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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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34 孤独な箱の中

 つむじ風のような竹笛の音色と、どなり声のような太鼓の音がひびきわたり、にぎやかな広場は住民であふれかえってきた。

 やぐらのまわりには大きなかがり火も焚かれ、収穫祭の夕べは盛りあがりをみせていた。

 多くの住人が動物や昆虫や鳥や架空の生きものの恰好をしているため、まるで幻獣の世界に迷いこんでしまったような気分でルイはみつめていた。


 たとえば、王都の貴族たちが仮装パーティをしたとしても、ここまで独創的で幻想的な雰囲気にはならないだろう。

 キルトや民族衣装もそうだが、なにより森のなかというシチュエーションが重要点にちがいない。


 ディレンツァを見送り、アルバートとレムレスと別れ、当初はなんともいえないもやもやをかかえて散策をはじめたが、見知った顔とすれちがってあいさつを交わしたり、露店で飴細工をもらったり、若者たちによる恋愛劇の舞台や、老人たちの器楽演奏や、子どもたちの体操の余興をみてまわったら、だいぶ気分が晴れた。


 ディレンツァのように村から独自の役割を嘱望されているわけでもなく、アルバートとレムレスのように思春期みたいなのぼせかたをするでもなく、居場所のなさからいくらか委縮しているところがあったが、一人でも充分に満喫することができた。

 未知の文化は純粋に楽しい。


 陽がかたむいてくると、やはり森は真っ暗になってきたが、そのぶんかがり火や竹ランタンがめだつようになってきた。

 うっすらと靄がでてきたのか、幻惑的な空気がただよいはじめる。


 それでも、プラタナスの木陰で知人の陽気なおばさんからもらったソルトクッキーとマロウブルーのお茶を賞味しながらぼんやりしていると、いれかわりたちかわり5人の男性のアプローチをうけた。

 押しのつよい若者には辟易したものの、なかには照れて真っ赤になっているようなうぶな青年もおり、ルイもそれほど悪い気はしなかった。


 しばらくして、大やぐらのほうで踊りがはじまると、人々がそちらにむけて移動し、ルイは束の間一人になった。

 ざわざわと頭上の枝葉がゆれる音がして、広場の人影がぼんやりとした霧のおばけのようだった。


 そのまま、たいまつやかがり火、点々としたランタンのあかりをみつめていると、ルイはふと人恋しくなって、ウンブラのことを思いだした。


 そういえば、レムレスも「ちょっとくらい診療所に顔をだしてあげて」と話していた。

 寝ていたりするかもしれないと少し躊躇したが、どうせすることもないのでルイはたちあがり、診療所に向かった。


 事故のとき少しだけ通院したものの、ふだんあまり歩かない専門的な倉庫、養蚕所などがある区域だったので路に迷ったりしたが、通りすがりの村人に訊いたりして診療所に着いた。


 平屋の建物で入口周辺に竹ランタンがいくつも置かれていた。

 ランタンのあかりでドアがぼんやりとかすんでいて、まるで異空間へみちびかれる穴が開いているみたいだった。


 建物のなかもそとも、人の気配はあまりしない。

 ルイはきょろきょろしたあと、そっとドアに手をかける。鍵はかかっていなかった。

 ドアが鳥類の叫び声のような音をたててきしんだため、思わずノブを離してしまったが、それできしみがおさまるわけではないので、結局あわあわしたルイがそそくさと入るまでドアは奇声をあげつづけた。


