第18話 美少女2人とショッピング
ブラブラするだけ、というのは本当だったらしい。さっきから駅前にあるショッピングセンターを、ただぐるぐると回っている。
綾瀬や音海は、適当に目に付いた店でアクセサリーとか服をチラッと見たり。でもだからといって長い時間そこにいるわけでもなく、本当にウィンドウショッピングって感じだ。
あと2人とも、さっきのクラスメイトの雰囲気については、なにも聞いてこない。さすがに俺がクラスでどういうポジションなのかは悟っただろうけど。綾瀬と音海は学校と関係がないから、なにも聞かれないのはある意味気楽に付き合えてるから助かる。
「ねぇ、これとかどう思う?」
「可愛いけど……ほんとにアイナってピンク好きだね」
「だってピンクが1番可愛いじゃん。んー、けど迷う……白も可愛いし」
雑貨屋で綾瀬が手にしているのは、リボンの髪飾りだ。
音海の言う通り、綾瀬はピンクが好きらしい。
今日のコーデは白いブラウスに薄紫のスカート。そして肩から下げているカバンがピンク。そういやこの前部屋に行ったときもピンク系の物多かったな。
ちなみに音海はシンプルなTシャツにショートパンツだ。けどその格好がかえって彼女のスタイルの良さを引き立てている。
そんな美少女2人といるせいか、さっきから人にジロジロ見られるのを感じていた。
……えっ、待って、めっちゃ有名人とかだったらどうしよう。ほとんどの人は可愛いからって理由で見てるはずなんだけど、もし2人がアイドルだったことを知ってる人がいたら……俺、刺され、はしないかさすがに。いやその前に女子2人と行動してることに今更緊張してきた……
「春野くんはどう?」
「え?」
唐突すぎる変化球。
女子の服とかアクセサリーとか普段見ないから分からないんだけどな……
「白とピンク、どっちが好き……?」
「えぇ……白、かな……」
「ふーん、じゃあ……そうしようかな」
綾瀬は白い方の髪飾りを手に取った。そのままレジまで歩いていく。
「いやぁ、アイナは可愛いなぁ……あんな大切そうにして」
「え?」
「なんでもありません! あっ、それよりこれいいんじゃない?」
「これ?」
音海の手にはワックス。でも男性向けのやつだ。
「それ女性ものじゃないですよ」
「知ってるよ?」
「誰かにあげるんですか?」
「うん。そう……はるっちに!」
「……は!? え、なんで俺?」
「だってはるっちの髪いじってみたくて……」
「どういうことですか!?」
「はるっちすごくかっこいいのにもったいない気がするっていうか……」
……もしかして、音海もだいぶ変人なんじゃないか?
もう1人のメンバーのこと変人だって言ってたけど、そしたらその子はどんだけ変わってるんだろう。
そもそも俺はかっこよくない。陰キャすぎて『彼氏にしたくない男子ランキング1位』に認定されたんだ。
「あたしの家、美容室やってたの。だから人のヘアセットには自信あるよ! ……ね、だからさ今度でもあたしの家に来てよ」
「え、家?」
「あっ、女の子の家初めて……って思ったけど、アイナのとこには行ったことあるんだもんね」
「そんなこと言ったことありましたっけ……?」
「想像したら分かるよ。あの子がまともに一人暮らしできるとは思えないから。一応心配してるの。だからはるっちがいてくれてめっちゃ安心」
ふふっと音海は笑った。
あぁ、ほらまた。声色とは裏腹に、娘を見守る母親のような目。
こうやって本気で心配してたり、あとは他のメンバーとも頻繁に連絡を撮ってそうだし……
「そっか……でもなんか、仲良いんだな。解散しても」
「うーん…………」
俺の言葉を聞いた音海の表情が、一瞬で寂しそうなものになる。
「……解散、したからかな」
――どういうことか、とは聞けなかった。
なんとなく沈黙が流れて、ただ2人で綾瀬を待つ。
綾瀬は手に髪飾りを持って、小走りできた。
「ごめんなさい。おまたせ」
「買えた?」
「うん」
「じゃあ次はどこ行こっか。はるっちは行きたいとこないの?」
「行きたいとこ……あっ、今日帰りに本屋で本買おうと思ってたんです」
「私も買えてない雑誌ある」
「じゃ、本屋行こうか」
そう。今日はずっと集めていたラノベの最新刊が出るんだ。作者は香月 湊。
香月の書いた小説は今売れに売れ、アニメ化まで秒読みだと言われている。あるレーベルの大賞を取ってからすぐにヒットし、天才だと名高い。
