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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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37 夢の世界の住人

 ルイが恋慕にも似た感情で硬直していると、「薪ストーブにお湯が沸いているから、飲みものはそこの水場で、自分で淹れてくれるかい?」とウンブラがほほえんだ。


「あ、ええ、もちろんよ」


 ルイはあわてて席をたつ。

 さすがに病人に給仕をさせるわけにはいかない。すでにスイートポテトを用意させている時点で、させているも同然だけれど。


「わ、私は広場で少し飲んできたから、なんでもいいんだけど。ウンブラはどう?」


 べつにうろたえる必要などないのだが、なぜだか落ち着かなかった。

 ルイが焦れば焦るほど、ウンブラはリラックスしているようにみえる。


「じゃあ、お茶を頼むよ。そこの棚になにかしらあるから。ルイが選んでくれ」


 ルイはゆびさされたガラス戸棚をあける。

 薬草や香草の香りが鼻をつく。


 瓶に入れられたハーブがたくさんならんでいた。

 名札がついているのでわからないことはなかったが、少なくとも20種類はありそうなので、どれにするか迷ってしまった。

 ルイもめずらしい薬草をもち歩くぐらいなので、ある程度の知識はあるつもりだったが、いざ目のまえにすると少し混乱する。

 ラベンダー、マジョラム、ベルガモットあたりが安眠効果をもつものだったと記憶の糸をたぐる。


「ラベンダーにするわ」


「ああ、なんでもいいさ。ルイの愛情ブレンドなら」


「ふふ。どうだか」


 ルイは水場でふたつきのティーポットをとり、なかをみると茶こしもついていたので、そのまま茶葉をスプーン二杯分いれる。

 そして、薪ストーブからやかんをとってきてゆっくりそそいだ。

 まるで魔法でもとなえたみたいに湯気がもくもくでてきて天井にひろがっていく――。


 静かになると野外の風の音と、中央広場の喧騒が遠く聞こえてくる。


「入院生活はやっぱり退屈?」


 ほんの2、3分の沈黙が異常に長く感じて、ルイはカップをならべ、ポットをみつめながら訊ねた。


「ああ、そりゃまァ、動けないからね」


 ウンブラはそれほど苦痛ではなさそうに答える。


「まだ痛みがあるんだものね……」


 ルイが湯気に手をあてながらつぶやくと、ウンブラが少し身体を動かしたのか寝台がきしんだ。


「治療の一環でね。麻酔っていうのか、痛みどめっていうのか、退屈しのぎっていうのか、なんでもいいんだけど、この村にはちょっと特殊な治療法があるんだ――」


 ウンブラの視線をうなじに感じる。


「特殊?」


「ああ、この診療所の先生はもともと王都の国手だったそうなんだけど、麻酔の研究者だったらしいんだよ」


「へぇ」


「それで、この森には昔からちょっと変わった胞子をだすきのこが群生している箇所があってね」


「なんかそれ、レムレスが話していたような気もするわね。有毒なんだっけ?」


「聞いてるかい。まァ、有毒っていうか、よくわからないってのがほんとうのところらしいんだが、それで先生が研究対象にしたわけなんだけど、その過程でね、それを麻酔薬に利用できることがわかったんだな」


「へぇ……なんだかすごいわね」


「ああ、地場の薬っていうのかね――オレも今回はじめて使用させてもらって、なんていうか、わりとめずらしい経験でさ。ずっと夢のなかにいる感じなんだ」


「夢のなかにいる?」


 ルイは適温になったカップを手にとり、ウンブラをふりかえる。


「夢をみているってこと?」


 カップを受けとるウンブラの左手はとても大きく、指もふとかった。


 ウンブラはひとくち飲んで、それを手にもったまま考えこむ。


「適当な言葉が浮かばないんだけど、夢をみてるとか、要するに眠っているっていう感覚じゃなくてさ。いや、寝てる感覚なんてわからないよな、すまない、オレの語彙がないんだな。うまくいえないんだが、夢の世界の住人になっているっていうかさ」


「うーん……現実感がすごくあるっていうことかな。生々しいっていうとなんかへんだけど」


 ルイもカップに口をつける。


「ああ、そんな感じなんだよ。まァでも、結局現実じゃないんだから夢は夢なんだけど」


 ウンブラは口をへの字にする。

 屈強な男が繊細な顔をするとなんだかおもしろくて、ルイは噴きだす。

 それをみてウンブラは少し照れた。


「先生はせん妄状態とかなんとか話してたけどな。オレにはよくわからないけど」


「えっと……」


 ルイはカップの半透明の液体をみつめる。


「精神障害のことかな。私もよくわからないから気にしないで。ちょっとまえに王都でそういう事件があったんだけど……詳しい定義は忘れちゃったな。ディレンツァなら、すらすら解説できそう。でも、主観の問題でいうなら夢と大差ないと思うわよ」


