28 興奮するうしろめたさ
そして、収穫祭当日――。
ルイは早朝からレムレスとともに準備をすることになった。
早起きは苦手だったし、建国記念祝祭のときは慣れないパーティ・メイクアップに辟易してストレスがたまったりもしたが、〈樹海の村〉に入って落ち着いて以降、ずっと起伏もみだれもない健全な生活を送ってきたため、朝陽が射しはじめた頃に自然と目が開いたし、衣装を指定されたり段どりの説明をされたりしても不快感はいだかず、むしろ高揚感があった。
それはやはり見知らぬ有象無象だらけの王都よりも、温厚でとげのない人々で構成された村落のほうが信頼できるということだろう。
信頼は安心につながる。
ルイは少なくとも自分のまわりについては心をゆるしつつあった。
旧弊的な要素があるし、おかしな規則にしばられているともいえるが、おおむねルイはこの村を気に入っていた。
牧歌的で派手なところは少しもなかったが、それはそれで平穏だった。
衣装が無駄に露出のあるドレスではないところも好感がもてた。
前あわせで縦襟の上衣はうすい絹で全身ぴったりにあつらえられており、丈は長いが深いスリットがあるため動きやすい。
下布のストレートパンツも縫製に余分がないため、立ち姿が美しかった。
「こういうのをおしゃれっていうんだわ」
ルイが感心する。
「民族衣装っていうの? 伝統が感じられるし、なんていうか洗練されている」
ルイの衣装は露草色の生地に瑠璃色のラインが入って、うすい牡丹色の模様が描かれていた。パンツもおなじ生地である。
レムレスは栗色の生地に鳶色のライン、模様は杏色だった。
独特の色彩感覚もまた独立集落っぽいとルイは感心した。
「それに露出があんまりないのに、ちょっとセクシーだわ」
すがた見のまえで左右に身をよじっているルイをみて、レムレスはほほえむ。
「ボディラインが露骨にでるから、ルイみたいにひきしまった身体つきをしていると大勝利ね。私はちょっとほら、下っ腹がさ……」
「それはそれでなまめかしいわ」
ルイは舌なめずりして、襲いかかるジェスチャーをする。
「やめてよそういうの」
レムレスは目を細めて身をひく。
「ルイのほうが苦手じゃない、そういうの――」
ルイがオオカミのふりをしてレムレスに跳びかかりわき腹をくすぐると、レムレスがシャム猫のひげがゆれるように自然にルイのおしりをなでかえしてきたりした。
「それでキルトはどこに使うの?」
ひとしきりじゃれあったのち、息を落ち着かせながらルイはふと疑問に思って訊ねた。
もうひと月近く下準備としてキルト製作をしてきた。
アップリケもあるが、どこに使うのかいまいちわからない。
「ん、どう使ってもいいのよ」
レムレスは目をふせて両手をひろげる。
「昔はキルトを全面に押しだした衣装だったけれど、いまは個性を表現するアイテムみたいな感じね」
「ふぅん、伝統も変化するわけ」
それを伝統というのかよくわからないけれど。
「そういうこと。身体のどこかにワンポイントでつけてもいいし、うまくつなぎあわせて上衣を飾るもよし。下衣にこっそり縫いつけて恋人を驚かせるもよし」
レムレスはにやにやしながら上衣のスリットをひらく。
「うわァ、大胆っていうか、ちょっと卑猥」
ルイは口をすぼめる。
「頑固なお年寄りが聞いたら卒倒しそう」
「まァ、若者はつねに堕落してみえるものなのよ」
レムレスはにんまりする。ずいぶん老成した意見だが。
「あとまァ、みんな着飾ってるし、村じゅうあちこち装飾してもあるから、ひまがあったら観てみて。おもしろい恰好してる人もいるし、花壇とか玄関さきだけじゃなくて、大きいタペストリーを外壁全体にかけている家なんかもあるし、荷車や農機具や家畜なんかを装飾している人もいるし、小路沿いにオブジェを配置してあるようなところもあるわ」
「へぇ、もりあがってるじゃない――あ、でも……」
ルイはうれしくなったが、その一方で胸が苦しくなって口をつむぐ。
「ウンブラのことなら気にしないでいいのよ」
レムレスが目を細める。
ウンブラは先日、やぐらの部分崩落事故で大けがを負った。複数の作業員が巻きこまれた不運な事故だったが、ルイが沈痛をおぼえる理由は、ウンブラがルイをかばって負傷したことだった。
ルイはそのときおだてられてあきらかに調子にのっていたので、なおさらやるせないのである。
ウンブラは右腕と左ふとももを骨折した。事故直後は脳しんとうも起こしていた。
ルイも骨盤に痛みを感じて、ともに診療所にかつぎこまれたが、腰をひねった程度の軽症だった。
医師の診断でハッカ油の湿布を処方されて二、三日でよくなった。
しかし、ウンブラは重傷だった。
医師の診察によると、上腕骨近位端骨折および大腿骨頚部骨折とのことで、ルイは説明されたところでちんぷんかんぷんだったが、ディレンツァがいうには「思ったよりもひどく、しばらく歩けないだろう」とのことだった。
無理に動かすと神経損傷の合併症を起こしかねないし、血流のとぼしい箇所なので治癒も遅いのだという。
それはすなわち、ウンブラが長期入院をせねばならず、収穫祭には参加できないことを意味している。
ウンブラもまたルイをみて、冷や汗をかきながら「気にしないでくれよ、ゆっくり休めてありがたいよ」と笑みをうかべたが、そのやさしさゆえにルイは余計に臆してしまうところがあった。
建国記念祝祭のときも〈魔導院〉の少女フリーダに、似たような流れでけがを負わせてしまった。
全面的にルイの責任とはいえないが、発端になったことはたしかだろう。
舞いあがってしまうと自制がきかないのだが、それで迷惑をかけてしまうことが多くて心苦しい。相手がアルバート王子くらいなら気にしないですむのだが……。
「ねぇ、むずかしい顔しないでよ。だいじょうぶだから」
レムレスが片目を大きくする。
「でもさすがに長々準備してきたのにお祭りにでられないっていうのは残念でしょう……」
ルイは肩を落とす。
「それにウンブラは裏方としても必要な人よね」
おそらくみんなが言説する以上に、この村における収穫祭の歴史的価値は高い。
レムレスも杓子定規なイベントで飽きていると評していたわりには楽しんでいる。
みんなやさしいので問題ないというが、収穫祭にむけて村の雰囲気はだいぶ趣き深く変わってきている。
幼少期からたずさわってきているなら、ウンブラも参加できないことで内心ばつが悪くなっていたりするのではないだろうか。
「雑用やたいまつ運びや太鼓叩きとして便利なのはそうでしょうけど、そんな無骨な男たちはこの村にはわんさかいるから問題ないわ。腕っぷしが売りといいつつ、腕っぷしだけが売りなのよ」
レムレスが辛らつなので、ルイは思わず「それは言いすぎよぉ」とのけぞる。
「ルイも気にしすぎなの。これでおあいこだわ」
レムレスがおどけたので、ルイは思わず笑ってしまった。
「なんだかなぁ」
レムレスは窓のそとをみる。
「ま――それでも罪悪感がなくならないなら、ちょっとくらい診療所に顔をだしてあげて。ルイがくれば舞いあがって骨のひとつもつながるかもしれないわ」




