39 四大精霊を掌るもの
「客人らは古木に関心があり森に入ったのだと聞いた」
すると、長老が突然本題に入ったので、アルバートは息をのんでしまった。
「あ、えっと……はい――」
足のしびれを感じないぐらいどぎまぎしてしまう。
古木は世界樹の根のことだろう。
村では精霊たちのつどう樹と呼ばれていると、まえにウンブラから聞いた。
とにかくあたまを整理して、言葉を選ぶ。
「私は長老のおっしゃる新興国の属国にあたる沙漠の国の王子です。沙漠の国は季春、元〈鹿の角団〉の要人ハーマンシュタイン率いる軍勢に侵略され、ほぼ壊滅しました。副王である私の父は殺され、私が戦火から遁走できなければ滅亡もやむなしというところでした。お聞き及びでしょうか」
「存ぜぬな。村には新興国からの定期便のようなものはなく、村民で報に接した者はいるかもしれないが私の耳には入っていない。客人の身の上は労しく思うが」
アルバートはのどを鳴らす。
沙漠の国の窮状など、他国の自治村ではその程度のものなのだろう。
少しショックをうけたが、アルバートは血の気がひくのをぐっとこらえて長老をみる。
「現状ハーマンシュタインは容疑者ですが、私はじっさい目撃しているため首魁だと思っています。同氏は魔法使いながら、まじない師という特殊な性質をもった人物であり、大事を起こすまえに〈鹿の角団〉を退団するという周到さも持ちあわせています。そして、そのさいに〈鹿の角団〉が所蔵していた〈支配の冠〉という〈太古の遺産〉を着服しています」
ここまで話して、この村では〈鹿の角団〉も〈太古の遺産〉もまじない師も、ましてや〈伝説の宝石〉などまるで周知されていない可能性があるか、あるいは長老として知識はあっても関心はないかもしれないと思ったが、アルバートは長老が無反応なこともあり、つづけることにした。
「〈支配の冠〉は強いちからを従属させるために世界樹を素材に作製された魔法具で、同様の効能をもつものに、冠のほか剣、法典、楽器といった種類のものがあったそうです。強いちからというのは精霊や幻獣といった本来なら制御できないものを意味します」
これは〈魔導院〉から得た情報でただの受け売りだが、長老はそれを知るよしもなければ揶揄してくるルイもいないので問題ない。
「――剣? 法典? それに楽器? なにそれ、脈絡なさすぎじゃない?」
旅の途中、〈魔導院〉から得た情報の概略を話すとルイが目を大きくした。
「特性からして冠はまァわかりやすいし、剣もなんとなくわかるけどね」
アルバートが冠をかぶる動作と剣をかざすしぐさをすると、ディレンツァが腕組みした。
「どれも人を掌るものといえるな」
「ああ、なるほど……でもそれって対人であって、対精霊やら対幻獣のことじゃないわよね」
「人間が製作したものだからそういう名まえなのかな」
アルバートがうわくちびるをかむ。
「単純に掌握することを意味すると」
「なんだかややこしいわ」
ルイが眉をしかめる。
「うーん。ハーマンシュタインが元サヤから盗んだやつは〈支配の冠〉よね。それで、今回〈魔導院〉から借してもらったやつはなんなの?」
「うん、楽器みたいだね。〈狩り人の弓〉っていうらしい」ルイに気圧されたアルバートがもにょもにょ言う。
「なんで楽器なのに弓なのよ?」
「そんなこわい顔しなくても……」
「竪琴の起源は弓ではないかという説があるんだな」
ディレンツァが解説した。
「へぇ、竪琴なんだ……ぽろろんって弾けるのかしら?」
ルイが奏でるポーズをする。
「もともと見立てだから、それっぽいだけでそのものではない。どちらかといえば地味な色合いの木製の道具だ――」
後日、正式に借用届を提出することで貸与された〈狩り人の弓〉は、たしかに派手さはなく、そこらへんの林道にでも落ちていそうなY字の樹木の枯れ枝に何本かのひもがくくられている質素な代物だった。
弓といえば弓だし、竪琴といえば竪琴だが、その用途で使われるとは夢にも思わない印象である。
ディレンツァによれば、剣や法典も似たようなものらしい。
利用できるのは魔法使いだけということなので、ディレンツァが携行することになった。
「代償もあるかもしれないのでそのほうがいいだろう――」
ディレンツァがそうつぶやいたのが思いだされる――。
「――ハーマンシュタインは〈支配の冠〉に精霊王の土の獣を服属させるかたちで、沙漠の国や王都に攻撃をしかけました。そこにいたるまでの過程は不明ですが、いずれ土の獣の超越的な天変地異を自由自在にしているのです」
アルバートがひと息に説明しても、長老は身じろぎひとつしなかった。
ただし、傾聴していることは目つきでつたわってくる。
「王都には〈魔導院〉という魔法使いの育成機関があり、私はそこから〈支配の冠〉と同様の効果をもつ〈狩り人の弓〉という道具を借り受けました。今般、この森を訪問した理由は古木――世界樹の根そのものに用事があるのではなく、その付近のみずうみに棲まうという四大精霊の風の王に協力を打診するためです」
アルバートは自分の言葉を脳裏で反芻する。
説明しているようで意図がつたわりにくい気もする。
しかし、長老は一瞬目を細め、その動きで主旨を理解したのがわかった。
「復讐が生むものはない。客人が生存したことで国家存亡の危機を脱したのであれば、新興国の王のちからを借りて復興すればよかろう」
想像できる意見だったが、アルバートは満足な返答を用意していなかった。
「復讐というか……」
「土の獣に風の王をもって競り合うのは意趣がえしではないのか。結果、混乱しか生まぬのではないか。破綻しか招かぬのではないか」
淡々とした口調なので、そのぶん重みがある。冷えた室内だが、アルバートの背筋に汗が流れた。
「……なにが起こるかわからないという意味ではそうかもしれません」
「精霊は人知のおよばぬものと私は思っている。客人は精霊をしたがわせるよりも、新興国の王にしたがって、その決裁を待てばよいのではないか。いずれ、その賊徒の罪状がさだまれば趨勢も変わろう。客人は冷静さを欠いているのではないか」
長老が一度まばたきをする。
「切歯扼腕するのは至極当然だが、ここは待つことも肝要ではなかろうか。幸いこの村は外界より閉ざされており、雑音もなく過ごしやすかろう。しばし滞在なされるのもよいと思うが。客人に好意をもつ女人もいるのだと聞いた――」
レムレスの別れぎわの表情と、香水の匂いが思いだされた。
アルバートは半笑いのままかたまってしまう。
「まだ独り身であるし、悪い娘ではなかろう。どうだろう、少し落ち着いてみるのは」
長老は変わらず無感情な目だったが、それゆえ言葉におしつぶされそうな重みがあった。
あらがい難い透明の波に呑みこまれているかのように、アルバートは目をつぶり、うつむいて両手をにぎる。




