26 みみずくみたいな髪型
パティは安心感と、車輪の振動と、のどかな光景もあいまってうっかりあくびをしてしまった。
横の席で、それをみたステファンがにっこりする。
「――あ、すみません」
「なんで謝るのよ。寝ていたってかまわないわよ」
肩口にいるモカは完全に寝入っている。
ステファンがふざけて鼻のあたまをつついても起きないくらいだった。
「以前このあたりを通過したときは、内海がらみの情報収集なんかもあったりしたから、あんまり落ち着いていられなかったものね」
ステファンもあくびをする。
調査隊として活動した当時は、出発から〈王の桟橋〉にいたるまでも熱心に情報を集め、貴族から商人から富豪から元軍人から、大勢の人々に接見して旅をすすめた。
運河ではそれが進展のさきがけになろうとは思いもせずに、マナティの群れに遭遇したりもした。
しかし、今般はフィオナ王女に同行しているので謎解きをしているのとはわけがちがう。
絵本の挿絵にでもありそうなおしゃれな馬四頭だての幌馬車だし、フィオナの有能な侍女(花冠騎士団の騎士なのだという)四人がおなじ幌馬車内に控え、王都枢機院からはダグラスと男性騎士二人が騎馬で警護している。
馬車内はよほどのことがないかぎり危険にさらされることはなかった。
じっさい、王都領内の河川沿いで魚の尾をもつ馬の群れに、水の国に入ってからも赤目の黒犬や巨大な雌イノシシに遭遇したが、騎馬たちが連携して追いはらい、パティたちはなにをすることもなく難をのがれた。
草原で出現した野盗団などは幌馬車につけられた水の国の国旗をみただけでしっぽを巻いて逃げだす始末だった。
トラブルといえば、淫夢をまとった半妖精たちが出現したときに、ダグラスが色惚けになってフィオナに粗相をしそうになり、ステファンがビンタをしたりモカが顔をひっかいたりして正気をとりもどさせたりしたことがあったが、よくよく考えるとダグラスは日常的にそんなふうなので、どこまでが半妖精たちの影響なのかわからないぐらいだった。
そして、王都から出発して六日目の昼だった。
舗装路の国道には陽光がふりそそぎ、幌のなかはなんともいえず眠気をさそっていた。
パティとステファンはあくびで済んでいたが、フィオナは背もたれに沈み、あごをあげ、口をあんぐり開けて寝ていた。
マナー違反ではあるのだろうが、ふしぎとフィオナの場合、油断しているすがたすら、さまになっている感じがした。
「ここまであけすけだと、かえって清々しいわよね」とステファンが耳打ちしてきて、パティも納得した。
「パティ、少し髪がのびたわね」
ふと、ステファンがほほえむ。
「え、そうですね……なんでなのか白髪もできたりして」
パティはもじもじする。
「ふふ、また新しい髪型を教えてあげるわ」
ステファンが髪どめをだした。
「こないだのやつは、かわいいけど自分では難しいでしょう?」
「あ、ええ、あの羊みたいなのはできないですね――」
前回の任務時は髪が模様みたいにぐるぐる巻かれていて、パティは羊を連想したのだった。
そういえば、フリーダたちにも評判はよかった。
セルウェイやストックデイルは「ああ、いいね。なんていうか、いいね」「似合ってるじゃないか。うん、似合ってる」と連呼したし、フリーダにいたっては、ときどき再現してくれようと奮闘してくれた。
「よし、今度も動物みたいにしよう」
ステファンはパティに横をむかせて、うしろからパティの髪を梳きだした。
そして、鼻歌をしながらパティの髪を結いはじめる。
パティはされるがままで、まばたきをくりかえす。
ステファンは妹がいるそうだから、この手の作業には慣れているのだろう。
「それで院生生活はどうなの、好きな人でもできた?」
しばらく無言で進んでいたが、急にステファンが訊ねてきた。
パティはだれにもみられていないが赤面した。
そういう話題が苦手だったし、いきなりだと対処のしようがない。
「……まえからそんなに時間が経ってないですよ?」
パティはしぼりだすように答える。なんだか息苦しい。
「恋なんて、唐突にするものだからね」
ステファンはほほえむ。
「ほら、100年祭とかで、だれかに告白されたりしなかったの?」
「……ないですね」
パティはつぶやく。
「なんていうか、そんな気分にもなれなかったです」
フリーダのけがのことを思うと、そんな思春期めいた気持ちにはなれなかった。
じっさい、建国記念祭でカップルが誕生することは多いようだが、パティに関していえばそんなノリは少しもなかった。
魔法使いとして生きることの重みを存分に思い知らされるできごとでしかなかったのである。
「――それはもったいないわ」
