24 ゆれうごく蝶
ウンブラを見送ったあと、しばらく広場を散策した。
ルイがいつも職場としている工房以外でも衣装や刺繍の製作をしているところは多いらしく、それらをひとつひとつのぞいてまわるのは楽しかった。
(レムレスがふれまわったのか)ルイはどこにいっても評判がよく、恥ずかしいような照れくさいような気持ちになり、ちょっと胸がときめいた。
舞台上で大勢の歓声をあびることもそれはそれで恍惚感があったが、だれもが笑顔でおだやかに話しかけてくれることにもまた身体の芯が熱を帯びるような陶酔感があった。
だいたいがお世辞にちがいないのだが、それでもうれしいのである。
ルイの偏見かもしれないが、孤立した集落は排他的な傾向をもつ印象だったので、受けいれてくれるだけでなく、さらに必要としてもらえるのは意外だった。
ルイは調子にのって装飾系だけでなく、料理を担当しているグループのところも訪問してみたが、予想どおりあたたかく迎えてくれた。
おたまを片手にしたおばさんに「ちょうどいいわ、都会の人の舌に合うか教えてくれない?」などと味見を要請されると、やはり気分が昂揚した。
あちこちでおなじようなことをくりかえしたせいで、心だけでなく、お腹まで充ちてしまった。
(なるほど、レムレスのいうとおりだわ――)
ルイはうわくちびるに残ったグレイビーソースを舐める。
(たまに休むとリフレッシュできるものね)
ルイは春さきの蝶のように、はずみながら広場を時計まわりにめぐっていき、昼すぎにはやぐらを建設している現場に到着した。
樹木がところどころ点在しているものの、大勢の人が集まれそうなスペースだった。
秋深まり、ルイは長袖を着込んでいるにもかかわらず、上半身裸になった浅黒い男たちが、声をかけあって巨木をあつかい工事していた。
早朝の市場のような威勢のよさだ。
ときに怒声のようでもあるが、そのぶん熱がこもっており、ルイは同調して興奮してきた。
邪魔にならないように気をつけながらやぐらに近寄ると、中心になって仕切っているウンブラがみえた。
5メートルはあろうかという足場にのぼって、けわしい表情で指示をだしていたが、ルイに気づいて右手をあげて合図してくる。
ルイが足場の下までくると、ウンブラは近くの同僚に指示役をまかせて、身軽なテナガザルのようにするするとおりてきた。
目前に立つと、やはりがっしりとした体格だった。
威圧感をおぼえないのは慣れてきたからだろう。むしろ安心感がある。
「どうしたウンブラ、彼女でもできたのかよ?」
足場の裏から初老の男性がからかうように口笛をふき、それに呼応して男たちがどっと笑った。
ウンブラはやれやれ、というふうに両目を見開いて「すまないね」と微笑した。
「かまわないわよ、ていうか忙しそうなときにほんとうにきちゃった」
ルイもほほえむ。
「こちらこそ、かまわないよ。掃き溜めになんとやら、だ。むしろ、こんな男臭い現場に招待してもうしわけない」
ウンブラは手の甲で鼻をぬぐう。
「汗臭くないかな?」
「だいじょうぶ」
ルイは歯をみせる。
「健康的な汗の匂いは好き」
ウンブラはふしぎそうな瞳をしてうなずく。
若くたくましい短パンすがたの男性に対して、ずいぶん思い切った発言をしてしまったと内心焦り、顔が赤くなってないか心配になって、ルイはあわてて視線をそらす。
「でも、すごい活気。祭りの本番さながらね」
「ああ、ここは集会場みたいになるからとくにね。やぐらが当日くずれたなんて話にならないから、みんな本気なのさ」
ウンブラもおなじほうをみる。
「ふふ、男たちの現場って感じ。なんていうか、目の保養になるわぁ」
ルイはふざけて両手で双眼鏡をつくる。
「ここにいる男たちにとっちゃ、逆なんじゃないか」
ウンブラはほほえむ。
「独り身たちからすれば、ルイは高嶺の花だよ」
「それは褒めすぎじゃない?」
ルイはお世辞だとわかっていても少し照れて、両手を後頭部で組みあわせる。
「事実さ」
ウンブラは身をのりだしてルイの瞳をのぞきこんでくる。
「ルイのように垢ぬけた女の子は、この村にはいないんだよ」
「ふふ」
ルイは猫のように目を細める。
「くどいてるのかしら」
「ああ、それでもいいよ」
ウンブラの瞳に猫のようなルイが映っていた。
なんだか楽しそうな顔をした猫だった。
最近は顔を合わせるとこんなふうにじゃれあっているから、ウンブラの周辺に男女の仲になったと勘ぐられてもおかしくない。
