第29話 久しぶりの2人のご飯
家に帰って、早速料理を始めることにした。
綾瀬の部屋に来るのはなんだかだいぶ久しぶりな気がする。前に来たときより部屋は綺麗になっていて、だけど余裕のなさそうな感じはまだあった。
「まず、一旦いつもの作り方を見せてほしいんだけど……」
「いつもの作り方……えっと、まずサラダを作るの」
おぼつかない手つきで野菜を切り、不揃いのそれらを皿に盛る。
あまりに危なかっしくて隣から手を出しそうになったけど、ここは我慢だ我慢。
でもたまに手を切ったりしそうでめちゃめちゃヒヤヒヤする。
「それで味噌汁を作って……」
サラダと同じくおぼつかない手つきで具材を切る。
なぜか味噌汁は手順が合っているようだ。
「味噌汁は大丈夫なんだ」
「小学校の家庭科の調理実習で作ったでしょ? だから打率は5割くらいね」
「そっ、そか……」
調理実習か……懐かしい。
味の薄い味噌汁をみんなで文句を言いながら食べるのがけっこう楽しかったりする。
「最後に、生姜焼き」
来た。ここが難関だ。
タレを作り、肉に小麦粉をまぶしたところまでは良かった。
炭になるという発言から、絶対火加減がおかしいだろうっていうのは分かってたんだけど。
まず、綾瀬はフライパンを火をつけた。強火で。コンロのつまみ全開で。
「ちょっと待って。もっと火弱くしないと」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ。だいたい中火くらい」
やっぱり炭の原因は火加減だったらしい。
「レシピを読み落としてたのかしら……だから真っ黒になってたのね」
そして綾瀬はただ焼かれる肉を見つめ続ける。箸とかは使わず、ただ次の工程に入る機会を淡々と伺っている。
「このタイミングでタレ入れないと」
「このタイミング……って、いつくらい?」
「肉に焦げ目がついたら。あとひっくり返さないと裏側焦げちゃうから」
菜箸で肉をひっくり返し、タレを入れる。
そのまま綾瀬はきっと肉を睨むように見続ける。たぶん皿に移すタイミングを見計らっているんだろうけど、これはなんというか……
「どのタイミングで焼き終わったりしたらいいのかいつも分からなくて。このくらいかなって思ったところで、だいたい焦げるの」
「生焼けは怖いからさ、中にしっかり火が通ってたら、このくらいかなって思うタイミングのちょっと前くらいでいいと思う。じゃないと焦げちゃうから」
「そうなのね。じゃあ、ちょうど今くらいかな」
綾瀬はお皿に生姜焼きを盛り付けた。サラダや味噌汁も盛り付ける。
出来上がった2人でご飯をテーブルまで運んで、手を合わせた。
「「いただきます」」
2人で手を合わせ、生姜焼きを口に運ぶ。
焦げてはいないそれは、美味しくできあがっていた。手際とかは今はちょっと悪いけど、綾瀬はけっこうセンスがいい気がする。ちゃんと慣れて練習さえすれば、もっと上手くなるはずだ。
「おっ、美味いな」
「ほんとだ……美味しい!」
綾瀬は料理から顔をあげると、にっこり笑った。
「初めてこんな美味しいの作れたわ。本当にありがとう」
「いやいや、そんな。火加減だけだと思うから、それさえ練習すれば失敗しなくなると思うよ」
「すぐ強火じゃダメ、なのよね」
「そうそう。あと火加減って、コンロのつまみの具合じゃなくて、フライパンの底までの長さなんだ」
「へぇ……そうなんだ。何も知らなかった。春野くんは、どうやってそういうの知ったの? やっぱり調べたの?」
「うん。最初はそこまで料理上手くなかったから、ネットで調べて人並みにできるようになったって感じかな」
「頑張ったのね。すごいなぁ」
「最初はマジでできなかったんだけどな。でも綾瀬んも最近まで料理してたんじゃないの」
いつも肉を炭にしてしまう、と言っていたし、何より今日も元々は生姜焼きを作る予定だったみたいだし。
何回か練習は絶対していたはずだ。
「最初の方はしてたの。でも途中から炭を食べるのが辛くなって……」
「そ、そうか……」
たしかに失敗した料理を食べるのってなかなかキツイもんな。
俺も一人暮らし始めたてのとき、何回も失敗して半泣きで食べてた。思い出すと、あのときはけっこう頑張った。
「そういえば、綾瀬さんはもう夏休み入ったの?」
「夏休みにはなったけど、養成所はまだレッスンがあるの。どうしてもほら、歌のテストとかしないといけないから。ちょうど2週間後にあって」
「そっか。大変だな。頑張って」
綾瀬が苦笑して、頷く。
綾瀬の帰りは毎日けっこう遅い。別に耳を澄ませてるわけじゃないけど、隣だから何となく帰る時間くらいは分かってしまう。今日なんかはだいぶ早い方じゃないだろうか。アイドルになるのって、やっぱりめちゃめちゃ大変なんだなっていうのを痛感させられる。
「うん。ありがとう。春野くんはたしかもう夏休みよね」
「うん。もう夏休み。とはいえ予定はまだあんまないんだけどね。あっ、でもバイトはけっこう詰めちゃったなぁ」
「そっか……バイトね。私は今年はちょっと難しいかな」
「俺はラーメン屋でバイトしてるんだけど……」
「そっか。小夏ちゃんと一緒だったのよね、バイト先」
「そうそう。今日は初日でさ、色々教えてもらった。やっぱ働いてる人ってすごいな」
「小夏ちゃんはVTuberもしてるんだものね。私も横で見ててほんと尊敬してるの……あっ、本人には言わないでね。恥ずかしいから」
「う、うん。分かった」
綾瀬は口元に人差し指を当てた。初対面の俺はすごい褒めてくれたし、慣れた人ほど褒めるのが恥ずかしいのかもしれない。
「あっ、でも私、今年はけっこう遊びに行くの」
「へぇ。そうなんだ」
「うん。プールと夏祭り。あとはお誘いがあったら何回かいきたいなって感じ」
「そっか。ここ夏祭りも近くでやるんだよな」
「そうなの。昔から近くでお祭りと言えばって感じだったんだけど……」
「俺はちょっと遠いとこから来たからな。まだあんまり知らなくて。ここのこと」
「そうなんだ。それで一人暮らしだったのね。なら一度行ってみた方がいいかも。出店とかすごいの。昔ながらな感じで」
「俺の近所にはそんなのなかったからなぁ。行ってみようかな」
「うん。行ってみて」
とはいえ、一緒に行く相手がいないんだけどな。
学校の人と関わらないと決めていたとはいえ、ここがぼっちの辛いところだ。
その後も話は弾んで、気づけば2人とも完食していた。
「じゃあ、また今度ね。今日は本当にありがとう。2回もお世話になったし……」
「いや、俺が勝手にしたことだったから。また困ったことあったらなんでも聞いて」
「うん。そうするね」
玄関で別れて、自分の家へと戻る。
「大丈夫かな、綾瀬さん」
楽しそうだけどちょっと疲れた顔の綾瀬を思い出して、部屋で1人呟いた。