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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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7 太陽の末裔たち

 式典は午前10時きっかりにはじまった。

 時刻を報せる鐘が聞こえてきたからまちがいない。


 建国の雄であり太陽王と呼ばれるマルサリス一世とその系譜をことほぐ枢機院代表フェルナンドの告辞にはじまり、王都騎士団(全員が陽光を模した白い盾をもっていることから白盾騎士団と呼ばれる)の団長クラウスの忠誠の宣誓、女神教会大司教フローリアンの教義解説と儀式はすすんでいったが、ルイは開式まえからすでにひまをもてあまして中庭を徘徊していたぐらいだったので、それ以後もずっと退屈をしていて、式典中も気づけばあくびがもれそうになり、終始それをこらえているといった状況だった。


 マルサリス三世は、式典の間の最上段に着座しているとのことだったが、幾重にもおりかさなったレースのカーテンが深い霧のようにかかっていたため、ルイからはその影さえうかがうことはできなかった。


 あとあと立食パーティのとき「あれじゃ、ほんとうにそこにいるかわからないじゃない?」とディレンツァに問うと、「そうだな、もしかしたらどこにもいないかもしれない」というふしぎな回答がきた。

 冗談なのかもしれないが、ディレンツァがそういう迂遠な会話をすることはめずらしい。


 そこでアルバート王子が「陛下は象徴みたいなものだから、いるかいないかよりも、いると思わせるほうが重要なんじゃないかな」と王族関係者らしくないことを言ってのけた。

 まるで存在よりも印象が大事というニュアンスである。


「でも、中庭もふくめて会場には監視とか護衛が大勢ひそんでいるみたいだったわよ?」とルイが喰いさがると、「それもじっさいいるかどうかとは無関係だよ」とアルバートがすましたわけしり顔をしたので、ルイはむすっとする。

 そばに侍女たちがいなければ、腕をつねるぐらいのことはしたかもしれない。


 するとディレンツァが「そうでなくとも各国の要人がいるからな、目につくところにもそうでないところにも衛兵は必要だろうな」とうなずき、少し沈思したのち「やはり100年祭だから、陛下もご出席になられているにちがいない」とつづけた。


 式典は粛々とすすみ、アルバートやジェラルド王子の出番もきた。


 国王に統治を任されている5つ(火の国、沙漠の国、草原の国、水の国、雪の国)の従属国の代表者による剣の宣誓が執りおこなわれたのだ。


 代表者たちが円陣をくんで、マルサリス一世が建国宣言したさいに利用した聖剣の模擬剣を円心にむけてさしだし、きっさきをかわしながら古い詩を朗誦し、最後にそれを宙にかかげてかけ声をあげるという儀式だった。


 宙にかかげるのはそのまま建国王のまねであり、剣のさきにはかつて太陽があったのだという――それはあとからディレンツァから聞いた話だ。


 代表は、雪の国をのぞいてはどこも副王ではなかったので、アルバートやジェラルドと同世代の代理がほとんどだったが、いずれも毅然とした雄偉たるふるまいをみせており、緊張から血のけがなくなり、関節がかたまり、ばねじかけの玩具のような動きで和をみだし、詩の合唱では一人だけ露骨に音をはずし、それらの失敗のせいで熟したトマトばりに赤くなって滝のような汗をかいているのはアルバートだけだった。


 終始、ジェラルドがフォローしてくれていたが、他国の代表(とくに水の国の王女フィオナ)にはクスクス笑われていたし、参列した列国関係者からもときどき同情やら愉悦やらの笑いが起きたりした。


 ルイはあきれかえり、アルバートを直視することができなかったが、みていなくともなにが起きているかだいたい想像できていたし、周囲の音声だけで充分恥ずかしくなった。ルイまで赤面したほどである。


「いやぁ、模造剣なのに重たいんだよね、あれ。ずっと右肩がしんどくって。だんだんしびれてきたりして、もうたいへん。それに古代語の詩もがんばって憶えたつもりだったんだけどさ、やっぱり発音なんかも難しいよね」と、あとあとアルバートはこめかみをかきながらへらへら笑っていた。


 ため息しかでなかった。

「単純に歌がへたなんだわ、王子は。音痴」ルイが辛辣に指摘すると、「それはうまれつきだからなぁ」とへらへらしつづけ、あまり効果がなかった。


 しかも「あれは発音や抑揚もそうだが、なにより本文も難易度が高いものではある」とディレンツァが補足し、くわえてジェラルドまで「まねごとの部分はあとから形式化したものだから、さほどこだわることもないだろう。むしろ、アルバート王子ぐらい個性的なほうが催しとしては斬新かもしれない」と擁護してしまったため、ルイのストレスはたまる一方だった。


 そのあと、〈魔導院〉の長マイニエリの講話があったが、ルイはよく憶えていない。

式典まえに庭園で語り合ったときとおなじで、表情はおだやかで物腰もゆるやかだったけれど、内容が杓子定規な定型文だったからだ。

 祝賀式典で国王だけでなく各国の参列者もいるなか、個別的で個人的なスピーチなどするわけもないので当然だろう。


 それから会場に併設された大聖堂に移動し、少年合唱団の女神の賛美歌を聴いたのち、信仰教会の祝福のもと白盾騎士団の新副団長および新人騎士たちの叙任式が執りおこなわれた。


 新しい副団長はバレンツエラといい、枢機院付騎士からの抜擢になるそうだ。

 頼もしい体格だが目つきはあたたかく、ルイにはわりと温厚そうな好人物にみえた。

 団長を補佐して王都の警備兵たちを束ねる立場なのだから、審査基準は厳格にちがいない。

 悠然としているのは精神的ゆとりのあらわれだろうか。


 新米の騎士たちも一様に勇壮で精悍だった。

 国王の委任をうけた大司教フローリアンから盾と剣を授与される佩剣式もりっぱにこなし、だれもが凛々しくかがやいていた。

 広場にでて太陽に向けておこなわれる号令も猛々しく、大迫力だった。


 そののち、騎士たちによる団体騎馬試合がはじまった。


 ルイは最前列で観戦したこともあり、前哨戦の段階で手に汗にぎるものがあったし、開戦ラッパがひびきわたったときは思わずゆび笛を吹いてしまったが、周囲の着飾った上流階級の人々もまた、ルイ以上に歓声をあげて子どものように無邪気にさわいでいたのでまったくめだたず済んだ。


 なかでも水の国のフィオナ王女はこぶしをつきあげ、髪をふりみだし、全身をゆらしながら声高に叫んでおり、隣人たちも当惑するぐらいもりあがっていた。


 それでも隣人たちの視線に気づき、口に手をあてて驚いている隣人たちに向けて、にっこりと微笑をかえすしぐさもまた優雅で、生来の気品を放っていた。

 はしたなさまでも美しいのである。


 そういったところも、ぶざまさがただぶざまなだけのアルバートにはない魅力で、ルイは羨望のまなざしを送ってしまった。

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