40 着飾ったふたつの影
収穫祭は最高潮のもりあがりをみせていた。
中央広場の一角には無数の男女が影帽子のように集まってきており、もやもやした霧が周囲を覆い、かがり火がゆらゆらとゆれる森のなかは異様な雰囲気になっていた。
王都の祝祭とはまたべつの顔をした、とくべつな夜である。
祭り囃子や太鼓が身にしみるぐらい強い刺激として聞こえてくる。
そして、大やぐらの一角に設けられた会場が大きめのたいまつの炎で照らされ、真昼のようにあかるくなっていた。
会場周辺の男女はそれぞれ仮装したり、正装しているところに手づくりのロゼットとコサージュを身につけている。それは結婚式の参列者のために用意されたものである。
式場といっても、(これは秘密らしいが)大やぐらに鐘がとりつけられ、それ以外はかたちだけの祭壇と、キャンドルの灯された木製の簡易テーブルがならべられているだけだったが、夜の雰囲気もあいまって、独特の興奮につつまれていた。
控室は大やぐらに併設されており、布テントを改造したものだったが、ザウターとティファナ(とお手伝いの婦人)が間仕切りで別室になるぐらいしっかりした造りだった。
控室から祭壇までの通路は暗幕で目かくしされており、祭壇への出口も幾重もの絹のレースでおおわれていた。
新郎と新婦は本番まで秘匿あつかいらしい。
「主役は最後に登場ってやつだねぇ」
まるでザウターの心を読んだかのように、ティファナがパーティションの向こうからひひひと笑った。
「あら、主役がでてこないとはじまらないのよ」
婦人がほほえんだ。
控室の布テントにはちいさなのぞき穴があいており、そこから会場の様子がみえるようになっていた。
若い女性が多そうだったが、カップルもいるし、老夫婦もちらほらうかがえた。
全員ぼんやりした霧のなかで照らされていて、まるでだれかの夢のなかをのぞいているみたいだった。
祭壇に長く白いひげをたくわえた細身の老人があがってきた。
無駄口を聞いたり、はしゃいだりしている参列者とはちがい、すました顔をしている。
「神父さんがきたねぇ」
ティファナの声がする。ティファナのほうにものぞき穴があるらしい。
「ほら、あんまり動くとお召しものがよごれますよ」と婦人の声がつづく。
具体的にどのような催しがおこなわれるのかはわからないが、ザウターは黙ったまま状況をみつめる。
神父とやらは祭壇の中央にたち、参列者たちに「ご静粛に願います」とよく通る低い声でうながした。
そして、静まりかえった会場をゆっくりと通覧すると、せきばらいをひとつしてから、森の精霊たちやみずうみ、世界樹などをことほぎ、長老や村議会に謝意をあらわし、参列者たちがぽつぽつと私語をはじめる頃、ようやく婚礼について語りはじめた。
ザウターとティファナについては王都(新興国)からきた旅人たちで、たまさか蜜月の時期であったため(ここで歓声やら口笛やらがあがって、ティファナがむにゃむにゃ照れたりした)、収穫祭のタイミングで婚儀と披露宴をすることになったと説明した。
神父の発言のところどころは、会場がもりあがりすぎて聞こえないほどだった。
「――ささ、そろそろ通路のほうに控えてください」
婦人のにこやかな声がする。
「新郎を驚かせてあげて、ふふふ」
「そりゃもう」
ティファナがむふふと笑う。
「びっくりですよ?」
ザウターは耳をすませる。
会場のがやがやした喧騒のなかに、神父が詩を朗読する声や広場の笛や太鼓がまざる。
大勢の村人たちが夜の霧にまぎれてうごめいているところが想像できた。
「よし、行こうか」
ザウターがにやりとすると、「お、ザウターもようやくやる気になったか!」とティファナが間仕切りの向こうではしゃいだ。
「祭壇までちょっと暗いから気をつけてね、鐘が鳴るのが登場の合図だから。私は引出物係をするから広場のほうにいってるよ。がんばって、いってらっしゃい――」
婦人の助言のもと、二人は控室をでて通路に入る。
幕内は暗黒というわけではなく、つないだ幕の合間から入ってくる光によって、そばにいればだれかわかるぐらいの明度はあった。
「――ほう」
ザウターは束の間、今後の見通しを忘れるぐらい、たしかに驚いた。
うすピンクのほそい刺繍がほどこされた白地の衣装も、右肩のアレンジされた黄色い花飾りも、日中みたときより鮮明に美しくみえたが、なにより世界樹の花びらをモチーフにしたというボレロが、半透明の(角度によって赤にも白にも黄色にもみえるような)とても神秘的な色合いで、そのあいまいさゆえにティファナの白い顔と透きとおるようなデコルテをきわだたせている。
そして、まつげの長さや目の大きさ、鼻すじのライン、くちびるのかたちなど、自然な魅力がメイクによって最大限にひきだされていた。
意表をつかれたザウターを子どものようにふざけて茶化してくるかと思いきや、ティファナはなにかをなつかしむような顔でにっこりほほえんだ。
「ほら、びっくりした――」
その瞬間だけ年齢相応にみえて、ザウターはいつものように造作もなくあしらうことができず、ただその瞳をみつめかえした。
成人女性としてのティファナの側面を、交戦時ではなく二人しかいないところでみせられたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
いつものティファナとちがう、どこかはかなげな印象の笑顔に、まるで大きなみずうみのほとりに二人きりでいるような気持ちにさせられ、ザウターは生きることに対するせつなさのようなものを胸のうちに感じた。
暗幕のなかで着飾ったふたつの影が、風に吹かれるやなぎのように頼りなさげにゆれた――。




