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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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20 淡い色彩の風景画

 パティ(とモカ)とフィオナ王女たちが中庭をぬけて、エントランスに向かうと、すでに見送りと称した院生たちが大勢集まっていた。

 そのなかにシャトレがいて、シャトレがだれかと会話しているようだったのでパティは思わず早足で駆けよったのだが、そこでとても驚いた。


「ダグラスさん!?」


 パティが目を見開くと、シャトレとダグラスもまたパティをみた。


「うそ、パティの知り合い?」


 シャトレもびっくりする。

 眼鏡がずり落ちそうになった。


「まさかのパティじゃないか! あいかわらず将来ものすごい美人になりそうな雰囲気で安心したぜ」


 ダグラスは逆だてた髪をさらに逆だてるようになでる。


 ダグラスはお調子者だが、枢機院の騎士として「内海における船舶失踪および沈没事件」では調査隊の一員に抜擢されていたし、さきの建国記念祝祭では自由警備兵も務めていた。

 じっさい軽口をたたくし、不真面目そうな言動が多いが、根底はそうではないのかもしれない。もしかしたら。


 キキキキ、モカが歯ぎしりした。


「よう、おサルの師匠じゃないか、元気そうでなによりだ」


 ダグラスは口角をあげる。

 そういえば、モカとダグラスは犬猿の仲という独特の相性のよさがあった。


「なにしてたんですか? ……なんか想像できますけど」


 パティは目を細める。


「いやぁ、〈魔導院〉には何度かきてるけど、院生なんてだいたいが子どもばっかだからさ。まさかこんな眼鏡がセクシーな知的美女がいるとは夢にも思わなかったから、そりゃもうお友だち以上になりたい――その一心で」


 ダグラスはあごをさする。

 その動きで外套についた枢機院の徽章がみえたらしく、シャトレが憤慨する。


「え、この人が枢機院の騎士なの……ちょっとなんていうか意外」


「よろしくぅ!」


 ダグラスは親指をたててウィンクする。


 はぁ、パティは脱力しながらため息する。

 モカが両手をひろげて「キキィ」とあきれた。


「――ふん、なにあなたは若い娘をつかまえて自分も若いつもりでいるのよ」


 そこにまた、パティの見知った女性が現れる。


「ステファンさん!」


 パティの笑顔に、ステファンもにこやかに応える。


「また逢えてなによりね」


 ステファンはクリーム色の長い髪に手櫛をしながら、キキキキと手をふるモカにもにっこりする。

 ステファンもまた調査隊の一員で、パティは姉のように慕っていたのだ。


「なんだよ、オレだってまだそこまで歳じゃねぇや」


 ダグラスがふくれ面になる。


「充分おじさんなのよ、自重しなさい」


 ステファンが冷ややかな目をむけると、ダグラスは「ふん、気持ちの問題だよ」と鼻息を噴いた。


 そこでステファンのうしろにフィオナ王女(と侍女二人)がいることに気づいた。

 どうやら、ステファンが先導してきたようだ。

 パティは独断で動いてしまったことに少しあわてる。


「顔見知りばかりなのね」


 フィオナは一同を見まわす。


「それはなによりだわ」


 すると、ダグラスが右手をすぱっと天高くかかげる。


「友だちの友だちはきっと友だちです。フィオナ王女!」


 そして、すごい勢いで近寄ると、かしずいた。


「お目にかかれて光栄です。私はもう王女と他人な気がしません。枢機院の騎士――ダグラスです。以後お見知りおきを!」


 しかし、ステファンが牽制するよりも早く、侍女二人がフィオナのまえにでて、ダグラスとのあいだに堅固な壁をつくる。

 それをみて、モカが「キキキキ!」と笑った。


「すみません、フィオナ王女。この男は無視してください。いずれ、水の国に入ったあとは別行動になりますので……」


 ステファンがうやうやしくこうべをたれる。


「なんだよ、そんな言種はないだろう? なかよくしようぜ、みんなで!」


 ダグラスが叫んだものの、それに応えたのはモカだけで、しかもモカもみずからの鼻にゆびをつっこんだだけだった。


「くそ、前途多難だぜ!?」


 ダグラスがおおげさに嘆き、パティはひさしぶりのにぎやかさに笑ってしまった。

 それをみて、フィオナがパティのとなりにきた。


「その調子だわ」


「え?」


 パティはフィオナを見あげる。

 横ならびだと身長差でそうなってしまうのだ。


「あなたは笑っているべきよ」


「はぁ……」


 パティはどう応えていいかわからず、もじもじする。


「お茶会はうまくいったのかしら」


 唐突に訊ねられてさらにへどもどしてしまったが、初対面時にパティが銀のトレイにポットなんかを載せてもっていたことを確認しているのだろう。


「あ、ええ――うまくいった……かな?」


 パティは頬を赤らめる。


「大事な人はボーイフレンド?」


「あ、いや、女の子です」


 パティは返事をしてから、曲解されそうな会話だと思ったが、フィオナはあまり気にしていないようだ。

 達観しているのか、寛容なのか、パティの返答がどういう意味でも頓着しない様子である。


「大事な人がいるなら、だいじょうぶ――」


 フィオナは微笑する。


「その人がいまそばにいなくても、いつかそばにいたことは変わらないから」


「あ……」


 パティはフィオナの青い瞳に映る自分にとまどう。


「はい……ありがとうございます」


 フィオナはそんなパティのあたまを二回、ぽんぽんなでた。


 そうして、パティ(とモカ)、フィオナ王女、侍女が(さらに二名追加の)総勢四名、そしてステファンが幌馬車にのり、ダグラスとほか二人の男性騎士が護衛馬にまたがり、水の国に向けて出発した。


 大勢の院生たちは師からの荷物をとどけてくれたり、口笛を吹いたり、歌をうたったりして見送ってくれた。

 パティは気恥ずかしくて顔をあげられなかったが、フィオナは悠然としていたし、ステファンは微笑をうかべていたし、ダグラスにいたっては「いぇーい! 行ってくるぜ!」と両手をふりまわして応えていた。


 旅立ちがいつも(少なくともパティにとっては)急で、あわただしいせいで、パティはあたまがこんがらがりそうだったが、それでもたしかに笑顔のフリーダをまぶたの裏に想像すると、それはまるで不遇な人生を送った画家のやさしく、どこかせつない、淡い色彩の風景画のような安堵を得ることができるのだった。


 紅葉がすすんでいる遠くの山々を眺めながらそんなことを思っていると、右肩でモカが「キィ……」と鳴き、みると小ザルは馬車の振動にあわせてうつらうつら船を漕いでいた。

 パティはその毛なみをなでてから、すっかり高くなった空から大きく空気を吸いこんだ――。

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