21 気分の転機
紅葉した樹々のすきまからみえる空もずいぶん高くなっていたが、ルイは広場に向かう小路に積もったマンサクの葉を踏みながらうつむいて歩いていた――。
収穫祭が一週間後にせまってきて、〈樹海の村〉はにぎやかになってきた。
当初はおとなしい静かな村という印象だったが、慣れてきたせいもあってか、ルイの目にもそれなりに盛りあがってきているようにみえていた。
レムレスが連日案内してつぎつぎに仕事を提供してくれるため、ルイは少しも暇をもてあますことがなかった。
入村してから何日が経過したのか、最近ではよくわからなくなってきている。
日記でもつけていればよかったかもしれない。
アルバートやディレンツァともたまにすれちがうぐらいの生活リズムなので、会話内容にもアイコンタクトにもこれといって変化はない。
深夜、ふと状況を思いだしやきもきすることもあるが、翌朝になれば仕事があたえられ、さほど器用ではないルイさえも重宝されるので、レムレスにも相談しづらくなってきていた。
「ルイは抜群の感性をもっているわ、さすが老舗所属の踊り娘さんね」などと(本心かどうかはわからないが)褒められてしまうと、「こんなことしてる場合じゃないんだけど……」とは打ち明けづらいのだった。
「――どうしたの?」
ルイが真剣に悩んでいると、レムレスはじつに察しがよく、気づかいをみせた。
「なんでもない……」
ルイも何度このせりふで答えたかわからない。
こればっかりはアルバートがまがりなりにも王子なのだから率先して解決してほしいとも思わなくもないのである。
いつもならイラっときた拍子にアルバートに喝をいれるところなのだが、現状では悪態ひとつ吐けないようになっている。
くわえて、アルバートについて不平をもらすと、レムレスがわりと耳ざとく「そうなの? ほんとうに?」などと詰問してくるので話題にしづらいということもある。
レムレスは以前、筋骨たくましい男性より、繊細な男子のほうが好みだという主旨の話をしていたことがあるし、やたらとルイとアルバートの関係を気にするあたりが少し厄介だった。
調子が狂うというか、おさまりがわるいのである。
ルイは恋愛話が苦手なほうだったから、たとえそれが根も葉もないたぐいのものでも、心情についてさぐりを入れるのも、入れられるのも気持ちのいいものではなかった。
ルイはそんなことを思いめぐらせ、悶々としながら中央広場を歩いていた。
理由はかんたんだった。
今朝はめずらしく、起きぬけに「どうしたの?」「なんでもない……」のくだりになったため、レムレスが「ルイも休みなく働いているから調子がでないのね。今日からやぐら造りなんかも本格的に始まるから、気分転換に広場でもみてきたらどう?」と薦めてきたのだ。
「問題ないわ。手足を動かしてるほうがあたまを使うよりいいもの。手作業は好きだし」とルイは抵抗したものの、「好きなことでも真剣ならつかれるんだわ。知らないうちにけっこうつかれがたまってることはあるのよ」とレムレスは微笑した。
「まァ、たいして刺激のない村だからあれだけど、この時期はいつもよりは多少はましよ――」
結果、ルイはふらふらと小路をぬけて広場までやってくることになったのだった。
独身女性の集落にいるルイは独身男性の集落にいるアルバートたちに接触するには基本、ここしかない。
個別の用件や危急の事態などで組長やそのうえの村会議の承認があればべつの集落に入ることもできるが、少なくともルイは入村以来べつの集落に単独で赴いたことはなかった。
もっとも、食堂なんかは中央広場にあるので、たとえば食事の時間が合えば毎日でもアルバートたちに遭遇することは充分ありえるのだが、それぞれの従事する仕事の種類がばらばらなせいもあり、ほとんど顔を合わせなくなってきたのである。
先日ディレンツァと話したところでは、ウンブラの家に間借りしているにもかかわらず、アルバート王子とも一日に2、30分会話できるかどうか、という具合らしい。
それもウンブラがいることも多いため、当初の目的について話し合う時間はほとんどないそうだ。
「ただ王子もこのままでいいとは思っていない」
ディレンツァはそう結んだ。
「長老への面会の機会についてはウンブラにアプローチしているから、進展があればなにかつたえる」
ルイは口をへの字にしたままうなずくことぐらいしかできなかった――。
「やァ、冴えない顔してるね」
突然話しかけられて、ルイはどきっとする。
しかも、その低い声がウンブラのものだったから余計に。
「うそ、そんなふうにみえる?」
ルイは頬に手をそえる。
「レムレスにはつかれてるんじゃないかっていわれたけど」
ウンブラは微笑する。
肩に長さ2メートルぐらいの木材をかついでいた。
胴まわりはルイの腰ぐらいある重そうなまるただったが、ウンブラは気にしていない。
あいかわらず半そでのシャツにハーフパンツすがたである。
寒くないのか訊ねるのは不毛なのだろう。
袖口からのぞく筋肉がたくましい。
「そうか、だから広場に気分転換にきたのか……てか、つかれてるのかい?」
「どうかしら、なんだかよくわからないわ」
ルイは頬にあてていた手をそのままひろげる。
「はは、自分のことなのにわからないのかい?」
「難しいお年頃なのよ」
ルイは片目を大きくする。
「そりゃ、降参だ」
ウンブラはにんまりする。
「やぐらの設営なのね。なんていうか、すごくたいへんそう」
ルイはみたままの感想を述べる。
「ルイも手伝うかい?」
「遠慮するわ。なんていうか、かよわい女子でよかったわぁ」
ルイは率直な意見を述べる。
「ふふ、筋力に男女差なんてそこまでないような気もするけどな。ひまならあとでもいいから寄りなよ。場所はわかるだろう? ごつい男ばっかりでつまらない現場だけどな」
ウンブラは健康的な白い歯をみせる。
「あなたみたいな男ばっかりね……なるほど。それは興味深いわ。了解」
ルイはややふざけて、猫のように舌なめずりをしてほほえむ。
「ルイも村人っぽくなってきたけど、ここにはルイみたいなかわいい娘はいないからな、大歓迎だよ――」
ウンブラは材木をもちなおすと、設営場所にむかって去っていった。
ルイはまんざらでもなく、ふくみ笑いをしながらそれを見送った。
――それが転機になるとは思いもせずに。




