の一つもまともに作れないってどういうこと?七年も毎日作ってたらちょっとはマシにならない?学習能力が無いの?学習する気が無いの?一生懸命作る作らないは関係無いの。料理は美味いか不味いかよ」

「………」

「そもそも幼馴染なら、壊滅的なメシマズはおじさん知ってたはずでしょ?その上で嫁に貰っておいて嫁に料理作れ、作ったら不味い、なんて言ったなら死ねよ屑がだけど、妻だから母だから料理は自分が作るって言ってる気がするのよね、あのおばさん。その味で育つ子供の味覚破壊する気か、自己満足か、弁護士の夢を諦めて、良き妻良き母になった自分健気で可愛そうってか?メシマズってだけでマイナスだわ。結婚する前に料理の腕位まともになっとけや。出来ないなら旦那に頼め。何で頼めないの?プライド?んなモン生ゴミと一緒に捨てろや、子供の健全な味覚の方が大事だろ。その程度の話し合いも譲り合いも助け合いも支え合いも出来ずに結婚とか嘯くから七歳の娘置いて出てく女とか出来上がるのよ。親友に影響されて早くに結婚・出産。けど自分の信念で進んだ道じゃ無いから何もかも中途半端。母としても妻としても芯が無いから言われて初めて気づく。もう一回言うわ。考え無しの馬鹿夫婦って言われても否定出来ないでしょ」

「ち、千華ちゃん…っ」

「………っ」

「結局本当に別居したのは娘九歳の時だけど、それでも早くない?これから娘が二次成長を迎えて母親の助けが色々いるだろうって時期によく出て行けたわよね。普通って言ったらあれだけど、普通は連れてかない?あれで毛利家がちゃんと話し合った結果なら第三者が口出しする権利は無いけど、それまでにさんざんこっちにも手間と迷惑かけてるんだから愚痴の百や二百位は零しても許されるでしょ?で、この溜まりに溜まった鬱憤、本人にぶつけていいと思う?」

「やめたげてっ!英理が再起不能になっちゃう!」

「はっ!たかが小学生の言葉に再起不能にされちゃう位なら、所詮それまでの女だったってことよ!誰に後ろ指刺され様と自分の生き方に信念を持って今生きているなら、旦那と娘との別居も自信を持って反論出来るはずだわ!それか人生経験も無い小娘が囀ってるわ、若いわね…て苦笑してスルーするわよ!それも出来ずに千華如きの言葉に傷ついてるなんて、如何に感情の赴くままに薄っぺらな人生を送ってきたかの証明ね!」

「いや、それは…」

「千華ちゃん、千華ちゃん…ママにもちょっと流れ弾来てるから、もうちょっとソフトに…!今治タオル位の優しさを…!」

「…ママがパパと喧嘩したことが無いから気にしたこと無かったけど、ママももし家出する時は、子供置いて行きそうよね…」

「千華ちゃん…っ!」


 結構贅沢な望みを口にしつつ泣く有希子にとどめを刺す。

 新一は終始口元を引き攣らせている。

 優作は隠し切れない冷や汗を流しつつ咳払いをした。


「…千華、話がズレているよ。小五郎君の話だっただろう?」

「あ、そっか。そうあれは、毛利家第一次別居で千華がおばさんの面を拝む前、ママが蘭さんにかかりっきりに狂っていて家族を蔑ろにしていた頃よ」

「千華、言い方…」

「事実に齟齬が無いよう、分かり易い言葉を選んだつもり」

「……そうか…」

「ママはあの子にかかりきり。パパはイライラする千華を見かねてお兄ちゃんと三人で気分転換に近場のモールに連れて行ってくれたけど、ああ、ママは知らなかったでしょうけど、そういう事があったの」

「……はい」

「なのにパパとお兄ちゃんは千華を放って本に夢中。それなら本屋じゃなくて図書館でいいじゃんと思ったけど、一歩も退かぬ!媚びぬ!省みぬ!と言わんばかりにソファスペースに巣を作ってた。もしこのまま千華が誘拐されて帰って来なかったら一生後悔すればいいとの覚悟の元千華は旅に出た」

「ちょっ!?いつの話だ!?」

「恐ろしい覚悟を自販機でジュースを買う位の気軽さでするなっ!」


 泡を食って騒ぎだした優作と新一を華麗にスルーする。


「衣料品売り場に流れ着いた時、女児の下着売り場でうろうろしている男性を見つけたの」

「変態か!?」

「通報したか!?」

「それが小五郎のおじさんよ」

「「「……………え?」」」


 よく似た表情の家族に小さく笑う。


「お洗濯失敗して色落ちやら縮めちゃったりやらで散々にしちゃって、蘭さんを泣いて怒らせちゃったんですって。あの日あの子が泣きながら我が家に来た真相がこれね。おじさんはそのままにしておく訳にもいかないしゴミとして始末して、新しい物を買いに来たんですって」

「な、なるほど…」

「二十台半ばの男性が、女児の下着売り場に一人、妻や子の姿も無く…どれほど居心地が悪かった事か。それでも慣れないながらも逃げずに自分の役目を果たそうする父親としての姿に、千華は本屋で巣を作っている父と兄、そして自分の買い物を父親に押し付けた娘をちやほやしている母を思い出した」

「「「…………」」」

「小五郎のおじさんの好感度が跳ね上がった瞬間だったわ」


 優作と有希子と新一が姿勢を正した。


「千華はあの子をおじさんが迎えに来た時に見てたから知ってたけど、千華は警戒した猫の様に扉の隙間からおじさんを見てたから、おじさんは千華が誰か知らなかったわ。ママは子供を預かるほど親しい幼馴染なのに、あちらに家族の写真の一枚も渡して無いのねって思った」

「そ、その節は、本当に申し訳無く…」

「でもこの容姿だから直ぐに工藤の娘って信じてくれたわ。そして一人でいることを心配して、一人は危ないから一緒にパパ達の所に戻ろうって言ってくれたの。買い物も終わってないのに。おじさんの好感度が更に倍になったわ」

「…す、すまない」

「わ、悪かった…」

「千華はママと一緒に遊んでるだろう娘の代わりを申し出て、一緒に買い物をすることにしたの。初めはパパ達が心配して探してるんじゃとおじさんは気にしてたけど、パパ達は絶対気づいてないからって千華が説得したら、ありがとなって言って頭撫でてくれたの。これが父力…!て驚愕したわ。千華気づいたの。パパに頭撫でて貰ったこと無いって」

「あっ!やたら頭撫でろって言って来た事が…っ」

「そう、父親に頭一つ撫でて貰ったことが無いとか、そんな事実をそのままにしておく千華じゃ無いわ。お兄ちゃんも巻き込んだけど、後悔はしていない」

「あ、ああ…うん」

「それで、千華はおじさんの子供のふりして恙無く買い物を済ませ、パパ達の所まで送って貰ったの。お礼にお洗濯の色落ちにはお塩を一つまみ入れるといいよって言っておいた。パパの書斎の本で読んだから知ってる」

「…千華はパパの書斎で、どんな本を読んでいたんだ…」

「千華の身長で届く所にある本読んでた」

「そ、そうか…」


 皆さんお疲れですが、話は終わっておりません。


「で、おじさんに送って貰ったんだけど、パパもお兄ちゃんも千華はもちろんおじさんにも全く気付かなくて、おじさんは家事をやるためにも帰らないといけないから挨拶出来なくて悪いって言って帰って行ったわ」

「「…………」」

「あと、置き引きに遭いそうだから、パパの鞄抱えててやれって言われた」

「……小五郎君に、挨拶してない…千華の事も、お礼が言えてない…」

「そうね、あれから五年ね」

「……千華っ!それはあまりにあれじゃないかな!?」

「だから千華がわざわざあの家の揉め事に首突っ込んで仲裁してるでしょーが!恩と親が礼を失した詫びはちゃんと返してるわ!」

「え、新ちゃんのためじゃなかったの?」

「それもあるけど、あの家の人間に一人も好意を持って無かったら、流石に労力割いてまで手ぇ貸さないわよ!」


 謎が解けた。

 千華の助力は、小五郎の人徳だったのだ。


「で、二年後の本別居の時、おじさん警察辞めて探偵になったじゃない?」

「…へぼだけどな」


 ぼそりと悪態をついた新一に、千華は素早く脱いだスリッパで後頭部を叩いた。


「いって―な!?何なんだよ、突然!?」

「三者面談で何を聞いて来たの?お兄ちゃんのオツムはニワトリさんなのかな??」


 新一憧れの職業『探偵』に就いていながら、今一パッとした活躍が無いと思っている小五郎を新一が無意識に見下しているのは分かっている。

 恐らく、優作も内心では事件の謎が解けない小五郎を探偵とは認めてはいないのだろう。

 だが、目指す土俵が違うのだから、そもそもの根本が間違っている。


「あのね、おじさんは娘のために職を変えたの。事件を解きたいなら警察に居れば良かったのに、わざわざ探偵になったの。何でか分かる?」

「は?探偵になったんだから、そりゃ」

「事件のためって言ったら、もう一回引っ叩くからね?」

「っ!」


 ばっと距離を取る新一を冷めた目で見る。


「おじさんは、子供が学校から帰った時「おかえり」って言いたかったの。一人ぼっちで家に居させたくなかったの。警察じゃまともに帰れない。けれど妻は子供を置いて出て行ってしまった。ならばどうする?自分が職を変えればいい。学校が終わる時間家に居るには自由業がいい。どんな自由業なら出来るか。警察時代のノウハウが役に立つ探偵なら出来そうだ」

「………」

「自分の持ちビルで一階にテナントを入れれば、毎月一定のテナント料が入る。それがあれば探偵の仕事がほとんど入らなくても、親子で飢えることは無い。仕事も人探しや正体のバレない浮気調査なら、同居する娘に危害が及ぶことも無いだろうって、お兄ちゃんが馬鹿にしてる仕事してるのよ」

「…別に、馬鹿にしてるわけじゃ…」

「おじさんはね、何より娘が大事なの。自分の夢より、キャリアより、将来より、お金より、子供の側にいることが大事なの。分かる?お兄ちゃんとは目的と手段が違うの」


 事件を解くために探偵になりたい子供と、子供を守るため探偵になった男では、価値観が違い過ぎる。

 優作はバツが悪そうに視線を落とした。


「それに引き換え、あの嫁は…」

「ち、千華ちゃん、それは嫁イビリするお姑さんみたいよ…?」

「千華が姑だったら、あんな嫁熨斗付けて実家に返品してあげるわよ!よくも緑の紙も出さずにいてあげるものだわ。それでも料理上手なら胃袋掴まれたとかあるでしょうけど、メシマズ・育児放棄、そのくせ悋気だけは一丁前とか、馬鹿じゃない?自分が勝手に家出たくせに、別にホテルでにゃんにゃんした訳で無し、キャバクラやクラブで金払って話して酒飲むくらいでぎゃあぎゃあと」


 舌打ちせんばかりの千華の言葉に有希子がぎょっとする。


「え?え?千華ちゃんそういうの平気なの?子供だから分かんないだけ?」

「はあ?あんなの仕事の一環じゃん!古今東西情報が集まるのは酒場と相場が決まってるでしょ?小説だってゲームだって酒場で情報交換してるし、現実だってそうじゃない?しかも政治家とか脳みそ足りない悪人は女は馬鹿で教養が無い、特に夜の女はそうだと思い込んでるから口が軽くてポロポロ情報落としてく。それをそうと知らせず上手に集めて行くのが刑事や探偵でしょ?違う?」

「え…あ…違わ、ない…」

「えっと、わ、分かってても、嫉妬しちゃうのは理屈じゃ無いって言うか…」

「メンドクサっ」


 有希子の精一杯のフォローは、千華の一刀の元に切り捨てられる。


「まあ、おじさんも何でかうちのパパをリスペクトしてる所あるから、在宅に憧れてたのかなって」

「は?父さんオレ等が帰った時、お帰りなんて言いに来てくれた事無いぜ?」

「仕事部屋に籠ってるもんね~夕飯まで会わないことザラだけど、もちろんおじさんには黙っておいたわ。夢壊したくないし。現実は優しくないのよ~」


 優作は無言で頭を下げた。


「まあ、そういう訳だから、先生のことも、小五郎のおじさんのことも、子供の浅知恵で馬鹿にするのは良くないと思うわ」

「…ああ」

「まあ、千華は英理さん、思いっきり馬鹿にするけど」

「おい」


 ふてくされつつも返事をした新一に、千華は苦笑を乗せる。


「お兄ちゃんはキレイだね~」

「は?馬鹿にしてんのか?」

「ちょっとしてるかも。だって、突然汚いものを突き付けられた時、お兄ちゃんが壊れちゃわないか、千華はとても心配…」

「は?」

「とりあえず、パパの書斎の隠し扉の向こうの本を読みなよ。世界の汚濁と人類の欲望が文書化されているから。突然フルカラーの3Dで見るよりはマシだよ、たぶん」

「は!?お前隠し扉の暗号分かったのか!?」

「千華に暗号が分かる訳無いじゃーん。鍵を偶々見つけたのさ」

「ちょっ、千華!?え!?」

「ズルイ!何でオレに教えなかったんだ!?お前前も黙ってたじゃん!」

「暗号解くって言ったのはお兄ちゃんだし」

「優作さん、どういうこと!?」

「いや、ちょ、待、え…」


 そして今日も、工藤家の夜は平和に更けて行く…。



 オレの名前は工藤新一。

 両親と妹の四人家族で、昨日も夕食後親父と先日あった事件について語り合ってふと顔を上げたら、真顔の妹と目が合って固まった。

 にっこり笑顔で親父の書斎を親指で指し示されたので、すごすごと親父と二人で書斎に籠もって続きを話していたら、「喉が渇いたでしょう?」とトマトジュースとアーモンドの香り付けをされた白い粉、もといアーモンド塩を差し入れされた。

 血を連想させる1リットル2千円の真っ赤なトマトジュースと、青酸カリに代表されるアーモンド臭の塩。

 妹の真意が分からない。

 新たな謎に頭を悩まされながら眠りについたはずだが…気が付いたら、体が縮んでしまっていた!


