27 怪盗の血筋
「私のお母さまは昔、なかなか活発な人だったらしくてね」
「……は、はい」
パティは急に話しかけられ緊張する。
「お婆さまが退位するまでのあいだは、しょっちゅう女王宮をぬけだして冒険していたそうなの」
「はぁ……冒険?」
「そう、冒険。リリっていう匿名で盗賊団連合に登録して、気の合う仲間をみつけて宝さがしなんかをしていたとか」
「ええ、そうなんですか――って、リリ? リリってあの怪盗リリですか?」
パティは思わず高い声をだす。
右肩のモカがもぞもぞして、ステファンとダグラスのじゃれあいが終わった。
「あ、国家機密だったかしら。まァ、いいわ。巷間ではよくうわさされてることだし」フィオナは右手を口にそえる。
「――どうしたの?」
ステファンが訊ねてくる。
怪盗リリは、永遠のリベルタンこと麗人ジルジャンなどと同様に英雄譚や詩作で多く語られる伝説の盗賊であり、パティは幼少期に絵本でその存在を知った。
たぐいまれな美貌をもつけれど、人まえにでるときは仮面をし、弱者や子どもたちにやさしく、望んだ宝物を手に入れたあと、そこに一本のアマリリスをトレードマークとして残していく行為が有名だった。
一匹狼で権力に屈さず、男たちを翻弄して名を馳せたところから、女権拡大の観点からも注目されていたという。
それでもある日突然、そのすがたを消したことから、当時は多くの憶測や論争を生んだそうだ。
それがフィオナの母親――水の国の女王ヘレンだとはパティは夢にも思わない。
女王ヘレンについてのパティの知識は少ない。
もともと水の国出身でも、山間部生まれのパティは首都である女王都に赴いたことはなかったし、政治や社会について関心をもつまえに〈魔導院〉に入門してしまったからだ。
それでも院に入るさいに持参した身分証明書にはヘレン女王の押印があったし、従属国のなかでも唯一の女王なので存在感はある。
フィオナをみるかぎり、かなり破天荒な一族ではありそうだし、先代女王アストルについては国花をアマリリスに指定した当人であり、さらに逸話も多い。
「怪盗リリのトレードマークがアマリリスなのって、それが理由なんですか……」
パティが目を大きくすると、フィオナは鼻のあたまにしわをよせる。
なんだか迷惑そうだ。
「なになに、どうしたの? 怪盗リリって聞こえたような……」
ステファンが興味深げに顔をよせてきた。
車外で騎乗しているダグラスは目をぱちくりしている。
「あの、えっと……」
パティがこまっていると、「私のお母さまがその怪盗リリなの。機密にしては、本人にかくす気があるんだかわからないけれど」とフィオナが単刀直入に説明した。
今度はステファンが目をぱちぱちしていたが、やがて意味を理解すると、「えええええ!?」と大声をだして、それに驚いたダグラスの馬が暴走しかけた。
車外には目もくれず、ステファンは「わ、私はちいさいときから怪盗リリにあこがれていたのよね。盗賊だけど硬派じゃない? 母親が断固反対だったから盗賊団連合どころか真逆の枢機院に入っちゃったけど、つまるところ気持ちの部分では影響しか受けてないの!」と顔を上気させた。
そして、両の頬に手をあてる。
「それって、有名な話なんですか?」
「わからないけど、水の国では公然の秘密じゃないかしら……」
フィオナは平坦に答える。
「まァ、創作物で語られているのは誇張されすぎていると私は思うけれど。実物はあたりまえだけど、あんなに反権力じゃなかったし、人様の所蔵品を欲しいからって理由で盗むことはなかったみたいだし、どちらかといえばただの冒険者だったみたいね」
フィオナはつまらなそうに手をふる。
「語れば語るほど恥ずかしいわ。だれの人生もそんなものでしょうけど」
「ええ……でも、そうか、そうなのかぁ。緊張しそうだなァ」
ステファンはすでに心ここにあらずで瞳をうるませている。
フィオナは夢みる少女のようなステファンをよそにパティをみる。
「古文書にしか載ってないような洞窟に入ってみたり、古文書にも載ってないような古代遺跡に挑んでみたり、それこそ遭難者が多発するような森にわざわざ分け入ってみたりして――常識的とはいいがたいし、王族が自発的にするような行動ではないわよね。身内ながらおそろしいわ。死んだらどうするのよ?」
フィオナが口をとがらせる。
そのしぐさが子どもっぽくてパティはつい笑ってしまった。
「お母さまのことが好きなんですね」
フィオナが一瞬目を大きくしたので、パティは余計なことを口走ったかとひやりとしたが、フィオナはそのまま吐息した。とても憂鬱そうに。
「そういえば、あなたは水の国の出身なんでしょう」
突然自分の話になってパティはまた硬直する。
「あ、はい……」
「両親はご健在でしょう」
「あ、はい――え、ご存知なんですか?」
「わかるわよ。雰囲気でね」
フィオナが目を細めたので、パティはあいまいに微笑する。
どうわかるのかがわからない。
「この代行案件が終わったら、ついでに帰省したらいいと思うわ」
「え……」
パティは〈魔導院〉の門をたたいてから一度も帰郷しておらず、もう五年ほどになる。
動物たちの飼育係になったことも大きいが、王都にきてはじめて自分の腰が重いこともなんとなく認識した。
夏季冬季の休暇のさいにも手紙のやりとりだけで終わってしまっている。
親許を離れるときは心細さにふるえたし、別れぎわに手をふっていた両親のすがたを思いだして泣くことはいまでもあるが、院には同世代の子どもたちが多かったし、フリーダのように身内みたいに接してくれる友人もいたため、だんだんとその回数も減りつつあった。
「でも任務が終わったからって遊んでいるわけには……」
パティは口ごもる。
ここにきて急に家にもどってもいいといわれても、うれしさよりもなぜだか気恥ずかしさがまさってくる。
「気にしない。なんなら私が〈魔導院〉に一報いれておいてあげるわ」
フィオナがひとさし指をたてる。
「あなた、まえにも仕事で水の国にきたのに、おうちに顔をみせなかったんでしょう」
「え、あ、はい……」
そのとおりだった。前回は海岸沿いだったので遠かったこともあるけれど。
「なんとなく話すこともないかなとか思っちゃって」
「会話なんてどうでもいいわ。顔をみせてあげなさい」
フィオナはふふ、とほほえむ。
「親子ってたぶん、そんなものなのよ――」
会話がとぎれると、パティは実家について考えた。
そして、パティに魔法使いの資質――動物たちに精神感応する才能があると看破した旅の魔法使いが、パティを〈魔導院〉に送るよう説得しているときの両親の顔を思いだす。
父親は無表情で、母親は猜疑心まるだしの顔つきだった。
最終的に父親はパティの意向を汲むといい、母親はやんわりと反対していた。
しかし、その理由は魔法使いがどういうものか理解できていないだけで、村長や近所の人たちの口添えまであったりして、なんだかんだでパティは〈魔導院〉に入門した――少なくともパティはそんな認識だったが、フィオナにうながされてみて、いま思うと、もしかしたら母親は(パティ以上に)淋しさを感じていたのかもしれない。
そして、ずっと無表情だった父親もまた同様だったのではないか……。
パティがあれこれと思い浸っていると、昼寝からめざめたモカが「キキキキ」とパティの頭部にできたみみずくの耳をなでてきた。