 そして、お茶をぐびりと飲んでからウンブラをみる。


「それで、なんだっけ?」


「ああ、要するにその麻酔薬を使っていると、夢の世界の住人になれるわけ。わりと夢って状況とか設定がめちゃくちゃじゃないか」


「そうね、知らない場所にいたり、知らない人がでてきたり、思いもよらないようなことが起こったりするわね」


「それで、オレはよくさ、ルイといっしょになってるんだよ」


 ウンブラはにっこりする。

 しかし、視線はわりとちからづよかった。


 ルイは思わず目をそらしてしまう。

 感情を抑えようとしても顔がかっと熱くなる。


「えっと――」


「あ、いや、いっしょってそういう意味じゃなくてさ」


 ウンブラは笑う。


「何年も添い遂げた夫婦みたいに暮らしてるってことでね」


「あぁ、うん? なんだか急ね――」


 ルイはどぎまぎした。

 カップをもつ手が少しふるえてしまう。


「いっしょに季節の変わり目ののどかな森を散歩したり、夏の夜は音楽にあわせて踊ったり、冬の朝にごはんを向かいあって食べたりっていう平凡な夫婦生活さ――」


 ウンブラはルイのとまどいをみて、にこにこする。


「まァ、そんなだから、入院生活もがまんが必要なんだけど、治療中はしあわせな気分のときもあるってこと」


「ふぅむ……」


 ルイはあまりにも直截的なアプローチに上手に返すことができない。


 いつもおどおどしているアルバートを嘲笑っていられない。

 肉食獣のように求愛してくる男はこれまでも多かったし、王都の100年祭では貴族たちに囲まれたりもしたが、今回は相手がウンブラで、しかも二人きりなのでざっくり拒絶することもできないし、心のどこかではそこまで疎んでいないところもある。


 いますぐ辞去したい焦りと、もう少し駆けひきをしてみたい遊び心が同居していた。


「……あれ、そういえば、その先生はどこなの?」


 ルイは照れかくしで横をむく。


「会合だかなんだかで外出してるな。農政なんとかがどうとか?」


「ああ、そうか――」


 ディレンツァがその用事でつれていかれたのだった。

 村議会の構成員たちで、医師もまざっていた。


 ふいに沈黙につつまれる。

 ストーブのなかで薪が爆ぜる音がした。


「ん、あれ?」


 急にウンブラが頓狂な声をあげたので、ルイはわれにかえる。


「どうしたの?」


「ああ、一瞬カップのなかに虫がいたようにみえてね」


 ウンブラがカップ内をにらむようにみる。


「え、うそ、ごめんなさい――」


 ルイはあわてて近寄ろうとして、椅子の足につまずいて前のめりに転倒しそうになる。


「あ!」


 はずみで落としたカップが床で割れる音がして、それに気をとられた瞬間――「え!」いきなり右手を強くつかまれ、ぐいっとひっぱられる。


 気づけば、ルイはウンブラに抱きすくめられてた。

 左腕しか使えないウンブラに、ルイはたやすくもちあげられてしまったのだ。


「え、あ、あの――」


 ウンブラの体臭と燃えるような肌の熱につつまれ、ルイはひたすら恥ずかしくなってくる。


「ころばなくてよかった」


 ウンブラの声が頭上からする。

 もはやカップの虫とかはどうでもよく、ルイは両手をウンブラの胸にあてて身体を離そうとする。

 しかし、ウンブラの圧倒的な筋力になすすべがない。


「あの、もうだいじょうぶだから……その――」


 胸板におしつけられ、ルイが苦しそうに声をだすと、ウンブラが静かにつぶやいた。


「今夜はここにいてくれないかい」


 ウンブラの腕のちからが少し弱まったが、ルイは抵抗するのをやめてそのまま動かない。

 その言葉の意味を考える。

 暗い診療所で過ごすのが不安だからとか、そういうことではないのは明白だった。

 そして、それを裏づけるようにウンブラがつづける。


「今夜だけではなくて、よかったらオレがみていた夢みたいに、ずっとこの村で暮らしてくれないか――」


 ウンブラの声音の裏には、一抹の淋しさのようなものが感じられた。

 それは若者たちが成長するにあたり、かならず気づくときがくる、むなしいほどの孤独を内包した感情だった。

 だから、ルイはそれに共感することができた。


 ウンブラがさらに抱擁の手をゆるめたので、ルイは自然に少しだけ身体を離す。

 それでも、まわりからは寝台で密着しているようにみえるだろう。


 複雑な気持ちでルイはうつむく――(あ……)そして、気づいた。


 ウンブラの左ふとももの包帯にアップリケがつけられていた。


 しかもそれは、枝にとまったカワセミをモチーフにしたものだった。

 ルイがアルバートのためにつくったアップリケがそこに貼られていたのである。

 当初はとても上手にできたと思い、みずから才能を感じて、レムレスも褒めてくれたけれど、いまみると、どことなくつたなく、いかにも素人の手づくり感がでていた。


「これ……」


 ルイがつぶやいたので、ウンブラが「ん?」と応えて、さらに少し身体を離す。


 そして、アップリケのことだと理解したようで、「ああ、ルイがつくってくれたんだろう? お守りにもってきたんだよ」とにっこりする。


「ふふ……思ったよりへたっぴだわ」


 ルイは微笑する。

 そういえば、レムレスに頼んでウンブラの家に居候しているアルバートたちにとどけてもらったのだった。


「これ一応、カワセミでね。王子に用意したやつだったんだけど、さっき王子はちがうやつをつけていたわ……なんか黄色い鳥。ひよこみたいな」


「そうなのか。アルバート王子はレムレスのやつをつけてたな。あれはノジコだと思うよ。ちょっとめずらしい鳥なんだ」


「そっか……」


 ルイはなんとなく脱力する。

 レムレスがルイをまねて鳥をモチーフにして、しかもアルバートが好みそうな種類を選んでいることと、そこまでアルバートを恋い慕っていることに驚いた。

 アルバートがどこまでそれを理解していて、どういう経緯でレムレスのものをつけたのかはわからないが、ルイにはふしぎと虚無感のようなものが沸いていた。


 そして、茫然としているルイを、ふたたびウンブラが抱きしめてきた――。

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