「…………夢か」


 小さくなった手足を見て溜め息が落ちる。

 自分の体が小さくなる等という非現実的な事、夢で無いはずが無いので、ある意味分かり易くて助かった。

 自分の部屋は自分の部屋だが、寝ていたはずなのに起きていて、見下ろした感じ何となく覚えがある服装をしているので、子供の頃の服なのだろう。

 だが、ブレザーに蝶ネクタイというおめかしモードなのが解せない。

 そしてふと、視界に入る枠が何かと顔に手をやれば、何故か眼鏡をかけていて驚いた。

 新一は生まれてこの方眼鏡などかけたことなど無いというのに、何故こんなものを…と不思議に思う。

 荒唐無稽過ぎて考えても仕方が無いのでとりあえず部屋を出てみたが、何故か家族の気配がしない。

 妹の千華に会えば、昔の夢か何かが分かるかと思ったので、少しがっかりする。

 一階に降りてもやはり誰もいないようだ。

 夢とはいえ、家族が自分に何も告げずに出かけているという状態に違和感が激しい。

 そこで、何だかんだと我が家は結構家族べったりの家だと気づいて少し恥ずかしくなる。

 それでも、家族は何処へ行ったのか…と見回した所で、街中にいることに気づいた。

 流石、夢。

 何でもありだな…と辺りを行き交う人を見回していると声をかけられた。


「ねぇ、君。江戸川コナン君じゃない?」

「は?」


 見知らぬ人に親し気に話しかけられ、訝しく思う気持ちと警戒心が膨らむ。

 昔から工藤家の子供、というだけで馴れ馴れしく話しかけてくる者や、自称親戚や両親の友人、という不審者にはよく遭遇していたせいだ。

 けれど、今かけられた名前は違う。


「え、いや、違いますけど…」

「あら、ごめんね!警戒させちゃったかしら?でも、大丈夫。みんな知っているわ」

「は?」

「工藤新一君が江戸川コナン君だって、みんな分かってるわ」


 嬉しそうに笑う女に、新一の背に冷たいものが伝う。


「…なに、を…」

「はじまるのね?やっとはじまるのね?待ってたわ!」


 興奮した様に話す女を一歩退きながら見て、はっと気づく。

 先ほどまで好き勝手に歩いていたはずの周囲の人間達が、全員新一達を見つめていた。

 いや、新一を、見ていた。


「…っ!?」

「コナン君!?ああ、本当にコナン君!?」

「本当だ!やっとだ!」

「とうとう始まるのね!?」


 逃げようとした一瞬で取り囲まれ、先ほどの女と同じように歓喜の声が周囲を埋め尽くす。

 訳が分からない。


「あの、貴方達は…」

「私?私は殺されるの!」

「え…」


 嬉しそうに返された言葉に、思考が追い付かない。


「僕は犯人の方だ。被害者になるのは、その次だな」

「私もまず犯人の方」

「俺は被害者だ。俺がどう殺されたか解くのは、任せたぞ?名探偵!」

「トリック失敗しない様に頑張るよ!」

「え?…な…?」


 誰一人自分には見覚えの無い者達なのに、彼等は全員新一のことを知っていて、そして言っていることが新一には理解出来ない。


「あなたが解くのよ」

「あなたが推理するために私は死ぬの」

「君が推理するためだけに、俺が殺す」


 体が震える。


「だって、ここはそのための世界」

「君が、推理するためだけの世界」

「君の望む、謎だらけの事件が起きる、被害者と加害者と隣人だけがいる世界」

「だから、皆殺意が高いんだ」

「そう作られているんだ」

「小さなことが許せなくて、直ぐにキレるの」

「だけど、とっても許せないことがあったのに、数年かけて復讐したりもするんだよ」

「直ぐに報復したりしないの」

「だけど警察に訴えたりしないんだよ」

「だって、トリックを使って殺さなきゃいけないからね」

「そういう設定の世界なんだ」

「君が望む、謎だらけの犯罪が跋扈する世界」


 四方八方から、決して荒げられる事の無い声が、淡々と降って来る。


「でもね」

「でも」

「役目が終われば、きっと…やっと…っ!」



 この世界から解放されるの…!!



「っ、触るなあっ…!!」


 叫んで手を振り払い、駆けだす。

 がむしゃらに手足を動かし逃げ場を探すが、今自分が何処に居るかも分からない。

 無我夢中でビルの路地裏に逃げ込み、視線から逃れる様に蹲った。


「…なんで…なにが…っ」


 ガタガタと震える体を抑える様に抱え込む。

 何故、今自分は一人なのだろう。

 頼りになる父がいない。

 朗らかに笑う母がいない。

 道を間違えそうになると、叱り飛ばしてくる妹がいない。

 この世界に一人きり置き去りにされた気がして泣きそうになる。

 どうして誰もいないのか…。


「コナン君?」

「っ!?」


 自分の名前では無いのに、その呼びかけが自分を指している事が分かる。

 路地先にこちらを覗き込む様に伺っている幾つもの影。


「ひっ」


 腰が抜けて、足に力が入らない。


「大丈夫だよ、君は死なないから」

「誰が死んでも、君だけは死なないよ」

「誰も君の邪魔はしない」

「安心して推理して」

「さあ、戻ろう」

「世界を始めなければ」

「…やめっ」


 逆光で見えない沢山の影達の口が嗤う。

 伸びて来る手を避けたいのに、動けない。

 そこに居るのは、犯人?被害者?それとも…。



「…だーれだ…?」





「っっ、はなせええぇっっ…!!」


 叫びと共に起き上がり、はっとする。

 見慣れたベッド、机、自分の部屋…。

 自分の心臓の鼓動と息遣いの音が大きい、跳ね起きた時に布団を握り込んだ拳に筋が浮かんでいた。


 夢だった。

 夢だったじゃないか。

 いや、夢だと初めから分かっていたはずだ。

 けれど、声が、言葉が、触れられた手の温度を覚えている。

 自分は殺されるのだと恍惚しながら、その瞳の奥に恐怖が浮かんでいるのを見てしまった。


「お兄ちゃん!?無事!?」


 妹が部屋に飛び込んで来た。

 寝起きのパジャマ姿で、その手には釘バッドが握られている。

 冷静になった。


「………千華」

「下手人は何処!?処女は散らされちゃった!?」

「待て、何の話だっっ!?」


 冷静がお帰りになった。

 釘バッドを構えたまま部屋の中をぐるりと見回し、ベランダに繋がる扉も開いていないことを確かめ、ベッドの上の兄を上からじっくりと眺めた後釘バッドを下ろした。


「…無事みたいね」

「だから、何でそうなった!?」


 兄妹の温度差が激しい。


「いやだって、家人の寝静まる一軒家の中、兄の部屋から「離せ」なんて叫び声が聞こえたら、今正に忍び込んだ暴漢に押さえつけられ服を剥ぎ取られ、その誰にも侵入を許した事の無い菊座が」

「止めろーっっ!!」


 伸び上がって妹の口を塞ぎ、物理的にその続きを話せないようにする。

 落ち着いたはずの息が一気に荒れた。


「千華っ、新一は無事かっ!?」

「新ちゃんっ!?」


 開いたままだった扉から飛び込んで来た優作と有希子も、無事な子供達の姿を見つけてほっと力を抜いた。

 中の様子も確かめずに入って来た割りには、優作は警棒と縄跳び、有希子はスタンガンとガムテープを装備している。

 もう突っ込むのは止めた。


「…無事だったようだな」

「良かった…心配したわ、新ちゃん」

「ごめん、ちょっと夢見が悪くて…」

「何だ、私はてっきり、私達の知らない間に新一をつけ回していたストーカーと言う名の変態がとうとう押しかけて来て、新一を動けない様縛り上げた挙句服を切り裂き、歪んだ欲望を」

「だああぁあっ!!だから、何でそうっ」

「新一にはまだ早いっ!」

「早いも遅いもねぇよっ!」

「でも新ちゃん。あの叫び声は、近道をしようと夜の公園を突っ切ろうとしたら、突然後ろから羽交い絞めにされて藪の中に連れ込まれそうになった人が必死に手を振り解いて助けを求める様な声だったわ」

「いや、だから…」


 家族三人共が、新一が性被害に遭いかけていると駆けつけた事実がしょっぱい。

 あと、微妙にリアリティのある例え話が辛い。

 あらゆる犯罪への造詣の深さが完全に裏目出た形だ。


 そしてちょっと、衆目の中犯罪状況を滔々と語られている一般市民の気持ちが少し分かった。

 これは無い。

 居た堪れない。

 第三者の前で余計な情報を曝すべきでは無い。

 それにしても…。

 不思議そうな家族を余所に、力が抜けた体が仰向けのままベッドに倒れ込む。


「……夢で、良かった」









 何処かの世界線上の、まだ眠った脚本と重なった世界での話。


 何故かその日、工藤兄妹は鈴木園子の伝手で毛利蘭と共に人気バンド『レックス』の打ち上げに参加するとこになった。


「……意味分かんない」

「…そうだな」


 何がどうしてそうなったのか、園子の口車に丸め込まれてこの場に来たが、ライブ後のスタッフやらスポンサーやらがわんさかといる打ち上げだと思ったら、バンドメンバーとマネージャーだけの本当にプライベートな打ち上げに混ざることになり、困惑しきりである。

 だが、よくよく思い出してみればプライベートの打ち上げと言っていた様な気もするが、プライベート過ぎる打ち上げに混ぜさせる事が出来る鈴木財閥の力に心底慄く。

 場違い感が半端無い。

 プロのミュージシャンの前で歌えるJKのクソ度胸は買うが、真似する気は無い。

 そうこうする内に、ボーカルの達也が暴言を吐き始め、嫌な空気がこの狭いカラオケボックスの部屋の中に漂い始める。

 揉め事は第三者がいない時に、身内だけで済ませて欲しい。

 見事に見える事件のフラグに千華の機嫌は急速に下降し、その雰囲気に新一が頬を引きつらせる。

 受験勉強も押し迫った年の瀬、息抜きにと甘い言葉に乗った己の軽挙妄動を激しく呪う。

 判断力が落ちていた。

 鈴木財閥のご威光が絡んでいるのだ、フラグを折るか、早期撤退に移行したい。


「…ねえお兄ちゃん、この『レックス』ってバンド、売り出し中って園子さん言ってなかった?」

「言ってたな…」

「売り出し中のバンドからリードボーカル引き抜いてソロさせるって、事務所の社長は正気なの?」

「へ?」

「だって、ここまでするのにかけた広告費・宣伝費・人件費、その他諸々回収出来てるの?『売り出し中』なのに?ライブが成功する程度の固定ファンがついててこれからっていうこの状況で?バンドのメンバーにかけてた経費がバアじゃない、芸能活動舐めてない?」

「おいおいおい、そんな、芸能事務所の社長がそんな簡単な損得勘定出来ねぇわけが…ハハ」

「てか、そもそもまだこれから一つ仕事を残した状況で、アルコールを摂取出来る精神構造が千華には理解し難いわ。そのトーク番組とやら酔っ払ってやるの?」

「なぁ、おかしいよな…」

「何かが起きる気がする。お兄ちゃん、気を抜かないで」

「了解」


 ぼそぼそと話す工藤兄妹の会話は、大音量の歌と罵声で他の者の耳には届かない。


「おっと、オレの曲じゃねーか!誰がリクエストしたんだ?」

「達也、もう時間よ!!早くしないとトークショーに…」

「うるせえ!オレは歌いたい時に歌うんだよ!!」


 マネージャーの言葉に達也が暴言で返した時、新一は妹の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。


「お兄ちゃん、曲消して」

「へ?」

「早く」

「お、おう!」


 達也が上着を脱ごうとした時、曲が途切れ、不自然な静けさがカラオケルーム内に満ちた。


「…何すんだよ!?」

「何すんだはこっちの台詞よっ!」


 曲を停止させた新一を怒鳴りつける達也の前に前にぐいっと出て、負けじとばかりに怒鳴り返す千華。

 他者に怒鳴って自分を大きく見せようとする者は、怒鳴り返されることが想定外のため、一瞬怯む習性がある。

 チンピラやヤンキーなどは怒鳴り合いコミュニケーションのため次の一手を用意しているが、一アーティストでしかない達也は予想通り一瞬怯んだ。

 初手を掴めば千華のターンだ。

 バンドメンバーは先ほどまで人形の様に大人しくしていた美少女の豹変に目を白黒させるが、JKコンビと兄の三人は経験上大人しく空気となった。


「いい加減にしてくれる!?何が気に入らないのか知らないけれど子供の様にぎゃあぎゃあ

と!何なのさっきから!?ドラえもんやら赤鼻のトナカイやら!私達そんなに子供に見えます!?きゃあドラえもんの歌~!サンタさーん!とか喜ぶ子供だと思ってます!?」

「ち、ちがっ」

「は?違う?じゃあ何です?子供だとも思ってないのに童謡やらアニソンやら聴かせてどうしたいわけ?」

「お前等に聴かせるためじゃなくて、あいつ等に歌わせるために」

「歌わせるため!嫌がらせ?嫌がらせですか?嫌がらせですね?人に無理矢理歌わせて子供でも無い人間に無理矢理聴かせて?これってモラハラ?パワハラ?訴えましょうか?出るとこ出てもいいんですよ?こっちには敏腕弁護士に伝手もありますから、訴えて勝ちますよ?」


