第25話 香月湊は残念である
謎の宣言をした香月と共に部屋に入る。
本棚が置いてある場所は、ちょうど玄関から見て真正面のところ。つまり、すぐ目につく。
香月もリビングへと続くドアを開ければすぐに気づいたようだった。
「あれですか、私の本たち」
「はい。一応発売日順に並べてます」
「なるほど……近づいてみても?」
「えぇ、全然」
香月は本棚に近づくと目を凝らすようにしてじっくりと見た。
「感動しますね。人の家の本棚にこうやって並んでいることを考えると。しかも、読んだ痕跡がすごくある……少し表紙も破れてたりするし……」
その白い指先で本の背表紙をなぞる。大切に、一つ一つ確認するように。
「……湊の存在も無駄じゃなかった」
掠れた声でなにか呟く。けれどその声はか細く小さすぎて、はっきり聞こえなかった。
「すみません。ちょっと聞き取れなくて」
「大丈夫です。今なにも言ってませんでしたから」
「そ、そうですか……」
たしかになにか言っていたはずなのに。
「本、たくさんありますね」
「そうですね。昔からラノベは好きで集めてたので」
「へぇ、あまり知らない作家さんたちの本もある。私の本を読んでくれる人は、こんな方たちの本を読むんですね。どの本も面白そう」
「えぇ。俺はその方たちの本も好きでよく読んでますよ。……ほら、この方とか」
1冊本を取り出して香月に見せる。
香月のどこかしっとりとした話とは違って、勢いとバトルの描写に華がある小説だ。
「知りませんでした。世の中本当に、たくさんの本があるんですね」
「まぁ……香月さんは、本読まないんですか?」
「昔はよく読んでましたけどね……今はそういう本はあんまり読まないです。自分で書けるようになったから」
「そうなんですね」
自給自足してるわけか。
自分で書けるようになったらそういうこともできるようになるって……なんかすごいな。
「ここにある香月湊作品はコレで全部なんですね」
「えと……すみません。これ以上あるの知らなくて」
「当然と言えば当然ですよ。ライトノベルじゃないから」
「ライトノベル以外も書かれているんですか……?」
「えぇ。官能小説を少し」
「か、かんのぅ……っ!?」
音海によれば、香月は中3らしい。となれば、大きく見積もっても15歳。
アウトじゃないのか?
ていうか中3であんな小説を書けること自体がすごいのに、官能小説だなんて……
「そんなに巻数は出してないんですけどね。でも、出してることには出してます。いつか読んでみてください」
「よ、読んでみます、いつか」
いや、この場合読んでみますって答えるのはあまり良くないのかな。分からない。でも、作者としては1人でも多くの人に読んでもらえた方が嬉しいんじゃないかと思ったり……
香月は俯いていた顔を上げて、空気を散らすように明るい声を出した。
「敬語、やめませんか? きっと貴方の方が年上でしょう?」
「あぁ、はい。俺は高1です。えっとじゃあ、香月さん」
「湊でいいですよ。さん付け禁止です。苦手なんです、そういう堅苦しい雰囲気。私が作家だとか、そういうことなにも考えないでください。ちなみに中3です」
香月の言葉にはどこか圧があり、絶対に従わないといけないような気さえした。
「じゃ、じゃあ湊」
「はい。春野くん」
「湊も敬語、外さないの?」
「湊はこれがデフォルトですからね。変わるのは一人称だけです」
「私から湊になるのか……」
「えぇ。昔からの癖でして……あぁそういえば、湊、実は男の人の部屋初めてなんですよね」
「そ、そうなんだ」
湊は興味深げに室内を見渡す。
官能小説を書いているわけだから、てっきり何度も男の部屋に出入りしているのかと思っていた。
聞けば聞くほど、どこかアンバランスな人だ。
「個人的に興味あるんですけど、あります?」
「あるってなにが……?」
「ベッドの下によくあるものですよ!」
「ベッドの下に……」
ラノベとかでよくベッドの下に隠すものと言えば……
「ないよ!」
「えぇ〜男の子なんでしょう? エロ本の1つくらい持ってるはずじゃないですか?」
「持ってない!」
仮に持ってたとして、言えるわけがない。しかも年下の女の子に。
「ふぅん。まぁでも今どきはあれですか、ネット。湊もよくお世話になっています」
「お世話って……」
「あっ、じゃああれはあるんですか?」
「あれ?」
「あれですよ! Tから始まるホール?」
またなぞなぞみたいだ。
しばらく考えてやっと分かった。
「ないよ!」
「ないんですか……本当に?」
「絶対ない!」
「絶対……?」
「いや、ガチでないから! てかなんで質問が全部そっちに偏ってるんだよ!」
こっちはガチでない。買いに行ったことすらない。
「ふぅん。男の子の部屋って、もっとそういうのあると思ってました。あっ、話題の偏りは単に湊の趣味ですね。そういう話、元々けっこう好きで。へへっ」
「……まぁ、人によるんじゃないか?」
「そうですか。今後の参考にします」
「小説の?」
「えぇ。まぁ、それだけじゃなくても。今まで向こうの小説の方はどこかしっくり来なかったので、そういう意味でも助かりましたよ」
「そ、そか。なら良かった」
どこがどう参考になったのかは分からないけど。
香月はもう一度室内を見渡した。
「男の子の部屋って色々妄想捗っていいですね!」
「妄想って……」
果たしてこれが本当に出会って1時間近くしか経ってない者たちの会話だろうか。そういう目的でもない限り、普通は違うだろ。
「憧れだったので、嬉しいですよ」
「まさかそれが俺の家に来た理由だったりしないよな……」
「どうでしょうね」
「マジか……」
なんとなく騙された気分だ。
それにしてもこの子なんていうか……
「あっ、でも。本当に貴方の部屋以外見たことないんですよ? 初めてですからね初めて! いやぁ、やっぱ初めてって色んな意味でいいですね!」
残念美人っていうやつなのかもしれない。