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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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22 あしたの天気

「ねぇねぇ、知ってる?」


 ものすごい笑顔のティファナが顔を近づけてきたので、ザウターは少しだけ目線をずらして、左手にもっていた彫りかけのキツネの彫刻をみつめる。


 ナイフさばきを褒められたときに指摘されたとおり、ザウターは村議会の彫刻師から収穫祭の舞台を装飾するための彫刻類の制作を依頼されていた。


 犬猫やうさぎ、ねずみといった小型のものからサル、オオカミといった中型、そしてイノシシ、ツキノワグマ、カモシカといった大型の動物、メジロ、ウグイス、ホオジロ、モズ、ムクドリ、ヒヨドリといった鳥類まで。


 ティファナが「かんぺき! 適材適所だ。この村に住もう!」とか感激したりしてこまったぐらいだった。


「……知らないな」


 ザウターは一度ため息をついてから答えてみたが、返事はない。

 そして、ティファナは両手を口もとに添えてムフフ、とほくそ笑む。


「人生の転機、到来だよ?」


 どう返答するのが正解なのかわからないので、ザウターは右手のナイフを回転させながら窓のそとをみる。


 折り重なる枝葉が色濃くそまり、秋が深まったことを実感する。

 室内にいるのに冷たい風を感じるような気がした。


 どうにも身動きがとれない状態に追いこまれている。

 ザウターは黙々とあたえられた仕事(かがり火づくりや、鳥獣彫刻制作)をこなしているだけだったが、ティファナに関してはもはや完全に村人になりつつある。


 それでも先日、ザウターはだいぶ親しくなった樵夫から偶然、聞きだすことができた。


「そういえば、あんたたちが村についたとき、べつに三人組が村にきたのを知ってるかい?」


「……ああ、でも具体的には聞いていない」


 ザウターは内心おどろいた。


「全員独り身だったから別集落にふりわけられたけど、なんでも沙漠の国の王子さまご一行らしい。男二人に女一人だったかな。あんたらは関係ないのかい?」


 樵夫はパイプをとりだす。


「オレたちはそんな高貴な身分の人たちとは面識がないな」


 ザウターは目を細める。


「そうかい、じゃあ偶然か。まァ、この村には旅人やらなにやらがよく迷いこんでくるから、めずらしいことじゃないんだけどな」


 樵夫は笑いながらパイプに火をつけた。


「沙漠の国っていえば、ずいぶん揉めごとが起きていたみたいだがね」


 ザウターは世間話をつづけてみることにする。


「揉めごと? そうなのかい」


 樵夫はきょとんとしてから、パイプを吸う。


「いろいろあって壊滅状態にあるとか」


「そうか、壊滅……」


 樵夫はけむりを盛大に吐きだす。


「いろいろあって?」


 ザウターは樵夫がとぼけているだけなのかわからず一瞬迷ったが、「ああ、盗賊団にやられたとか」と率直に話してみた。


「へぇ、盗賊……」


 樵夫は感嘆したまましばらく黙りこんだ。

 そして、「すまないね、世事にうとくて」とはにかんだ。


「いや、かまわない」


 ザウターはうなずく。


「ただ、そんな状況で王子さまたちがなぜこの村にきたのかと思ってね」


「ああ、それは村の若いのから少し聞いたな」


 樵夫はふたたびパイプを吸う。


「なんでも、精霊たちのつどう樹に用事があるんだとかなんとか」


「かがり火や彫刻をつくりたいわけじゃないんだろうね」


 ザウターは笑ってみせる。


「はは、あんたほどうまくできないだろうしな」


 樵夫も笑った。


「まァ――よそ者がきて、精霊たちのつどう樹はどこだっていえば、だいたいは願いごとを聞いてもらいたいっていうのが多いみたいだけどな」


「へぇ……」


 ザウターは身を少しのりだす。


「初めて聞いたな」


「なんだい、あんたらはそのくちじゃないのか」


 樵夫はぷかりとけむりを吐いた。


「オレたちは道に迷っただけだからな」


 ザウターはうなずく。


「願いごとをすれば精霊たちが叶えてくれるのかい?」


「まァ、迷信のたぐいだね」


 樵夫もうなずく。


「オレにはみえないけど、あそこにはそりゃもうたくさんの妖精やら精霊が集まってるらしいからな、その名のとおり。だから、願いを聞いてくれる精霊やら妖精なんてのも一匹くらいはいるんじゃないか?」