 蘭が思わず己を指さし、園子と新一が蘭を見た。


「そもそもこんな美女捕まえてドブスとか!目ん玉腐ってんの?」

「違うっ、こいつは…っ!」

「こいつは何よ?」


 言い淀む達也を促すが言葉を飲み込み、俯いて追及を避ける。

 その逃げの姿勢に千華のいら立ちが増した時、スケジュールを聞いていた店長が顔を出した。


「え…と、そろそろ仕事に向かう予定じゃないか…?」

「丁度良かった店長さん、あなたこの昏君のインディーズ時代のバンドメンバーでしたよね?」

「ふ、昏君?」

「暗君でもいいですよ?こんな小さなデビューしたてのバンドでお山の大将気取ってる暴君のお仲間だったんでしょう?この人に変わって弁明の一つもして頂けません?」

「は?え?弁明?」

「ええ、私中学生なんです。義務教育なんです。サンタは信じてませんがまだ子供なんです。大の大人が酒を飲み、煙草を呑み、他人を恫喝する所をこんな小さな部屋の中で出くわして大変傷つきました。つまり虐待です。訴えたら勝てます」

「ぎゃ、虐待!?」


 ぎょっとする大人達を後目に、もうほとんど脅しだな…と高二トリオは心中でだけ呟いた。そして、善良な大人は虐待という言葉だけで驚き罪悪感を感じる。

 そこに付け入る隙がある。

 ミステリー界の喪黒福造の娘として、千華は事件フラグを折るための手段を選ばなかった。


「え!?ど、どういう??」

「情報開示を求めます。この人が何故スポンサーの身内を含めた第三者の前で仲間であるバンドメンバーを侮辱し恫喝するのか。マネージャーである彼女の容姿をあげつらい貶めるのか」

「た、達也は素直じゃなくて、大事な人にもつい悪態ついてしまって、それでハッパかけるって言うか…」

「小学生みたいな行動ですね?言葉に想いを込めて届けるアーティストが、言葉を惜しんでどうするのかしら?行間読んで察しろって?何それふざけてない?そんなの唯の甘えだわ。あなたが大事な人達なら、あなたの言葉でぶつかって行くべきじゃありません?違います?」


 そう言って千華に見据えられた達也は、蛇に睨まれた蛙の様だった。


「たっ、達也は、社長命令で自分だけがソロデビューすることになったこと気にしてて、元気が無いメンバーにも憎まれ役になってでも、その、反骨精神って言うか」

「真意が伝わらなきゃ絵に描いた餅でしか無いわ。それにだからと言って女性に『ドブス』とか言って良いはずないでしょ?言葉の刃で切り刻んでおいて、そんなつもりはなかっただなんて世迷言言うつもりですか?」

「う、いや、でも、麻里は元々オレ達と同じバンドのメンバーで、達也が引き抜かれた時にわざわざ連れてく位気心も知れてて、一緒にバンド出来なくてもせめてマネージャーでもいいからって、それ位大事にっ」

「おいっ!」

「麻里?マネージャーさんの名前ですか?気心知れてたらドブス呼びが許されるとでも?夫婦間ですらDVで訴えられる案件で?」

「それは…っ」


 言い淀む達也と店長の姿に、マネージャーが諦めた様に告げる。


「……整形したのよ」

「いや、見りゃ分かりますけど」

「!?」


 ぎょっと視線が集まるが、天然物の美女を毎日見ている工藤家を舐めて頂いては困る。

 新一も蘭と園子に指さされ、お前等は分かんねぇの?的な瞳で見返され愕然とされていた。


「は?何となく分かるじゃ無いですか、整形って。でもだから何?ですよね?綺麗になれたんだからいいじゃないですか」

「綺麗になれたからいいってもんじゃねぇだろ!?」


 反論する様に叫ぶ達也の姿に、千華の視線の温度は下降する一方だ。

 段々カラクリが分かって来た。

 マネージャーは元はあまり容姿に自信が持てない作りで、達也がバンドを抜ける時に着いて来て欲しいと言われ、そのタイミングで整形したのだろう。

 着いて来て欲しいと言われ着いて来たということは、マネージャーの彼女が達也をどう思っていたのかは想像に難くない。

好きな人の側で美しくありたいと思うことも理解出来る。だとすれば…。


「たかが女の顔の皮一枚が変わったからって、態度を変えるその根性が嫌」

「なっ、オレはあいつにあいつのままでいて欲しかったんだっ!」

「知ったこっちゃないわよ、あんたの顔の好みなんか!」

「こっ、好みとか好みじゃねぇとかそういう話じゃねぇよっ!整形だぞ!?何でわざわざ自分の元の顔を捨てなきゃならねぇんだよ!おかしいだろ!?」

「何もおかしくないわよ。綺麗になりたいって女なんかこの世に五万といるし、好きな男のために変わりたいって女も山ほどいるし、変身願望持ってる女も、お姫様願望の女も、顔さえ綺麗になれれば今の人生が変わるって思ってる女も掃いて捨てるほどそこら中にいるわよ」

「そんな簡単なことじゃねえだろ!」

「現にそんな女どもが山ほどいるから、そこら中に形成外科があるじゃない。ちゃんと国の認可を得た、美容整形をする合法の病院が。そりゃあ、整形依存症って言われるほど整形に何千万もつぎ込んでたらちょっとどうよって思わないでもないけど、家族の了承と周囲を借金に巻き込まず自分の金なら好きにすれば?とも思うし」


 整形を全肯定する美少女の存在に、達也の中で何かが崩れて行く。

 これはそれぞれの価値観であって、決して正解など無い問題であるのに、他者にはっきり言われると自分が間違っている気がしてくる所謂『気のせい』でしか無いのだが、それを指摘してくれる者は生憎この場にいなかった。


「そこで正規の値段を払って滞りなく美しくなれたなら万々歳じゃない?何が駄目なのよ」

「なにが、だめって…」

「そりゃあ、結婚して子供でも作れば両親に似てない子供が生まれるかもしれないけど、双方合意ならDNA検査の必要も無いし、それで良くない?」


 千華は段々馬鹿馬鹿しくなってきた。

 これは良い年した大人の周囲を巻き込んだ壮大な痴話喧嘩だ。

 しかもすれ違ったまま付き合ってもいない両片思いの体たらく。


「じゃあ、すっごい疑問なんだけど、達也さん?だっけ?あなたなんでこの人にマネージャーでいいから一緒に来いよって言ったの?」

「え…そりゃ、一緒に仕事したくて…」

「あなたの言う『仕事』って何?側にいること?同じ事務所にいること?マネージングさせること?」

「え…」

「この人ほどの歌の実力があって、一緒にバンド組んでた実績もあって、どうして一緒に歌うことが『仕事』じゃないの?」

「っ!?」


 そんな事は考えた事も無かった、という顔をする達也に、千華はこめかみを抑える。


「この人の元の顔じゃ『一緒に歌の仕事は出来ない』って切り捨てたの、あなたじゃない」

「ちがっ」

「何が違うのよ?顔が物言うアイドルじゃあるまいし、目指したのは実力派バンドでしょう?なんでこいつの歌凄いんだって胸張って言えないの?」

「…っ」

「スカウトされて、事務所の人に他の人とバンドを組んでデビューさせる。そのメンバーにこの人はいらない、ブスだからって言われて、そりゃそーだ、って思ったんでしょ?だってブスだもん無理だよなって納得したんでしょ?」

「違うっ!」

「じゃあ、この人と一緒にデビューしたいって、この人とじゃ無きゃやらないって交渉した?してないでしょ?この人の元のご面相じゃ無理だっていの一番に切り捨てて、一緒に歌うなんて考えもしてなかったんでしょ?」


 動揺して力無く首を振る達也の姿を嗤う。


「この人の元の顔を一番馬鹿にしてるの、あんたじゃない」

「……っっ」


 千華主観の真実を突き詰めれば、暴君だった男が傷ついた瞳で肩を落とした。

 考えた事も無かったが、思い当たる事はあったのだろう。

 何やら身につまされたらしいJKコンビがそわそわしているが、丸っと無視した。


「じゃあ、どうすれば良かったんだ…」

「その人が整形して来た時に、「オレ整形した女無理」って言えば良かったんじゃない?」


 さらりと返す千華に、再度時が停まった。


「…………え?」


 呆然と見返す達也、唖然と見つめるマネージャー、愕然とする店長、完全に置いてきぼりのバンドメンバー、そして己で己の口を塞ぎ余計な発言をしない様にしている高二トリオ。

 高二トリオは場数が違う。


「だって、嫌なんでしょ?整形」

「……え?」

「生理的に無理なら、それはそれで仕方無いんじゃない?」

「……え?」

「お前の元の顔が良かったんだ。整形した顔は無理。キモイ。って、包み隠さず言えば良かったのよ」

「………」


 あっさり言い放つ千華の言葉に、目を見開き固まる達也。

 その空気を引き裂く様に泣き声が響く。


「そんなっ!だって!だって私はっ、達也のために、達也の為に整形したのにっ!」

「あんた馬鹿ぁ?整形は自分のためにしなさいよ。自分が綺麗になりたかったんじゃないの?親から貰った、血の繋がった、面影の残る面差しを捨ててでも綺麗になりたかったんじゃないの?」

「違うっ!私は達也のために…っ!」


 悲痛な叫びに、達也やメンバー達は悲痛な顔を浮かべるが、千華は鼻で嗤って退ける。


「じゃあ、ただのリサーチ不足ね。好きな男の好み位、整形前に調べなさいよ。やり直しきかないんだから」

「た、達也に相応しい女になりたくて…っ」

「相応しい相応しくないを決めるのは自分じゃない、相手よ。自分勝手な思い込みで自分こそが彼に相応しいなんてほざくのは、ストーカーと変わらないわ」


 あまりの言い草に泣く女の時も思わず停まる冷徹さだった。

 恋心のすれ違いに心を痛めていた女子高生二人も思わずギョッとする。


「ちょっ、ちょっ、千華ちゃん!?千華ちゃん誰の味方なの!?」


 男を切り捨てた返す刀で女も薙ぎ払う様な千華の発言に、思わず園子が口を挟む。

 が、挑発的な笑みを向けられて固まる。


「愚問ね。千華は千華の味方であり、千華の敵の敵よ」


 ちょっとカッコイイ。

 陰で新一がブレない妹に小さく拍手した。


「まともに本心を伝える事すらせず素の顔の女が好きだったとのたまう男と、好きな男の望んでも無い整形をした自己満女のすれ違いとか、振り回される周囲はたまったもんじゃないわ。ここまで拗れる前に何故話し合わなかったのか甚だ疑問だけど、恋愛偏差値の低い千華にも分かる事はある」


 首を傾げ、両手を肩ほどの位置で仰向ける。


「…あなた達、ご縁が無かったのよ」


 雷が落ちたかの様な衝撃を受ける達也とマネージャー。

 その他のメンバー達の視線がキョドる。


「はい、それじゃ解散~、お疲れさまでしたぁ~」

「ちょ、おい、千華!?あ、お、お邪魔しましたー!」

「酔いも覚めたでしょ?仕事行きなさいよー?社会人なんだから」

「ちょっ、千華ちゃん!し、失礼しますっ!」

「あ、さ、さよなら!」


 まだ現実逃避していそうな大人達を置いて、未成年者達は忍びの如き素早さてカラオケボックスから撤収した。

 しばらく足早に街中を歩き、人通りの少なくなった場所で新一が呼び止める。


「千華っ!」

「よしっ!誰も死ななかった!」

「…へ?」


 ガッツポーズを取る千華にJKコンビが目を瞬く。


「え、千華ちゃん何が…?」

「何が!?この米花町ですれ違い思い違い言葉足らずは殺人事件の素でしょう!?しかもカラオケボックスみたいな密室!いつ誰が死んでも不思議じゃない状況だったわ!暢気に歌ってる場合じゃありませんでしたよ!?危機感拾って来てっ!」