しかし、この村には陰湿な人があまりいないらしく、それでよくないうわさが流れることもないようなので、ルイも気にしなくなってきていた。
王都だと、こうはいかない。建国記念祭のときの品のない貴族たちの動物園を思いだして、ルイは口のなかが苦くなるような気がした。
「やぐらっていうから古風なものを想像してたんだけど、どっちかっていうと野外舞台みたいな感じなのね」
ルイは照れかくしで話をもどす。
木材が複雑に入り組んで高く積みあげられているのだが、祭りやぐらというより演劇の舞台のようだった。
最上段はもちろん平らになっているが、途中にも平たいスペースがいくつか設営されている。
「ああ、太鼓たたいたり笛を吹いたり、それにあわせて踊ったりもするけど、それ以外の時間はなにをしてもいいんだよ」
ウンブラはうなずく。
「ようは、めだちたいやつが、めだつために設けられているわけさ。もっとも、そういうことができるようになったのは最近だけどね」
「なるほど」
ルイは感心する。
「若者たちのためにってことね――レムレスはなんていうかもっと、紋切り型のお祭りみたいに話していたけど」
「まァ、パターンがあるっていう意味ではレムレスのいうとおりだな」
ウンブラは鼻をならす。
「かがり火やたいまつに点火する儀式、森の精霊に収穫を報告する儀式、月と踊る儀式、みたいにいくつか予定されている祭事はある」
「へぇ」
「その合間合間に、やりたいことがあるならやればって感じだな。最近は多少はしゃいでも、年輩層も大目にみてくれる。もともと村では唯一の夜のイベントだからさ」
「若い人なんかは、羽目をはずしそうね?」
ルイはいたずらっぽく笑う。
「まァ、あんまり派手にやるっていう雰囲気はないな、揉めごともあんまりないし」
「ふーん、逆にこそこそする人が多い?」
「人目につかない場所にいくっていってもかぎりがあるし、勢いあまってかがり火からでてしまうとね――」
ウンブラは両手のひらをひろげる。
闇の精霊――というやつか。ルイははにかむ。
そこだけはあきらかに異常だが、しかし理由はどうであれ、秩序や風紀をたもつのは容易なことではない。
それはどの国の歴史もそれを証明している。
〈伝説の宝石〉に関する事件だって、それに類するものだ。
この村は異常さが平和を維持するのに貢献しているめずらしいケースなのだ。
宝石について思いだしたところで、ついでにアルバートやディレンツァのことが脳裏にうかび、ルイはウンブラに長老をはじめとする村の構造についてふたたび質そうか考えたものの、ウンブラのきげんがよさそうだったのでやめてしまった。
すると、広場を横切っている集団が目に入り、そこにディレンツァを発見し、ルイは手をあげる。
ディレンツァはルイを視認すると、集団からはずれてやぐらのほうにやってきた。
集団はやぐらの設営をしている面子とはまるでちがって、全員細身で地味な服装をして眼鏡をかけている者が多い。
ディレンツァが離脱したことに、だれも反応しなかった。
「ごめん、いきなり呼んじゃって。忙しかった?」
ルイがあやまると、ディレンツァはウンブラに目であいさつしてから、「問題ない」と答えた。
「――手伝いか?」
やぐらをちらりとみてから、ディレンツァが訊ねてきた。
ディレンツァからの発言はきわめてめずらしいが、男ばかりの重労働の場にルイがいることが疑問だったのだろう。
「いえ、息抜きっていえばいいのかしらね」
ルイはウンブラをみる。
ウンブラは「さて、どうだろう?」というジェスチャーをした。
「ほら、私は刺繍ざんまいだから、あんまり室内にこもってると鬱憤やらなにやらもたまるんじゃないかってレムレスがね……」
ルイはなんだか弁解じみたつたない説明をしたが、ディレンツァは「そうか」とうなずいた。
「私は測量にいくところだ」
「測量?」
「ああ、収穫祭にかがり火がたかれるにさきだって村の外郭を点検してまわるのだが、そのついでに測量士の指導のもと領内を測りなおそうという話なのだな」
ディレンツァが淡々としているので、ルイも「へぇ、そうなんだ」と応えたものの、なんのためにどうしてするのかはよくわからなかった。
その事業については説明されても理解できないかもしれない。
ただディレンツァに関していえば、あたえられる仕事がだいぶ専門性を帯びてきていることは察せられた。
さきほどの集団もそういった専門技術のもちぬしたちなのだろう。




