42 ふたりの逃避行
束の間、風に吹かれるろうそくの火のように頼りない刹那的な感情に支配されていたが、式場のほうから聞こえてくるざわめきで、ザウターはわれにかえる。
ティファナも反射的にちいさく跳ねた。
どうやら、神父の長い口上が終わったらしい。
拍手やら口笛やら笑い声やらがまざりあって聞こえてくる。
暗幕のなかにいても会場の熱気がつたわってきた。
収穫祭の夜というだけですでに多くの村人が興奮しているのに、王都からきた美男美女の挙式という非日常感に会場は異常な熱を帯びている。
「ずいぶん期待されちゃってるね」
ティファナがもじもじする。
「世間がせまいせいで、部外者のことでなら騒ぎやすいってのもあるんだろう」
ザウターが目を細める。
「照れますな」
ティファナが頬を赤らめる。
「期待には応えないといけないな」
ザウターはにやりとする。
すると、合図のベルが鳴る。
二人のために鋳造されたというウェディングベルは思いのほか深遠な音色で、会場が一瞬しずまりかえった。
それでも二度、三度とくりかえされると、それにともなって拍手や感極まった歓声が聞こえる。
「ひびけ、世界の果てまでもー」
ティファナがうれしそうにゆれる。
「よし、行くぞ――」
ザウターは叫びながらティファナの手をとる。
突然、手をとられたティファナの身体は、まるで強風にあおられたやなぎのようにたわむ。
「うわぁ、強引だなぁ――!」
黒と白のかたまりが暗幕の通路を疾走した。
そして、幾重にもかさなったカーテンをくぐりぬけると、外気にふれるやいなや、多くのかがり火がつくりだしたまぶしい光につつまれる。
ザウターの視界は一瞬まっしろになる。
それでも草花でかざられた祭壇に跳びだすと、神父の驚いた顔と、長くて白いひげがのけぞった拍子に鞭のようにしなるさまがみえる。
がくがくと噛みあわされる歯が「おお、神よ」と動いているのがわかった。
ザウターは高揚してきた。
まわりがはっきりみえてくる。
会場全体がザウターとティファナのまるで爆発物のような登場のしかたに仰天し、一様に言葉をうしない、手をふりあげたままかたまっている男性や、反射的に恋人の腕をつかんだ女性や、花かごを落としたおばさんや、入れ歯がとんだ老人がみえた。
離れたやぐらでは、太鼓や笛の音色さえ一瞬やんだような気がした。
一気に祭壇の階段を跳びおり、着地したあともとまることなく、ザウターはティファナの手をひいたまま駆けつづける。
テーブルや席のあいま、人の少ないところを選んで影のようにすりぬけていく。
ごく至近距離でぶつかりそうになった(盛りあげ役だったであろう)道化師の仮装をした男たちは全員横ならびでのけぞって、髪の毛がさかだった。
赤ん坊の泣く声や、老夫婦の「おやまぁ」という感嘆が聞こえたりした。
一般参加者の若い男女たちはこれが演出なのか事故なのかがわからず、ゆびさしたり、悲鳴をあげたり、ささやきあったりして、ただとまどっているふうだったが、それはそれで楽しんでいるようにもみえた。
なによりティファナがへらへら笑っていたせいもある。
「うふふ、こういう強引なのもわるくないねぇ――」
ティファナには事前相談もしていなかった(そもそもできなかった)が、これがザウターの予定行動だった。
村落に入って以来、それとなく様子をうかがってきたが、どうやらザウターとティファナが二人で自由に行動できる機会はまったくなさそうだった。
ずっとつぎの行動を起こしあぐねていたのだが、挙式当日のこの瞬間だけは、だれにも邪魔されずにいられそうな気がしていたのである。
そして、じっさいそのとおりだった。
ティファナは順応してしまったし、どうやら沙漠の国の連中たちも似たようなものらしいが、ザウターはずっと村落の運営について懐疑的だった。
村人たちがどうかはわからないが、村議会や長老も根本的にあやしすぎる。
理由はなんであれ、ザウターたちを長期間拘束しているだけだし、世界樹の根に近づけないようにしているうえ、隙あらば村落に吸収しようとしているようにみえた。
全員善良だというだけで充分うさんくさい。
住居から一歩ふみだせば、だれかしらそばについてくるし、夜間外出禁止というのも納得いかない。
闇の精霊とやらだって、そもそもザウターは信憑性がないと思っている。
仮にいたとしてもティファナとコンビで臨戦すれば対応できるだろう。
〈鹿の角団〉に在籍していた頃にだって、そんな精霊の存在は小耳にすらはさんだことがないのだから、ただ恐怖をもって接触しないことを願うだけの敵などいないはずなのだ。
強行突破しかない――。
ザウターはそういう結論にいたった。
だれかついてこようとしてもふり払っていくまでだ。
交戦したとしても致しかたない。
夜なら、なおのこと都合がいい。
謎があるなら解けばいいのだ。
沙漠の国の連中が出遅れているなら機先を制するチャンスである。
ザウターは凶悪な笑みをうかべながら疾走する。
そのうしろをティファナは歓喜の笑みをたたえながらついていく。
その二人のたたずまいは幻惑的な秋深まる夜霧の広場にあって、まるで春を告げるべく滑空するひばりのように美しいものだった――。