「うっ…」

「私は今頃あの人達の事務所であのメンバーの内の誰かの遺書が見つかってても驚かないわ!」

「か、考え過ぎじゃ…」

「は?」

「スミマセン…」


 鈴木財閥の事件遭遇率を思い出してもう一回言ってみろ的目に負けた。

 完全に千華の偏見による妄想だが、それを言い出せない実績がある。

 だが、某事務所のロッカーの中で『疲れた…』と打たれた紙が眠っている事はまだ誰も知らず、マネージャーが車に隠した缶と共に誰にも知られないよう今夜中に回収する事になる。


「じゃあお兄ちゃん帰ろ」

「おう。蘭と園子はお迎えか?もう遅いし無いならタクシー使えよ?」

「え?このまま歩いて帰るつもりだったけど…ね?」

「うん」

「あ、もしもし?毛利英理さんのお電話でいらっしゃいます?工藤千華です」

「ちょっ!?ちょちょちょっ、千華ちゃん!??」


 何故か母に電話し出した千華に蘭が慌てる…が、にっこり微笑まれて電話を渡された。


『…蘭、千華ちゃんに聞いたわ。こんな時間なんだから、タクシーを使って帰りなさい』

「う、え、…はい」


 電話の向こうの英理の声が疲れている気がしたのは、気のせいのままにしておきたい。


「おーい、タクシー捕まえたから二人乗ってけよ」


 新一が蘭と園子に声をかけ、千華が運転手と話をしていた。

 千華に携帯を返して慌てる。


「え、新一達は?」

「オレ等は方向違うし、まだバスもあるから心配すんな」

「運転手さん、必ず彼女達の家の前までお願いしますね」

「了解しましたー」

「じゃあ、また学校でなー」

「あ、うん、ありがと」

「おやすみ」


 二人が押し込められ、サイドミラーに手を振る姿を確認して消えて行った。

 散々ではあったが、今日のお誘いのお礼としてタクシー代は出しておいたので心配無いだろう。すると、唐突に千華が握り拳を上げた。


「お兄ちゃん、じゃんけん」

「は?何で?」

「千華が勝ったらお願い聞いて?」

「お?」


 流されるままじゃんけんをし、三回の相子の後千華が勝利した。

 負けたチョキを掲げながら、新一が頬を引きつらせる。


「…で?何が望みなんだ?」

「もうすぐ夜も更けるこんな時間に、ジャンクフードを食べる暴挙に出たいです!」


 新一が目を瞬かせる。

 カラオケルームでは様々な料理が提供されてはいたが、手づかみの物が多い上にあの雰囲気ではまともに食べる気にはなれなかったせいで、確かに小腹が空いている。


「…おし。ハンバーガー食って帰ろうぜ」

「やったー!人が死んでたらそんな気にもなれないから、今日という平穏を勝ち取ったご褒美にお兄ちゃん奢ってくれる?」

「それ位お安い御用だねー」

「お兄ちゃん太っ腹―!」

「てか、出かけに母さんからちょっと小遣い預かってる」

「ママありがとー!」

「ここで褒め言葉でも母さんを太っ腹と言わねぇトコが千華だよなぁ」

「千華は気遣いの出来る乙女なの!」


 すれ違い・勘違い・言葉足らず・密室・鈴木財閥のフルコンボで何事も無く終わり、二人は大変浮かれていた。

 真っ直ぐに帰らず寄り道をしようと思ってしまうほどに浮かれていた。

 人はそれをフラグと呼ぶ。


「きゃーっ!引ったくりーっっ!」

「「マジか!?」」


 少し人通りの少ない道路に来ていたことを忘れていた。

 奪ったのだろう鞄を抱えて走って来る自転車を確かめ、千華は鞄から取り出した縄跳びを新一に渡し、次策としてビー玉が入った袋も取り出しておく。



 結局、事情聴取に時間を取られる事となり、顔なじみの刑事にコンビニのおでんを奢って貰った工藤兄妹だった。


「…なあ、あの二人どうなるのかなぁ」

「あの二人ってボーカルとマネージャーの人?」

「ああ」

「まあ、どーなっても千華はどーでもいいけど、離れたかったら離れるだろうし、くっつきたかったらくっつくんじゃない?どーにでもなるでしょ」

「どーにでもなるって…」

「だって生きてるんだし。なりたい様になるでしょ。大人だし」

「…そっか、そうだな…」


 想いを伝える言葉と未来に続く命、繋ぐ手と歩み寄る足があるのだから、この先どうしたいのか選ぶのは二人自身であることに違いはない。





「お兄ちゃん!また千華の鞄に入ってたよ!」

「お?悪いな、いつも」

「もう!…てか、何あれ?何で誰も止めないの?」

「へ?」


 不愉快そうな千華の視線の先には、女子から取り上げただろうノートを高く掲げ、必死に取ろうとしている女の子をからかうように避けて笑っている男子とその取り撒き達がいた。

 体格差もあり届かない女の子は泣きそうだ。


「こんな胸糞悪い光景が直ぐ傍で行われているっていうのに、このクラスの奴等は案山子なの?」

「え!?い、いや、その、いつもの事だし…」

「はあ?こんな事をいつもやらせてるとか、正気?」

「まあまあ、千華ちゃん」

「あの子達はあれでコミュニケーションとってるのよ」

「は?」


 苦笑してこっそり話しかけて来た蘭と園子に、千華ははっきりと眉根を寄せる。

 そんな千華の様子に二人はくすくすとお姉さんぶって声を潜めた。


「あの二人ね、幼稚園からの幼馴染なのよ。それでね、男子の方は彼女の事好きみたいで…」

「いわゆる、好きな子イジメちゃう困ったちゃんってやつね!」


 うふふと微笑み合う蘭と園子、呆れたように視線を向ける新一、そして仕方が無い奴、とでも言いたげな教室内の空気。


「馬っ鹿じゃないの!?」

「「「えっ!?」」」


 千華の声は、思いの外教室に響いた。


「好きな子虐めるなんて、ただの変態じゃない!」

「えっ、あ、いや、この位の年の子にはよくあるって言うか…」

「そ、そう!恥ずかしくて反対の行動とっちゃうっていう年頃の」

「自分を虐めた人間好きになるはずないでしょう!それこそ何の変態よ!?」

「「うっ…」」


 慌てて言い訳しようとする二人に呆れた態度を隠しもせず切り捨てる。

 ノートの攻防を繰り広げていた者達も動きを止めていた。


「普通は、好きなら相手にも自分を好きになって欲しいでしょう?そうなるためには優しくしたり、困っていたら手伝ってあげたり、頼りがいを見せたり、そういう好感度を稼ぐことをしない?」

「それは…」

「そう、だけど…」

「なのに、只々相手に嫌われる様なことばっかりするって何?馬鹿なの?」

「いや、そういうんじゃっ」


 一生懸命取り繕おうとする言葉を冷めた視線で弾く。

 恋バナ好きのおませなお嬢さん達の、恋心への必死な肯定を鼻で笑い飛ばした。


「馬鹿らしい。相手が好きなのに好きになって貰おうとする行動をしないのは、単に相手の気持ち何か興味無く、マウント取りたいだけじゃない」

「は!?」

「そいつを自分の言いなりにしたいのよ。虐めという暴力で心を支配し、洗脳して、逆らわない様に、従順に、奴隷にしたいだけよ」

「………」


 数人が、虐め男子達を見た。


「殴って蹴って、言葉で責めて、だけど言うのよね、お前の事が好きなんだって。馬鹿馬鹿しい、そんな事しておいてどの面下げて好きですって?」

「………」

「そういうの、学校では『虐め』って言うけど、社会では何て言うか知ってる?」

「え?…えっ?」


 分からないのだろう彼女達に、目を白黒させる兄に、溜め息で答える。


「…『ドメスティックバイオレンス』、DVって言うのよ」

「っ!?」


 固まった空気の中、千華は新一に振り向く。

 やれやれと呆れた仕草を見せつけて、何も無い虚空を見る。


「大人になって、妻子をDV、虐待する屑の根底にあるのがこの『好きな子虐めるなんて微笑ましいわね~ウフフ~』ていうクソな空気なんじゃないの?子供の頃肯定されてる事なら、そら大人になっても治らないわ。だって皆から認められてるもの。悪い事なんて思わないんでしょうよ」

「………」

「自分を虐める人間なんて、それこそ蛇蝎の如く嫌っていてもおかしくないのに、片方に恋心があるだけで誰も助けてくれないんだもの、地獄だわ~、まるで犯罪教唆ね」

「………」


 縮こまる新一にちらりと視線を向けた。


「身近で芽吹いてる犯罪の芽位摘んだら?」

「……すまん」


 パシっ、と小さな音に気づけば、女の子が奪われていたノートを取り返した所だった。


「あ……」

「もう私に構わないで!大っ嫌い!!」


 睨みつけられた視線の強さに怯んだ隙に踵を返し、女の子は自分席に素早く戻った。

 重い空気が漂う教室で、千華だけがさもありなんと頷く。


「ま、そーなるわよね」

「………」

「お兄ちゃん」

「へっ?」


 間抜け面を曝す


「…取り急ぎ謝罪だけはしといたら?目の前で起こってる犯罪見逃して見殺しにする所だったんだから」

「みご…っ」

「その通りでしょうが。あそこに突っ立ってる木偶の棒も謝らせなさいよ。許して貰えないだろうけど。千華なら絶対許さないし。地の果てまで追って社会的抹殺するし」

「おい」

「でもどっちが悪いかはっきりさせとくべきでしょう?完全被害者の彼女が変な難癖付けられる前に。何たって、下級生の千華から見たらこれ、最上級生クラスで起こった、クラスぐるみの虐めだし~外部入試される方は内申どーなるのか楽しみねー」


 ガタガタガタっとそこかしろで机が揺れる。

 傍観者に罪が無い訳が無い。

 そして自分に害が加わりそうになった途端手の平を返す奴も奴だが、問題を放置するよりはマシだろう。


 顔色の悪くなった兄と兄の幼馴染達を捨て置き、千華は今日も爆弾だけ投げ込んでおいて、ざわつく教室を後にした。

 DV被害の洗脳状態から目覚め、反旗を翻し、逃げ出せる様になることを、俗に『覚醒』と言うらしい。

 覚醒した彼女が、去って行く千華の背中を人垣の隙間からそっと感謝の瞳で見つめていた。





「わっ、ごめんっ!」

「っ!?」


 デジャヴ。

 周囲を警戒して日々慎ましく慎重に生きているつもりなのに、息つく程度のほんのちょっとの油断を見定め事件はやって来る。

 千華は自分にぶつかって来た男性の正体を見定めようとバックステップで距離を取って目を見開く。

 そこに立っていたのは綺麗な女性だった。


「ごめんね、怪我無い?」

「…はい。あ、こちらこそスミマセン」


 声は少しハスキーだが十分女でも通じる。

 だが、先ほどぶつかった感触としては…と、じっと見上げた先でにっこり微笑まれた。

 正解、と受け取っていいだろう。


「千華、大丈夫か?」

「お兄ちゃん、うん、大丈夫。千華の不注意」


 ふと新一が足元のカードを拾い確かめる。


「この学生証ってあなたの物ですか?」

「え?落としてた?」

「ええ、先ほどうちの妹とぶつかった時に」

「うわ~、ごめん、ありがとう」


 感じの良い笑みで受け取る姿に、警戒し過ぎていたかと新一と千華の肩から力を抜く。


麻生成実(なるみ)さん?」

「あ、これは」

「見つけたわっ!この女狐!」


 早計だった。

 目を吊り上げ、派手なメイクの女子大生が肩で息をして立っていた。


「げっ、撒けて無かった…」

「「………」」


 やはり面倒事だったらしい。

 人も歩けば面倒事(事件)に当たる。米花町の常識。


「どうして、どうしてあんたみたいな女が彼の側にいるの!?彼は私のよ!」


 激高する女子大生に道を行き交う周囲の視線が集まる。

 だが、彼女の視界には成実しか映っていないのだろう…自分に酔った悲劇のヒロイン臭が半端無い。

 こで逃げる訳にもいかず、諦め気分で成実に問いかけた。


「…お知合いですか?」

「友達を好きな子…らしい。最近ちょっと絡まれてて…」

「友達の彼女、では無いんですか?」

「じゃあないと思うんだけど…」


 紹介されて無いし…と苦笑する成実に、新一と千華も複雑な気分で視線を交わす。

 両想いのカップルですら事件が起こるのに、一方通行なら更に凄惨な事件を呼び寄せそうだ。

 千華の溜め息は重い。


「なんであんたなんかが彼の傍にいるのよ!」

「いや、だから、自分はあいつと付き合って無いし。ただの友達だって何度も…」

「ただの友達が肩や腰抱いたりする!?男女の友達の距離感じゃないわっ!」


 えぇ~と新一が成実を見上げた。

 身持ちの緩い女かという視線に若干成実が焦る。


「いやっ、普通にただの友達だしっ!」

「信じられる訳無いでしょっ!わたしがどれほどショックを受けたか…っ!」

「ショック?イケメン・エリート・高収入の人も羨む婚約者の性癖が実はロリショタペドで、自分が好きな訳では無く産まれて来る子供の体が目当てだったことが挙式前日に判明した花嫁より?」