 ルイはうしろ手でドアを閉め、ひたいのあせをぬぐう。

 笛や太鼓の音が遠くなった。

 気温が一気にさがった気がする。


 なにかの植物のような、あるいは薬品のようなすっぱい匂いもしてくる。

 薬品棚にはカーテンがしてある。

 壁沿いにいくつも銅鉢や水瓶が置かれているが、なにか入っているかどうかはわからない。


 焦る必要などないのだが、なんだか気持ちが急いていた。

 受付ロビーにはだれもおらず、ランプだけがともっている。

 薪ストーブに火が入っているが、少しも熱を感じなかった。


「失礼しまーす」


 陽気をよそおって歌うように小声であいさつしてみたが、おびえているのがまるわかりのふるえ声になってしまった。

 あまりにも静かで気が滅入る。


 とにかくウンブラが入院しているのはまちがいないのだからさがすことにした。

 ルイはこそこそと足音をたてないように慎重に踏みだしたが、床板は一足ごとにきしんだ。


 ロビーをぬけて廊下に入ると、三部屋の病室があった。

 廊下もうすいランプしかなく、カーテンも閉められているため心細い。

 一人できたことを後悔するぐらいの緊張感に、のどが鳴る。


 やはりさわがしい日中と人けのない日暮れどきでは勝手がちがう。

 想像したくないのに、病室からつぎつぎとミイラ男やよみがえりが出現する映像がうかんでしまう。

 腐臭がただよってくるような気さえして鼻腔が不快になる。


 すると、つぎの瞬間「だれかいるのかい?」と声が聞こえて、ルイは「ひゃ!」と思わず跳びはねてしまった。


 それでも、いちばん近くの病室から聞こえた声はウンブラのそれだったので、ルイは踊りだすような勢いでそのドアを開ける。

 そして、ウンブラのけげんそうな顔をみて、おそろしいほど安堵している自分に驚いた。

 室内がランプで充分あかるかったこともある。


「亡霊でもみたような顔をしてるね」


 ウンブラは寝台に半身を起こして笑う。それでも痛みがあるのか会心の笑みではない。

 ルイはわざわざお見舞いにきて、必要以上に気づかうのは無粋な気がして、症状を訊ねるのはやめた。

 それでも右腕と左脚に包帯が巻いてあるのはわかった。


「ええ、そとは亡霊だの怪物だの悪魔だのの巣窟よ」


「楽しそうだな」


 ウンブラがうながしてきたので、ルイは部屋のすみにあった椅子を寝台のとなりにもってくる。

 せまい部屋ながらも(いまはカーテンが閉められているが)大きめの窓もあれば、水場も薪ストーブもあり、壁沿いに木製の三段式の戸棚、寝台の横に小型のテーブルもあった。


 ルイの動きを目で追いながら、ウンブラは目を細める。


「衣装がよく似合ってる。ルイはすっかり村人だな」


「お褒めにあずかり光栄だわ」


 ルイは椅子をおいたあと、くるりと横回転してみせてから坐る。


「この村の文化はとても洗練されていると思う」


「それはオレにはわからないけど、なんていうかルイの身体のラインはとってもきれいだ」


 坐ったことで目線がほぼおなじ高さになって、ウンブラがとても熱視線をしていることがわかった。

 ルイは思わず背もたれにのけぞるようにして背筋をのばす。

 相手がウンブラであることを思えばそこまで不快ではないが、性的な興奮を感じる目線だった。


 しかし、ルイの苦手意識を察したのか、ウンブラは目をそらして寝台横のテーブルからちいさな厚紙製の箱を手にとって渡してきた。


「ルイがくるかもしれないと思って準備しておいたんだ。よかったらどうぞ」


「あら、むしろ私がなにかもってこなければいけないぐらいなのに……」


 ルイがとまどいながら箱をあけると、スイートポテトが入っていた。


「ルイは甘いものが好きだって聞いたんでね」


 ウンブラは照れてはにかむ。


「今年収穫されたさつまいもでつくられたものだよ。味見はしておいた。悪くないと思う」


 ルイは箱をかかえたまま、無性にもうしわけなさをおぼえる。

 同時に大けがをした状況でここまで屈託なく面映ゆい顔ができることに好意をいだいた。

 この村に対して、そしてウンブラに対して慈しみのようなものさえ感じた。

 奇妙な戒律や閉鎖的な環境によって、大きな誤解をうけているだろう村人たちにエンパシーを禁じえなかった。

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