41 堂々めぐりの答え
無力感のなかで抱きすくめられてしまったので、ウンブラの左腕のなかで、ルイはまるで幼児のかかえたぬいぐるみのように脱力していた。
じっさいには反応がにぶいだけなのだが、まるで拒否をしないかのようにちからをなくすルイを、ウンブラはいともたやすくかかえあげ、とてもやさしく寝台に仰向けに寝かせてきた。
まるで幼児がぬいぐるみを寝かしつけるかのように。
背中に布団の感触がつたわる。ついさっきまでウンブラが横になっていたため人肌の感覚がある。
完全に組み敷かれるかっこうになってしまった。
ウンブラの喉もとがみえる。
ごつごつした肌がちからづよく、とても熱がこもっている。
目線をあげるとそれよりもさらに熱い瞳でルイを見下ろしていた。
ウンブラが興奮しているのが呼吸でわかる。
こうなることは予想できていた――。
これまでの日々や今日起きたことをふりかえると、こうなることしか想像できなかったことはたしかだった。
しかし――それでも、ルイは組み敷かれたことでアルバートを思いだしていた。
それは愛情うんぬんで懐うということではなく、疲弊して目をまわし、よだれをたれ、ただただ情けなく意識をうしなってしまった状態のアルバートをなんとなく回想したのだった。
――王都の記念祝祭の催しで、寸劇を披露したときのことである。
題材は永遠のリベルタンのあざなをもつ麗人ジルジャンの物語にした。
砂漠を旅するジルジャンが夜風の精に魂をうばわれそうになり、夜伽のすきに退治をこころみるシーンの再現だった。
ジルジャンをアルバートが、夜風の精をルイが演じ、すったもんだのすえ、ルイが観客からはわかりづらいよう仕向けたうえで、アルバートがルイを組み伏せる姿勢で終演した。
アルバートは舞踏による酸欠から失神していたのだった。
似ても似つかないのだが、そのとき見上げたアルバートの(へろへろの)顔の像と、ウンブラの浅黒い顔の像がかさなって、結果的に意識がみょうにはっきりしたのである。
「……ごめんなさい」
ルイが低い意思表示のある声をだしたので、ウンブラがぴくっと動いた。
同時にルイの右のわき腹をつかんでいる手のちからが弱まった。
ルイはそのままゆっくりとウンブラの手をとり、押しもどすと、寝台からたちあがって髪と衣服のみだれをなおした。
「私がその気にさせたんだろうし、私もそれを楽しんでいたようなところがあったから、こういうことになっちゃったのね。謝るわ」
ウンブラは寝台で少しだけ身体のむきを変える。
表情は変わらず、動じていないようにみえる。
そうみえるだけかもしれないが、落ちこんでいる様子も荒れている気配もない。
「率直にいえば、あなたのことは好きだわ。誠実だし、なんていうかセクシーだしね。あなたに抱きしめられて、どきどきするのは悪くないし、この村みたいな平和なところで暮らすのは理想的な人生なのかもしれないとも思う。本気でね」
ウンブラは微動だにせず、ルイをみている。
「でも……」
ルイは一度、目を閉じる。
「でも、やっぱり私は根なし草なの。ずっとそうだったし、これからもそうなんだわ」
そして、目を開ける。
「アルバート王子のことも嫌いじゃないの。好きかどうかはわからないけど、でも、私はこの旅を王子の従者としてスタートさせた。だから、アルバート王子がやめないかぎり背中を押そうと思うし、この旅を終わりまでつづけたいと思っているの――」
言葉の余韻のなか、胸のなかのもやもやを吐きだせたような気がして、なんだかすっきりしているところもあった。
ずっと話さないでいるうちに忘れてしまったことを思いだせたような気持ちがしていた。
ストーブのなかで薪が爆ぜる音がする。
しばらくの沈黙があったが、ルイはしっかりウンブラをみていたし、ウンブラもルイをみつめていた。絶望的なまでの孤独感はすがたを消していた。
「……ようやく本音が聞けたような気もするな。でも、ルイらしいっちゃルイらしい」
ウンブラは微笑する。
「本音? わからないわ、そういうの」
ルイもほほえむ。
「脈なしだったのは残念だけど、オレも勝手に期待していたところはある」
「脈なし? わからないわ、それだって……」
ルイがこまった犬のような顔をしたので、ウンブラは笑った。
「堂々めぐりになりそうだな」
「この村ってそんな感じじゃない?」
つられてルイも笑う。
「――この調子だと、レムレスもうまくやれなかっただろうな」
ひとしきり笑ったあと、ウンブラは寝台に寝ころがる。
「うまくやれないって――」
ルイは別れぎわを思いかえす。
「どうだろう。レムレスってああみえて押しが強いし、王子なんかは優柔不断のかたまりだし、わからないわよ」
話しながらおかしくなって笑ってしまった。
ウンブラは樹上で昼寝でもしているかのようなポーズのままため息をつくと、「そうでもないと思うな。二人とも……」とつぶやいた。
ルイは手もちぶさたになったので、割れたカップを片づけようとかがんでみたが、「いいよ、そのままにしといてくれ。ルイがけがをしてもこまるし、明日になったらリハビリも兼ねてオレがやるよ」とウンブラがルイをみた。
「それこそ、けが人がやるようなことじゃないわよ」
ルイは大きな破片だけ集めて、水場のほうにもっていく。
「でもうす暗くてよくみえないし、箒の場所もわからないから、明日になったら診療所の人にやってもらって」
「はいよ、もうやめてくれ、また抱きしめたくなる」
「ふふ、それはこっちのせりふ。また抱きしめられたくなるわ」
ルイが笑うと、ウンブラは目を細めて達観と未練が同時にあらわれたような顔をする。
「――ルイたちは精霊たちがつどう樹をめざすんだろ。そこでなにをするんだい?」
「その近くのみずうみに精霊王がいるって聞いたのよ、王都でね。その風の王って精霊に協力を要請するつもりなの」
「そうか……オレにはあまりよくわからないけど、重要なことなんだろうな」
「ええ、とっても。だから、あなたの誘いも泣く泣く断らなきゃいけないの」
ルイが泣きまねをすると、ウンブラはルイに背中をむけるように寝がえりをうち、追いはらうように左手をふった。
「長老の采配もあるだろうし、オレたちに手助けできることはないかもしれないけど、なんだかルイたちならうまくやれるような気がするよ」
「早くけがを治してね。お邪魔しました――」
ルイは病室のドアからでると、目を閉じ、大きく深呼吸して気持ちを切り替えてから、歩きだす。
さきほど恐怖を感じていたのがうそのように診療所内はあたたかい雰囲気だった。
一足ごとにきしんだ床板も、うっすら薬品の匂いがただよう廊下も、薪ストーブがぶきみに思えたロビーも少しもこわくなかった。
とにかく、大やぐらに向かおう。
ルイは大股で歩いた。
気づけば、広場から笛や太鼓がやかましく聞こえてきていた。




