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第26話 孤独な少女(湊side)

 香月湊は、天才である。何事も簡単にこなし、そして全てに置いて超一流。全国模試では常に上位に名を連ね、またスポーツでも校内で余裕の1位を取るなど、文武両道をその身をもって表している。

 また、超がつくほどの美人でもある。白くてくすみひとつない肌はふわふわしているし、パーツは人形のように全て整っている。


「お茶いる?」

「さっきカフェで飲んできましたから」

「あっ、そっか」


 湊は今目の前に座っている男を見つめる。

 本棚を見たあと、ローテーブルを向かい合って座り、雑談をしていた。

 自分の大好きなお姉さんたち――ラブアートのメンバーたちがみんな好意を持っているであろう男。

 ずっとどんなやつだろうと思っていたし、許せない人だと思っていた。絶対、姉さんたちは悪い男に騙されているんだ。みんな純粋だから、そのせいで……

 こうして見てみると、とても騙しそうな人には思えないけど。


「本も見ましたし、お部屋も堪能したので帰りますね」

「あれっ、もういいの?」

「はい。どうもありがとうございました。お邪魔しました」


 頭を下げ、家を出る。

 目の端に、『綾瀬』の表札が映った。

 

「アイナの部屋には……寄っていかなくていいですよね……」


 ここに来た理由を尋ねられるだろうし、湊が柊一の部屋に上がったことが分かったら悲しませるかもしれない。アイナを悲しませることはしたくない。


 湊は駅前をブラブラ歩くと、家へと足を進めた。できれば家には帰りたくない。

 自分が孤独だと、実感してしまうから。

 

 湊は幼少期から、その才能を発揮した。

 理解する前に、それができてしまう。文字だって一度教えられれば書けるようになったし、言葉だって話すのは早かった。

 親はその才能に最初は舞い上がった。

 色々な習い事に彼女を通わせ、どこかの世界で賞賛されることを夢に見た。

 けれど、湊は、なにもできなかった。期待通りのことなど、なにもできなかった。

 

 上には上がいる。ただ彼女は、器用なだけだったのかもしれない。全てが人よりもできる。でも、別にその全てが好きなわけではない。


 親はどこかで納得したのだろうか。いつしか諦めた。

 彼女はただの手のかからない女の子になって、いつの間にか父と母の間には亀裂ができていて、今はお互いに家に帰ってくることも少ない。

 

 彼女が自分のなにかに関して諦めたのは、ちょうど全ての習い事を辞めたときだった。

 自暴自棄になっていた。駅前でたまたまアイドルのスカウトを受け、なんとなく事務所に所属することを決めた。


 歌のレッスンを受け、なにかを忘れるように踊った。

 楽しかった。なぜだか分からないけど、楽しくてしょうがなかった。

 ある日、メンバーを結成することになった。

 みんなが自分より年上で、特に2つ上の小夏は、とても大人に見えた。


「みんなよろしくね。絶対デビューして、世界取ろうよ!」


 約束した。

 レッスンが終わったらカフェでパフェを食べ、冬はコンビニで肉まんを食べて帰った。ダイエットのときはみんなで我慢した。

 アイドルは、とても楽しい。

 ステージから、ファンの笑顔が見える。その瞬間が、とても楽しい。

 ラブアートは、順調に知名度を増やし、人気を集めていった。


 

 ラブアートが解散した。

 大好きだった、唯一の居場所。自分の全てであるメンバーたち。

 解散した理由に、湊の存在があったのは自分でも薄々分かっている。



 それからはずっと孤独だった気がしていた。

 隙間を埋めるためのなにかを探しだし、辿り着いた。小説だ。

 小説は、今の自分をどこかに連れていってくれる。昔はよく読んでいた。いつの間にか忘れてしまったけれど。

 初めて新人賞に応募したら、まさかの大賞を取ってしまった。そこからは順調に本を出している。


 しばらくしてから、官能小説を書き始めた。

 

 元々好きだったのだ。

 自分がいつからそういう分野に興味を持つようになったのかは思い出せない。

 ただ全てを忘れられる瞬間だった。

 顔もIQも、運動神経も何もかもが頭からふっとぶ瞬間。

  ラブアートでの休憩中にもよくそういう話をして、アイナに怒られたり小夏に呆れられたりしたのを思い出す。


「湊の存在も、無駄じゃなかった」


 もう一度呟いてみる。

 道行く人々は、自分のことなどなにも気にしていない。

 今まで、顔やその成績ばかり見られて、本当の中身などあまり見てもらえなかった湊だ。

 小説は作者の本質だ、と湊は考える。

 

 自分を見つけてもらえた。何回も、何十回も興味を持って読んでもらえて、誰にも気づいてもらえなかった自分を見つけ出してくれた。


 ただの中身の存在も――無駄じゃなかった。


 湊として接してくれたのは、きっとメンバーと柊一だけだ。


「まぁ、お姉ちゃんたちは譲らないんですけどね」


 いくら柊一のことを気に入ろうと、彼女たちを譲るわけにはいかない。

 湊は心に決めると、家へ向かう足を早めた。

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