「ふぁっ!?」

「…ひ、人の心の傷は、それぞれなんじゃ…」

「しっ!認識すり替えてるんだから黙ってて」


 ぼそっと話し合う兄妹の言葉を聞いた成実が、ぶふっと噴き出した。


「妊娠中に浮気されて相手を調べたら、実は他に二人も相手がいて両方共妊娠中で、更に戸籍上の妻は別の女で自分も浮気相手だったことが分かった妊娠六カ月の妊婦より?」

「えっえっ!?」

「面白半分でDNA鑑定したら、実親だと思っていた両親の父親とだけ血が繋がってなくて、でも戸籍は実子で、更に父親も自分を実子だと信じてることに気づいた子供より?」

「わたしまだまだでしたあぁっっ!!」


 女子大生は泣き崩れ、成実は笑い崩れた。

 千華はそんな彼女の肩をぽんっと叩き、お茶でもして落ち着きましょうと直ぐ近くのカフェに誘導する。


 勝手に彼女の分にカモミールティを頼み、自分のには柚子レモンのホット、後は残りの二人に任せてさっさとテラス席に陣取る。


「…さて、誤解をしているのか、聞き流しているのか分からないけれど、事実の確認をしておきましょう」


 当然の様に場を仕切る千華。

 丸テーブルに女子大生と成美を向かい合わせに座らせ、その間に新一と千華がそれぞれ入る形での席順となった。

 一番小さい小学生の少女に任せるのはどうかと思うが、関係無い第三者の方が進めやすいでしょうと言われ納得した。

 成実と一度目を合わせ、頷きでの了承を得て千華が口を開いた。


「こちらの麻生さん、男性ですよ?」

「えっ!?」

「マジ!?千華何で分かったんだよ!?」

「ぶつかった時に男性の筋肉の弾力だったから。視覚では完全美女だから一瞬混乱したけど、トランスジェンダーとかじゃなくて、女装を楽しんでるだけの男性ですよね?」

「あ、それも分かった?普通に男の格好でも大学行ってるよ?けどほら、オレこういう格好もすごく似合うから」


 さらりと髪を背中に流し、にっこりと微笑む姿は正に美女でしか無いのだが、声は男性のものだった。


「だからさ、距離近いのも悪ノリでしかなくって、あいつとは本当にただの友達なんだよ」

「………」


 ぽかん…と現実を受け入れられず呆けている様だが、千華にそれを配慮する気遣いは無い。

 詳しく事情を聞く気も無いが、今までのやりとりで大体を察することは出来る。

 成実の友人に惚れたこの女子大生が、彼の近くにいる成実を彼の恋人と勘違いして、彼の恋人でもないくせに嫉妬を爆発せ、成実が男性である事も気づかずに粘着していたのだろう。

 同情出来る所が無い。


「服なんて、自分が着たい物着ればいいんですよ。似合う物も着たい物も着れる時期も人それぞれなんだから、着れる内に着たいの着ればいいんです」

「若いのに達観してるねぇ~」

「あ、私工藤千華です」

「オレは工藤新一です」

「改めまして、麻生成実です。せいじって読みますが、この格好の時はなるみって呼んでもらってるよ」

「便利ですね~」


 呆けたままの彼女の前で猫だましをし、強制的に覚醒させる。


「あなたねぇ、そもそも女として生まれ、女として生き、女の上に胡坐かいてただ生きてるだけの生粋の女が、女に憧れ、女に成りたいと求め、女を研究し、女に成り切ってる男の人に『女』で勝てる訳が無いでしょう?」

「なっ!?」

「女性らしい仕草、女性らしい座り方、女性らしい指使い、あなたどれだけ意識してやってる?」


 言葉に詰まった彼女を後目に、千華は飲み物で喉を一旦潤す。


「股ぁ閉じるっ!」

「っ!?」


 ぼんやり座っていて開いていたのだろう彼女の膝をバシッと叩いて閉じさせる。


「気ぃ抜いて座っていると直ぐ股が開き出す…。美しさの代表である新体操やアーティスティックスイミングやフィギュアの選手ですら演技が終わった後点数待ちの間に足開いて座ってたりするの何なの?そりゃ何分間も全力で演技した後で疲れてるのかもしれないけど、足開いて座ってるのすごい気になる。どう思う?」

「姑か」

「小姑よ」

「それも違うだろ…」


 思わず入った女子大生の突っ込みにボケた千華の返答に更に突っ込む新一…成実は既に言葉も無い。

けれど、そんな成実をズベシッと千華が指さす。


「見なさい、この造形美を。『女』を研究し尽くし、どうすれば女としての美しさを体現出来るかを研究し尽くした、その究極体よ」

「いや、そ、そこまででは…」

「組んだ足の角度、上の足のふくらはぎが潰れて足が太く見えない様に、少ぅしだけ浮かせる技とそれを可能とする筋力。ヒップラインから項までの(あで)やかなS字曲線。脇を閉め、Xに組まれた腕とさりげなく顎に添えられた緩い拳、そして自然な角度の頭、から流れる(つや)やかな髪」

「何で足元から上に?」

「そして目が合った時に慎ましく微笑む眼差し…パーフェクト」

「お、おう…」


 突っ込む新一を置き去りに、ノった成実が嫣然と微笑む姿に満足気に頷く千華。


「美しいでしょう?ねぇ、お兄ちゃん?」

「これどっちに答えてもオレにダメージねぇか?」


 堪らずぼふっと噴き出す成実。

 その声が男だったせいでただでさえ集まっていた周囲の視線が更に集った。

 カオスだ。


「これほど『女』を完璧に演じている麻生さんだもの。あなたが『女』で負けたことに自暴自棄になって発狂していたことは責められないわ」

「…っ」

「でも、それであなたは何をしたの?」

「…え?」


 意味が分からないと顔を上げた彼女に鋭い千華の視線が刺さる。


「負けた負けたでだだこねて、癇癪起こして付きまとっていただけ?…察するにあなた、告白してもいないんでしょう?」

「だっ…て!この人が、彼の傍にいるから…っ!」

「その思考パターンがクソだって言ってるのよ。自分より良い女が彼の傍に居た。その後が何故その女に付き纏って嫌がらせすることになるわけ?」

「だってっ、この人さえいなければ…っ」

「この人が居なくなったからって、あんたに棚ぼたがある訳ないでしょうが。だってあんたは変わってないんだから」


 絶望を映す瞳を呆れた視線で跳ね返す。


「今のあんたが彼の視界に入らないのに、何でこの人が消えた位で自分が選ばれると思えるわけ?」

「じゃあ!どうすればいいのよ!?」

「自分を磨けって言ってんのよ!」


 ヒステリーに咆哮で返し、叩いたテーブルの茶器が5mmほど浮かんだ。

 新一が周囲に何でもありませんとお詫びをする間微動だにせず睨みつける。

 新一のフォローも年季が入って来た。


「自分が何も変わらず相手に選んで貰おうなんて図々しいの極みよ!女らしさで負けたと思ったなら、自分に何が足りないのかも分かるはずよ。なら磨けばいい。自分を磨いて磨いて磨いてこれで最高だと思えるまで、彼に選んで貰えるよう努力すればいい」

「それでも選んで貰えなかったら!?」

「磨き過ぎたのよ。彼にとっても高嶺の花になっちゃったのね。きっぱり諦めてもう一ランク上の男に選ばれなさい」

「ぶふっっ」


 ばっさり切り捨てた千華に、目を丸くする彼女と笑いを堪えられなかった成実を新一が苦笑いで見つめる。


「とりあえず、良い女の第一条件は、『自分の非を認められる事』があると思うんだけど?」


 その言葉にハッとして彼女はまだ笑いの収まらない成実を見る。


「…あの」

「うん?」

「たくさん迷惑をかけて…ごめんなさい」

「全くね。好きな人の友人襲うとか、他の有象無象の女達の中でとんでも無いマイナスアドバンテージなの分かってる?道は険しく遠いわよ?体育会TVのマスクマンに与えられるハンデなんて目じゃ無いほどマイナススタートよ?」


 成実が何かを言う前に千華の怒涛の駄目出しが彼女を襲った。

 それだけで今までの憂鬱さが吹き飛ぶ位気が晴れる。

 彼女はぐっと唇を噛みしめ、決意を秘めた瞳を向けて来た。


「…がんばる」


 いつも感じていた、どろっとした気味の悪さを感じない。

 本当に、この短時間で彼女は変わったのだ…そう思うと愉快だった。


「…あいつね、もっとナチュラルなメイクの方が好みだよ」

「!…あ、ありがとう!」


 もう一度ごめんなさい、と頭を下げて彼女は帰って行った。


「…優しいですねぇ、私ならとりあえず一回地獄に落としときますけどね」

「ぐっ…。君、千華ちゃんだっけ?彼女を更生させたかったんじゃないのかい?」

「いえ、この犯罪の多い米花町で新たな犯罪者になられたら困るから、とりあえずストップかけた感じですかね」

「そ、そうなんだ…っ」


 真面目腐った言い方をする少女は、成実の笑いのツボから出て行ってくれない。

 女装する時はお淑やかな美女を心がけて来たのに台無しである。

 だが、千華が複雑そうに眉を顰め、彼女が去った方向を眺めているが気になった。


「どうしたんだい?」

「…いえ、あの人なんですけど」

「うん?」

「なんで、こんな小学生の言葉真面目に聞いてるんですかね?」


 成実と、周囲で聞き耳を立てていたらしい者達が噴き出した。

 一部咳き込んでいる者もいるが、千華は気づかない。

 新一は周囲の状況を何となく慮り、静かに自分のコーヒーに口を付けた。


「あんな丸め込まれ易くて、変な人に騙されないですかね…」

「ちょっ、待っ、勘弁してよ…っ」


 心底心配してます、という声音に、成実の腹筋が悲鳴を上げる。


「新一君っ、君の妹どうなってるの!?」

「こいつ、言葉に妙な説得力があるくせに、本人は言いたいこと勢いで言ってるだけだから…」

「大物だねぇ!!」


 楽しくて笑い、こんな風に笑えたのはどれ位ぶりかとハタと気づく。

 ぶつかって、倒れそうになった少女を助けようとしたらバネの様に跳ねられて唖然とした時には思いもよらなかった。


「ねぇねえ、工藤兄妹、オレと連絡先交換しない?君達面白過ぎる」

「やったー!医者の卵と誼を通じれるなんてラッキー!」

「大学生が小学生ナンパとか字面ヒデェですけど、医者の卵とか心強過ぎて否やの選択肢が無い」

「ちょ、言い方!てか何でオレが医者の卵って知ってんの?」

「「学生証に医学部って書いてありました」」

「名前のフリガナはスルーしたくせに目敏い!」


 良い日だった。

 可愛い子供と知り合えて、最近の悩みだった元が無くなって、紅茶が美味しいと思えた日だった。

 この出会いを大切にしよう、と成美は知り合えたばかりの子供達を眩しそうに見つめた。



 そして、成実が知り合った小学生達の犯罪巻き込まれ率に戦慄するのは、もう少し先の話。





「隠されたままの真実があってもいいと思うよ?」

「いや、真実は明らかにするべきなんだ」


 工藤家のリビングにおいて間々ある論争が再開された。

 事件の真相をその場で暴きたい新一と、全てを明らかにする必要は無いと考える千華の主張は平行の様で偶に交わり、着かず離れずになったり様々だ。

 そしてこの日、千華は切込みの角度を変えてみた。


「…人間ってさ、大多数の人はお肉食べると幸せになるじゃない?」

「ん?何の話だ?」

「お肉には『セロトニン』っていう幸せホルモンがあって、他にも至福物質『アナンダマイド』ってのも入っているの」

「お、おう」

「だから、人間はお肉を食べると幸せな気分になれるの」

「何が言いたいんだ?」


 怪訝そうな新一に、真剣な瞳で見つめ返す。


「命あるものを殺めることで初めて人が摂取することが出来る物質に、人間が幸せを感じられる成分が入ってる」

「え…」

「他者の命を奪い、それによって得るもので幸福を感じる人間の本質って…」

「千華っ!」


 顔色を悪くした新一がフルフルと首を振る。


「………やめよう。…その先は、駄目だ…」

「でしょう?…真実なんて暴いても、良い事無いって…」


 丸め込まれそうだった新一ががばっと顔を上げる。


「…いや!それとこれとは話が違うはずだ!」


 ちっと舌打つ。

 逸らした軌道に自分で気づきおった。

 しぶとい。

 だが千華も引かない。


「なんで?」

「疚しい事が無いなら、隠す必要だって無いだろう?」

「そうでも無いよ。千華達は十年そこそこしか生きてないから人生も単純に語れるけど、何十年も生きていれば、人間色んな事があるじゃんか」

「…例えば?」

「例えば、ある夫婦の間に夫だけ血の繋がらない子供がいたとします。考えられるパターンは?」

「…妻の連れ子とか?」

「ところが、夫婦共に初婚、子供の受精時期は夫婦の婚約期間」

「妻が浮気したのか。それなら猶更真実を明らかにするべきだ」

「ところがどっこい。婚約期間中、新居への荷物の運び出しに行けない夫の代わりに夫に頼まれて行った男に妻が乱暴されて出来てしまった子供で、夫の知り合いだったこともあって妻は警戒なんてしていなかった。それでも妻が悪い?」

