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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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33 古い森の入口

 王都出発から一週間――国境等における所定の手続きで足どめを喰ったりしたものの、パティたちは〈まぼろしの森〉に到着した。

 すすきの野原に面した森だった。


 やはり王族たるフィオナ王女に同行していても、あるいは同行しているがゆえに所定の手つづきは外せないところもあり、物理的な危険の少ない旅程だったものの、とどこおりなく現場に直行することはできなかった。

 それでもフィオナのおっとりしていつつも切れのある判断と、有能な侍女たちの根まわしもあって、想定よりはずっと早くたどり着くことができた。


 パティは終始うっすらほほえんでいるか、あたふたまごついているかどちらかでしかなかったが、そもそも国境警備隊の担当者にも管轄町の代表にも、そのほか多くの大人たちにもあまり相手にされてなかったのでおなじだった。

 だれもが緊張している小柄の少女をちらりとみて、その肩にいるふしぎな小ザルにやや眉を動かすぐらいだった。

 フィオナの圧倒的な存在感をまえにすると、不可解な小ザルつき少女もあまり気にならなくなるものらしい。


 ダグラスとステファンは、それぞれの任務のために別行動になってしまった。


 ダグラスは男性騎士二人をともなってはなれ島の素封家と呼ばれるアルス卿に面会するために、そしてステファンはフィオナの侍女でもある花冠騎士団の女性二人とともに、水の国の女王宮にてヘレン女王に謁見するために別路をとった。

 ともに〈伝説の宝石〉の一片〈湖面の蝶〉についての聴取を目的としており、それがハーマンシュタインに関係していることを確認するための訪問だそうだ。


 ダグラスは終始「なんでオレがおっさん担当なんだよ。それも風変わりなおっさんなんだろ――登場人物が野郎ばかりで、拷問だぜ。どうせなら女王宮でバカンスを過ごさせてほしい。そこらじゅうにフィオナ王女の侍女みたいな美女が盛りだくさんなんだろ……」とぼやき、ステファンは「あなただって傍からみれば風変わりなおじさんだから心配しないで。女王宮にはあなたみたいのは、仮に国王陛下の親書があったって、つまさきすら入れてもらえないわ。欲望まるだしのけだものは殺処分が関の山ね」と失笑していた。


 なんだかんだ二人は平常どおりで、任務に対するおそれはあまりないらしく、パティにとってはうらやましいかぎりだった。

 そして、二人が近くにいることでやはり安堵しているところがあったのか、ダグラスが「ほいじゃ、またな。つぎ逢うときはデートしようぜ!」と騎乗して走り去り、「元気で帰るのよ。またあとでね!」と幌馬車からステファンがウインクしてよこしたとき、パティは手をふりかえしながら一気に不安になってしまった。


 最後に少しだけ祝祭で大けがをしたバレンツエラ(元隊長で現白盾騎士団副団長)のことも話題になったが、ダグラスもステファンも「だいじょうぶさ」、「気にすることないわ」とにっこりするだけだったので、パティも「そうですね」とうなずいて終わった。


 パティ(とモカ)、フィオナ、侍女二人という組み合わせになり、心細さで青ざめたパティをみて、フィオナは吐息したのち「さて、私もがんばらないといけないわね」とつぶやき、それに呼応して侍女二人が目をふせる。


 すると、モカがパティの瞳をのぞきこみ、注意をひいてから地面におりると、ゆっくり息を吐きながら前傾してかがんだのち、大きく吸いこみながら身体を起こし、両手をひろげた。

 テナガザルだけあって、手をひろげていると小ザルでも見栄えがした。

 おなじことをしろとうながされていることはわかったので、パティはまねして深呼吸する。

 そんな一人と一匹をみて、フィオナたちはにっこりした。


 胸の息を吐き終わると、パティは森に向きなおる。

 時刻は昼をすぎたばかりで、天気もよく、まだ陽のかげりはないが、背の高い樹木も多いせいか、平地よりは暗めにみえる。

 葉が落ちている樹もあるが、色づき途中の落葉樹が多い。

 なんとなく耳をすませてみたが、動物の鳴き声や虫の音はおろか、鳥の声ひとつ聞こえなかった。


 パティにはどこからが〈まぼろしの森〉なのかよくわからなかったが、ふとみると、かたわらにちいさな石板のようなものがあり、そこに文字が銘されている。

 しかし、かろうじて文字だとわかるレベルで、よく読みとれない。


 パティが小首をかしげていると、侍女の一人が耳もとで「古代語で森の名まえが書いてある石碑だそうです」とささやいてくれた。

 聞いてもまったく読めなかった。

 〈魔導院〉の語学の授業でも、まだ未修の言語なのではないか。


「すみません浅学で……」


 パティがもじもじすると、フィオナが聞きつけ、「だいじょうぶよ、だれも読めないから。私にもわからないしね。発見されたときにはもう古かったらしいわ」と目を大きくした。


 モカがするする近寄って石碑をなでているさまをみながら、パティは「はぁ」とあいまいにうなずく。


 しかし、フィオナたちの先導がなければ、この入り口にさえたどり着けなかっただろう。

 単純に迷子になってしまったにちがいない。

 もともとパティは補佐だからそれでいいのだが、なんだかお荷物のようで気おくれしてしまう。

 任務のたびにそう感じてしまうからこまりものだ。


「そんなに心配しないでいいわ。きっとあなたが役立つタイミングがあるから」


 すると、フィオナがわりと真剣な目つきでパティをみた。

 どきっとしたが、ふしぎとリラックスし、冷静にものを思考できそうな気もしてきて、パティは「はい」とうなずく。


 瞬間――まるで白昼夢のように、パティの視界に、森のなかでにぎやかに歌いおどる人々が映った気がした。

 凝視しようと意識したとたん、それはとだえてしまう。


(あれれ?)と思っていると、モカが石碑に手をおいたままパティをふりかえり、キッキーと鳴いた。


「さて、支度をしましょう」


 フィオナが森の奥を見据えたままつぶやくと、侍女二人が「かしこまりました」と目をふせてから荷物をごそごそする。なにやら準備が必要らしい。


 会話がやむと、森が静かになった。

 モカも石碑にこしかけて足をぷらぷらさせているだけで、鳴き声ひとつあげない。

 パティはその空白感がいやで、おそるおそる訊ねる。


「あの、私たちはアルバート王子一行の安否を確認するんですよね? その、遭難してるかもしれないから……」


「ん? そうね、きっとそうだと思う――」


 フィオナはちらりとパティをみて、少し考えこむ。


 パティはあまり詳しくは知らないが、アルバートたちは四大精霊の風の王と交渉をもつために〈まぼろしの森〉をおとずれたのだという。

 〈魔導院〉や枢機院の助言にもとづいた行動だと聞いている。

 しかし、訪問に際して水の国(要するにフィオナたち)の助力を得るべきだったとマイニエリ師は考えているようだ。


「安否っていうか、世界樹の根以前に、この森は迷いやすいからね……」


 フィオナがつぶやいたが、その声はふいに吹いた強めの風がもたらした葉ずれにかきけされ、それを見あげたパティの、みみずくの耳状に結われた髪がふわふわゆれた。


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