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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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36 挙式はひみつだらけ

 待たされる時間がとにかく長く、ザウターはずっと椅子に坐ってもの想いにふけったり、たちあがって窓辺にいってみたり、呼ばれてティファナの準備室をのぞいたりと、ひまなヒグマのような半日を過ごした。


 野外からは人々の笑い声や歓声、笛や太鼓が聞こえてきて、祭りの日らしくなってきていた。


 一歩も外出しなかったので、想像では一般的な村祭りのように思えたが、ティファナの手伝いにきていた婦人の談によると、ただの旧弊的なものとはちがうようだ。


「昔はそうでもなかったんですけど、いまの長老さまや村議会が多様化に寛容だったんです。少しずつ若者の意見がとりいれられて、仮装なんかは私には慣れないところもありますけど、最近はうれしそうな子どもたちの顔をみるのが楽しみですよ」


「化けるのは楽しいからねぇ」


 化粧をほどこされながら、ティファナが猫のように目を細める。

 ドレスの肩につけられた黄色い満開の花飾りが、笑っている三毛猫にみえた。


 村の雰囲気からして素朴な化粧を予想したが、婦人はかつて王都で美粧師を務めていたことがあるそうで、施術が進むにつれてもともと色白で目鼻だちがはっきりしているティファナが、みずみずしい筆致の絵画のように印象的になってきた。


 ザウターがそう思っていると、ティファナが「惚れたか」と瞳を大きくする。


「ナチュラルでいいんじゃないか」


 ティファナに対してナチュラルと評するのが実物の特性を知っているとややこしいのだが、ザウターしかわからないことだからかまわない。


 ティファナは満足したのか、両手を口もとにそえて、むふぅと吐息した。

 (ティファナが白百合色と強調していた)白のドレス風衣装はくびれをきわだたせる艶めかしいものだったが、しぐさは幼児のそれである。


「村じゅうの女性たちが気もそぞろだわ」


 お手伝いの婦人が二人をみてほほえむ。


「ほら、王都からきた美男美女の挙式なんて、それこそ初めての経験だから」


 ザウターは内心うんざりしたが、ティファナは目をぎらぎらかがやかせる。


「村議会の鍛冶屋さんなんて、連日徹夜でがんばってウェディングベルをつくったみたいよ。あ、これって話しちゃいけなかったかもしれない!」


 婦人は口を手でかくす。


「だいじょうぶ、聞いてないよ」


 ティファナはにっかりと口角をあげる。

 そして、ザウターをふりかえった。


「ウェディングベルはね、祝福や感謝を遠くにひびかせるために鳴らすんだよ。それはもう遠くへ! 私たちもがんばらないといけないねぇ」


 ザウターはフフと微笑で応える。


 ――がんばらないといけないだろう。


 ザウターは長い余暇のうちに、式以降について熟慮していた。


 当初、収穫祭はおとなしく過ごしたほうがいいのではないかと思っていたが、日没以降も外出できる今夜のほうが行動を起こしやすいにちがいない。

 鋭敏にはたらく第六感も、これ以上の長期滞在は避けたほうがいいと判断していた。


 村議会につられたティファナが結婚式などとさわいだせいで、とんだ災難だと憤慨したし、野次馬たちの衆人環視になってしまうことにわずらわしさをおぼえたが、新郎新婦であることはチャンスであるとひらめいたのである。


「あ、あとほら、ようやく縫製が終わったから、これもね」


 婦人はニコニコしながら包装された衣類をティファナに差しだす。


 ティファナは「わーい!」とはしゃぎながら包みを解いて、両手でかかげるようにしてひろげた。

 女神の誕生をよろこぶ聖母かなにかのようだ。


 ボレロだった。

 そういえば、衣装のうえに世界樹の花だかをモチーフにしたボレロを羽織るつもりだとか話していたような気がする。


「じょーずー!」


 ティファナが奇声をあげると、婦人が「村いちばんの仕立屋さんの仕事だよ」とうなずく。


「これも遅れちゃいけないってんで、だいぶ無理したみたいね。あ、これも話しちゃまずいね」


 ティファナは上機嫌の猫の顔をする。


「ありがたいねぇ。カイコ姫もがんばってくれたのか」


「なんだ、それは?」


 ザウターはボレロを抱きしめたティファナに訊ねる。


「カイコ姫? この村でできたお友だちだよ」


 ティファナは満足げにザウターをみる。


「カイコ姫とましろ隊だよ」


 ザウターがきょとんとしていると、婦人がほほえむ。


「ティファナさんはよく蚕小屋のお手伝いもしてくださったから。なんていうか生きもののあつかいがとってもていねいだし、お蚕さんにも好かれていたような気がするわ」


「それほどでも! にゃん娘にカイコ姫たちを守ってねってお願いしただけだよ」


 ティファナは猫のように目を細める。

 

「にゃん娘」はたしかティファナが〈魔女の角笛〉で召喚できる幻獣猫のことだった。

 ティファナは猫みたいな顔をして、「うちの猫はただものじゃない」とかよく話している。


「猫を自在にあやつって蚕の天敵のねずみを追い払ってくれたんですよ」


 婦人は両手をあわせる。


「なるほど」


 ザウターはうなずいた。


 そういえば、女性陣の居住区の近くにわりと規模の大きな蚕室があった。


「ザウターは無関心だから忘れているんだよ」


 ティファナが目を細める。


「これを機に改心して桑の葉集めを担当したらいいんだ。たいへんらしいから」


 よくわからないが、カイコが友だちというのはティファナの特殊能力でいうところの〈魔女の角笛〉か〈銀の鎖〉をもちいることで、家蚕を従属させたということにちがいない。


 そういえば、ティファナはホタルなどの幻虫もあやつっていた。フナ虫に関心を示していたこともある。

 あれこれ考えたが、じっさいどうでもいいことなのでザウターはこれ以上、話をふくらませることをやめた。


 ティファナと婦人はもうべつの話題に移っていた。

 参列者の男女に着けてもらうというロゼットとコサージュのことやら、引出物として配る予定の(ザウター製作の)どんぐりをかかえたリスの木彫刻のことやら、食堂で準備されているという(秘密の)ウェディングケーキのことやら、尽きることなくぺちゃくちゃ盛りあがっている。


 ザウターはこっそりため息をついてから、うす暗くなった窓のそとをみる。

 そして、こもった音で聞こえてくる笛や太鼓に耳をすませた。

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