「…え」

「夫が遅れて手伝いに来た時に見つけたのはボロボロの妻だった。誰にも知られたくない。そう言う傷ついた妻の想いを優先して病院にも行かず、警察にも届けず、気づいた時には堕胎できる時期を過ぎていた。犯人は公的に裁かれることは無かったが、内々に追い詰め、制裁を下すことは出来た。だって、日本は加害者に優しくて被害者に冷たい国だもの。事件を表沙汰にすることで受けるデメリットや好奇の視線から妻を護りたいという夫は間違ってる?」

「………」

「確かに、犯罪を犯した者には法の裁きを受けさせるべき。私刑は許されない。それは当然よね。でも、それって被害者が、犯罪弱者が、その後の人生全てを引き換えにして苦しむ事が分かっていても強制して暴かなきゃいけないこと?」

「それは…」

「夫は全てを受け入れ、戸籍上も自分の実子としているから子供は知らない。けれど、子供には知らせるべき?お前は父の実子では無いと。母親に乱暴した男の子供だと」

「………」

「もし知らせることになったとしても、夫婦と子供の家族の問題で、第三者が首突っ込んで暴いていい話じゃ無いと千華は思うなぁ~」

「………」


 妹の話に納得したのか、しゅんと新一が萎れる。


「…まあ、作り話だけどね」

「おいっ!!」

「当たり前じゃないっ!こんな重たい話事実なら千華が一人で抱えられるはずないでしょう!?精神が狂う!」

「うっ、そりゃ、そーかも、だけど…」


 思わず入れた突っ込みに、噛みつく勢いでされた反論は激しかった。

 その勢いに押された新一に更に畳みかける。


「日本のどこかで誰かがそうなってしまっていることはあるかもしれないけど、千華の知人の話じゃ無いわよ!そもそも、この例え話じゃ制裁加えてても性犯罪者が野放しになってるじゃない!?性犯罪者は再犯率がクソ高いのよ!野放しになってたら、きっとどっかでまた誰かがそのクソの毒牙にかかるかもしれない!ならこの人がちゃんと被害を届け出てれば次の被害者は生まれないかもしれない!けど、そんな未来の被害者のために、この人に地獄の苦しみを受けろって言える!?てか、育った子供がクソに似てたらとか問題何て山積みよっ!そんな闇を抱えてるかもしれないトコに安易に関わりたくないっ!責任取れないもんっ!!」

「………」

「大体性犯罪者の再犯率の高さを分かり切ってる行政が何も対策していないのが信じられない!捕まってから出所して再犯するなら、なんで犯罪状況を衆人環視の元裁判で赤裸々に証言するとかいうセカンドレ〇プ受けなきゃならないわけ!?私刑上等よっ!!」

「い、いや…でも…」

「だって、包丁で通り魔した犯人に包丁持たせたまま出所させないでしょ!?なんで性犯罪者は凶器付けたまま出所させてんの!?凶器は一番初めに確保!基本でしょ!?切り落とせっ!絞首台の縄付けて引っ張って宦官にしちまえっ!」

「うえっ!?それは流石にっ」

「なんで!?拳銃持った犯人からも包丁持った犯人からも毒薬盛った犯人からも凶器は取り上げるじゃない!なんで性犯罪者からは取り上げないの!?取り上げないから再犯するんでしょ!?無ければ再犯しないでしょ!?」

「そりゃ、そうだけど…っ、ち、ちなみに女が犯人の場合は…?」

「焼きごてで溶接しちまえっ!」

「やきごっ…」

「性犯罪者に人権はいらん!他所様の人権を踏み躙る者の人権を何故保証しなければならないのか!?」

「…また何かあったか…?」

「汚いモン丸出しで飛び出して来る奴は容赦無くぶっ潰す!!」

「そ、そうか…」


 そっと新一が視線を逸らす。


「そういう対策をしないから、黙ってて犠牲者が増えるのも、出所して再犯して犠牲者が増えるのも結果的には一緒になるじゃない!?なら、凶器を取り上げるべき!取り上げられないなら多大なる精神的苦痛を寛恕してまで捕まえる意味が無いじゃない!だったらこの場合なら私刑上等だわ!ここで徹底的に潰せば、二度と被害者は出ないっ!」

「それは、でも、いや、ええぇ~…」

「疚しい事なんてあってもなくても、無暗に首突っ込むことで要らぬ恨みを買うことにも成り兼ねないんだから、一人の加害者を救って百人の被害者を出すよりも、一人の加害者を潰して九十九人の被害者予定を救い、一人の被害者の無念を晴らすべきよ!」

「に、日本は法治国家であるからして、犯罪者は法の元平等に裁かれるべきで、えっと、警察と司法に任せるべきだと…」

「綺麗事を!一般市民でありながら警察の仕事に入り込んでる分際で」

「父さんーっ!」


 実はずっと傍らに居た優作に助けを求める。

 優作は広げていた英字新聞を綴じ、凪いだ表情で千華に向かい合う。


「…千華」

「なぁに?」

「その設定使ってもいいかい?」

「ただでさえ気の毒な奥さん(仮想)をこれ以上追い詰めないでっ!」


 千華の悲痛な叫びは、有希子の「ご飯よ~」という暢気な声にかき消された夜だった。

 食卓に並んだステーキに三人が一瞬止まったのを有希子が不思議そうな顔をしたが、些細な事だ。


 とりあえず、法を守るべきと新一の口から言質を取れたのが今日の成果だろう。


 子供連れだろうが妻とデート中だろうが構わず出くわした事件に首を突っ込む優作に、自我を取り戻してから幼いながらも幾度となく苦言を呈して来た千華だが、千華がまだ幼児であることもあってか、優作はまともに取り合ってくれたことは無かった。

 何を言っても『子供の我が侭』としてテキトーに宥められる現実に、大事な何かが切れた千華は常識人としての壁をぶち壊すことにした。


「パパの馬鹿―っ!もういいもん!新作小説のなかの『弁当』を『便塔』に変えて誤植がそのまま校閲スルーして初版十万部分刷られて十年たっても『伝説の便巻』として語り継がれるように原稿を改竄してやるんだからっ!!」

「千華、落ち着きなさい。話を聞こうじゃないか」

「それとも新刊の帯に『工藤優作氏の娘、非推薦!パパの本は嫌いだから読みません』って付けて貰う方がいい!?きっと一周回って購買意欲をそそると編集部で採用して貰えるわ!」

「よし、千華。ちゃんと話を聞こうじゃないか!」


 体半分で聞こうとしていた優作が、千華に向かい合い話し合いの席へと着いた。

 それだけで工藤家としては快挙であり、小学校から帰って来たばかりの新一が目を剥いて驚いている。

 その事からもいかに優作が父として子供達に向き合っていなかったかが分かるというもの。


「…それはともかく千華、何故パパの原稿に『弁当』が出ていることを知っているんだい?」

「別にパパの話なんか興味ないもん。だから自分から読んだりしないもん」

「ぐっ、いや、内容だって千華にはまだ早いとは思うが、パパのパソコンを覗いたのかい?」

「のぞいただけじゃないわ。千華は有言実行の女よ!」

「!?」


 千華の言葉にギョッとした優作が慌てて仕事部屋に戻って行く。

 それを見送り、有希子と新一がぽかんとしたまま千華を見やる。


「…え?千華ちゃんパパの原稿をいじっちゃったの?」

「え、父さんのパソコン、パスワードどうしたんだよ…?」

「ふん!そんなのママのお誕生日一択よ!思った通りだったわ!」


 鼻息荒く宣言する千華に二の句が告げれないままでいると、バタバタと優作が戻って来た。


「千華!何てことをするんだ!」

「パパの大好きなイタズラよ!うれしいでしょ!?」

「嬉しい訳が無いだろう!?」

「パパのやるイタズラだって楽しいことなんて一つもないくせに!お兄ちゃんを悔しそうにさせて!千華をないがしろにして!全然楽しくないイタズラしかしないじゃない!まるでハリー〇ッターの主人公のパパの学生時代みたい!楽しいのやってるパパだけじゃないっ!」

「なっ…」


 絶句した優作が目に溜めた涙もそのままに睨みつける千華の肩にそっと手を置く。


「…千華、パパの本は読まないのに、ハリー〇ッターは読んだのかい?」

「………論点はそこじゃないぃーっ!!」


 癇癪を起こした様に腕を振り払う千華だが、優作も怯まず一歩進み出る。


「だが、あれだって人死にが出ているだろう!?それが嫌だからパパの本を読まないんじゃなかったかい!?」

「……っっ!!」


 物書きとしてプライドが全面に出ているだろう優作に、千華の感情が爆発する。


「パパは千華のこともお兄ちゃんのことも大事じゃないし、好きでもないのよっ」


 我慢出来ず、千華の涙が飛び散った。

 それに優作達が目を見開く。


「だって!パパが本出してる出版社の公式プロフィールの工藤優作の好きなものに『工藤有希子』しかのってないもん!千華の名前もお兄ちゃんの名前ものってないもんっ!」

「えっ……」

「イタズラとか推理小説とかはあるのに、千華たちの名前はなかった!千華たちはパパにとってイタズラ以下の存在なのよっ!パパなんてそこらに掃いて捨てるほどいる藤峰有希子ファンと同じよーっ!!」

「…………千華、新一も、違う、誤解だ。誤解だからその腑に落ちたみたいな顔を止めなさい。だからか、みたいな顔も止めなさい。千華、落ち着いて話そう、な?」

「千華はおちついてるわっ!ずっとずっとおちついてるわっ!パパのプロフィールの好きなものが家族じゃなくてママだけだって、おちついて受け入れているもの!パパはママの夫であって、千華とお兄ちゃんのパパになんか本当はなりたくなかったんだわっ!」


 少し前までの有希子なら、自分が夫に愛されている証明に、あら…などと言って頬の一つも染めたかもしれないが、毛利家との騒ぎの後母親スイッチが入ったままの今の有希子の反応は違う。

 キッと優作を睨みつけ、千華と新一を抱き寄せた。


「…優作さん、どういうこと?」

「いや、違うんだ有希子、聞いてくれ…」


 愛する妻の絶対零度の視線に晒された優作が何かを言い募る前に、虚ろな新一が有希子に縋った。


「…かあさんは、オレを、すてない…?」

「「っ!?」」

「……分かってたんだ、ホントは。父さんにとって、オレなんか、オモチャみたいな…」


 ポロリ、と新一の目から涙が零れ落ちた。

 その時、有希子の母メーターが降り切れた。


「………優作さん」

「ゆ、有希子…?」

「実家に帰らせていただきますっ!!」

「有希子っ!」

「子供達の親権は渡さないわっっ!!」

「ママだけでいいー!パパなんかいらないーっ!お兄ちゃんとママのおばあちゃん家行くーっっ!!」

「千華っ!有希子っ!し、新一っ!」

「子供達は私が立派に育ててみせますっ!例えあなたが子供達を愛していなくても、私がその分愛してみせるわっ!」

「ゆ、有希子待ちなさいっ!」


 火に油を注いでぴぎゃーと泣き叫ぶ千華と、諦め顔でホロホロと涙を零す新一に有希子の柳眉がますます跳ね上がる。


「今までお世話になりましたっ!」

「違うんだ有希子!考え直してくれっっ!!」


 しばしの攻防の末、細腕で二人の子供を抱えた有希子が不利かと言う所だが、留め様とする優作を引きづりつつも鬼子母神化した母はジリジリと玄関に辿り着く…と、そっと扉が開いた。


