23 ゆるされぬ恋
すっかり村民たちになじんで手仕事をしていると、レムレスがやってきた。
アルバートは王子だからか虚弱体質だからかわからないが、日中の仕事の割りふりの肉体労働比率がさがってきていた。
おかげで筋肉痛に悩まされることがなくなったし、足手まといにもなりづらくなってきたのでありがたいことではあった。
明確にそう宣告されたわけではないが、もしかしたら村議会なりが判断してそうなっているのかもしれない。
屈強な男たちではなく、年輩層の女性がまわりにいることが多くなってきた。
そして、レムレスが仕事中に声をかけてくることが増えた。
単純に女性たちの職場だから来訪しやすいのだろう。
「こんにちは」
レムレスがにっこりした。
「はい、こんにちは」
アルバートも笑顔で応える。
アルバートに作業手順を教えてくれていた係りのおばさんが「王子さま、休憩してきなよ」と気づかってくれた。
アルバートもその流れに慣れてきていたので「それでは失礼します」と席を立った。
何人かの年輩女性がくすくす笑った。
そして、レムレスの背中をたたいて「しっかりやりなよ」と小声でささやいたりした。
レムレスは「そんなんじゃないですって」と、それでも顔を赤らめた。
アルバートもなんだか気恥ずかしくなって、早足で作業小屋からでた。
レムレスが頻繁に職場に訪ねてくるようになって、アルバートは親しみで緊張せずにすむようになってよかったのだが、同時に住人たちにあらぬ誤解を生んでいた。
アルバートとレムレスの親密さがどうやら男女のそれとかんちがいされているようなのである。
声にだして否定するのもへんなので黙っているが、アルバートのその姿勢を肯定だと思いこんでいる女性も多いようだった。
それでも、レムレスに遭遇するのは日中だけのことだったし、一日にすれば短時間でしかないのでアルバートは騒ぎたてることはやめた。
せまい世間で過剰な反応をすることは軋轢しかうまないのではないか、どうせしばらくすれば村をでることになるのだから黙っているほうがいい――そう思っていた。
じっさいは長い滞在になってしまっているのだけれど……。
野外にでると広場のほうから喧騒が聞こえた。
人々の往来も男女問わず多く、背格好もさまざまで、みなそれぞれの役割で動いている。
収穫祭の準備は着々とすすんでいるのだ。
「もうすぐですね」
「うん、なんだかんだで、ちょっと胸が躍るのよ」
レムレスは微笑する。
「毎年おなじようなことしかしないんだけど」
「わかりますよ」
アルバートは相槌をうつ。
「マンネリが安心につながることがあります」
「ふふ、王子の発言はときどき老成してるわ」
レムレスは口に手をあてて笑う。
アルバートは後頭部を手でなでながら、マンネリについて考えてなにか重要なことを思いだしそうな気がしたが、広場のほうで男性たちの声だしのようなかけ声がして――ふと、忘れてしまった。
「なんだか威勢がいいわね」
レムレスがほほえむ。
「忙しそうですね、みなさん」
アルバートもうなずく。
「この村の人たちはみんな勤勉でなによりです」
「なにもしないでいられるほど裕福な村ではないし、そもそもなにもしないとひまでしかたないのよ」
レムレスは目を細めた。
アルバートはその意見についていくつか反証を思いついたが、結局話さないことにした。村の外社会の否定的な話などする必要ないだろう。
「今日、王子がしている仕事の詳細って、ご存知かしら?」
レムレスがふいに訊ねてきた。
「仕事の詳細?」
アルバートは頚をかしげる。
仕事内容といえば、朝からおばさんたちに習って、手編みでロゼットやコサージュを製作していた。
「なにに使うかって意味なら、わからないですね」
「ああ、やっぱり……」
レムレスは両目を大きくする。
「ん、なんですか、そんな思わせぶりな」
アルバートもおなじ顔をする。
「いや、べつにへんな話じゃないんだけど、じつは収穫祭の夜に結婚式があるみたいでね」
レムレスは鼻の下をのばす。
「えー、それはそれは!」
アルバートは驚いて大声をだした。
「それは――おめでたいですねぇ」
「はは、王子の反応は逐一おもしろいわね」
レムレスは噴きだす。
そして、ひとしきり笑ったあと、くちびるにひとさし指を添える。
「ここだけの話、結婚式を挙げるのは村外からきた既婚者らしいんだけどね」
「へぇ……なんだか複雑ですね」
アルバートは眉をひそめる。
「駆け落ちでもしてきたのかしらね――」
レムレスが顔を近づけてきて、アルバートは思わずのけぞる。
「ゆるされぬ恋とか、ふふ」
「わからないですけど」
アルバートは半笑いになる。
「でも村外からきたって、この村の出身者じゃないってことですよね?」
「ええ、そうね」
レムレスはうなずく。
「ここで式を挙げるんですか――」
アルバートは考えこむ。
「家族や友人たちを招待したりはしないんですかね」
「私は接触したことがないからはっきりわからないけれど……だからさ、逃避行の可能性もありそうじゃない?」
「ふぅむ」
アルバートは腕組みする。
しがらみから逃げてきたにせよ、目的地として旅をしてきたにせよ、わざわざ〈樹海の村〉で結婚式を執りおこなうということは、だいぶ村のことを気に入ったなり、村民に慣れ親しんでいるにちがいない。
戒律も最初は偏屈だと思えるし、当惑することもあるだろうが、慣れれば気にならない人も多いだろうか。
王都による法整備に反発する自治領は多いし、もっと異質なしきたりのもと運営されている村落なんかもあるのかもしれない。
文字どおり樹海にあることや、知名度がおそろしく低いことを除けば、村の住人たちは善良だし、たまたま収穫祭があってそこで祝福のムードになったとしたら、場合によっては挙式しようという気になることもあるだろうか――。
「王子、なんだか真剣な顔ね」
レムレスがふたたびのぞきこんでくる。
「あ、ええ、でもその人たちって式を挙げて、そのまま定住するつもりなんですかね……」
アルバートはとまどいながらつぶやく。
「どうかしら……」
レムレスはふっとアルバートから顔を離すと、少し遠い目をした。
「もちろん人口が増えれば村としては助かるんだろうけど――」
アルバートはその横顔をきれいだと思った。
レムレスは目をとじて、数秒してからアルバートをみる。
「王子は鳥が好きなんでしょう?」
「――え? ああ、はい、なんですか、ぶしつけに」
「たとえば、この村にはね、野鳥の数や種類を調査する仕事もあるの」
「はい?」
「王子が定住することがあっても仕事にはこまらないわ――なんてね」
レムレスは少しだけ恥ずかしそうにほほえむ。
「はぁ……」
アルバートは反応にこまって少し落ち着かなくなる。
その様子をみて、レムレスは破顔する。
「まァ、そんなわけでね、今日王子が製作していたロゼットやコサージュは、式に参列する人たちがつけるためのものなの。男性がロゼット、女性がコサージュね」
「ああ、なるほど」
アルバートはレムレスの瞳に自分が映っているのをみた。
「村においては結婚式みたいなイベントって、けっこう重要でね。若い男女は意識して参加するから、独身の人たちにとってはパートナー探しにもなるっていうか……」
「たしかにあんまり男女混合のお仕事はないですもんね」
「そうそう、そんなだから、みんな浮き足だっているっていうのもあるの」
レムレスの頬が少し赤くなる。
「……王子も式に参列してみる?」




