8 甘くてやさしい罠
正午をまわると午餐会に入った。
諸国ご自慢のシェフがそれぞれの腕をふるった料理が各テーブルにならび、会場全体が貴族たちの社交場となる定番の立食パーティだった。
ここにきてようやく自由な雰囲気になり、実業家や役人たちの会話がいりみだれ、がやがやとしはじめたので、私語であったり式典に関するぼやきなんかがもらしやすくなったのである。
ひとしきり感想を述べあったのち、アルバートとディレンツァは列席者たちにあいさつするべくテーブルまわりをはじめてしまったので、ルイはすることがなくなった。
一人でいるとまずまっさきに、ルイが会場内ではめずらしい若い一般女性であるせいか、単純に小柄でめだつせいか、色欲にみちた男たちにせまられて鼻白んだ。
それらをふりきると、今度は沙漠の国の生き残りであることに興味津々なのか、踊り娘であることに奇異な憶測をいだかれているのか、無礼な女たちにかこまれて苦笑させられたりした。
すると助け舟としてか、ジェラルド王子がフィオナ王女をつれだってたずねてきてくれた。
ルイはとびつくようにして人ごみから逃れる。
「大人気だね」ジェラルドが微笑する。
「助かったわ、ありがとう。きれいでも汚くても、知らない人のキスとかうれしくないから」ルイは男たちにくちづけをされつづけた右手の甲をいやそうにみたあと、左腕の二の腕をさする。「ものめずらしいんだとしても、知らない女の人に肌をさわられたりするのも好きじゃないわ」
「しなやかな肉体がうらやましいのさ」ジェラルドがうなずく。「贅を尽くして暮らしていると、ルイのようにはなれないからね」
「めずらしい動物あつかいはいやね。いやなものはいや」ルイは口をとがらせる。
「とても素直なのね、あなた。でも私は、そういう人のほうが好き。内奥をみせる人が好き」フィオナが大きな瞳をめいっぱい見開いてルイをみる。「しかも、かわいい」
青みがかった瞳がきらきらしていてまぶしく、ルイは誉められたこともあり、同姓なのに気恥ずかしくなってしまった。
フィオナは色白だが背も高く、脚も長く、背筋ものびていて、どことなく超然としている。
栗色の髪も長く美しい。森のみずうみで沐浴している女神とか、世界樹のもとで無限の命をもつ妖精人といった感じである。
「ありがとう」ルイはほほえみかえすだけで精一杯だった。
「あまい言葉は、やすい罠」
フィオナは突然ルイのあたまを抱きしめて、ひきよせ、おでこにキスをしてきた。
ルイは真っ赤になる。背筋がばねになって、ビヨーンと伸びたような気がしてしまう。
ジェラルドがほほえむ。
ルイを放すと、フィオナは給仕からグラスをうけとり、可憐なしぐさでのどを潤した。
そしてテーブルのフルーツ盛り合わせの皿のぶどうに手をのばし、ひと粒つまんで口にふくみ目を細める。
長いストレートの髪はつややかに波うっており、花の香りがした。「ぶどうは美味しいけど私もここはきらい。ここにいる人たちに比べたら、ニンフやあひるのほうが好き」
「フィオナ姫もキツネやたぬきはお気に召さないらしい」ジェラルドが笑った。
すると、給仕係が皿にとりわけた料理をもってきて、「いかがですか?」とすすめてきたのでルイは受けとった。
黄色いソースがかかったラムチョップだった。
「――私はなんだか落ち着かないわ。みんな育ちがちがうんだろうし、豪華な料理とかめったに食べないから舌がびっくりしちゃう」ルイはべろをだす。「マナーもわからないし、大衆食堂や干し肉の味のほうが慣れてるから安心するのよね」
すると、フィオナはラム肉をひょいとつまみあげ、かぶりついた。
ソースが口のまわりにつくのもまったく意に介さず、グラスのワインでそれを流しこむ。
唖然としているルイにジェラルドが説明する。
「王女はニンフより自由なのさ。もっとも、神経質になりすぎないことだよ、ただのパーティなんだからね。満点をとることに意味なんかさほどない。そもそもだれかに減点されたってかまわないだろう?」
それはそうかもしれないが、ルイの不始末はアルバートの評価につながるのではないか。
そんなことを思慮してしまう時点で小者なのかもしれないが――。
しかしそう思って見やると、アルバートは遠くのテーブルでサラダボウルをひっくりかえしている。みなければよかった。
それでもアルバートの粗相はまったく話題にならなかった。
お世辞をいわれてウシガエルのように哄笑している官吏らしき男もいれば、雄牛のように口げんかしている若い軍人もいて、ヒバリのようにかん高い声で自慢しあっている貴婦人たちもいる。
こういった大きな社交場では、みんな自己の利得に熱心で、自分にさして影響のないふがいない王子のことには、さほど頓着していないようにみえた。




