第19話 テスト返却日①
天国という名のテスト休みも終わり、今日はテストの返却日だ。
……まぁでも、今日はカメ太郎の世話があるからまだマシか。泡羽との勉強会のおかげでいつもよりちょっとできた気もするし。
席についたところで、誰かが俺の方に歩いてきた――石原だ。
隣の席の女子に話しかけるのかな。同じグループっぽいし。さすがに俺じゃないだろ。
カバンから筆箱を出した瞬間、バン、と机に手をつかれる。
……は? もしかして俺? 石原が俺に?
驚いているのは俺だけじゃないらしい。周囲にいる人たちが、唖然としてじーっと見つめている。
混乱していると、石原は小声で呟いた。
「ちょっ、お前昨日さ、ラブアートのメンバーと歩いてなかった……?」
「え? ま、まぁ。うん。そう、なのかな」
「そうなのかなって……ヤバすぎだろ。なんでそんな平然としてんだよ!」
「だって昨日まで知らなかったし、グループ名とか」
「マジで!? どうやったら出会えるんだ……っていうか、ちょっとこっち来い」
「えっ、なんで?」
「なんでもなにも、後でからかわれるのが嫌なんだよ! ほら、とりあえずこっち!」
腕を引っ張られ、急ぎ足で彼に着いていく。連れてこられた場所は、校舎裏だった。まだ朝だということもあって誰もいない。
「はぁー。昨日はマジでびっくりした」
「そんな有名なの? あの子たち」
「あぁ〜、実は俺めっちゃ好きなんだけどさ、アイドル。わりとガチなんだけど、たぶんそれくらいの人だったら誰でも知ってるかな」
「マジか、そんなに有名……ていうか、ドルオタなんだ」
「あぁ、まぁな。クラスのみんなには黙ってるっていうか、言ったことないけど。それより、ちょっと出会いについてもうちょい詳しく教えてくれ」
「綾瀬さんはたまたま家が隣で、音海さんはバイト先が一緒だった」
「はぁ!? お前前世でなにしたんだよ! くそっ羨ましい……あっ、ちなみに繋がりたいとかじゃないからな。推しには触れないのがオタクの原則だ。あと俺彼女いるんで」
急に冷水かけられた気分だ。
いや、分かってたけどさ。石原に彼女いるの。どう見てもカースト上位っぽいし。
「そっ、そっか。でも別にただの友達で、恋愛がどうとかいうわけじゃないから」
「えっ、そうか……? まっ、いっか。お前を引き止めた理由なんだけどさ、聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「そう。お前もしかして、あの子たちが解散した理由、知らないか? ……って、昨日までグループ名すら知らなかったんだもんな」
「普通解散の理由って発表するんじゃないの?」
「それが発表されなくてさ、でもおかしいんだよ。だってあのグループ、年齢的にはまだ今ひとつって感じだったけど、もう少し続けてれば絶対大ブレイクしたはずなんだよな。ここで解散するのはもったいないし、事務所だって引き止めるはずなんだよ。それがすごい急に解散したもんだからさ、もうほんとにびっくりして、もしメンバーの体調不良だったりしたらどうしようとかめっちゃ考えて……昨日元気な姿見れてほっとしたけど。てか解散するタイミングほんとありえねぇって。ファンとしては気になるし心配するじゃん……あっ、ごめん語りすぎた」
石原が申し訳なさそうな顔をする。
今の話を聞いて確信した。こいつはガチだ。ガチのオタクだ。まず目がガチだ。瞳孔がかっぴらいている。
あと話の内容。アイドルにしろVTuberにしろ、ある意味"人"を推すとき、推しの健康を心配し始めたらそれは本物のオタクらしい。
ずっとクラスの陽キャで、なにも共通点がないと思ってたけど、急に親近感が湧いてきた。
「いや、俺も分かるから」
「お前はアニメの方か……?」
「そう。アニメとか漫画とかVTuberとか」
「なるほどな。推してるジャンルは違えど、仲間だな。いやぁでも、今日話してみて思ったけど、お前意外と話しやすいな」
「そうか?」
「うん。前は完全に話しかけんなオーラ出してたからさ、何回か話しかけようとしては、あぁちょっと怖いなぁとか思ってたけど、今日で分かったわ。お前普通に全然怖くなかった。やっぱ人を見た目で判断しちゃ駄目だな」
俺、そんな話しかけんなオーラ出してたっけ。
でも高校では失敗しないようにって、今もだけど、ずっと肩に力入れて生活してたから自然に出てたのかもしれない。
「そっか。でも石原も、なんていうか住む世界が違うっていうか、女子とかとも仲良いし彼女もいるわけだし、オタクなんかと程遠い人なのかと思ってた」
「お互い様か。まぁ実は俺も、女子たちけっこう怖いんだけどな。ただなんとなく同じグループになってるけど」
ははっと頭をかいて笑う。
さっきから思ってたけど、石原ってやっぱりコミュ力半端ないな。クラス全員と仲良い陽キャなだけある。
けど急にまた瞳孔が開く。どこをどうしたのかスイッチが入ったらしい。
「あぁ昨日のアイナたん可愛かったなぁ。あの服装。ひたすら可愛くて、さすがアイナたんって感じ。こなっちゃんもスタイルいいからあぁいうシンプルなコーデ映えるし、あぁフーカもみなちゅも元気にしてるかな」
「本当に好きなんだな」
「もうめっちゃ推してたからさ。まだ余韻が抜けきれなくてでも元気ならそれで良かったほんとに」
はぁ、とため息をつく。
「まぁ、これから仲良くやろうぜ……あっ、ラブアートのことはガチで関係ないからな。ほんとそういうの抜きで」
「あぁ、うん。ありがとう」
俺は高校に入学するとき、誰とも関わらないことを心に決めた。そしたら揉め事も起こらないし、中学みたいな悲劇は繰り返されないだろうと踏んだからだ。
けれどどうだ。今、その誓いが崩れようとしている。
まぁ俺には、良い奴そうな石原の申し出を断る度胸もなければ、そうしたいだけの、"気持ち"もなくなっているみたいだけど。
「よろしく」