伏線は至るところに貼られ、回収もスムーズ。読んでいてストレスも全くなく、登場人物への嫌悪感もない。完璧を文字にしたかのような小説だ。
新刊のポップが飾られたところから1冊引き抜き、会計を済ませる。本屋の前に行こうとしたとき、ふと隣のCDショップが目についた。綾瀬も音海もまだ本屋にいるみたいだし、ちょっとくらいなら大丈夫か。
たくさんのCDの中を進み、女性アイドルのコーナーを探す。
たしか所属していたグループはラブアート? みたいなやつだったはず。なにかないかと思ってキョロキョロしていたら、小さい画面が目についた。
4人が、画面の中で踊っている。
センターで踊る綾瀬。泡羽。音海。そして、ショートカットの美少女。
フリフリした可愛い衣装。綾瀬も泡羽も音海も今より少し幼いけど、圧倒的な存在感と歌唱力でキラキラ輝いていた。
添えられた文字は、『伝説のアイドル! CD残り3枚!』
「マジか……」
画面の中の彼女たちは、楽しそうにアイドルをしていた。ドクドクと心臓が鳴る。いくら美少女とは言っても、感覚的には同級生だったり、バイト仲間だったのが、途端に塗り替えられていくようだ。
こんなのを見て、今までと同じ目線で見れる方がおかしい。
「はるっちみーっけ」
「わっ!」
不意に肩にトン、と手を置かれた。音海だ。
「CDショップに入るのが見えたからさ。あっ、あたしたちじゃん。どう? 可愛い?」
「いや、えっと……」
「もー。こういうときは可愛いって言わないとモテないぞ? まぁその方があたしは嬉しいけどね」
「変装しなくていいんですか?」
「そこまで有名じゃないかな〜。これは大袈裟だよ」
「でも伝説って」
「人気がないわけじゃなかったと思うけど、一般人にはそこまで知られてないはずだから大丈夫! それよりアイナが待ってるよ」
「あっ、そっか……」
いつの間にか画面に見とれてしまっていたらしい。音海に手を引かれるまま、綾瀬のところまで行く。
「どこ行ってたの?」
「CDショップ」
「ふーん」
綾瀬はなぜか怪訝そうな顔をしている。
そんな表情をしていても、やっぱり可愛い。さすが元アイドルだ。
……よく考えなくても、さっきみたいにライブ映像に写った人と一緒にいるの、不思議でしょうがないな。
「なんか怪しい」
「怪しくないよ。それよりあれ、はるっちに似合うと思わない?」
「どれ?」
「あのTシャツとズボンの組み合わせだよ! 絶対似合うと思うんだけどな〜」
音海が向かいの店のマネキンを指さす。巧みに誘導し、話題を逸らしたのだ。
俺がラブアートの映像を見てたのが嫌だったのか?
「まぁ、たしかに似合うと思うけど」
「よね! どう? いいと思わない?」
「似合いますかね……」
「似合うよ〜! もっと自信持ちな? かっこいいんだから」
「いや、かっこよくは……」
本当にそんなことないんだけどな。
「まぁ、じゃあ次回でいっか! そろそろ帰る?」
「そうね。もう十分回ったし」
「ですね」
ショッピングセンターももう一周はしただろう。随分長い間歩いていた気がする。
駅まで音海を見送ると、彼女はふと思い出したように立ち止まった。
「あっ、そうだはるっち。これ」
「MINEのQRコード?」
「交換しよ!」
「いいんですか?」
「いいんですかもなにも、これから遊ぶときの連絡に困るでしょ」
「……じゃ、じゃあ私も」
「えっ、綾瀬も?」
「う、うん。私も、困ったときに連絡できないともっと困るじゃない」
「そっ、そか」
高校に入学してからずっと、スマホの中には親の連絡先しか入ったなかった。それが今日で2人も増えた。
「あっ、それとはるっち! 次からほんとに敬語なしね?」
「はっ、はい。いや、うん」
「それでよし! じゃあね〜」
音海は元気に歩き出す。すごいエネルギーだったな。
「じゃ、私たちも帰ろうか」
「そうだな」
綾瀬と顔を見合わせ、歩き出す。
駅から家まではそこまでかからない。
「今日は楽しかったわね」
「そうだな。色々見て回れたし」
「そういえば、小夏ちゃんとCDショップでなにしてたの?」
「なにって……別になにも?」
「ふーん。コラボカフェの中みたいにくっついたりしてない? 手、触ってたけど」
「してないけど……てかあれは音海さんに引っ張られてただけで」
「そっか……それならいいわ」
「う、うん」
綾瀬がスッキリしたような顔をした。
今の質問はなんだったんだ?
疑問に思ったけど、結局家に着くまで綾瀬は普通で、なにも分からなかった。