29 変身して変転
「え? そうですか――」
アルバートは突然のことに二の句が告げなかった。
それは朝食を終え、収穫祭参加のための準備として民族衣装に袖を通しているときのことである。
民族衣装は長衣も下衣もゆったりしたデザインで、着心地もよく優雅な印象だった。
色も単色でアルバートには青磁色、ディレンツァには緑青色が用意された。
本来はウンブラが手配してくれるはずだったが、先日大けがをしたため、ウンブラが入院して以降、アルバートたちの世話役は(村議会の構成員の一人である)神父のところに身をおいている修道女に代わった。
アルバートやルイと同世代と思われる20代前半と思われる女性だった。
修道女は「女性たちの衣装はとてもぴったりしているからたいへんなんですよ。それにくらべれば男性は過ごしやすいと思います。凝ってないだけだっていう人もいますが、やっぱり楽なほうがいいし、ふふ、男性たちは目でも楽しめると思いますよ」と手を口もとにおいてほほえんだ。
破戒的なせりふだと思ったが、野外にでて女性たちをみたとき、アルバートはその意見に大きくうなずかざるをえなかった。
民族衣装のみで歩いているのは比較的年嵩の女性が多かったが、それでも体型に合わせてあつらえられているため魅力的というほかない。
ジェラルド王子親衛隊のレナードやモレロなら歓喜の雄たけびをあげそうな光景である。
ベリシアやウェルニックが二人に軽蔑の視線を送るところさえ想像できてしまう。
「――私も同行できるのだろうか?」
言葉がつづかないアルバートをよそに、すでに抜群の着こなしで民族衣装に身をつつんでいるディレンツァが訊ねた。
ディレンツァは姿勢がいいので、ゆるめの衣装でもなぜかすっきりとした印象だ。
「すみません。面会の対象はアルバート王子さまだけのようです」
修道女はもうしわけなさそうにほほえむ。
修道女は村議会の決定に関与していないのだから詫びる必要はないのだが、つまるところディレンツァがたとえ無表情であっても、じつは歯がゆく思っていることは察しているのだろう。
アルバートはそれでも、どう受け答えしていいかわからず半笑いになった。
修道女はそれをみて目をふせる。
しかし、アルバートが驚くのも無理はなかった。
収穫祭も当日になって突然、長老への面会許可がおりたのである。
数週間にわたって村民として暮らしてきたアルバートには一瞬、なんのことかわからないぐらい唐突のことだった。
村落に慣れてきた頃、組会議を通したからあとは村議会の決議をもってすれば長老への面会が可能になるとウンブラに説明されたことすら、アルバートは忘れかけていた。
瞬時に反応したあたり、ディレンツァは念頭において活動していたらしい。
目的を忘れたわけではなかったが、自分はどうやら自然に流されるように生活してしまっていたようだ。
気づくと、修道女とディレンツァがアルバートをみていた。
アルバートはわれにかえり、こめかみをかく。
「えっと……面会時間の指定はありますか?」
そして、なんとか言葉をしぼりだす。
威厳はもともとないし、ルイもそばにいないわけだから深く気にすることはないのだ。
「夕刻以降にお越しください――とのことでした」
「……日が暮れてからということかな?」
アルバートが頚をかしげると、ディレンツァがうなずいた。
「一連の祭祀が終わってから、ということなのだろう」
「ええ、長老はすでに早朝から五つほど祭礼を執りおこなっています」
修道女もうなずく。
「五つ? 過密スケジュールですね」
アルバートは目を大きくする。
「肩がこりそう」
「かがり火に点火する儀式とか太陽を迎える儀式とか森の精霊に収穫を報告する儀式とか、日の出からおこなわれている重要なものは村議会だけでこなすことになりますが、みんなで踊るとか乾杯するだけみたいな一般参加できるものもありまして、それらは肩ひじはらないものですので王子さまたちも楽しめると思います」
修道女はゆび折り数えて説明し、そのまま手を開く。
「あ、でも、王子さまは長老との面会になりますね……」