「…何やら騒がしいが、大丈夫かね…?」

「「阿笠博士」」


 開けたその先で目を丸くしていたのは隣人の阿笠博士で、出先から帰って来たらいつに無く騒がしい工藤家を心配して様子を見に来たらしい。


「阿笠博士調度良かった!申し訳無いが有希子達が出て行かないよう扉を抑えておいてもらえますか!?」

「はい!?」

「私は出版社に連絡して来るから!有希子いいかい!?そこにいるんだよ!?」

「ゆ、優作君!?」


 電話のあるリビングに戻る優作を見送ることになり、阿笠が呆然としている間に有希子は靴を履き、子供達にも履かせていた。


「ゆ、有希子君…?」

「調度良かったわ、阿笠博士。さ、行きましょ!」

「い、行く?何処へだね!?」


 夫婦で同じことを言うのに、行動は真逆な事を要求する工藤夫妻に阿笠は只々混乱する。

 混乱したまま扉を押し広げられ泣き続ける千華を渡され、新一を抱き上げた有希子ににっこりと微笑まれた。


「ちょっと付き合って下さる?」

「…はい」


 はいかYesしか許さない微笑みに、女性免疫の低い阿笠が勝てるはずが無かった。

 そのまま有希子の勢いに押され、阿笠が昨夜から篭もり、先ほど降りたばかりのビートルに乗り込まれてしまう。


「私の実家に帰りたいの。博士お願いね?」

「じ、実家!?いやそれは流石に…っ、そうじゃ!ちょっとドライブとかどうじゃ!?今はイチョウの葉も紅葉して見頃じゃぞ!」

「イチョウか…花言葉に『鎮魂』があったわね…失われた家族の弔いにぴったりだわ…」

「他に『荘厳』とか『長寿』があるじゃろうが!なあ新一!?」

「イチョウなんざ、学校の校庭のしか知らねぇー…」

「よし、そこへ行こう!近いし綺麗なイチョウを見たらきっと心も落ち着くぞ!上手い具合に雨も上がったことだしなあ!」


 阿笠が必死の空笑いをしている間に、帝丹小学校に到着した。


「おお!雨露に濡れてイチョウが綺麗じゃぞい!」

「阿笠くん!?」

「へ?」


 場を盛り上げようとしてくれる阿笠には悪いが、車を降りる気になれなかった有希子達は阿笠を呼ぶ女性の声に顔を上げる。


「…来て、くれたのね」

「は、あ?え?まさか…」


 状況が掴めず目を白黒させる阿笠に、女性は目に涙を溜めて嬉しそうに微笑んだ。


「あらあ?あらあらあら~?」

「うっそ、阿笠博士にラブロマンスフラグが?」

「あの人…」


 こっそり車を降り、小学校のフェンス越しにイチョウ並木を覗き込めば、スラリとした美女が阿笠と向かい合っていた。


「新ちゃん知ってるの?」

「いや、今日の帰り蘭が一緒にいたおばさんってこと位しか…」

「つまり、不審者ね?」

「ちょっ、千華ちゃん!」

「保護者でもなさそうな人が下校時間からずっと小学校の敷地内にずぶぬれでいるなんて、千華には不審者いがいの呼び名が分からないわ」

「う、えっと、でも…博士の知り合いみたいだし…」

「ママ、逆にかんがえて。あそこに数時間つっ立ってたのが、ずぶぬれの男だったら?」

「……通報一択…」

「美人はお得よねぇ…」


 そうこうしている内に、阿笠が照れながら女性を連れて出て来た。


「はーかーせ!お知り合い?」

「う、ああ、まあ、その、幼馴染かの」

「まあまあまあ、そう!こんな所で再会なんて、運命的ですわね!」


 笑顔の弾ける有希子の言葉に、二人は薄っすら頬を染めた。

 にまぁと更に絡みそうな有希子を新一が抑え、ずいっと千華が前に出る。


「博士、その人雨にぬれてるみたいだし、早くお家つれて行ってあげた方がいいよ」

「夕方になって寒くなったし、風邪引いちゃうぜ?」

「そうよ、博士!私達はもうちょっと散歩して行くわ~」

「そ、そうじゃな!狭い車じゃが…」

「え、ええ…ありがとう…」


 にこやかに手を振りビートルを見送った後、有希子がふっと真顔になって言った。


「…流石、三組に一組が離婚する国ね。幸せを掴もうとする博士みたいな人もいれば、私みたいに壊れてしまう愛もある…」

「ママ、今時シングルマザーなんて珍しくもないわ。もしパパが養育費出したくないって言うなら、千華子どもモデルとかで働くから、千華を連れてって!」

「千華ちゃんっ!」


 ひしっと抱き合う有希子と千華に、ここに来てやっと何かヤバイ事になって来たのでは?と思い始めた新一。

 新一は、自分が優作にとって母のオマケでしかない事を薄々感じていた。

 けれど、それを飲み込んでも仲睦まじい両親の姿は新一にとって救いだった。

 それが壊れてしまうかもしれないという現実は、足元から崩れて行く感覚を起こす。


「…千華は、父さんと母さんが離婚しちゃっても、いいのか…?」


 新一の問いかけに目を見開き、次いできゅっと唇を噛みしめて俯く。

 握りしめられた小さな拳を有希子が悲しそうに包み込む。


「だって!パパにとっていらない子なら、一緒にいれないもんっ!」

「それは違うぞ、千華っ!」


 千華の叫びに返った否定は、力強い優作の声だった。


「………パパ…」

「優作さん…?」


 肩で息をする優作がいた。


「千華も新一も、私と有希子の大切な子供達だ」

「………」

「迎えに来たよ、一緒に帰ろう?」


 帰路の途中家族を探す優作を見つけた阿笠から有希子達の居場所を聞き、慌てて駆けつけた優作は、普段の紳士然とした姿とはかけ離れ、髪も乱れ家族を失うまいとする必死さがあった。

 この時点で有希子と新一が少しほだされる。

 だが千華は優作を鋭く睨みつけた。

 そして優作は、これほどの敵意を娘に向けられたことに戸惑いしかない。


「…パパは、世界でもみとめられたすごい小説家なんだって、千華も知ってる。お仕事忙しいのも知ってる。知ってるけどでもっ」


 ぐっと口を噛みしめ、睨み上げる瞳の端からボロリと涙が零れ落ちた。


「運動会も父の日参観も学芸会もパパ来てくれなかった」

「うっ、いや、それは」

「締め切り前だったのは知ってる。ただ、来てくれなかったのが事実だもん。真実はいつも一つよ。来てくれたのママだけだった、あと休みの日はお兄ちゃんとおばあちゃんとおじいちゃんたちも来てくれた」

「ああ、うん…」

「親子遠足もパパいなかった」

「そうだね…」

「賞取った展覧会しか、パパ来てくれなかった」

「ああ、それは行ったな!」

「でも審査員だか実行委員会だかよく分かんないおじさんたちとお話して千華の作品見ないで帰った」

「………」


 ジト目の有希子よりも、いつもの事じゃん、という新一の傍観の表情の方が優作には痛かった。


「お兄ちゃんのランドセルはママとおばあちゃんたちで買いに行った。パパはいなかった」

「あ、う、それは…」

「パパいなかった!」

「うん、いなかった」

「ええ、いなかったわね」

「……すまない」

「きっと千華の時もそうなる。パパ来ない。パパ来ないぃいーっ!どうせぜったいこないいぃいーっ!!」

「行くっ!行くから千華っ!一緒に行くよ!」

「もうおそい、もう買ったもんーっ」

「もう買ったのかい!?」

「うそ買ってない!そんなこともしらないぃーっ」

「うぅ、すまない…」

「パパなんかママとタバコと推理小説があればいいのよおーっ!」

「違う、違うよ千華!千華も新一も必要だ!パパには君達が必要なんだ!」

「うそつきっ!口先ばっか!男はみんなそう言うのよっ!」

「ちょっと待ちなさい千華、幼稚園児の千華にそんなことを言った男は誰だい!?」

「工藤優作」

「………」

「パパのいらない千華とお兄ちゃんが、パパの大事なママをうばってやるわーっ!」

「落ち着きなさい千華っ!パパの話を聞いてくれないか!?話し合おう!?出版社のプロフィールはちゃんと差し替えて貰ったからっ!!」

「ママが『工藤有希子』になった時お腹にお兄ちゃんがいた事実があるかぎり千華はだまされないわーっ!」

「ち、千華ちゃん!新ちゃんに流れ弾っっ!」

「本当に誤解だ!元々『藤峰有希子』だったのを結婚した時に出版社の人が気を利かせて替えていてくれただけなんだ!パパは知らなかったんだ!」

「子どもが生まれて七年ずっと知らなかったなんて言い訳、パパの書く犯人だってしないわよ!」

「するするするから!犯人なんかいい加減な言い訳ばかりだからっ!」

「パパに出来ることなんてしょせん殺人計画だけなのよっ!」

「人聞きが悪いっ!」

「家族計画は出来ないくせにっ!」

「人聞きが悪過ぎるっ!!…頼むから止まってくれ、パパが悪かったからっ」

「だが断るっっ」


 有希子と新一の手を引いて走り出した千華を優作が必死に追いかけるが、広い小学校のグラウンドに入った上に先ほどまて降っていた雨のせいで出来たぬかるみと水たまり、ついでに運動不足も祟って中々捕まえることが出来ない。

 そんな風に騒ぐ工藤一家の様子を小学校周辺に住むご家庭の皆さんが庭から、玄関から、カーテンの隙間から、二階の窓から覗き見ていて、しばらくの間井戸端会議の時の人となった。





 何とか仲直りをした工藤家が家族の絆を深めるために出かけたその場所で、馴染みが出来て来た悲鳴が響いた。

 反射的に走り出した優作と新一に、千華の手は一歩届かず見送ることになり、娘の目が死んで行く一部始終を有希子は目撃する事になってしまった。

 声をかけるのも戸惑う雰囲気の中、千華の口が何かを呟いている事に気づき、有希子はそっと耳を寄せた。


「野生のうーまー野生のうーまー野生のうーまーはぁーなぁぜー駆けて行くぅー駆けて行くぅー首もたげぇー首もたげぇ尾をぉなびかせてー筋肉のぉ躍動躍動躍動」

「ちょっ、千華、千華ちゃん!?」

「ママ、こんな所で騒ぐのはマナー違反よ」

「っ…!」

「はぁー、パパとお兄ちゃんが事件に向かって走って行く姿を見ちゃうと、こないだ行った合唱大会で聞いたこの歌が脳裏にへばりついて…理性なんて欠片もない、なんだかんだ言って似た者親子は野生のうーまーねー」

「ぐぅ…っ!」


 娘が腹筋を殺しにかかって来た。

 美しい顔を崩して笑いを堪える有希子を見上げ、千華も小さく笑って力を抜く。

 隣人だった阿笠博士は恋人の国に移住したらしい。

 優作は事件さえ無ければ、以前よりは千華や新一を自分の楽しみ以外で構ってくれることも増えた。

 指先まで美しく整えられた有希子とそっと手を繋ぐ。

 それに気づいて何とか笑いをおさめ、にっこりと母の顔で微笑んでくれた有希子に、千華もまだ頑張れる、と笑い返した。





『イジメについて』

     5年2組 工藤千華


 イジメをする子は、想像力が無いなぁ、と思います。

 人を傷つけたり、物を隠したり壊したり、陰口を言ったりして、自分が恨まれると思わないのかなぁと思います。

 やった方は忘れるけれど、やられた方は忘れないのは今や常識で、今、直ぐにやり返される事が無くても、傷ついた心は消えません。

 復讐の方法なんて山ほどあります。

 受験の時に、就職の時に、恋人が出来た時に、結婚が決まった時に、その結婚式で、子どもが出来た時、その子供が学校に通う様になった時、その子供の就職や結婚が決まった時、等々…人生の岐路、転換期、最高の瞬間、そのどこかでイジメっ子を地獄に叩き落とすための復讐がされるでしょう。

 雌伏の時です。

 時間が経てば経つほど憎しみには利子が付き、膨れ上がった復讐心からどんな事をされるのか、善良に生きている私には想像もつきません。

 でもきっと、まともな余生を送れるとは思えません。

 何故なら、ここは米花町です。

 憎しみを忘れぬ民が住む町です。

 受けた侮辱を決して忘れぬ民が住む町です。

 圧倒的物理で以って恨みを晴らす民が住む町です。

 5年後、10年後、30年後、50年後…必ず報いを受けるでしょう。

 カエサルの物はカエサルへ。

 与えられた憎しみは、その憎しみを与えた者へと。

 粋を凝らしたトリックで無残に殺してもらえたなら御の字…そんな事になるに違いありません。

 まかり間違って生き残ってしまった場合に用意された針の筵は想像を絶することでしょう。

 そんな事、イジメをする子は考えた事も無いのだろうなぁと思います。

 まるで、いずれ介護でお世話になる事が分かり切っているのに、嫁イビリに全力を尽くす姑の様です。

 体が動かなくなった時、ちゃんとお世話してもらえると思っているのでしょうか。

 火傷する一歩手前の温度のお湯をかけられたり、爬虫類用のご飯を食べさせられたり、身動きの取れないベッドの上を虫や蛇で埋め尽くされたり、全裸で数日放置されたり、真綿で首を絞める様なお世話をされるとは、考えたりしないのでしょうか。

 恐ろしい。

 私は穏やかに寿命を全うしたいので、人の恨みを買わない様生きて行きたいと思います。





 参観日ですし詰めになった教室内が静まり返る。

 有希子はただただ美しいマネキンと化した。

 そこに場違いなほど朗らかな教師の声が響く。


「工藤さんありがとう。大変良く出来た作文だと思います。この作文、クラスと名前の所を隠すから、校内の掲示板に展示していいかな?」

「いいですよー」



 その後しばらく、ザワついた空気が帝丹小学校を包んだ。





 雨の日、見頃の紫陽花を観察すべく寄った公園で、ぶかぶかの服を余らせて倒れている少女を見つけた。


「……………」


 千華はこの赤毛の少女を知っている。

 千華が全力で回避する事に尽力している『名探偵コナン』の登場人物だ。

 そういえば原作軸である新一が高校二年の時なのだから、出て来てもおかしくは無い。

 何故ここに倒れているかと言えば謎でしか無いが、千華は新一ではないため無駄に謎に頭を悩ますことはしない。

 が、お約束の如く名前は忘れた。

 しかし、中の人は覚えている。

 花らっきょが好物の少女とか乙女回路を持っているアンドロイドの少女とか三人目の少女とかジブリの天空の城の冒頭で「まだ仕事?」と話しかけた人とか双子の妹の存在感が限りなく薄いこんにちは子猫とかめちゃくちゃ大食いの魔法少女で確か…。


黄昏よりも暗きもの 血の流れよりも赤きもの

時間の流れに埋もれし偉大なる汝の名において

我ここに闇に誓わん 我らが前に立ち塞がりし 全ての愚かなるものに

我と汝が力もて 等しく滅びを与えんことを!