 ザウターはその意見について少し考えてみた。

 〈月の城〉にいた本の妖精みたいなやつがいれば、そういう対応をすることもあるかもしれないが、あれは城主ベノワによる一種のしかけみたいなものであり、変わり種ということになるだろう。


 それとも世界樹をまえにすれば、そういった奇蹟めいたことも起こりうるのだろうか。

 〈伝説の宝石〉とおなじぐらい胡乱な話ではある。


「もっとも、精霊たちのつどう樹までは長老のゆるしがなければ容易にたどりつけないよ。夜を撤して歩かないとならないからね。聞いてるだろ? この森には闇の精霊が徘徊してるんだ」


 樵夫は心底おびえているように身体をふるわせた。


「みつかれば、かならず死んじまう」


「ああ、そうらしいね」


 ザウターは腕組みする。


「ところで長老の許可があれば、どうしてだいじょうぶなんだい?」


「許可があれば護衛団が組まれるからね。神聖な古木をふんだんに利用した装備をきちんとした護衛団がずっと守ってくれるのさ」


 樵夫はそこでパイプの吸殻を落とした。


 ザウターは「なるほど」とうなずきながらも、少しも納得していなかった。


「かならず死ぬ」という表現は断固としすぎていてあやしい。

 闇の精霊なんかもふくめて、ザウターはそれを「世界樹の根に近寄らせないための方便」だと判断した。


 気づいていないふりをしているが、ザウターたちは入村以来、野外にいるときはずっとだれかに監視されているのだ。

 樵夫もまたそういった役割ではないかと勘ぐっている。


 もっとも、末端の村人たちは詳細を報されておらず、本気で迷信に囚われており、それらの秘密を戒律と称しているのは長老や村議会だけという可能性もある。

 村人大勢で秘密を共有して漏洩をふせぐのはとても難しいだろう。

 厳罰をもってしても不注意な多弁家というのはどこにでもいる。


 沙漠の国の連中は長老への面会をもとめているらしいが、ザウターの読みが的を射ているなら、部外者への許可などそうそうおりないはずだ。

 すんなり許可がおりるぐらいなら厳格な管理などしないだろう。


 ただそれでは、旅人たちを村に滞留させていったいどうしようというのか。

 村の在りかたを理解させて立ち退かせる――それは難しい。

 そもそもそうだとしたら婉曲的すぎる。

 素直に世界樹の根は非公開だといえばいいのだ。

 村に順応させるだけ時間の無駄というものだろう……。


「――ねぇ、聞いてるの?」


 突然、視界いっぱいにティファナのむくれ顔がせまった。

 そういえば、ティファナがなにか騒ぎだしたところだったのだ。


「聞いてたよ。人生の転機だか明日の天気だか」


 ザウターはため息をつく。

 それをみて、ティファナのむくれ顔の頬が赤くなった。

 どうやら怒っているようだ。


「明日は晴れだよ! でも、そういうことじゃないの! ザウターはデリカシーがないなぁ」


 ティファナはうねうねタコのようにあばれた。


「悪かった。そのとおりだ。それで?」


 ザウターは率直に謝罪し、話に関心を示したふりをする。


「なにかすごいことでもあったのか?」


「すごいもなにも! 大転機だよ、晴れどころかあっぱれだよ!」


 ティファナは両手をつきあげる。

 よほどうれしいらしく、切り替えも早い。

 しかし、同時にザウターにはいやな予感がして、それはすぐに的中した。

 ザウターの第六感は冴えているのだ。


「なんだ?」


「結婚式だよ、結婚式!」


 さすがのザウターも驚きをかくせなかった。


「……なんだって?」


「結婚式を挙げることになったのでした! もちろん主役はザウターとティファナちゃん。おめでとう! 夢みたい!」


 ティファナが両手をのばしたままぴょんぴょん跳ねた。


「おい、どういうことなんだ?」


 ザウターが目つきをけわしくして問いかけてみても、ティファナはまるで聞いておらず、わーい、お幸せにー、などと叫びながら両手をあわせている。


 そして、きりっとザウターをみると「式に参列してくれる人のために、ザウターはリスがどんぐりをかかえている彫刻を50個はつくってくれないとだめだよ!」とゆびさしてきた。


「な? どんぐり……リス?」


 ザウターのとまどいを無視してティファナが興奮で身をよじっているので、室内に熱気がでてきた。

 野外の樹々の色づいた葉は、吹きぬける風でざわついているようだ。

 ザウターは目を細めながら、厄介なことになってきたと実感した。

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