対面の席で(あんぐり口を開けて)寝入っていた(はずの)フィオナが急に会話に入ってきた。
パティもステファンもびっくりして固まってしまった。
「どうぞ、つづけて」
一回だけ大きなあくびをしてから、フィオナが手をひらひらとふってきた。
パティとステファンは一瞬とまどったものの、髪結いを再開したところでフィオナがにっこりしたので、それでいいのだろう。
フィオナが見守っているところで髪型をつくってもらうというのが、とても気恥ずかしい感じがしてパティはどきどきしてきた。
「かわいいわね。あなたが無事に還れるように私もがんばらないといけないわ」
フィオナがそういって足を組みなおす。
「あ、ありがとうございます」
意味が通じなかったけれど、パティはとりあえず感謝する。
「王女たちが向かう〈まぼろしの森〉って、どんな森なんですか?」
パティの髪を結いながらステファンが訊ねた。ステファンは枢機院からの使者として水の国の女王宮に赴くため、途中で別れることになる。
ちなみにダグラスは同時に離脱し、はなれ島の領主を訪問することになっていた。
「よくわからない」
フィオナは窓枠にひじをかけてこぶしに頬をおく。
「はい?」
ステファンもそうだが、パティもとまどう。
フィオナが把握していないということか、あるいは「よくわからない森」という感想なのか――。
「呼称についても時代によって由来がちがうとか……まァ、私よりお母さまのほうがよくご存知だと思います。あなたは女王に謁見なさるのでしょう?」
フィオナはポーズをくずさない。
「あ、はい、〈湖面の蝶〉のことで拝聞したいと思っています」
ステファンは目を大きくする。
髪結いがとまっているが、パティも髪をつかまれていることさえ忘れていた。
「それなら直接うかがうといいわ……」
フィオナはそのまま黙りこむ。まるで彫像のような姿勢を維持して、目だけ窓のそとをみている。
「どうぞ、つづけて」
フィオナがふたたびうながしてきて、ステファンはあわてて髪結いを続行する。
パティもなにか話そうとしたが、うまく言葉がでてこず、結局黙りこんでしまった。
「――これで、どう?」
しばらくして、ステファンが両手をひろげる。
どうやら髪結いが完了したらしい。
「あら、すてき。みみずく?」
フィオナが両目を大きくして、姿勢をもどした。
「あ、ええ、猫のつもりでしたけど、おなじですね」
ステファンが恐縮する。
当のパティがみずからの髪型であるがゆえにみられないであたふたしていると、フィオナが幌馬車の日除けにつけられた鏡をむけてくれた。
「わぁ、そんなところに鏡があるんですね」
パティが驚くと、「身だしなみをととのえるためにあるのよ」とステファンが説明してくれた。
おそるおそる鏡をのぞきこむと、たしかに猫やみみずくの耳を模すように上部が結われている。
大きめのリボンのようにもみえる。
パティは頬をそめる。
「照れなくていいじゃない」
フィオナがにっこりする。
「お似合い」
「子どもっぽくないですか……」
パティがこまったそぶりをすると、ステファンが「子どもじゃないの」と笑った。
パティはむくれたが、「これは簡単だからいつでも再現可能よ」とステファンはまったく気にせず、得意げにピースサインをした。
「なんだか楽しそうだな」
すると、窓からダグラスが声をかけてきた。馬から身をのりだすようにして顔をのぞかせてくる。
「オレもまぜてくれよ」
「すみません、王女。見苦しいものをおみせして」
ステファンが即座にカーテンを閉めようとする。
「うわ、ひでぇ」
ダグラスは少しだけ顔をひく。ダグラスの馬が鼻息をふいた。
「ふざけてると、あぶないですよ」
パティが注意すると、ダグラスが目を大きくしてふたたび顔をよせてきた。
「や! 思わず愛でたくなるような髪型じゃないか、まさかオレのために?」
「気色悪いから興奮しないでくれる?」
ステファンが冷徹な目をする。
「おまえ、こんなよく晴れた初秋の昼さがりにお馬さんでパカパカしてる身にもなって、もう少しやさしくなれよ――」
ダグラスが馬のように鼻息をふく。
「うるさいわね、せっかく良いムードだったんだから邪魔しないで」「もっと良いムードになること請け合いですよ」「あなたが乗ってるせいで、馬までまぬけ面にみえてかわいそう」「どんな馬でも乗りこなせるんですよ?」「うわ、生理的にいや、きもちわるい――」などとステファンとダグラスが口げんかするさまを横目に、フィオナが「ふふ、ずいぶん仲良しね」と目を細めた。
「そ、そうですね」
パティはとまどいながら返事をする。
フィオナはふたたび窓からそとをみる。遠くの空の大きな雲をにらんでいるかのように。