「ドラグスレイブ!…て、うっそ、覚えてた!?」


 自分の可能性に驚いた工藤千華、十四歳。

 代わりに昨日覚えた単語を全て忘れた気がするが悔いは無い。

 内なる厨二病の目覚めに高揚する心に押される様に携帯を取り出し、パシャリと少女の姿を撮ってラインで送った。


「…あ、パパ?写真見た?…そう、すんごく状況が怪しい女の子が倒れているんだけど、救急車とか警察とか普通に呼んでもいいと思う?パパの怪しげな伝手に任せた方が良い?」


 これが悪手だった。

 浮かれて優作に連絡などせず、救急車でも呼んでさっさとトンズラするべきだったのだ。

 呼吸を確認した後、気絶しているだけらしい少女を雨に打たせたままにしておく訳にもいかず、公園内の東屋へ移動しで雨宿りしている間に来た父親からの指令は、優作の知り合いの公安の人間が行くので、それまで少女に付いている様に…という事だった。

 それを聞いて千華の血の気が下がる。

 本編の重要エピソードに抵触した気がする。

 そうして現れたのは…公安のアンパンマンだった。


「えっと、君が工藤千華さんだよね?工藤優作先生に連絡を貰って来ました、公安の諸伏景光です」


 心臓が止まるかと思った。

 優作からの連絡にあった同じ名前なのだから、この目の前の人が連絡員であることは間違い無いが、その名の人が彼だとは思わなかった。

 そして、千華は彼の中の人を知っている。

 偽勇者とかF1に変わる次世代レースのドライバーとか任務完了のエージェントとか鉱物と合成されてしまった魔法使いとか四神で二十八宿な朱雀の七星士とかどあほうが口癖な無気力天才とか南国少年の総帥の息子とかオランダで先輩が全裸のライバルとか狼な陛下とか衛君がボクに花を投げつけたんだよ…とか!

 前回会った時は他の事に気を取られてスルーしていた。

 だが気づいてしまえば脳裏に忘れかけていたキャラ達が渦巻いて、押さえつけていた有希子に「ムシゴヤシが午後の胞子を飛ばしている…綺麗、マスクを付けなければ五分で肺が腐ってしまう死の森なのに…」と言って欲しい欲望が溢れ出してしまう…結論としては『名探偵コナン』豪華だな!…という八つ当たりで締めることにした。

 新一が推理ショーを我慢してくれているのだ、千華とて豪華声優ショーを我慢しなくては世界のバランスが取れなかろうと、勝手に忖度している。


「…ゆ、夕暮れの公園のブランコが、似合いそうな方デスネ…」

「は?」


 あまりに動揺し、特に意味の無い言葉を口走ってしまった。

 早急に彼とお別れしなければ、千華は自分が何をしだすか分からない。


「あの、彼女が着ていた白衣だけは雨で濡れていたので脱がせて私のカーディガンを着せています。外傷は無さそうですが、素人判断なので早く保護してあげて下さい」


 少し驚いた様に目を瞠ったアンパンマンだが、頷いて少女を抱き上げた。

その膝の上にコンビニの袋に入れた白衣を乗せて促すと、会釈をして彼は待たせていたらしい車に乗り込んで去って行った。

 危なかった…もう少しで「お前を殺す…」と言って下さいと縋り付く所だった。

 彼女が目覚めでもしていたら「覚えて無いの…たぶん、私は三人目だから…」と言ってくれと強要していたかもしれない。

 何事も起こる前に去ってくれて、本当に良かった。

 千華は、己に勝ったのだ。

 心の一番柔らかい所にある鍵を、そっとかけて閉じた。





 玄関ホールに響いたインターフォンに、偶々通りかかった千華が何の気無しに扉を開けて応対した。


「はーい、どなた………」

「こんにちは。工藤先生はご在宅ですか?」


 公安のアンパンマンが居た。

 つい最近会ったというのに、ちょっと再会スパンが短過ぎやしないかと愕然とする。

 流石原作時間…衝撃が畳みかけて来て、油断するなとフォースが囁いて来る。

 とりあえず応接間に案内し、書斎にいる優作を呼びに行く。

 新一と一緒に居たらしい優作が二人で応接間に向かい、千華にお茶の準備をするよう言いつけられてしまった。

 千華は心の底から辞退申し上げたかったが、有無を言わせぬにこやかな優作に押し付けられた。

 絶対に有希子が出した方が喜ばれるし、美人のお茶出しで油断した所をイニシアチブを掴んでどーのと屁理屈を付けて駄々をこねてみたが、キッチンで既に用意してあったお茶一式を有希子に笑顔で差し出されて諦めた。

 見事給仕を果たしてさっさと退散しようと応接間に入ってギョッとする。

 何故、そこに居るのだ。

 迎え入れた時にはアンパンマンの影になってはっきり見えなかったその人が悠然とソファに腰かけていた。

 思い返せば、帽子を面深に被った人がもう一人いたが奴だったのか。

 帽子如きの変装で誤魔化せるとか舐めてんのかと思っていたが、見事千華自身が欺かれた現実に頬が引きつる…流石原作時間(印籠)。

 『宇宙』を『そら』と読んだら許してもいい、親父にくらい殴られろ。


「カレー…」


 パンマン、と続く所を気力で飲み込んだ。

 びっくりし過ぎて声に出た。

 カレー?と不思議そうにする面々に、内心舌打ちをする。小さな声だったが、どうやら鍛え抜かれた正義のヒーロー達の耳には余裕で聞き取れたらしく、聞き流すという選択肢を選んでくれない。


「カ、カレー…」

「カレー?」

「カレー…の、王子様…?」


 ぶふっと隣でアンパンマンが噴き出した。

 目の前のカレーパンマンは頬を引き攣らせている。

 だが千華が過去に会ったいずれの時も名乗り合ってはいないのだから、心の中で呼んでいたそれがつい口を突いて出ても仕方が無いではないか。

 新一などはカレーが食いたいのか、等と聞いて来るが、食いたいか食いたくないかで言えば食いたいが、問題の本質はそこでは無い。


「…自己紹介をしていなかったね。こちらの諸伏の同僚で降谷零と言います」

「はあ、ご丁寧にどうも…。工藤千華です。プリンス・カリーとお呼びしても?」

「何故そうなった」


 ごふっと崩れ落ちた者達がいるが、気にする余裕は無い。

 何せ千華は、目の前の降谷と名乗った男を心の中でカレーパンマン呼びをしていた事を誤魔化すだけで精一杯だったのだ。

 記憶に無い名前にこんなだったか…?と考えつつ、そういえば、あの声優さんとあのキャラのミックスなのだからこの名前じゃないか!とあまりに迂闊だった自分に愕然としていた。

 解けないパズルは無いんだぜ?と兄では無い新一がドヤ顔で脳裏に侵食して来たので速攻で抹殺をはかる。

 こんな事なら、『カレーの王子様』と誤魔化さず普通にカレーパンマン呼びしていても良かった気もする。後悔は後に悔いると書くことを噛みしめる千華に、降谷は困った様に笑いかけた。


「流石に、それはちょっと…」

「何かご不満でも?日本を代表する食の一つで、皆大好きカレーライス。日本人の国民的ソウルフード。幼少時代日本人の多くが口にしたことがあるだろう、累計七千万個も販売されている『カレーの王子様』ですよ?」

「いや、普通に名前を呼んでくれればいいから」

「え、でも外じゃ呼べない名前なんですよね?」


 止まらなくなった暴走と言う名の屁理屈に常識で返されるのは辛い。

 そのせいで余計なことを口走った気も無きにしも非ずだが、公安の人間であることだけは千華も知っているのだから失言では無いだろう。

 しかし、真意を覆い隠す様な笑顔が怖い。


「…外では安室透と名乗っている。そちらで呼んで貰えるかな?」

「プリンス・カリー…」

「安室、で、よろしく頼むよ」


 思いの外語呂が良かったプリンス・カリーに未練を感じるが、降谷の笑顔に凄みが足されたので頷いておくことにした。

 人生にスパイスは必要だが、主人公からのヘイトはただの死亡フラグだ。

 そう、きっと彼が主役の『潜入探偵アムロ』が始まっているのだ。

 そして、優作がお助けキャラ的位置におり、千華はその家族というスタンスのはず。

 この位主要キャラから遠ければ、生存への道は開けたも同然と機嫌も良くなる。

 良い気分で優作に促されるまま父の隣に腰掛けた。

 新一も優作も推理ショーなどやらず、彼等を誰にも無駄な恨みを買っていない真っ当な道に導くことが出来たのだ、感無量である。

 今までの事件遭遇率を天上よりも高い棚に投げ置いてそう判断した。


「それで、先日ご連絡頂いた少女の件ですか…」


 バシンっという音が鳴るほど勢い良く千華は己の耳を塞いだ。

 千華は信じられない思いで降谷を見る。

 何を聞かせるつもりなのだ、このカレーの化身は…今千華は物語の中心から外れ、一モブとして清く正しく美しく画面から外れた場所での平穏な人生を約束されたと信じた所だというのに、事件の根幹部分をここで語るとでも言うのだろうか。


「千華!お前鼓膜が破れるぞ!?」


 慌てる新一の声が聞こえる。

 今この瞬間だけは、話を聞かないために破けても良いと思ってしまったが、生憎正常に機能した。


「それ私が聞いちゃいけない話じゃない!?」


 思わず漏れた叫びは、大人達の慈愛に満ちた眼差しで包まれ転がった。

 諸伏の目配せに降谷と優作が頷く。諸伏が代表で千華に説明をしてくれるらしい…出来るだけガンダムに乗っていそうな口調(?)でお願いしたい。


「君は、先生からもあまり情報を与えられていないという事だけど、余計な事を聞こうともせず、自分の周囲で起きる事件に冷静に淡々と対処する事が出来ている。自分の立ち位置という物を客観的に自覚し律することは、その年で中々出来るものじゃない」

「………」

「だが、君の周囲で起こる事件はこちらの管轄に関わる物もあって、現に君の勘や閃きによってあちらに目を付けられずに済んだ案件もある。この間の少女の件もそうだ。このまま君に何も情報を与えないのは却って危険なのではと、工藤先生とも相談して渡せる情報は君にも話す事にした」


 なんということでしょう…地獄への道は善意で舗装されている。

 きっと今千華を写真で撮ったら、背後に菩薩様が映るだろう。

 良かれと思ってした立ち回りで、そんな誤解を受けることになろうとは…。

 千華は事件に関わりたくないし、余計な知識もいらない。

 買い被りですと工藤家の中心で叫びたい。

 切実な千華の願望を置き去りに、拾った少女が関わっていた組織とやらを潰す為、優作や新一まで秘密裏にアドバイザーとして関わっている事を説明される。


「…そう、黒ずくめの奴等による組織」

「奴等が!?」

「千華!?知っているのか!?」


 驚愕する面々に見つめられ、千華は神妙な表情で頷く。

 千華を見つめる顔面偏差値がハーバード大(世界六位)である、眩しいので出来れば東大(世界四十六位)程度に抑えて頂きたい。


「…ええ、聞いたことがあるわ」


 顔面偏差値がケンブリッジ大(世界二位)になった。

 種類の違う真面目なイケメンを拝めて千華は眼福で満腹のため、速やかに自室に撤退したい。


「…黒ずくめの衣装で居丈高に練り歩き、花火や暴力、騒音等で祭りを台無しにしたという無法者達の集団…」

「ん?」

「祭り?」

「そう、青森県のね〇た祭で迷惑行為の限りを尽くしていた黒ずくめの集団、通称『カラス』。…迷惑防止条例発令後一掃されたと聞いていたけれど、まさか、東都に来ていたなんて…」

「……………」

「…ちょっと、違うかな…」

「え?じゃあ、知りません」


 千華は全力を尽くした。

 全力を尽くして話の腰を折った。

 こんな話の通じない小娘などこの場に邪魔だと放り出せ。

 さあ言え、言うんだ!そして千華を事件から遠ざけろ!


「…青森県での事件まで知っているとは。流石工藤先生の娘さんですね」


 ジーザス。

 流石公安のエース、カレーパンマン。

 プリンスの名に恥じぬカリー。

 乙女ゲームならきっと、全キャラ攻略後に出て来る隠しキャラ。

 千華如きの小賢しい策略など簡単に跳ね返してくれるその手腕、是非とも別の局面で使って頂きたい。

 千華の居ない所で。


「千華さん、『カラス』なんてよく知っていたね?」

「パ、パパの書斎の事件ファイルで…」


 逃げ道は断たれた。

 ちょっと誇らしげな父と兄をどつきたい。

 そして、千華の無駄な抵抗を嘲笑うかの様に話は進み、事件や組織の詳細には触れず、決して近寄ってはいけない、けれど看過出来ない程怪しい事をしていた場合は可能なら通報して欲しい者達の容貌・風貌・特徴等を叩き込まれた。

 工藤千華は善良な一般モブ市民です、と声を大にして叫びたかった。





 公安警察の二人が帰った後、千華は優作に向き合った。


「パパ、お願いがあるの」

「なんだい?」


 真面目な声音の千華に、優作も真剣に聞く姿勢を作る。

 一緒に居た新一も真剣な表情で妹の言葉を待った。


「外の人が見えるモニター付きインターフォンに変えてっ!!」


 出来れば後、セコムにも入って欲しい。

 もう手遅れかもしれないが。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