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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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35 恋の残り香

 辺境の村祭りといえばそのとおりなのかもしれないが、アルバートはここまで慎ましやかな催しをみたことがなかった。

 沙漠の国で領内を外遊するようになって、多くの個性的な伝統や慣習をもつ村落や集落、自治領に接触したが、自然への尊崇の念や信心といったものが、ここまで親しみ深く昇華されたスタイルはあまりなかったといえる。


 どこにでもいる粗暴な若者や悪質な酔っぱらいもいない。

 風紀をみだす者が一人もいないというのはきわめてめずらしいことだろう。

 一応、警備を担当している係もいるようだが、どちらかといえば大量に焚かれている火の管理を担当しているようだ。


 アルバートはつねにレムレスにリードされるかたちで祭典をのぞいたり、その一環で祭礼や余暇活動に参加したりした。


 教会にて厳粛な沈黙のなか神父によって執りおこなわれる拝礼もあれば、まるた小屋で旧い詩を合唱する子どもたちにたくさんの葉っぱをかけられるといった風変わりな行事があったりした。

 「ことばとこのはをかけているの」とレムレスに説明され、アルバートはよく理解できないままうなずいたが、そのあいだもバサバサかけられる枯葉になんだかおもしろくなって、二人で声をだして笑ってしまった。


 屋内からでると、もう暗くなっていた。

 最後の祭典が長かったため、日暮れをみることなく夜になっていた。


 かがり火や竹ランタンがめだち、少し霧がでているのか、あいまいな視界のなか仮装している人々の影がのび、どこか胡乱な空気がただよっている。


 中央広場にでて、なるべくあかるく照らされている木陰に落ち着くと、影ぼうしがぬっと現れて、驚いたアルバートとレムレスに話しかけてきた。


「なんだい、良い雰囲気じゃないか」


 顔見知りのおばさんだった。

 レムレスは旧知の仲らしく、「びっくりするじゃない、いきなり!」と抗議した。


「あんたもうまくやったもんだね、王子さまを独り占めかい」


 おばさんがヒヒヒと笑う。


 レムレスが真っ赤になる。


「へんなこといわないでよ! 王子だって気をわるくするわ」


 アルバートは「いや、はぁ、へへ」と半笑いでへらへらする。

 これはいつもどおりの反応なのだが、おばさんにもレムレスにも好意的に解釈されたらしく、女性二人は顔を見合わせてウフフと笑いあった。


 おばさんは籐のかごから包装紙をとりだし、「ほら、これでもお食べ」とレムレスに渡した。


「若い人に配ってるのさ、ただのクッキーだけどね」


 アルバートは一枚もらって食べる。


「ソルトクッキーですね。味わい深いです」


「ふふ、あんた良い人だね。私ももう少し若かったらね、ヒヒ」


 おばさんは口もとを手で覆う。


「やだ、やめてよ、そういうの」


 レムレスがあきれて、ちらちらアルバートをみてきた。


「あとほら、それだけじゃ、のどが渇くだろうから、そこの露店で配ってたやつだけど、お茶、ひとつしかないけど」


 おばさんは木製のカップをレムレスに押しつける。


「それじゃ、邪魔者は退散するから、ヒヒ」


 おばさんはほくそ笑む。


 レムレスがこぶしをふりあげるしぐさをすると、「ふふ、がんばりなさいよ」と目くばせをして去っていった。

 アルバートは終始へらへら笑っていた。


 レムレスは「やれやれね」とため息をついてから、アルバートをふりかえった。

 ふしぎと瞳が少しうるんでいる。


 アルバートは対応に窮したので、レムレスのカップから昇る湯気をみつめる。


「あ、これね、マロウブルーだわ」


 レムレスが気まずさを断ち切るように声をあげる。努めて陽気な声音である。


「ハーブですか」


 アルバートも気にせず、努めてにっこりする。


「これ、すごいのよ……あァ、でもグラスじゃないからわかりにくいな」


 レムレスは花がしぼむみたいにがっかりする。


「はは、なんですか?」


 アルバートはその表情に好意をもち、本音から笑う。


「魔法みたいだからみせたかったんだけど……」


 レムレスはアルバートの笑みが伝染したみたいに照れ笑いする。


「マロウブルーのお茶はね、温度によって色が変わるのよ。淹れたては澄んだ水色で、少しすると紫になるの」


 レムレスはそう説明して、木製のカップの口をアルバートのほうにかたむける。


「それでね、そこにレモンを一滴たらすとピンクになるの――あ!」「う!」


 すると、自然とカップのなかをのぞこうとしたアルバートのおでこと、アルバートのほうに上半身をかたむけたレムレスのおでこがぶつかった。


 予想外の衝突にしばらくかたまったものの、二人はこらえきれず噴きだした。


 泣き笑いのような表情で赤面するレムレスをみて、アルバートは身体の芯がじんとした。

 いますぐ逃げだしたいような衝動と、胸をかきみだすような心地よさが共存している。

 あたりにひびく笛や太鼓の音色が遠くなった気がする。


 それでも……。


 アルバートは半笑いのままうつむく。


 二人をとりまくうすい霧が、まるでおだやかな淡い郷愁のようにひきとめようとしたが、アルバートはやがて顔をあげる。


「ああ……そろそろ時間かな」


 そして、迷いを断ち切るようにつぶやいた。

 ただでさえくぐもって聞こえる自分の声が、さらに聞こえづらい気がした。


「そうか、長老と面会だったっけ……うーん」


 レムレスが落胆する。

 奥歯に痛みでも走ったかのような顔である。


「結婚式にもいっしょに参列したかったんだけどなぁ」


 アルバートは目を細める。

 だれかの披露宴をそこまで楽しみにするという感覚が自分にはわからなかったけれど、レムレスがそれを心から望んでいることは充分つたわり、それがなんだかいとおしい感じがした。


「――用事が済んだらもどってきてね」


 アルバートがなにも話さないので、レムレスがしびれをきらした。

 そして、くちびるをぎゅっと閉じる。


「はい、きっと」


 アルバートはうなずいた。


 レムレスは「それじゃ、さきにいくね」とアルバートから視線をそらした。


 アルバートはふたたび首肯したものの、レムレスはみていなかっただろう。

 レムレスは小走りでうすい霧のなかに消えた。

 香水の匂いだけがしばらく残っていた。


 アルバートも名残り惜しさにしばられないよう、深くため息をついたのち、長老宅へ向かった。


 夜ははじまったばかりで、頭上の枝葉のすきまからみえる月はぎらぎらかがやき、村人たちの喧騒や笛や太鼓の囃子はふたたび、火を噴くような音でひびきわたっていた――。

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