「ふぅむ」
アルバートは半笑いになる。
なんだか緊張してきた。
国王陛下に謁見したときほどではないにせよ、少しちがう種類の不安がある。
どうちがうのかはっきりわからないのだが、落ち着かないという意味ではおなじだ。
「要するに、いちばん時間を割きやすいのが収穫祭本番だったということかな」
ディレンツァがつぶやくと、修道女はにっこりした。
着替えを終えて、とりあえずルイからもらったキルトのアップリケを、少し気恥ずかしさもあり、あまりめだたないよう腕章を意識して右腕の裏につけると、アルバートとディレンツァは修道女に見送られて外出した。
アルバートはしばらく気もそぞろで、脚の長い小鳥のようなカクカクした動きで歩いていたが、小路沿いの住居の屋外彫刻――最初は大型動物に感心したが、そのあと樹上や家屋の雨樋にさりげなく配置された鳥たちに目をうばわれ、気が晴れてきた。
広場のほうからは独特の太鼓や笛の音色が聞こえてくる。
ふと目をむけると、広場に向かうまでの小路沿いには一定の間隔で高さ30センチほどの竹ランタンが置かれていた。
「暗くなったときに、ころばないようにかな?」
アルバートが訊ねると、ディレンツァが無表情で答える。
「それもあるだろうが、いちばんは闇の精霊が寄ってこないように路を照らすためだろうな」
「ああ、なるほど――なんていうか、ぬかりないね」
「竹を三節ぶん伐ったものに、世界樹の樹液の蜜蝋ろうそくが入れられているそうだ。村の子どもたちが三ヶ月かけて1000個も製作するらしい」
「へぇ――」
アルバートは感嘆する。
こまかい部分も考えられているし、子どもたちの意欲の高さも驚きである。
アルバートは接触する機会をもたないが、広場でみかける子どもたちは児童から青少年まで基本的に荒れている様子もなく、そのうえ責務に抵抗がないのだとしたら生活共同体としてかなりすぐれているといえるだろう。
思春期に反抗心がないのは異常だという見方もあるだろうし、ルイなんかは「従順すぎるのも問題だわ」と吐き捨てそうだが、少なくとも〈樹海の村〉ほどの規模の村落で、そこまで健全なところをアルバートは聞いたことがない。
強要、強制すると引いてしまうのが若者のつねだからだ。
広場に入ると、すでにあちこちがにぎわっていた。見慣れた広場だったが、建物や舞台が装飾され、人々も衣装に身をつつみ、声高に話し合ったり、すでに飲酒している大人たちも見受けられる。
遠くのやぐらでは大太鼓をたたいている筋骨たくましい男たちがみえる。
露店の周辺には子どもたちがたむろしていた。
「お祭りの雰囲気はどこも似ているもんだね」
アルバートはつぶやいてみたが、ディレンツァは広場全域を観察しているようで反応がなかった。
すると、アルバートのまえを親子連れが通過する。
かぼちゃの帽子の父親に、キャベツの帽子の母親、そしていちごの帽子の女の子だった。
かぼちゃのお父さんはひげを生やしており真顔で、キャベツのお母さんも外出まえにひと悶着あったのかふきげんそうにみえたが、三歳くらいのいちごの少女はごきげんだった。
少し離れたミズナラのもとには、上衣に雨粒模様をあしらい、胸のところに葉っぱの傘をさしたカエルのアップリケをつけた女性がおり、そのとなりにはススキ原模様に赤とんぼが三匹ついている男性が立っていた。
二人ともおたがいの恰好に頓着しないぐらい好意をよせ合っていそうな雰囲気である。
そして、やぐらのまえにはツキノワグマに扮した親子がいたり、たけのこの群れがいたり、露店のまわりに悪魔(男の子)の集団が集まっていたり、たんぽぽの綿毛(女の子)たちが太鼓のリズムや笛の旋律にあわせて歌いおどったりしていた――。
視界がひろがるにつれて、思ったよりもカラフルな光景がみえてきて、アルバートもなんだか楽しくなってきた。
とりあえず、収穫祭にどっぷり浸ってみるのもわるくないかもしれない。
そういえば、結婚式なんかも予定されていると聞いたし、そもそもがお祝いなのだから、楽しむべきにちがいない。
思い悩んでばかりいてはいけないだろう。




